わたしのはなむこさん。   作:たけのこ教徒

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第11話

 

 朝食を終えた頃には、空は気持ちよく晴れていた。

 白米に味噌汁。焼き鮭に卵焼き。

 いつも通りの朝食だったけど、今日は少しだけ空気が違う。

 理由は分かっている。

 レイチェルの学校初日だ。

 

「忘れ物ない?」

 

 母さんが聞く。

 

「だ、大丈夫だと思います」

 

 レイチェルは少し緊張した様子で答えた。

 

 制服姿にもだいぶ慣れたように見えるけど、やっぱりどこか落ち着かないらしい。

 

「思います、じゃなくて確認しなさい」

「は、はい」

 

 慌てて鞄の中を確認し始める。

 そんな様子を見て、親父が新聞越しに笑った。

 

「初登校だな」

「転校初日だからな」

 

 オレも湯飲みを置きながら言う。

 レイチェルは少し照れたように笑った。

 

 

 

 しばらくして。

 全員で家を出る。

 春の朝の空気は少しひんやりしていて心地いい。

 門扉を出たすぐのところで、

 

「ちょっと待った!」

 

 母さんが突然スマホを取り出した。

 

「……なんだ?」

「記念写真」

「は?」

 

 嫌な予感しかしない。

 

「ほらレイチェルちゃん、そこ立って」

「え? あ、はい」

 

 レイチェルが言われるまま門の前に立つ。

 朝日に照らされた真新しいセーラー服姿。

 銀がかった灰色の髪が風に揺れる。

 

「うんうん」

 

 母さんは満足そうに頷く。

 

「かわいい」

「そ、そうですか?」

 

 レイチェルは少し恥ずかしそうだった。

 カシャ。カシャ。

 何枚か撮る。

 親父も横から覗き込んでいた。

 

「似合ってるぞ」

「ありがとうございます」

 

 レイチェルがぺこりと頭を下げる。

 すると。

 

「じゃあ次」

 

 母さんがこちらを向いた。

 嫌な予感が的中した。

 

「正護も並んで」

「いや、なんで」

「いいから」

「いやだから――」

「いいから」

 

 有無を言わせない笑顔だった。

 オレは小さくため息を吐いて、レイチェルの隣へ立つ。

 なんか気まずい。

 というか距離感が分からない。

 レイチェルも同じらしく、妙に姿勢が良い。

 

「はい、撮るわよー」

 

 カシャ。

 母さんは撮った写真を見て。

 一瞬沈黙した。

 そして、

 

「あはははは!」

 

 吹き出した。

 

「なんだよ」

「二人とも顔固すぎるのよ!」

「……」

「……」

 

 オレとレイチェルは顔を見合わせる。

 親父もスマホを覗き込んだ。

 

「証明写真か?」

 

「そうよね」

 

 親父まで同意した。

 

「そんなにか?」

「そんなによ」

 

 母さんが即答する。

 レイチェルは恥ずかしそうに顔を赤くしていた。

 

「じゃあ今度はミィルも一緒に」

「え?は、はい」

 

 母さんに言われて、レイチェルは足元のミィルを抱き上げた。

 ミィルは大人しく抱えられている。

 もっと嫌がるかと思ったけど、意外だった。

 まあ、尻尾はめちゃくちゃ揺れてるけど。

 

「はい、撮るわよー」

 

 カシャ。

 今度はレイチェルも少し笑っていた。

 母さんが写真を確認する。

 

「うん」

「どうですか?」

「これはいいんじゃない?」

 

 満足そうに頷く。

 親父も覗き込む。

 

「そうだな」

 

 レイチェルは少し照れくさそうに笑った。

 ミィルも腕の中で満足そうだった。

 もし喋れたら今頃何か言ってそうだな。

 

 

 時計を見る。

 

「……そろそろ行くわ」

 

 オレは鞄を肩に掛けた。

 

「もうですか?」

 

 レイチェルが少し驚いたように聞く。

 

「ああ。オレは先に行く」

 

 そう言ってから、レイチェルを見る。

 

「後輩に話通しとくから」

「後輩?」

「中等部の知り合い何人かいるんだよ」

 

 オレは肩をすくめた。

 

「女子同士じゃなきゃ分かんねぇ事もあるだろ」

 

 レイチェルは少し目を見開いた。

 それから、嬉しそうに小さく笑う。

 

「……ありがとうございます」

「別に」

 

 なんとなく照れくさくて視線を逸らす。

 すると母さんが手を叩いた。

 

「私はレイチェルちゃんを学校まで送るわ」

「え?」

 

 レイチェルが目を丸くする。

 

「転校初日なんだから当然でしょ」

 

 母さんは笑った。

 

「先生にも挨拶しなきゃいけないし、職員室にも寄るんだから」

「あ……」

 

 言われてみればその通りだ。

 レイチェルも納得したように頷く。

 

「お願いします」

「任せなさい」

 

 母さんは頼もしく胸を張った。

 その様子を見ていた親父が苦笑する。

 

「レイチェルちゃんより灯子の方が張り切ってるな」

「当たり前でしょ」

「はいはい」

 

 親父は肩をすくめた。

 足元ではミィルが尻尾を揺らしている。

 まるで「それでいいわ」と言いたげだった。

 オレは小さく笑ってから玄関へ向かう。

 

「じゃ、行ってきます」

「いってらっしゃい」

 

 母さんと親父の声が重なる。

 レイチェルも慌てて続いた。

 

「いってらっしゃい」

 

「行ってくる」

 

 数歩歩いてから、ふと振り返った。

 門の前には制服姿のレイチェル。

 その隣には母さん。

 腕を組んで見送る親父。

 そして足元にはミィル。

 少し前まで想像もしなかった光景だった。

 

「じゃあな」

 

 手を軽く上げる。

 

「はい」

 

 レイチェルが頷く。

 

「また昼だな」

 

 その言葉に、レイチェルは少しだけ安心したように笑った。

 

「はい」

 

 その返事を聞いてから、オレは学校へ向かって歩き出した。

 後ろでは、母さんがレイチェルに何か話しかけている声が聞こえる。

 今日から始まる新しい日常は、どうやら思っていたより賑やかになりそうだった。

 

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