女性向けアイドル育成ゲームでどうやって曇らせればいいんだよッッ! 作:人生変化論
しずくと透が、
単独行動を選択したエリオは、残る二体の異形を相手取っていた。
「『吹っ飛べ』」
背丈が二倍以上はあるC級異形が、容易く吹き飛ばされていく。
ボールのように弾かれた巨体は、商品が置かれた棚を巻き込みながら、派手に倒れ込んだ。
「……趣味が悪いネ」
人間の手足によって構成されたC級異形。吹き飛ばされた衝撃によって、手足はあらぬ方向に曲がり、立ち上がることが困難な様子だった。
ツギハギの手足が、互いを震わせながら立ちあがろうとする姿は醜悪で、異形との交戦経験の多いエリオですら、思わず顔を顰めてしまう。
買い物をする客で溢れていたであろう食料品売り場。異形の材料となった死体は、ここに来るまでに散々見てきた。生存者は既に一人もいない。さっさと処理してしまおうと、息の根を止めようとした時だった。
「ミ。ミミミミ、ミミミ」
「もう動けるとは」
声までは至らない、人間を模倣したようなうめき声。
二体同時に相手取ることは骨が折れるため、異能で動きを封じていた筈のB級異形。言霊による拘束を無理やり破り、エリオへと向かってきた。
B級の素材になっていたのは人間の頭。異形の頭部には、恐怖で表情が歪んだ黒髪の少女が据えられている。素材となった人間は既に死んでいるにも関わらず、まるで生きて苦しんでいるような錯覚さえ覚えた。
「……
「ミ、ミ、ミミ」
「どこまで行っても、異能は普通ではない。過剰な力と願望は、遍く異分子だからネ」
「『ぶっ壊れろ』」
言霊の発生プロセスは単純だ。
対象を選ぶ。言葉を選ぶ。感情を言葉に乗せる。
発生までの時間が短く、対象を選択することが可能。異能者の技量によって火力や言葉の上限も増える言霊は、対異形や異能者、戦闘という分野において破格の性能を誇る。
その中でも、エリオの『言霊』は。
「『さっさと、消えろ』」
火力という一面で、他の異能者を凌駕していた。
轟音。
二体の異形の、複雑に絡まった人間の頭部、手足の集合が一瞬でバラバラになる。
まとまりを失った異形は即座に機能を停止し、その形を失う。多数の屍で成り立っていた筈の異形は、ただの死体の塊へと変貌した。
「……」
爪が皮膚に食い込むほど、強く握り込んでいた拳。
異形が崩れたことを確認し、力を緩める。掌に溜まっていた血が、ぽつぽつと地面に落ちる。
『言霊』の火力を上げる方法は、より強い感情を込めること。
普段のキザな、飄々とした態度とは裏腹に、エリオは憤怒とも悲嘆とも感じ取れる感情を強く滲ませていた。
「……随分と悪趣味だネ、君は」
「これが、非異能者の本来の姿、ってやつなんちゃうか?」
「非異能者、か。まるで異能者が普通である、みたいな言い方だネ」
「あれあれ、ボク何か可笑しいこと言っとる?動物っちゅーんは弱肉強食や。力を持たない存在が淘汰されてくんは、当然のことやろ」
異形の残骸。材料となった人々の死体。
それらをゴミのように、床の一部でしかないように、一切の躊躇無く踏み歩くひとりの男。
「異能者に偏った優生思想......何年経っても変わらないネ。
「なんとびっくり、今は第四席や。どっかの誰かさんが、あっさり
男にしては長い黒髪と、煌びやかに光るアクセサリー。
糊の聞いたスーツを身につけた姿は、数多の死体が放置された中で、嫌に異質だった。
「それはそれは、大変なことで」
「白々しい反応すんなや、キッショいなぁ。……今は九条エリオ、やったっけ?随分と気取った名前になったもんや」
「キミこそ。『尊厳』なんて名前、最も似合わない人間だろうに」
共に笑みを浮かべながらも、その言葉は毒々しい。
二人の言葉からして、旧知の中であることは明白だ。しかし一方で、いつ互いに殺し合っても可笑しくない程の緊迫した空気が、辺りには漂っていた。
「罪の無い一般人を、こうも無惨に……心臓を抜き取って殺したのは『尊厳』、キミだネ」
「ご明察。てかあんた、ボクの仕業やと分かっててワザと一人になったやろ」
「『尊厳』の
最初に集団での殺人が起きた際、単独行動を提案したのはエリオだった。
異能の特性上、相手が異形であれ異能者であれ、単独行動に最も向いているのは透だ。それでもエリオが自ら一人を選んだのは、異能者の正体に心当たりがあるからだった。
「それで?態々危険な択を取ってまできた理由はなんや?ボクとあんたの異能の相性、分かってないワケないやろ」
「聞きたくてネ。この無差別テロ……異形と異能を使った、大量殺人の理由ってやつを」
異能で殺し、異形で殺す。
被害はざっと数えただけでも百人近く。直近の異形被害ではトップレベルに多い数だ。日本支部も、暫くは事態の収束と隠匿に奔走することになる。
異形被害だけならまだ納得できた。日本はこの二十年間、常に異形という存在の被害と隣り合わせだったから。
しかし、異能者が関わってくれば話は変わる。
人の身でありながら、人を害す異能者。
「理由も何も……あんたらもとっくに気付いてんのやろ?」
「さぁ?聞くに耐えない思考の奴らとは、考えが合わなくてネ」
「白々しすぎやろ、あんた。ボクらが態々、
「______長刀玲二を」
「……んぇ?」
予想外の名前が登場したせいで、素っ頓狂な声を漏らすエリオ。
『尊厳』がこの状況で冗談を言うような性格ではない、と理解しているからこそ、尚更言葉を受け入れることを脳が拒否していた。
「何故に玲二の名前が?いや本当になんで?」
「とぼけんなや。『idol trigger』、その全員が異能者のアイドル。九条エリオに白雪透、マネージャーの月城しずく。そして
「ん、んん?」
気になりすぎる単語がひとつ。
エリオは自身の頭が可笑しいのか、目の前のスーツ野郎がイカれているのか判断できなくなった。
長刀玲二が異能者である、まずその前提からして間違っている。
彼はそもそも、異能を持たない一般アイドルであるし、日本支部でそんな話は聞いたことがない。それに、玲二が異能を使う素振りを見せれば、四六時中異能で彼をストーキングしている変態マネージャーが黙っていないだろう。
第一、最強の異能者と呼ばれているのは月城しずくだ。
「え、ええと……多分キミたち、とんでもなく勘違いしてるネ。玲二は異能者じゃないし、ちょっとイカれているだけのリーダーだヨ。嘘とかじゃなくて、ブラフとかでもなくて本当に、うん」
「んな訳ないやろ。ボクらは確かにそう聞いて」
「ちょっと調べれば、玲二の戦闘記録なんてひとつもないこと、分かるはずだけどネ。……まさか、そんな確証のない誤情報で襲撃を起こした?」
「……」
図星だった。
「や、その……抜けた私が言うことでもないけど、ジジババ向けインターネット講習でも通ったらいいんじゃないかな。ネットリテラシーとか大丈夫?情報ソースちゃんと確認しなきゃだよネ」
先程までの尊大な態度とは一転し、気まずそうに俯く『尊厳』。
「……おい、どーなってんねん。あいつの言う
最大の目的からして間違っていたのだ、流石に困惑した様子で、『尊厳』はぶつぶつと呟いていた。
悪態をついた後、これ以上の滞在は不毛と判断したのか、吐き捨てるように言った。
「潮時やな。相当なイレギュラーがあったみたいやし……尻尾巻いて逃げさせてもらうわ」
「……最後に、聞かせてくれないか」
エリオもどうしてか、逃げようとする『尊厳』を止める気は無いようだった。
「襲撃に加担した、他の異能者。『結界』は何人か思いつくけど……異形を造る異能。私の知らない異能者だよネ?」
「そうやね。
「それは知らない訳だ。……彼女、明らかに可笑しいよネ」
「さあ、どうやろうな」
かつて共にはぐれものとして戦った、異能者たちのことを思い出す。
日本支部の管理下から逃れた異能者たちだ、当然特殊な異能を持つ者も多かった。けれど、異形を作る異能。それだけは、他に比べて異質であった。
「もう答えたし、ボクは帰るわ。ほな」
「他の異能者はどうする?」
「んなもんボクの知ったとこやないわ。勝手に帰るやろ」
踵を返し、怠そうに手をひらひらと振りながら、『尊厳』は暗闇へ消えていった。