どうやらエッセイはそこそこ好評らしい。
カレンからのメッセージに目を通し、マシロは一つ息をついた。
「さて、問題は次をどうするか、か」
そう次である。
マシロが書くべきエッセイに始まりはあっても終わりは聞かされていない。カレンに聞いても真面目な顔で「当面です」と言われて終わりだった。
週刊ポケモンnowは週刊だ。毎週火曜日が発売日で、マシロのエッセイが掲載されるのは隔週。つまり今週は休みで来週には再び掲載される。つまりそれに間に合わせなければならない。校正なども考えると結構時間がない。
頭を掻いてみても何もネタは出てこない。
窓から外を見ても、変わらぬ風景。今日もいい天気だ。
ネタが出てこない。
実に困ったものである。
携帯端末を手に、適当にニュースサイトを巡っていると『ポケモンリーグ開幕』の見出しが目に飛び込んできた。どうやら昨日、今期のリーグ戦が開幕したらしい。
一部リーグのバトルのダイジェストが特集されていた。
自身の事故による昏睡状態、入院生活、それにエッセイという予想外の出来事にこんなに大事なことを忘れていたようだ。
ポケモンリーグ。
ポケモン達がその持てる力を存分に発揮し、ぶつかり合う。
炎が乱舞し、草が生い茂り、水が渦巻く。肉体と肉体、精神と精神のぶつかり合い。
ド派手な興行として、ポケモンバトルは大人気のコンテンツだ。
そのポケモンバトルのプロリーグ。それがポケモンリーグだ。それは我が国、日の元におけるポケモンバトルの最高峰。
世界でも有数のバトル大国である日の元。そこの最高峰とはほぼ世界最高と同義であり、当然国内外に熱心なファンを持つ。
一部リーグ、二部リーグ、三部リーグそしてその下にアンダーリーグと呼ばれる下部リーグが存在する。
プロと呼ばれる、一部リーグには十六名、二部リーグ二十四名、三部リーグ五十名がそれぞれ所属し一年をかけて競い合う。
二部リーグの上位三名、三部リーグの上位四名が上位のリーグに昇格し同じ人数が下部リーグに沈んでいく過酷な世界でもある。
ルールは六対六のいわゆるフルバトル。
そして登録できるポケモンはワンシーズン九体まで。
トレーナーと九体のポケモン達で一年を戦い抜くのだ。
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マシロはその記事をスクロールし、二部リーグの結果に目を通していた。
そこにはヒガ・ケンゴ勝利の言葉と簡単な試合運びが記されていた。
「良かった。勝ったんだ」
メッセージアプリを起動して、祝福の言葉を贈る。既読はすぐにはつかなかった。
ヒガ・ケンゴはマシロの四つ上の兄である。
竹を割ったような快活な性格をしており、誰からも好かれるような人物であり、ポケモントレーナーとしても非常に優秀であった。
事実、プロライセンスともいわれるジムバッジ8個も難なく集め、アンダーリーグも一期で突破した。そして三部リーグもその勢いのままに駆け上がり、二部も一期で突破するだろうと言われていた。
『そんなに甘くなかったわ』
あの明るい調子が代名詞の兄の弱弱しい声を思い出す。
二部リーグは魔境だったのだ。
初挑戦の二部リーグでは序列二十二位。
三部リーグに沈んだ。
翌年再び三部リーグを勝ち抜き、翌年に二部リーグに返り咲く。
そして次は序列二十位。ギリギリでの二部リーグ残留。
今年はどうなるだろうか。
動画サイトを開き、兄の試合を再生する。
自分が怪我で練習も出来ないと、どうにも他人が気になってしまう……。マシロにとっては小さな発見であった。
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強烈な水流が渦を巻き、一直線に放たれた。
スターミーのハイドロポンプが、マタドガスと入れ変わりに、粒子から実体化したばかりのズルズキンに襲いかかる。
モンスターボールから放たれ、実体化したばかりのポケモンは回避行動が一歩遅れる。結果としてハイドロポンプをモロに受けてしまったズルズキンは大きなダメージにふらつくも、すぐに立て直し、大きなダメージを与えてきたスターミーに戦意を向ける。
だが、その隙を見逃す敵ではない。
相手トレーナーは既にスターミーにハイドロポンプの指示をだし、スターミーの宝石のような身体の中心に再び水が渦を巻いていた。
再び放たれる激流を、ズルズキンはだぶついた皮をうまく使って受け流し、その身を『まもる』。そのまま、皮をデタラメに振り回し、脚を踏み鳴らした。ズルズキンのりゅうのまいだ。
これによって気分を高揚させたズルズキンは、攻撃性と速度が上昇。反撃の大勢を整えた。
しかし、一手遅かった。
既に放たれる準備の出来ていたハイドロポンプが、ズルズキンを射程に納めている。
放たれる大砲。
それはズルズキンを沈める一撃。
ズルズキンは防御能力に定評のあるポケモンだが、流石にスターミーのハイドロポンプを2発耐える耐久力を持ち合わせてはいない。
万事休す。
轟音と共に水飛沫が、上がる。
泥混じりの土煙を切り裂き、影が飛び出した。ズルズキンだ。連発したからか、はたまたズルズキンのりゅうのまいの動きに幻惑されたか。元より威力は高いものの精度にやや難のある技であるハイドロポンプ。ズルズキンの芯を捉えることが出来ず、地面を穿っていた。
躍り出たズルズキンはスターミーに肉迫すると大口を開く。同時に現れた半月形が二つに裂け、牙を再現する。牙はスターミーの身体を捉え『かみくだく』。
食い込んだ牙はスターミーの体力を削り切り、実体保てなくなったスターミーの身体は赤い粒子となって消えていく。ひんしになったのだ。
ズルズキンは片手を上げて声を上げる。勝ち名乗りであった。
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「なんか、らしくないなぁ」
携帯端末を額に当ててマシロは呟いた。
兄の試合は時間を作って可能な限り見ているが、この試合、というかもっと前。二部リーグに昇格してからずっと違和感を感じていた。
なんというか楽しくなさそうだ。
マシロの思考を断ち切るように携帯端末が音を鳴らす。画面を見るとケンゴからなメッセージが入ったところだった。
確認するとありがとうの一言のみ。
前なら鬱陶しい位の自慢の言葉も付いてきていたがそれもない。どうやら余りにいい状態では無いらしい。
さらにメッセージがきた。相談したい事があると。
マシロはケンゴの電話番号を呼び出すと、迷いなく電話をかけた。
「兄さん」
「悪いな。大変な時に」
やはり声は沈んでいる。
とても試合に勝利した人の出す声では無かった。
「オレの開幕戦みた?」
「見たよ」
「……あー」
随分と歯切れが悪い。
「どうしたの」
「単刀直入に聞くけどさ、どうだった」
マシロは少し考えて、口を開く。
結果だけ見れば、マタドガスとズルズキンを残しての勝利だったが運がケンゴに振れただけの試合といえた。
「最後のマタドガスを交換したあたりからはらしくないなって思った。多分、スターミーがサイコキネシスでマタドガスを落としに来るから、無効化できるズルズキンで受けて有利に進めるつもりだったんだと思うけど……違う」
「そうだな。そのつもりだった」
「でもそれを読まれて、ハイドロポンプをモロに受けてしまった。あのままいけば負けてたよ。兄さんは」
「……だよなぁ。最後のハイドロポンプが当たっていれば負けたし、もっと広範囲を攻撃するなみのりや10まんボルトでもズルズキンは落ちていたし、そうなればマタドガスは相性からもやられていたと思う」
電話口からは、ため息と僅かな沈黙。
「……オレ、才能ねぇのかもなぁ」
「それは……分からないけど」
何を言えばいいのか分からず、マシロは言葉を継げずにいた。
「そうだ、何かアドバイスくれよ」
「バトルのアドバイスは出来ないよ。もうバトルに関しては兄さんより弱いし」
「違う違う。そういう何ていうかさ直接的な奴じゃなくて、アスリートとしてっていうか、そう言うの」
抽象的な要求だった。
何を言えばいいのか分からない。
……寧ろ何を言ってもいいのか。マシロは天啓を得たとばかりに頷く。
「何でもいいんだよね?」
「ああ」
「それじゃあね、兄さんはもっとバカになった方が良いと思う」
「えっ、何、どういう事」
ケンゴの困惑の声が聞こえる。
「もっと兄さんがイケイケの時はもっと、こう、バカだったと思うの」
「なんか、えっとアドバイスかそれ?」
「何でもいいんでしょ?」
「いや、そうだけど」
「じゃあ、聞いて。イケイケの時はもっとバトルを楽しんでたし、ポケモンと息も合ってた。でも今は窮屈そうに見える」
「窮屈ねぇ」
「そう。タイプ相性とか今回のバトルだって色々考えて考えて相手の技をスカそうとしたでしょ」
「した」
「そいうのが何か窮屈そうって思った。兄さんはもっと自由に戦って良いと思う。セオリーとか無視してさ」
「あー、成る程な。確かに型にはめて考え過ぎてたかも」
「だからバカになった方がいいと思う。バカになってセオリーを無視してさ。好きに動いたらいいと思う。リーグを通して色んな知識を得て賢くなったから相手に読まれるんじゃないかな。裏をかいたり駆け引きって苦手でしょう」
「だな」
「知識は捨てる必要はないけど、その上でもっとバカになったらいい感じになるんじゃないかな」
「バカにねぇ」
電話の向こうから唐突に破裂音が聞こえた。思わず顔を顰める。
「……何」
「しゃ。何かやる気出てきたわ。今まで難しく考えすぎてた。もっと試合で遊んで、バカになってくるわ。ありがとな。マシロも身体しっかり治せよ。ゆっくり休んでな。そのうち果物もってくからな」
「楽しみにしてる」
「おう。じゃあな」
次の試合は勝つにしろ負けるにしろ面白いことになりそうだ。
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夜の砂浜。海は黒く、ただうねりだけが見える。
5月の海辺は未だ肌寒い。人の気配は無く、寄せては返す波の音がやけに大きく響いていた。
そこに影が1つ。
背は高くないが、よく引き締まった身体に伸びた背筋。ヒガ・ケンゴの姿であった。
彼は砂浜に腰を下ろすと、バックパックの中からボールを取り出した。その数は九。彼のポケモンバトルの相棒達だ。様々なデザインボール達はそのまま彼の歴史を刻んでいる。
「皆、出てきてくれ。話がある」
砂浜に並んだボールが震え、九つの影が夜の砂浜に並ぶ。
ケンゴは影の一つ一つに視線を合わせ、そして空を見上げた。
「今日はやけに星がキレイだな」
一つ呟き勢いよく頭を下げた。
「皆すまない。皆に窮屈な思いをさせていたと思う。オレは二部リーグに上がってから自分を見失っていたようだ」
ゆっくりと顔を上げる。
彼のポケモン達はただ黙って、ケンゴの顔を覗き込んでいた。
「オレは勝つために、知識だとか定石だとか色んなものを詰め込んだ。今だってそれは必要なものだと思っている。だが、この知識が定石がオレを、オレ達を縛っていた。お行儀よく、バトルごっこをしていた」
ケンゴは立ち上がる。
「だが、違った。オレはマシロの言葉で目が覚めた。オレ達のバトルはもっと自由で、もっと楽しいものだったはずだ。だからオレは今日この場でお前たちに宣言する」
大きく息を吸い、叫ぶように声を上げた。
「オレは今日からバカになる。バカになって自由に回帰する。今まで得た知識を土台に好き勝手やる。だからお前ら一緒にバカになってくれるか」
……ケンゴの問いかけに返事はなかった。
「いや、そこは何かこう、おおっ、とか声を上げるところじゃねえの。ねぇ」
なんだか不安になって歩み寄るケンゴの身体に、不意にツルが絡みつく。手持ちの一匹モジャンボがケンゴの身体にツルを巻き付けていた。
そしてそのままフワリと重さを感じさせない動きで持ち上げると、九匹の雄たけびとも言える大音声が5月の海に響き渡った。
一人と九匹のバカが誕生した瞬間だった。
そしてその一人は何だか分からないまま海に放り込まれ、5月の海の冷たさを知り、夜の海から聞こえた雄たけびに怯えた近隣住民が呼んだ警察官にこってり絞られる事になるのだが、それは些細な話だ。
勿論彼らはバカなので風邪はひかなかったので安心してほしい。
次回、エッセイ回