なお、彼の死に方は極めて間抜けである。そこはどうか、大目に見てほしい。
なぜなら、「三日徹夜で勉強した」という、技術者なら誰しも一度は経験したことのある過ちで死んでいるからだ。
——神様より
目が覚めたら、そこは真っ白な空間だった。
「……あれ?」
自分の声が、やけに澄んで響く。いや、そもそも自分がしゃべれることに驚いた。さっきまで確かに、俺は――机に突っ伏していたはずだ。
試験が三日後に迫っていて、三日間、一睡もせずに参考書と向き合っていた。のどが渇いて立ち上がろうとした、その瞬間――
**ドクン、と頭の中が脈打った。**
心臓が脳みそに飛び込んできたみたいな衝撃。視界が真っ赤になって、そのまま意識が――
「あ、死んだわ。これ」
我ながら冷静だとは思う。まぁ、これが死後の世界ってやつか。あるんだな本当に。
「よう。来たか、死にざまが間抜けなやつ」
声のした方を見ると、そこには――めちゃくちゃだらしなく座った、若い女がいた。片手にポテチの袋。片手にコーラらしき何か。なんだこいつ、このすばでももうちょっとマシだろ。いや、あれはアクアだけか。
「……神様?」
「そう。お前の世界を管理してる。まぁお前らの言う神様ってやつだ。あー……名前、なんつったっけ?」
「田中健一です」
「あ、そうそう。田中の健一。勉強のしすぎで脳溢血。三日徹夜って、お前、何考えてんだ?」
「いや、だって試験だし」
「試験だし。で死んだ。そんなバカな死に方、アタイも久々に見たよ。いや、まあ、転生行きにはたまにいるんけどさ」
「転生行き?」
神様はポテチをバリッとやってから、ずいっと指を差した。
「そう。お前、これから異世界に転生させる。いいだろ? 拒否権はない」
「へえ。異世界転生、本当にあるんすね。ラノベじゃん。てか、なろうかよ、なろう。つか拒否したらどうなるんです?」
「あるよ異世界。拒否した場合は……えーっと、お前の場合は…お、次はウマヅラハギだわ。それでいいならそれでもいいけど。てかお前、死に方が面白すぎてな。『こいつならいろいろやべー異世界でも、どうにかすんだろ』って思ったわけ」
「ウマヅラハギすか…いや、さすがにそれは」
せめて哺乳類でお願いしたいところである。
「……つか、死に方が面白いから、って。動機が雑すぎじゃね?」
「うるせえ。神の裁量だ」
そう言って、神様は空中にパネルを出現させた。そこには、俺が書き溜めたノートのページが映し出されている。
「……ていうか神様、見てたんですか? 俺の勉強」
「暇だからな」
「暇すぎだろ」
俺はため息をついた。まあ、死んだものは仕方ない。異世界転生か……悪くないかもしれない。
「で、特典は何があるんですか?そこまでいうならあるんですよね?お約束」
「お、話が早い。よしよし、見せてやるよ」
パッと空中に、一覧表が浮かんだ。
**【転生特典一覧】**
- 万能鑑定
- 全スキル習得コスト半減
- 魔力MAX
- ステータス+50%
- 物理攻撃1.5倍
- 魔法攻撃2倍
- 幸運+200%
- 学習速度2倍
- スキル習得コスト半減
- …他、多数
「どうだ? 好きなの選べ」
……俺はそのリストを見て、眉をひそめた。
「……これ、全部、普通のゲームでありがちなやつじゃないです?」
「普通だろ。これがテンプレってやつだ」
「いや、テンプレすぎて逆に刺さんないっすよ」
「は? お前、何言ってんだ? 万能鑑定あれば最強だろ?ここ最近流行ってんぞ」
「いやいや、マジでただの流行りでしょそれ。オブジェクトのプロパティ覗いてるだけじゃないすか?」
「は?」
「いや、だってマジ大したことないでしょ。魔力MAXにしたって、ただ変数が上限に張り付くだけで。言うて個人じゃ魔力上限大したことなさそうだし…それ以上盛れないなら伸びしろゼロっすよ?ステータス+50%とか物理1.5倍とか魔法2倍とかも、しょせん係数いじってるだけ。いうほどおいしくないでしょ」
「お、おう……?」
「まあ、廃プレイヤーになるつもりなら、学習速度2倍とか習得コスト半減は、地味に効くのかもしれないっすけど。うん、やり込み目指すならありだな…」
神様、ポテチを食べる手が止まった。
「いやいやいやいや、お前なんなん??」
「趣味でプログラマやってるだけす。マジで勉強しすぎて死んだだけの一般人すよ。あ、でも…この応相談ってあるの、なんです?」
「…えっと…お、おう………?」
しばらく沈黙が流れた。神様はコーラをぐいっと飲んで、深く息を吐いた。
「はぁ……わかったわかった。じゃあ、お前の希望を言え。それはそのまんま、応相談は応相談だ。好きにリクエストしてカスタムしていい。ただし、他のスキルと同じ程度の強度に収まる範囲でな」
「え、マジすか?」
「ああ」
俺は腕を組んで考え込んだ。強力なスキルはどれもこれも、どこかで見たようなものばかりだ。ならば――
「……魔法って、要するにAPIなんすよ」
「は?」
「この世界に魔法があるなら、それを呼び出すための関数群があるはずでしょ。SDKがあって、APIを叩くと現象が起きる。要はただのシステムコールだと思うんすけど」
「…………ちょっと、ちょっとちょっと。ちょっと待って」
神様が手を上げた。目が完全になんだこいつである。
「魔法をAPIだと? つまりお前は、魔法の内部構造を――」
「見たいです。いじりたいです。組み替えたいです!」
「……既存の魔法を分解して、自分の好きなように再構築するスキルが欲しい、と?」
「はい。あー、効率化とかじゃなくて、部品を使い回したいだけっす。たとえばヒールが『細胞活性化』『炎症抑制』『エネルギー供給』『組織修復』の四つでできてるなら、『炎症抑制』だけ取り出して使いたい、みたいな。打撲に組織修復までかけるの、リソースの無駄じゃないすか」
神様はしばらく黙った。それから、苦笑いを浮かべてパネルを表示する。
「……わかった。お前にはこれをやるよ。
**『魔法構造設計』――言うなら“マジック・アーキテクト”だな。**
あらゆる魔法を構成要素レベルで解析し、分解し、再構築する権能だ」
「それ、チートってほどでもなくないですか? 地味じゃないすか?」
「普通にクソ地味よ?攻撃も防御も回復も鑑定もない。ステータス画面が一行も埋まらん。でも――お前が欲しがってるのは、こういうスキルだろ?」
俺はニヤリとした。
「……正解です」
「で、ポイントがめっちゃ余ったわけだが」
「え?」
「お前のスキル、要は『開発環境』だ。消費が異常に少ねぇんだわ。だから残り全部、基礎身体能力と魔力に全振りしていいぞ」
「あ、それいいっすね。お願いします」
――この時、アタイは確かに「強度を他のスキルと揃えた」つもりだった。
スキル単体と与えられた能力強化の合計強度は、ちゃんと揃ってたんだ。
問題は、そのスキルを握る人間の頭の中身までは、いくらアタイの鑑定でも覗けなかったことである。
「よし。決まりだ」
神様が手をかざすと、淡い光が俺の胸に宿った。
「んじゃ――行ってこい。辺境の村、農家の長男としてな」
「……それ、めっちゃテンプレじゃないすか?」
「うるせえ。さっさと行け」
「うぃーっす」
その瞬間、俺の視界は真っ白な光に包まれた――。
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いかがだったろうか。
健一が転生特典を「テンプレすぎる」とディスるシーン、書いていて一番楽しかった。
特に「魔力MAXは変数が上限に張り付くだけ」という指摘は、ゲーマー・プログラマーなら「あー……わかる」となるはずだ。
彼が選んだ『マジック・アーキテクト』は、この物語のすべての始まりにして、すべての終わりでもある。
地味なスキルだが、それを使う人間の「頭の中身」次第で、ここまで化けるという見本である。
ちなみに神様がポテチを食べている描写は、当初「せんべい」にする予定だった。
しかしコーラにせんべいというビジュアルがどうもしっくりこず、ポテチに変更した。正解だったと思う。これがUMRの選択である。
次回、ついに健一が「APIを叩く」。お楽しみに。
——作者