朝食を終えた頃には、空は気持ちよく晴れていた。
白米に味噌汁。焼き鮭に卵焼き。
いつも通りの朝食だったけど、今日は少しだけ空気が違う。
理由は分かっている。
レイチェルの学校初日だ。
「忘れ物ない?」
母さんが聞く。
「だ、大丈夫だと思います」
レイチェルは少し緊張した様子で答えた。
制服姿にもだいぶ慣れたように見えるけど、やっぱりどこか落ち着かないらしい。
「思います、じゃなくて確認しなさい」
「は、はい」
慌てて鞄の中を確認し始める。
そんな様子を見て、親父が新聞越しに笑った。
「初登校だな」
「転校初日だからな」
オレも湯飲みを置きながら言う。
レイチェルは少し照れたように笑った。
しばらくして。
全員で家を出る。
春の朝の空気は少しひんやりしていて心地いい。
門扉を出たすぐのところで、
「ちょっと待った!」
母さんが突然スマホを取り出した。
「……なんだ?」
「記念写真」
「は?」
嫌な予感しかしない。
「ほらレイチェルちゃん、そこ立って」
「え? あ、はい」
レイチェルが言われるまま門の前に立つ。
朝日に照らされた真新しいセーラー服姿。
銀がかった灰色の髪が風に揺れる。
「うんうん」
母さんは満足そうに頷く。
「かわいい」
「そ、そうですか?」
レイチェルは少し恥ずかしそうだった。
カシャ。カシャ。
何枚か撮る。
親父も横から覗き込んでいた。
「似合ってるぞ」
「ありがとうございます」
レイチェルがぺこりと頭を下げる。
すると。
「じゃあ次」
母さんがこちらを向いた。
嫌な予感が的中した。
「正護も並んで」
「いや、なんで」
「いいから」
「いやだから――」
「いいから」
有無を言わせない笑顔だった。
オレは小さくため息を吐いて、レイチェルの隣へ立つ。
なんか気まずい。
というか距離感が分からない。
レイチェルも同じらしく、妙に姿勢が良い。
「はい、撮るわよー」
カシャ。
母さんは撮った写真を見て。
一瞬沈黙した。
そして、
「あはははは!」
吹き出した。
「なんだよ」
「二人とも顔固すぎるのよ!」
「……」
「……」
オレとレイチェルは顔を見合わせる。
親父もスマホを覗き込んだ。
「証明写真か?」
「そうよね」
親父まで同意した。
「そんなにか?」
「そんなによ」
母さんが即答する。
レイチェルは恥ずかしそうに顔を赤くしていた。
「じゃあ今度はミィルも一緒に」
「え?は、はい」
母さんに言われて、レイチェルは足元のミィルを抱き上げた。
ミィルは大人しく抱えられている。
もっと嫌がるかと思ったけど、意外だった。
まあ、尻尾はめちゃくちゃ揺れてるけど。
「はい、撮るわよー」
カシャ。
今度はレイチェルも少し笑っていた。
母さんが写真を確認する。
「うん」
「どうですか?」
「これはいいんじゃない?」
満足そうに頷く。
親父も覗き込む。
「そうだな」
レイチェルは少し照れくさそうに笑った。
ミィルも腕の中で満足そうだった。
もし喋れたら今頃何か言ってそうだな。
時計を見る。
「……そろそろ行くわ」
オレは鞄を肩に掛けた。
「もうですか?」
レイチェルが少し驚いたように聞く。
「ああ。オレは先に行く」
そう言ってから、レイチェルを見る。
「後輩に話通しとくから」
「後輩?」
「中等部の知り合い何人かいるんだよ」
オレは肩をすくめた。
「女子同士じゃなきゃ分かんねぇ事もあるだろ」
レイチェルは少し目を見開いた。
それから、嬉しそうに小さく笑う。
「……ありがとうございます」
「別に」
なんとなく照れくさくて視線を逸らす。
すると母さんが手を叩いた。
「私はレイチェルちゃんを学校まで送るわ」
「え?」
レイチェルが目を丸くする。
「転校初日なんだから当然でしょ」
母さんは笑った。
「先生にも挨拶しなきゃいけないし、職員室にも寄るんだから」
「あ……」
言われてみればその通りだ。
レイチェルも納得したように頷く。
「お願いします」
「任せなさい」
母さんは頼もしく胸を張った。
その様子を見ていた親父が苦笑する。
「レイチェルちゃんより灯子の方が張り切ってるな」
「当たり前でしょ」
「はいはい」
親父は肩をすくめた。
足元ではミィルが尻尾を揺らしている。
まるで「それでいいわ」と言いたげだった。
オレは小さく笑ってから玄関へ向かう。
「じゃ、行ってきます」
「いってらっしゃい」
母さんと親父の声が重なる。
レイチェルも慌てて続いた。
「いってらっしゃい」
「行ってくる」
数歩歩いてから、ふと振り返った。
門の前には制服姿のレイチェル。
その隣には母さん。
腕を組んで見送る親父。
そして足元にはミィル。
少し前まで想像もしなかった光景だった。
「じゃあな」
手を軽く上げる。
「はい」
レイチェルが頷く。
「また昼だな」
その言葉に、レイチェルは少しだけ安心したように笑った。
「はい」
その返事を聞いてから、オレは学校へ向かって歩き出した。
後ろでは、母さんがレイチェルに何か話しかけている声が聞こえる。
今日から始まる新しい日常は、どうやら思っていたより賑やかになりそうだった。