私のエッセイでいいんですか   作:あああいい

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はじめまして
気まぐれに投稿しますので、あんまり先は期待しないでね。


限界の先で、治療中

 空気だ。

 

 高速になると空気は流体としての振る舞いを捨て、徐々に粘度を増してゆく。

 人間の出せる速度を遥か彼方に置き去りにしたその場所で、空気はまるで膜のように顔に張り付いていた。

 

 マシロは薄く口を開ける。空気の膜に牙を立てるようにして一口、体に取り込んだ。

 

 人間の限界を超えた領域で、身体は叩きつけられる空気の層によって悲鳴を上げている。

 

 吸える空気は意識を保つギリギリしか入ってこない。

 視界は限りなく狭い。

 目を保護するためのゴーグルをしている上に、人間の限界に迫る速度。

 速度は人間の視界を奪い狭くしてしまう。

 

「もう一口」

 

 ムリに口を動かし、空気の断片を吸い込んでいく。

 空気は速度と共に粘度を増してまるで氷のようだ。

 

 そんな中をマシロと、その相棒の一匹であるピジョットは進んでいた。

 一体となり、生い茂る木々の上を滑るように飛んでいく。

 

 音を置き去りに、光に追いつかんと。

 氷のような冷たい世界で、マシロはピジョットの放つエネルギーの脈動を感じていた。

 

 まだいける。

 

 マシロはそう考えて、ピジョットへ合図を送る。

 

 ピジョットの背中に合わせて作られた特殊な形状の鞍は、ハーネスによってしっかりと騎乗者をその背中に固定する。

そして僅かな動作によって騎乗者の意志をピジョットへと伝播させる機構を持っていた。

 

 僅かな合図。

 

 しかし長年の信頼関係の中では十分すぎる指示によって、ピジョットは大きくその翼を動かし速度を上げた。

 

 

 

 その瞬間、音が消えた。

 視界が、世界が消えた。

 マシロという存在が黒く染まる。

 

 固体となった空気がマシロの体をピジョットの背中から引きはがす。

 投げ出されるような形になった体に、塊となった空気が容赦なく打ち付ける。

 

 突然崩れた重心にピジョットの体勢は僅かに乱れ、そのまま眼下の林に吸い込まれていった。

 

 

 

 これが、ポケスロン日の元大会におけるヒガ・マシロの失格の瞬間であった。

 

 

 

_____________________________________________________________________

 

 

 窓からの景色は代り映えしない。

 

 湖を照らす光はは眩しい程にぎらぎらと輝き、その光の中を白鳥やカモがのんびりと泳いでいる。

 彼らは日々を争うことなく過ごしている。あの湖では餌をやる人がいて、自分を狙う敵がいなくて。

 

 つまりは平和であるからだ。

 野生は争わない。

 

 必要がない争いはしないのだ。

 

「……人間って変わっているよね」

 

 マシロは先ほど看護師がシーツを取り換えていったベッドの端に腰かけて、ため息をついた。

 

 ポケスロン。

 ポケットモンスター、縮めてポケモンと人間とが息を合わせて挑むスポーツ。

 

 その中でもマシロは究極ともいわれる三種競技の選手であった。

 

 水を渡る【スイム】

 陸を駆ける【ラン】

 そして空を行く【エア】

 

 その三つを一人の選手が三匹のポケモンに騎乗し、泳ぎ、走り、飛ぶ。

 ポケモン達の能力は高く、人間の限界を軽く凌駕する。当然、それに騎乗する人間への負担は高い。

 それゆえ競技人口は少なく、選手は時に超人とも呼ばれる。

 

 そして、事故が起きた時の結果は悲惨なものになることも。

 

 全治3か月。

 

 それがマシロに下された診断結果だった。

 

 左腕は骨は折れ、あばらも何本かひびが入っているらしい。

 全身には打撲傷に擦傷。事故の直後は暫く意識を失っていたらしく、時間の感覚も曖昧だ。

 

 十分に重症。

 

 安静にしなくてはいけない中で、考えてしまうのはあの試合の事。

 

 しかし、事故の映像を見せてもらって思わず笑ってしまった。

 

 よくこの程度で済んだと思う程度にはトンでもない事故だったのだ。

 いまこうして、生きていること。

 そして、選手として復帰することも可能であること。

 

 希望を手放さずに持てていることが不思議なくらいだ。

 奇跡的だと先生にも言われた。

 

 何故、事故が起きてしまったのか。

 どうすればよかったのか。

 

 マシロはずっと考えていた。

 そしていつも答えは決まったところに落ち着いてしまう。

 

 無事な右手を強く握り、ゆるりと開く。

 

「私か……」

 

 マシロはベッド脇に置いてある、モンスターボールに手を触れた。

 赤と白に塗り分けられたボールが六つ並んでいる。

 どれも良く磨かれているが、びっしりと刻まれた細かな傷がどれだけの時間をマシロと過ごしてきたかを示しているようだった。

 

 その内の一つが揺れて、中から赤い光が飛び出す。

 光は粒子となって意志を持ったように形を作る。翼やくちばし、ピジョットが短く鳴き声を上げた。

 

「駄目だよ。大きな声を出しちゃ。ここは病院なんだから」

 

 そう言って、嘴の下の羽毛に指を入れる。

 柔らかな羽毛が伸ばした指先をくすぐっていた。

 

 あの事故でこの程度の怪我ですんだのはこのピジョットのおかげだ。

 とっさに体を反転させ、マシロのクッションになったのだ。

 

「まったく無茶するんだから」

 

 ピジョットはそれはお前だと言わんばかりにマシロの肩に押し付けた。

 

「やったな、この」

 

 無事な右手でピジョットのほほの羽毛を無茶苦茶に撫でまわす。

 

「なんだ、思ったより元気そうだねえ」

 

 おっとりとした声に振り向けば、病室の入り口には紺色のビジネススーツを纏った女性が笑っていた。

 マシロは見慣れた彼女に笑顔で返す。

 

「元気だよ」

「そ」

 

 マシロの親友のカレンだった。

 

 ノギタ・カレン

 

 中学から一緒になった彼女とは高校まで一緒の学校だった。

 中学ではポケモンバトル部で切磋琢磨した。高校でマシロはポケスロンの道へ進んでしまったので、部活は変わってしまったがことあるごとに一緒に遊び、笑い、たまに泣いて過ごした。

 高校時代、その後半にはプロの世界で戦っていたマシロは大学へは進学しなかったが、彼女との友情はいまだに続いている。

 

 カレンはベッド脇の丸椅子を引いてそこに腰を下ろす。

 左手にぶら下げていた紙袋から白い箱を取り出した。

 

「私のお母さんのお店のケーキ。好きだよねぇ?」

 

「好き」

 

 マシロは甘いものに目がない。

 

 

 

 

 

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「ビックリしたよお。最初ニュースで見てさ」

 

 ショートケーキのイチゴを口に放り込みながらカレンはいう。

 

「ポケスロン、期待の日の元のエース、ヒガ・マシロ落下事故。選手としての復帰は絶望的か、なんてニュースでやってたからさ」

 

「あはは」

 

「いや、あははじゃなくてね。もお。マシロのお兄さんに聞いたら集中治療室にいるっていうし。本当に心配したんだからねぇ」

 

カレンはもーと零しながら、ピジョットのお腹を撫でる。

 

「この子にも感謝しなきゃだよ」

 

「ん。分かってる」

 

「わかってるならよろしい」

 

 カレンは頷くと、おもむろにザックに手を伸ばした。中からノートパソコンを取り出し、マシロの前に置く。

 

「なに?これ」

 

「なにってノートパソコンだよ?」

 

「いや、それは分かるけど」

 

 何故、ノートパソコンが自分の目の前に置かれているのか。マシロには全く理解出来なかった。

 

「マシロ、暇でしょ?」

 

「えっ、まあ暇だけど」

 

「でしょ?」

 

 カレンは笑う。

 ただ目は笑っていない。マシロは知っている。これは無茶なお願いをしてくる時の顔だ。

 

 中学、高校。

 そして今に至るまで。

 

 ずっと友達だったからわかる。

 自分の口元が引きつるのを感じながらカレンに問いかける。

 

「……何をさせる気?」

 

「エッセイ」

 

「……なんて?」

 

「エッセイを書いてほしいの」

 

「普通に無理だけど」

 

 交錯する視線。

 

 ぱあんと大きな音が病室に響いた。

 ピジョットもその体をびくりと反応させる。

 

 カレンが手を合わせて頭を下げている。合わせた手の向こうで、柔らかそうな髪が揺れた。

 

「私が修英社で働いているのは知っているよね?」

 

 知っている。

 出版大手の修英社で働いていることは。

 

 そしてそこでweb雑誌の編集者として働いていることも。

 

「実は私の担当している雑誌の連載に空きが出来そうなの」

 

「その空きを埋めろと?」

 

「駄目?」

 

 小首を傾げ、こちらを見てくるカレン。

 こうなってしまっては、ちょっとやそっとじゃ折れないことも長い付き合いの中で分かっていた。

 

「ほら、中学、高校って読書感想文で賞をもらっていたり、国語の成績も良かったでしょ?そして何より」

 

「私が普通じゃないから?」

 

 マシロは自分が多分、普通じゃないことを知っている。

 

 窓の外。

 湖を行く白鳥やカモ。

 そして湖の遊歩道を行く、オタチやジグザグマを連れたカップルや家族。

 

 あの人たちとは明確に自分が違う事をマシロは自覚していた。

 恐らく自分の真ん中にある闘争という名の感覚。

 

 打倒し、圧倒し、惨敗して、惜敗して。

 

 勝ったり負けたり。そういったものが体の中心、真ん中にある。

 

 ふと過る従兄の顔に血は争えないと、苦笑してしまう。

 

「ちがうよ」

 

 カレンは一言でそれを否定する。顔を上げて不思議そうに顔を傾げる。

 

「マシロが普通だから」

 

「普通?」

 

「そうだよ。普通だから。だからそんな人がポケスロンって特別な舞台から見た世界を知りたいの」

 

 カレンはいたずらっぽく笑って

 

「それともなに?マシロは自分の事、特別でみんなとは違う人間だって思ってる訳かな?」

 

「……ちょっとは」

 

「あはっ。まあ、勝った負けたの世界で生きているからそう思うかもしれないけれど、結局それも人間の内だよ?規格外とかいう人もいるかもしれないけれど、人間なんて食べて笑って楽しんで。もっと良く生きたいし、楽したいし、あー仕事やだなって思ったり。そんなもんだよ。感情や価値観、能力の違いなんて言うのは人間の範疇の個性に過ぎないってこと。ステータス配分の差ってところだね」

 

 カレンはピジョットの羽に手を伸ばす。

 

「だからこうして私の友達でいるマシロは普通の人間。極々普通の人間なんだよ」

 

 真っ直ぐ見つめるカレンの瞳にマシロは息を飲む。

 

「それとも何かな? 私の友達のマシロを化け物にでもするつもりなのかな」

 

「いや、あ。うん。……よく分からないけど分かったような」

 

「まあ、うん。そういう事だからね。それで書いてくれるかな?書いてくれるよね?」

 

「当然報酬は出るんだよね?」

 

「もちろん」

 

 カレンはスマートフォンを取り出して、そこに写し出された画面を見せてくる。

 マシロは、長いため息をついて頭をかいた。

 

「わかったよ。どうせ、やるって言うまで引き下がらないんでしょ?」

 

「さっすが我が親友! 愛してるぜ!」

 

「わっ、ちょっとやめてよ」

 

 見た目よりも遥かに強い力で抱きしめてくるカレンの腕の中で、マシロは顔を綻ばせた。

 

 

 

_______________________

 

 

 

「おーい、ノギタくーん」

 

「はーい」

 

 自分を呼ぶ声にカレンは顔を上げた。

 丁度、マシロから届いたエッセイの第一稿を読み終えたところだった。

 

 オフィスチェアから立ち上がると、声の主であるweb編集部課長のトキタの元へと足を向ける。

 

「なんですか? 課長」

 

「いやあ、良くエッセイを書くのを承諾させてくれたねえ」

 

「マシロ……いやヒガ選手の事ですか」

 

「そうそう。ちょっと変わっているって聞いていたからさあ」

 

 ヒガ・マシロは記者に対する態度が淡泊であることは有名であった。

 勝っても負けてもあまり変わらない受け答えに、一部では感情なしのポケスロンマシーンとも呼ばれていた。

 

 そんな彼女が、文字を書く仕事、それもエッセイなどというものを書く姿がトキタは想像できていなかった。

 こうして第一稿があるにも関わらずだ。

 

 それはまあ、いいだろう。

 目の前のゆるふわな部下はその見た目と言動に反して中身は過激派だ。

 そして、その自覚がない。

 

 ある意味でヒガ・マシロの親友として申し分のない変人である。

 

 その変人の目を見つめ、トキタはつぶやくように言った。

 

「内容もいいよ。これから面白くなりそうだ。この世界にポケモンが現れて丁度来年が100年目だし、こういった有名なポケモン関係者が執筆してくれるのは有難いことだね」

 

「そうですよねぇ!結構いい文章も書くんですよ」

 

「ただ、ちょっと気になることがあってね」

 

「なんです?」

 

 トキタが机の上に置いた紙には、今回マシロが担当することになったエッセイについての企画がつづられていた。

 その一文に指を添える。そこには

 

「『普通女子のいろめがね』ってコーナー名だけどさ」

 

「なかなかの自信作ですよぉ。いろめがねはポケモンの特性から貰っています。普通の女の子がポケスロンという舞台からどのように世界をみているのか。それを読者に伝えていって貰おうと考えています。私たちとは違うフィルターで世界を見ていると思うんですよねぇ」

 

「いや、そうじゃなくてね。普通女子の方なんだけどさ」

 

 カレンは首を傾げる。

 

「何か変ですかぁ」

 

「変っていうかさ、高校の時には全国三位に食い込で、今や世界トップを競う女子は普通じゃないと思うんだけど」

 

「えー普通の女の子ですよ」

 

「いや、それに君もだけどポケモンバトルの団体戦で中学三連覇しているよね」

 

「でも普通の女の子ですよ」

 

「普通のアスリートって、あんな大事故起こした直後にトレーニング再開したりしないんじゃ」

 

「だけど普通の女の子ですよ」

 

 カレンは笑顔で言い切る。

 

「マシロは普通の女の子ですよ」

 

 トキタは大きく息を吐いた。

 

「……わかったよ。うん。これで行こうか」

 

 トキタは部下の押しに弱い。

 

 翌月初週からの掲載が決まった瞬間であった。

 

 

 

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