異世界転生したら魔法がAPIだった件   作:nelldrip

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神様が土下座する。

千年前に起きた星の爆発を「うっかり忘れて」いたせいで、宇宙最強のビーム(GRB)が二か月後にこの星を直撃するからだ。

健一は叫ぶ。「それなら魔王倒す意味なかったろ!」

だが彼はすぐに動く。受けるな。逸らせ。
七年間封印してきた禁断を解禁し、宇宙最強ビームに立ち向かう。

前世の死因を、今度は世界を救うために再現するのだ
今度こそ、ちゃんと目が覚めるために。

——作者


最終話 ―神様、土下座する―

あれから七年。

 

俺は十七になっていた。相変わらずの辺境スローライフ。畑を耕し、たまに村の問題を物騒な方法で解決し、夜は前世の知識でちまちま実験をする。穏やかなものだ。世界はとっくに平和になっている。何しろ、脅威になりそうなものは俺が全部消した。

 

……ただ、ひとつだけ、納得のいかないことがある。

 

聞けば、この世界には俺のほかにも、転生だ召喚だで送り込まれたチート持ちが、それなりにいるらしい。で、そいつらは今ごろ、好き勝手に遊び惚けて、ハーレムだなんだと贅沢三昧やってるんだとか。世界を救った張本人が、辺境で泥にまみれて大根を引っこ抜いてるというのに、なんだそれは。

 

ちなみに俺に声をかけてくるのは、せいぜい、隣の畑の芋臭い幼馴染くらいのものである。

 

「あんた、また夜中に変なことしてんの?」とか言ってくる、あいつくらいだ。

 

世の理不尽というやつを、俺はしみじみと噛みしめていた。

 

そんなある日、畑の真ん中に、見慣れた淡い光のパネルが、ぽんと浮かんだ。

 

久しぶりの、神様からの直通だ。

 

「健一。あー……その、なんだ。すまん」

 

開口一番、謝られた。

 

「え、なんで?」

 

嫌な予感がした。この女神が下手に出るときは、だいたいロクなことがない。

 

「いや、その……その世界な、千年くらい前に、遠くの星がひとつ吹っ飛んでたの、アタイ、すっかり忘れてたわ」

 

「……それ、何の関係が?」

 

「いやーそれがな。GRBが直撃すんだよね。二か月後くらい?」

 

「は?」

 

「GRB」

 

「GRB?」

 

「そう、GRB」

 

「……宇宙最強のビームの?」

 

「そう、宇宙最強ビーム」

 

「この星に、直撃?」

 

「そ。全生命、絶滅」

 

数秒、無言になった。畑を撫でる風の音だけがやけに大きく聞こえた。

 

「……ざっけんなぁぁぁ!」

 

俺は思わず鍬を放り投げた。

 

「つーか!それなら魔王倒す意味なかったろ! どうせ7年後に全滅すんならむしろあと七年くらい、のんびり生かしといてやれよ!!」

 

「いやほんまそれなぁ」

 

「同意してんじゃねーよ」

 

ガンマ線バースト。遠方の星が一生の最期に吐き出す、宇宙で最も凶悪な閃光。エネルギーの規模が、星ひとつのスケールじゃない。光の槍だ核兵器だと言って騒いでいた俺の遊びが、急に砂場の砂山みたいにちっぽけに思えてくる。さすが宇宙規模。

 

「なんとかなんねーのかよ」

 

「なんともならんなー」

 

「送ったチートどもは?! 俺以外にもいんだろ、転生者。総力戦だよ総力戦!」

 

「いや、チート言うても知れてるしなぁ。あいつらそもそも、真面目に平和のために戦ってなかったし……どいつもこいつもハーレム作るばっかやりやがって。魔王倒されてから尚更よ? 今頃みんな、嫁と温泉かベッドでハッスルしてんだわ」

 

「頭痛が痛いとはこのことか……」

 

俺は額を押さえた。が、押さえたところで、状況は何も変わらない。それに――

 

ガンマ線バースト。宇宙最強のビーム。

 

なるほど。確かに、出力で殴り合ったら勝ち目はない。一個の星が死ぬエネルギーに、俺の魔力リソースで正面から張り合うのは、無理だ。

 

だが、これまでだってそうだった。俺は一度も、出力で勝ったことなんてないのだ。

 

「……で、GRBはどっちから来るんだよ」

 

「お。お前、なんとかするつもりでいんの? GRBだぞ? どうにもならんだろ、さすがに」

 

「うるせぇ。いいから方向を、正確に、正確に教えろ」

 

神様は、しばらく黙った。それから、観念したように、空に一本の線を引いた。畑から見上げた天頂のやや北――星々の隙間の、なんでもない一点を指し示す。

 

「……ここだ。この方向から、まっすぐ来る。二か月後。回避は無理。減速も無理。あれは光速で来る光そのものだ。来るとわかった時には、もう当たってる」

 

「直径は? この星に当たる時点での、ビームの太さ」

 

「……太さって、お前」

 

「いいから」

 

「……星をまるごと呑む。それどころじゃない。太陽系の、内側がまとめて焼ける」

 

俺は腕を組んで、夜空の一点を睨んだ。

 

太陽系ごと、か。出力で受け止める?論外だ。盾を張る?ガンマ線バーストの前では、どんな物質も薄紙ですらない。正面から受ける発想は、全部捨てる。

 

――受けるな。逸らせ。

 

光は、まっすぐ進む。何もなければ。だが、宇宙にひとつだけ、光をまっすぐ進ませないものがある。

 

重力だ。

 

「……曲げてみる、か」

 

質量があるところで、空間そのものが歪む。光はその歪んだ空間を、律儀に最短距離で進む。傍から見れば、光が曲がったように見える、重力レンズ。

これも、誰かが発明した魔法じゃない。この世界に元から書いてある、物理の標準仕様だ。

 

問題は、光速のビームを丸ごと逸らすほど空間を歪めるには、尋常な質量じゃ足りないこと。星ひとつでも全然足りない。要るのは――空間に穴が開くレベルの、極限の質量集中。

 

「ブラックホール、置けばいいんだろ。来る方向の、ずっと手前に」

 

「は!?」

 

神様の声が、裏返った。

 

「……お前、今、なんて」

 

「ブラックホール。太陽系の外、エッジワース・カイパーベルトのもっと外側に作る。そこを通過させて、ビームの進路を星に当たらない角度まで曲げる。重力レンズで、宇宙最強のビームを、受けずにいなす」

 

「いやいやいやいや待って!待って!ブラックホールって、どうやって作るつもりだよ。あれは、デカい星が死ぬとき、自分の重さで潰れて、やっと一個できるかどうかで――」

 

「だから、潰しゃいいんだろ?」

 

俺は、もう関数の一覧を頭の中で開いていた。

 

理屈は、山を消した時と、一文字も変わらない。あの時は、安い物質生成で爆ぜる原素を作り、圧縮を物理に外注した。今回も同じ。ただ、作る物質と、圧縮の桁が違うだけだ。

 

まず、コアを生成する。オスミウム。天然で最も密度の高い金属。それを、ありえない量、関数で呼ぶ。捨て値の物質生成だ。リソースは食うが、原理上は呼べる。

 

そして、それを潰す。星が自重で潰れるのを待つ代わりに、外から潰す。

 

「爆縮…山の時と同じ。ただし――一段じゃ、まるで足りない」

 

一段の爆縮で潰しきれないなら、潰した先をさらに潰す。圧縮されたコアを、次の層がもう一段締め上げる。それも潰しきれないなら、その外側でも。

 

爆縮の、入れ子。十重の同心構造。

 

そして、内側の層を締め上げる燃料には――いよいよ、あれを使う。

 

七年前の記憶が蘇る。十歳の俺が、初めてこの世界の関数仕様を覗いたあの日。物質生成関数の引数に、ずらりと並んでいたプロパティ。陽子、中性子、量……そして、もうひとつ。

 

電荷。

 

あの時、気づいてしまった。陽子の数も中性子の数も、そのままに。ただ一つ、電荷の符号だけを、ひっくり返したら。

 

プラスをマイナスに、マイナスをプラスに。引数を一個、反転させるだけで――この世界の物質と正反対のものが、生成できてしまう。

 

反物質。

 

物質と出会えば、両者とも消えてなくなる。質量が、一グラムの取りこぼしもなく、まるごとエネルギーに化ける。核分裂どころの話じゃない。この宇宙で、最も効率のいい反応。

 

気づいた瞬間、俺はそのプロパティから手を引いた。そっ閉じだ。

 

核兵器は作った。光の槍も作った。それでも、これだけは。ずっと触れずに置いてきた。山を消すのにも、魔王を消すのにも、こいつは要らなかったから。要らないものに、手を出す必要はなかったから。あと、爆発しないよう隔離するのに位置制御・運動量制御のAPIずっとコールしてなきゃいけないし。

 

封印していた。七年間。

 

「……あれ、使うか」

 

引数を一個、反転させる。それだけ。

 

物質と反物質がぶつかって、質量がまるごとエネルギーに化ける。生成も、封じ込めも、起爆も、全部「関数に投げるだけ」。

 

設計図はいらない。APIには仕様書がついている。実装の中身がどうなっているかは、物理が――この世界の最下層のコードが、勝手に面倒を見てくれる。

 

「反物質生成、確保、隔離。オスミウムコアを中心に、爆縮層を十重。各層の起爆タイミングを、内側へ向かって、ナノ秒単位でずらす」

 

外の層から、内へ。内へ。一段ごとに、密度が桁で跳ね上がっていく。十段目が点火した時、中心のオスミウムは、もう物質と呼べる状態を通り越しているはずだ。

 

十連の、多重爆縮構造。

 

人の手で作れるものではない。この世界の魔法使いが束になっても、どんな兵器の設計者が知恵を絞っても、絶対に到達できない。

 

「物質生成がタダで、圧縮を物理に外注できる」という、このいかれたAPIの上でのみ、成立する代物だ。

 

ただし、設計図が必要だった。

 

何十億キロも先に、ナノ秒単位で同期する十重の爆縮を組む。出来上がるブラックホールの位置と質量を、GRBの軌道に対して寸分違わず合わせる。そんなもの、頭の中の暗算で出せる精度じゃない。

 

だから、まず道具を作った。

 

魔法のコンソールを、空中に立ち上げる。前世で散々叩いた、あの黒い画面そのものだ。Rubyでさっと骨格を書く。パラメータを流し込む入力欄、各層の起爆タイミング、コアの質量、設置座標――必要な変数を、ぜんぶ受け取れるようにしておく。

 

次に、その裏側で、Pythonを回した。爆縮のシミュレーションモデルを組んで、十段の連鎖がどう潰れ、最終的にどの一点に、どれだけの質量が落ちるかを、先に計算で叩き出す。シミュレーションが弾いた答えに合わせて、生成位置を自動で確定させ、ずれれば即座に補正をかける。手動で何十億キロ先の精度なんか出せない。なら、計算に出させればいい。

 

要するに――魔法の上に、自分用の開発環境とシミュレータを、丸ごと一個。

 

しばらく無心でキーを叩いて、ふと、俺は手を止めた。

 

黒いコンソール。深夜。睡眠時間を削っての、シミュレーションとデバッグの繰り返し。

 

「……おい。これ、前世まんまじゃねーか」

 

俺を殺したのと、寸分違わぬ環境である。違うのは、画面の向こうにあるのが、試験範囲じゃなくて、太陽系の存亡だってことくらいだ。

 

「……まあ、慣れたもんっちゃ、慣れたもんだけど」

 

俺は、夜空の一点――二か月後に死が来る方角に背を向け、その正反対、太陽系の外の闇へと、両手をかざした。

 

「……さて」

 

コンソールが、緑の文字で、準備完了を吐く。掌の中で、十重の構造が、シミュレータの弾き出した設計図どおりに組み上がっていく。

 

「物理に、人類史上いちばんの、タダ働きをしてもらおうか」

 

――そう、嘯いてはみたものの。

 

掌の中の構造が完成形に近づくにつれ、俺の余裕は、急速に削られていった。

 

問題は、時間だった。

 

ブラックホールを作る。ただそれだけなら、原理は今しがた組み上げた。だが、GRBを――光速で来る宇宙最強のビームを、太陽系に当たらない角度まで曲げきるには、生半可な穴では足りない。重力レンズで光を大きく曲げるには、それに見合うだけ、桁外れの質量が要る。空間を、それこそ底が抜けるほど深く歪める質量が。

 

物質生成はタダだ。一個や二個なら、一瞬で呼べる。だが、ブラックホール一個分の質量となると――話が違ってくる。

 

タダでも、量が要る。量が要れば、時間が要る。

 

捨て値の関数を、ひたすら、何兆回、何京回と、叩き続ける。オスミウムを、ありえない量、空間に積み上げていく。リソース単価がいくら安くても、必要な総量が天文学的なら、合計の魔力も、合計の時間も、容赦なく膨れ上がる。指パッチン一発、とはいかなかった。

 

そして、もうひとつ。これが、俺の一番嫌いな部分だった。

 

設置場所が遠すぎる。

 

エッジワース・カイパーベルトの、さらに外。太陽系の、ほとんど果て。あんな場所に構造を組み、十重の起爆をナノ秒単位で同期させ、出来上がったブラックホールの位置と質量を、ビームの軌道計算に合わせて精密に制御する。

 

俺がずっと避けてきた、高い側のレイヤー――位置制御、運動制御、そして遠隔監視。物質生成と違って、こいつらは、距離が伸びるほど、精度を求めるほど、魔力を食う。

 

今までは、目の前の山を消すだけだったから、安く済んでいた。だが、何十億キロも先の一点を、ミリ秒の狂いも許さず制御するとなれば――コストは、跳ね上がる。跳ね上がるどころじゃない。

 

遠隔で構造を見張るための監視系を、まず張る。その監視系を維持する魔力。超遠距離の精密制御に乗る魔力。爆縮タイミングの同期に乗る魔力。今まで「物理にタダ働きさせる」と嘯いて、自分は材料費しか払ってこなかった俺が、初めて、まともに高い伝票を切らされる。

 

魔力が、ごりごりと削られていく。神様に全振りしてもらった、あの莫大な魔力が。

 

「……足りるか、これ?」

 

生成に、時間がかかる。制御に、魔力がかかる。そして、刻限は、3日後。動かせない。

 

俺は初めて、焦りに似たものを覚えた。これまで、どんな相手も、気づいた次の瞬間には消えていた。考えることと、為すことの間に、時間なんてなかった。だが今回は――間に合うかどうかが、わからない。

 

組んでは、待つ。積んでは、待つ。遠くの闇に、少しずつ、少しずつ、質量の塊が育っていく。その間にも、3日後の一点は、刻一刻と近づいてくる。

 

「……ぎりぎりだな、これ」

 

呟きに、いつもの軽さはなかった。

 

俺は、頭の中で算盤を弾き直した。

 

生成の速度。制御に割ける魔力の上限。刻限までの残り時間。何度組み替えても、答えはひとつのところに収束した。睡眠を削るしかない。完全に。寝ている間も生成と監視を回し続け、意識のある限り精密制御に張り付く。飲まず食わずとはいかないが、眠るのは、無理だ。

 

「……三日だ。三日。不眠不休でぶっ続けりゃ、ぎりぎり間に合う」

 

そこまで口に出して、俺は、ぴたりと止まった。

 

三日。一睡もせず。

 

「……おい」

 

「ん?」

 

「おい、こら神様」

 

「なんだよ」

 

「三日完徹って、それ、俺の前世の死因じゃねーか!」

 

天界で、神様が、ぽん、と手を打つ音がした。

 

「あ。それなwwww勉強のしすぎで3日貫徹して脳溢血だったなお前www」

 

「それな、じゃねーんだわ!世界救うために徹夜して、当の本人がもう一回ぶっ倒れたらギャグにもなんねんだわ」

 

「いやーほんまそれなぁ」

 

「いや、だから同意してんじゃねーよ」

 

俺は、放り投げた鍬の方を、ちらりと見た。それから、夜空の――遠い闇に育ちつつある質量の塊の方を、見た。

 

まあ、いい。

 

ぐっと、伸びをする。

 

骨が鳴った。前世とは、違う。

 

あの頃の、運動不足で、カップ麺と栄養ドリンクで延命していた、青白い受験生の体じゃない。今世の俺は、十七年、辺境で畑を耕してきた。

 

日に焼けて、よく食って、よく寝て、よく動いてきた。我ながら、ふざけるほど健康的な生活だ。

 

「……まぁ、しょうがねぇ。やってやんよ」

 

俺は、笑った。今度は、いつもの軽さで。

 

「今世は、わりと健康的に生きてきたしな。三日くらいの完徹で死ぬほど、ヤワには育ってねぇんだわ」

 

あの芋臭い幼馴染とも、まぁよろしく青春やってもいるしな。前世と違ってDTじゃなくなった礼くらいはしとくべきだろう。

 

そう思い、自分に且つを入れると――俺は、三日、立ち続けた。

 

眠らず。座らず。遠い闇の一点に意識を縫い止めたまま。物質を積み、層を締め、ナノ秒のずれを噛み合わせ、何十億キロ先の質量を、髪の毛一本ぶんの狂いも許さず、置きにいった。

 

一日目。塊が、自分の重さを自覚し始める。

 

二日目。中心の密度が、物質の限界を踏み越える。

 

三日目。

 

遠い太陽系の果て、エッジワース・カイパーベルトの外の闇に、ぽつりと――光すら、逃がさないものに生まれ変わる一点が、生まれた。

 

完成だ。間に合った。

 

刻限まで、あと、わずか。

 

俺は、三日ぶんの疲労で重くなった瞼を、無理やりこじ開けた。ここからが、本番だった。

 

刻限が、来た。

 

遠い星の死が吐いた閃光は、千年の旅路を経て、今、この太陽系の入口へ差しかかろうとしていた。目には見えない。光そのものより速くは、何も飛んでこない。だから、来るとわかっていても、来る瞬間までは、何も見えない。

 

俺にできるのは、ただ、置いた一点を信じることだけだ。

 

カイパーベルトの外。三日かけて積み上げた、十重の同心構造。その最深部で、反物質と物質が、薄皮一枚を隔てて向かい合っている。

 

「……砕けて、潰れろ」

 

外殻が、点火した。

 

一段目の爆縮が、内側の層を締め上げる。締め上げられた二段目が、対消滅の火を噛んで、さらに内へ潰れる。三段目、四段目――段を追うごとに、解き放たれるエネルギーが、桁で跳ね上がっていく。物質と反物質が出会い、質量がひとかけらの無駄もなくエネルギーへと化け、そのエネルギーが、次の層を、もう一段深く押し込む。

 

ハイパーノヴァ。星が砕け散る時の輝きに、勝るとも劣らぬ光が、太陽系の果ての闇で、十段、連続して炸裂した。

 

そして、十段目が潰れきった、その中心。

 

オスミウムだったものは、もはや、物質ではなかった。質量だけを残して、体積を失った一点。空間が、自らの重みに耐えかねて、底を破る。

 

ブラックホール。光すら、二度と外へ出られない特異点だ。

 

---

 

ここからが、本番だった。ただ作るだけなら、もう済んだ。

 

問題は、それが、ビームの通り道に対して、寸分の狂いもない位置に、寸分の狂いもない質量で、座っているかどうか。

 

俺は、点火の直前まで、残った魔力の最後の一滴まで、遠隔制御へ注ぎ込んでいた。何十億キロ先の一点を、髪の毛一本どころか、その断面の、さらに千分の一の精度で、押さえにいく。監視系が悲鳴を上げる。位置が、ほんのわずかに、ぶれる。修正する。また、ぶれる。修正した。

 

その結果が、嫌でもわかる時が――閃光が、来た。

 

宇宙最強のビームが、太陽系の入口で、その一点に差しかかる。

 

光は、まっすぐ進もうとした。何もなければ、そのまま、この星を呑んでいたはずだった。

 

だが、そこにあったのは、巨大な空間の歪み。

 

ビームがブラックホールの傍らを通り過ぎる、その刹那。歪んだ空間に、律儀に従った。最短距離を進もうとして――大きく、進路を曲げる。

重力レンズ。光を、受けるのではなく、いなした。

 

宇宙最強のビームは、この瞬間、この星を、かすめる可能性を無くした。

 

ぐにゃりと曲げられた閃光は、誰もいない宇宙の彼方へと逸れ、何兆キロもの虚空を、ただ虚しく駆け抜けていく。

 

後には、何も残らなかった。爆発もない。轟音もない。被害も、ない。

 

ただ、何も、起きなかった。それが、勝利の形だった。

 

「…………ふぅ」

 

俺は、その場に、どさりと尻もちをついた。三日ぶんの疲労が、一気に背中に乗ってくる。瞼が、鉛のように重い。

 

天界から、おそるおそる、声がした。

 

「……健一。今の、まさか」

 

「……世界、セーフっす」

 

「セーフって、お前」

 

「曲がりました。かすりもせずに。誰も死んでないっす。一人も」

 

しばらく、沈黙があった。それから、神様が、長い長い息を吐く音が、聞こえた。

 

「……ほんまに、やりやがったよ、こいつ」

 

俺は、仰向けに倒れ込んだ。地面が、背中に冷たく、気持ちいい。見上げた夜空は、いつもどおり。星もひとつも欠けていない。

 

「……あー、ねっむ」

 

そして、世界を二度救った男は、自分の畑のど真ん中で、泥だらけのまま、ぐっすりと眠りこけた。

 

今度は、ちゃんと、目が覚める眠りのはずだ。

 

---

 

**――了――**




どうも。神様だ。さっき天界で「ほんまにやりやがった」って呟いてた、アタイのことね。

ちょっとだけ、ちょっとでいい、言い訳させてくれ。

健一に渡したスキル「マジック・アーキテクト」は、マジで何の変哲もない代物だ。攻撃力ゼロ。防御力ゼロ。回復も鑑定もなし。できるのは「魔法を分解して、組み直す」。それだけ。ステータス画面が一行も埋まらない、地味の極みよ?

アタイは確かに、こいつのスキルを「他の連中と同じ強度」に揃えた。そこは神に誓って手を抜いてない。まぁ神はアタイだけど。

問題は――強度を揃えられるのはスキルだけで、それを握る人間の頭の中身までは、神の鑑定でも覗けなかったってこと。

万能鑑定を「プロパティ覗いてるだけ」と鼻で笑い、魔力MAXを「変数が上限に張り付くだけ」と切って捨てる。そんな奴に「魔法を分解できるスキル」を渡したら、どうなるか。

アイツは、水を出すための関数に、水以外を渡した。

ただ、それだけ。

アタイが「誰でも使えるように」と善意で開けといた口を、設計者の意図を完全に無視して、でも仕様には一ミリも違反せずに叩いた。だからアタイは、こいつを一度も正しく叱れてない。ルールを破ってくれたら叱れたんだよ。なのに奴は、ルールを完璧に守ったまま、山を消し、魔王を消した。

しかも、口を開けばこうだ。「物理法則は一切変えてない。むしろ超忠実っす」――確かにそうなんだわ。変えてないどころか、誰より法則に従順。従順だからこそ、ちゃんと世界が消える。

……わかる? 正論で、しかも物理法則に完璧に従ったまま世界を壊してくるやつの、叱りにくさが。

で、だ。本題はここから。

アタイが千年前の星のことをド忘れしてて、ガンマ線バーストが直撃するってわかった時、正直、普通に諦めてた。あれは宇宙最強のビームよビーム。星どころか星系が丸ごと死ぬエネルギー。受けるのも、避けるのも、減速させるのも、全部無理。神のアタイが言うんだから、間違いない。詫びるしかなかった。土下座よ、土下座。ジャンピング土下座なんて初めてしたわ。

なのにこいつ、「方向を正確に教えろ」とか言い出してな。

出力じゃ勝てない。だから受けなかった。曲げやがった。十歳の時に気づいて、七年間ずっと封印してた「電荷をひっくり返す」っていう最悪のプロパティを、よりによってこのタイミングで解禁して、太陽系の果てに穴ぼこ開けて、宇宙最強のビームを、かすりもさせず。

しかも、最後の最後でこいつが言った言葉が、これだ。「三日完徹って、それ俺の前世の死因じゃねーか」。

いや、コントか。前世で新喜劇で働いてたりしねぇ?
世界を救う方法が、自分を殺した方法と、同じとかどんな漫才よ。

そんで、ちゃんと三日徹夜して、世界を救って、今度はちゃんと、目が覚める眠りについた。前世のリベンジまで、ついでに済ませやがった。

アタイはこれからも、こいつを見張る。いや、見守る、でもいい。どっちでもいいや。

たぶん近いうち、奴はまた「ちょっとした思いつき」で、何かのAPIを叩く。そんで、けろっとした顔で言ってくるんだろうな。「神様、報連相でーす」って。

次こそポテチ落とさなくて済むかなぁ…

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