女性向けアイドル育成ゲームでどうやって曇らせればいいんだよッッ! 作:人生変化論
二体の異形を撃破したしずくと透は、次の目的地へ向けて駆け出していた。
異形が暴れたことで電気回路に異常が生まれたのだろう、店内のライトは消えてしまい薄暗い。結界内特有の空気感も相まって、どこか不気味な空気が漂っていた。
「でもいいの?エリオくんの支援じゃなくて、生存者の救護に向かって」
「問題ありません。既にB級を撃破しているのは確認済みです。今は残るC級と交戦中のようですが、時間の問題でしょう」
「うへぇ……やっぱチートだよねぇ、あの『言霊』って」
移動しながら異能を行使し、エリオと結果以外の玲二の無事を絶えず把握しながら、二人は生存者が集まっている映画館へと向かう。
「決して私たちも安全とは言えません。透さん、警戒を解かないでください。異能行使の予備動作が見えたら、直ぐに牽制。その場の判断で殺害してしまっても構いません。今は、情報よりも安全の確保です」
「敵の異能者が、生存者の中に紛れてる……だったよね」
多数の人間から、心臓を抜き取って殺害した異能者。
死体を材料にして、異形を生成した異能者。
外部と断絶させるよう、ショッピングモール全体に結界を張った異能者。
少なくとも三人。無差別での殺害を起こし、異形を造ることで被害を拡大させたものが、建物内に紛れている。
「ええ。孤立している人物がいれば、異能者の可能性が高かったですが……生存者は全員、十名程度の集団で固まっています。中に紛れているか、もしくは」
「十人全員が、異能者か」
規模、構成、理念。全てが謎でありながら、異能者の集団として歴史の影に存在してきた組織。
異能者は本来、異能を発現した時点で内閣府異能事象対策室の管理下に置かれる。
異能という人地を超えた力を秘匿し、同時に異形による被害を防止するため。そして、化学兵器を凌駕する程の力を持つ異能を、国家権力から遠ざけるためでもある。
しかし同時に、全ての異能者を管理できていないこともまた事実。
社会に適応できない者。異能を全能であると信じる者。異能を管理する秩序を、忌み嫌う者。
そうした異能者たちが、対策室の管理下から逃れ形成した組織。それが、
「警戒を怠らず行きましょう。特にあの、心臓を抜き取った異能。広範囲かつ異能者の姿が見えない場所からの行使が可能、と想定するとかなり厄介です」
「ん〜……何かおかしくない?心臓だけをピンポイントに抜き取る異能、そんなの聞いたことないし……それに、心臓を潰してるんじゃなくて、抜き取ってるんだよ?」
事実、ダンスステージで見た心臓と、フードコートにて放置されていた死体の心臓は、傷ひとつなく抜き取られていた。
単純に考えれば、態々体内の臓器を抜き取るよりも、広範囲の衝撃や破壊の方が、圧倒的に楽である筈だ。あえて心臓を抜き取る方法を取ったという事実が、透には疑問だった。
「異形を造る異能すらあるんです。想定外の何かを握っている可能性は高い……さあ、着きますよ」
目的地である映画館。
ショッピングモールの一角に位置するこの場所には、十数名の生存者がいた。
彼らは、売店のカウンターをバリケードとしながら、恐る恐るこちらを伺っていた。
「安心してください。我々は公的組織の人間です。皆様を助けに来ました」
「……ほ、本当か?外を出歩けるってことは、あの化け物はいないんだよな、な?」
震える声で身を乗り出したのは、店員と思わしき制服を着た男性。
しずくたちがたった二人、それも女性と背丈の低い男性であることに安心したのだろう。他の生存者たちも、怯えつつ姿勢を起こした。
「化け物、ですか。皆様はあの化け物から逃げ切れたのですか?」
「逃げ切れた、ってか……化け物がフードコートの人間に夢中になってる間に、こっそり。な、なんなんだよアイツらッ!」
「落ち着いてください」
「落ち着けるかよ?!あんだけの人間が目の前で死んでんだぞ、冷静な方がどうかして……お、お前らこそ、本当に人間だよな?」
「落ち着いてください、と言っています」
「そうだ、こんなとこまで来れるのが人間なワケない!お前らも化け物なんだろ?!化け物、化け物、バケモノ、バヶ、バ、ババババババ」
「透さんッ!左から二番目、女に投擲ッ!」
しずくが会話していた男の瞳が、ぐるりと回転する。
糸の切れた人間のように倒れ込む男。同時に透が結界を発動、ナイフを最速で投げつける。
「ッ!駄目だ、しずくちゃん!」
反応速度は上々、しかし瞬間的に失敗を悟った透は、直ぐにしずくの元へ戻った。
女に投げたナイフ。喉を抉る筈だった凶器は、多数の肉壁によって阻まれる。
そう。女を守るように立ち塞がった、生存者全員によって。
______否。既に生存者ではない。
「レディに対して、なんて乱暴な行為ですわ」
「人間を肉壁にするような奴に配慮が必要かなぁ?」
「失礼な。彼ら彼女らの方から、壁に使って欲しいとの熱烈な要望を受けたものですから」
途端、床に崩れていく人々。
力なく落ちるその様子は、誰が見ても命が既に散っていることは明白で。
最後に立っていたのは、ひとりの女。
くすんだ金髪に、深く刻まれた隈。青いドレスの如きワンピースに、丁寧な口調を操る姿は、どこかアンバランスで不気味だった。
「フードコートの時と、手口は同じですね。私たちが到着した頃には既に、お仲間が全員を殺害していたのでしょう?心臓を抜き取って」
「手口って、なんだかわたくしが悪い行為をしているみたいじゃないですの」
「自覚ないんだぁ……イカれてるよ、きみ」
「お褒めいただき光栄ですわ」
ズレている。
噛み合わない会話に、殺人を少しも厭わない態度。自分が死者を冒涜しているという事実を、一切受け入れようとしていない。
「こいつが、わるーい異能者ってことでいいんだよね、しずくちゃん」
「はい。それも、私たちは当たりを引いたようです。異形を造る異能者、それが貴女ですね?」
しずくは女をじっと見つめ、その様子を観察する。
自らの異能を看過されても、彼女が動揺する様子はない。寧ろ、こちらの考察を楽しんでいるかのように体を揺らしていた。
「……いえ。厳密には違うのでしょう。貴女は死体を動かし壁にするだけでなく、死体を通して会話までして見せた。偽装は完璧でした。私の異能でも、ここまで近づかなければ生存者を見分けられなかった」
「ええ、ええ。それでそれで?」
「異形を造る能力と、死体を動かす能力。一見すると全くの別枠であり、複数人による仕業を疑うところです。……ですが、ひとつだけ。これらが両立できる異能がひとつだけあります。貴女の異能は______」
「待ちなさいですわ!すとっぷ、すとーっぷ!」
何が可笑しいのか。
ケラケラと笑みを溢しながら、女は手でバツ印を作った。
「答え合わせはいつかのお楽しみ、ですわっ。レディは秘密が多い方が美しいのですわよ?それに、皆様方とは長い付き合いになりそうですし」
「何言ってるのかな〜?僕としずくちゃんが逃すと思う?」
「貴女が握る情報と、命が釣り合うとは思わないことです。逃すくらいなら、ここで殺します」
「あらまぁ、物騒ですわ」
透は懐から予備のナイフを取り出す。
結界の準備は万全。女が逃げ出す素振りを見せれば、直ぐにでも自らを結界で覆い隠し、女の喉元を掻き切るつもりだった。
「けどね、権力のお犬さん。わたくしが逃げるのではなく、あなた達が逃げていくのですわ」
「……?他の異能者が近くにいないことは確認済みです。貴女ひとりならば、異能を使う動作を見せた時点で殺せる」
「その通りですわ。わたくしも誰かさんと同じく、戦闘能力はからっきしですから」
「______でもそれは、長刀玲二も同じではなくて?」
「貴様ァ!」
玲二の名を聞いた瞬間、透は弾かれたようにナイフを打ち出す。
しかし咄嗟の行動だったため、結界を纏わせるまでは至らない。女は軌道の見えたナイフを、僅かに体を逸らして避ける。致命傷を与える筈だったナイフは、女の皮膚を僅かに削るに留まった。
「ふひっ、ふひひっ。愉快、愉快ですわ。人間とは、異能者とはこうも脆い!
不快な声色を吐き出す女を、直ぐにでも黙らせようと透が駆け出す。
その動作を、しずくは大声を上げて止めた。
「待ってください、透さん!」
「しずくちゃんッ!なんで止めるのさ、アイツが逃げる前に殺さないと……!」
「……兄さんが、知らない異能者と接触しています」
「は?」
しずくの異能は万能である。
故に、結界の外にいる玲二の居場所は常に捉えることができていた。動き回っているとはいえ、ショッピングモール内にいた全ての人物は、結界の内部にいることを確認済み。玲二が異能者や異形と接触する可能性は低いだろうと、割り切っていたが故の失念。
「執行部の到着より先に、敵の増援と接触するとは……ッ!いや寧ろ、これは増援ではなく」
最初から計画されていたとしたら?
ショッピングモール襲撃の目的が、一般人の殺害でも、異形を用いたテロでも、しずく達異能者を狙ったモノでもなく。
最初から、長刀玲二を狙った犯行だとしたら。
「急ぎましょう!兄さんが危険ですッ!」
「……くそっ」
笑みを深める女を睨みながら、今は優先すべきものがあると割り切る。
あの女は危険だ。異能もその効果も、そして歪んだ思想も。いつか必ず、殺さなければならない。
「ふひひひっ!わたくしは、
心臓を抜かれた死体の山の上で、『愉快』は笑い続ける。