わたしのはなむこさん。   作:たけのこ教徒

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第12話

 中等部校舎へ向かう。

 高等部の校舎とは渡り廊下で繋がっているが、普段オレが来ることはほとんどない。

 だからこそ。

 

「おはようございます、相馬先輩!」

「おう、おはよう」

 

 廊下ですれ違った後輩に挨拶される。

 

「先輩、この前ありがとうございました!」

「気にすんな」

「また助っ人お願いします!」

「機会があったらな」

 

 そんなやり取りを何度か繰り返しながら歩く。

 その様子を見ていた一年生らしい生徒が、

 

「あれ誰?」

「相馬先輩だよ」

「高等部の?」

「結構有名だよ」

 

 なんて話しているのが聞こえた。

 別に有名になりたいわけじゃないんだけどな。

 そんなことを思いながら廊下を歩いていると。

 

「あれ?」

 

 聞き覚えのある声がした。

 

「相馬先輩?」

 

 振り返る。

 そこにはブレザーを少し着崩した女子生徒が立っていた。

 

「よっ、愛衣」

 

「珍しいですね。相馬先輩が中等部来るなんて」

 

 愛衣が不思議そうな顔をする。

 

「頼みがある」

「はい?」

「今日そっちに転校生が入る」

「ああ!」

 

 愛衣が手を叩く。

 

「噂になってました!」

 

 そしてニヤニヤし始めた。

 

「先輩の彼女ですか?」

「違う」

 

 即答した。

 

「母さんの友人の子だ」

「あ、そうなんですか」

「今日からここ通うからフォロー頼む」

 

 愛衣は一瞬で察した顔になった。

 

「あー、なるほど」

「男のオレには相談しにくい事もあるだろ?」

 

「分かりました!」

 

 愛衣が胸を叩く。

 

「任せて下さい!」

 

 頼もしい。

 

「舞依と美以にも言っていいですか?」

「頼む」

「了解です!」

 

 元気よく敬礼する。

 なんで敬礼なんだ?

 

 ◇◆◇

 

 自分の教室へ戻る。

 ホームルーム前のざわめきの中、自分の席へ座った。

 何気なく窓の外を見る。

 中庭。

 そこを歩いている人影が見えた。

 

「あ」

 

 思わず声が漏れる。

 セーラー服姿のレイチェルだった。

 隣には母さん。

 さらに教師らしい女性が一緒に歩いている。

 職員室から教室へ向かっているのだろう。

 昨日まで家にいたはずなのに。

 こうして制服を着て学校を歩いている。

 それが妙に不思議だった。

 

 

「なあ、正護」

 

 草下の声で我に返る。

 

「どうした?」

「最近帰るの早くないか?」

「まあ、ちょっとな」

「ふーん」

 

 草下はそれ以上聞かなかった。

 代わりに。

 

「何かあったら言えよ?」

 

 そう言った。

 オレは少しだけ笑う。

 

「おう。サンキュー」

 

 ◇◆◇

 

 担任の先生と一緒に教室へ入る。

 緊張する。

 ものすごく。

 教室中の視線が集まっている気がした。

 

「それでは紹介します」

 

 先生が言う。

 

「今日からこのクラスで学ぶことになった、レイチェル・ラディーナさんです」

 

 わたしは一歩前へ出る。

 

「レイチェル・ラディーナです」

 

 声が少し震えた。

 

「よろしくお願いします」

 

 頭を下げる。

 すると。

 

「かわいい」

「髪綺麗」

「外国人だ」

 

 そんな声が聞こえてきた。

 先生が笑う。

 

「今日は転校初日だから、一限目は交流会にしましょう」

 

 教室が盛り上がった。

 その瞬間。

 わたしはクラスメイト達に囲まれていた。

 

「髪染めてるの?」

「……いえ、地毛です」

「違うの!?」

「すごい綺麗!」

「どこから来たの?」

「……アイルランドです」

「おー!」

「日本語上手!」

 

 質問が次々飛んでくる。

 頭が追いつかない。

 

「好きな食べ物は?」

「……甘いもの全般です」

「わかる!」

「日本にはいつ来たの?」

「数週間前です」

「なんで日本に?」

「お母さんの友達がショーゴさんのお母さんで……」

 

 昨日まで家で相談していた内容を思い出しながら答える。

 

「家の事情で、ショーゴさんのお家でお世話になってます」

 

「あー!」

 

 誰かが声を上げた。

 

「相馬先輩の家?」

「そうです」

 

 すると。

 

「相馬先輩いい人だよね」

「わかる」

「後輩にも優しいし」

「面倒見いいし」

 

 そんな声が聞こえた。

 なんだか少し嬉しくなる。

 その時。

 

「みんなちょっとどいてー」

 

 元気な声がした。

 

 人垣を割って三人の女の子がやって来る。

 

「私は愛衣!正護先輩にフォローを頼まれたの」

 

 ブレザーを少し着崩した女の子。

 

「舞依です」

 

 ブレザーをきちんと着た優しそうな雰囲気の女の子。

 

「美以です」

 

 眼鏡をかけたセーラー服の女の子。

 

「よろしくね!」

 

 愛衣が笑う。

 

「困ったら何でも言って!」

「緊張してると思うけど大丈夫だからね」

 

 舞依が優しく言う。

 

「授業で分からないところあったら教えるから」

 

 美以も頷いた。

 胸の奥が少し温かくなる。

 

「……ありがとう」

 

 自然にそう言えた。

 

 ◇◆◇

 

 二時限目以降。

 初めて見る教科書。

 初めて聞く授業。

 初めて座る教室。

 やっぱり緊張はした。

 チャイムが鳴るたびに少しびくっとしてしまうし。

 先生に当てられそうになるたび背筋が伸びる。

 それでも、ショーゴさんが教えてくれていた内容も多かった。

 

 数学も。

 英語も。

 思っていたより分かる。

 授業についていける。

 それが少し嬉しかった。

 

 ◇◆◇

 

 昼休み。

 

「レイチェル!」

 

 愛衣さんが駆け寄ってくる。

 

「相馬先輩と会うんでしょ?」

「……はい」

「私たちも行っていい?」

 

 舞依さんと美以さんも後ろにいた。

 少し迷ったけれど。

 わたしは勇気を出して言った。

 

「……一緒に行く?」

 

 三人の顔がぱっと明るくなる。

 

「行く!」

「もちろん」

「ありがとうございます」

 

 中庭へ着くと、ショーゴさん達が先に待っていた。

 

「おー」

 

 手を振ったのは、昨日家でも名前を聞いた男の子だった。

 

「来た来た」

 

 わたしは持っていた二つの弁当のうち一つをショーゴさんへ渡す。

 

「おっ、サンキュー」

 

 ショーゴさんが受け取った。

 

「母さん?」

「うん」

「なるほど」

 

 納得したように頷く。

 わたし達が席へ座ると、ショーゴさんが口を開いた。

 

「そういや紹介してなかったな」

 

 そう言って隣を指差す。

 

「こいつが草下」

「どうもー」

 

 草下さんが軽く手を上げる。

 

「帰宅部エースやってます」

「何のエースですか?」

 

 思わず聞いてしまった。

 

「さあ?」

 

 本人も分かっていなかった。

 

「ただの帰宅部だろ」

 

 ショーゴさんが呆れたように言う。

 みんな少し笑った。

 続いてショーゴさんがもう一人を見る。

 

「こっちが館花」

「バスケ部だ」

 

 館花さんは人懐っこい笑顔を浮かべる。

 

「正護にはいつも助っ人頼んでる」

「勝手に人を便利屋扱いするな」

「助かってるのは事実だから」

 

 館花さんは悪びれない。

 最後に。

 

「で、こっちが名古」

「よろしく」

 

 眼鏡をかけた穏やかな男の子が微笑む。

 

「野球部です」

「よろしくお願いします」

 

 わたしも頭を下げた。

 すると館花さんが笑う。

 

「そんな固くならなくていいぞ」

「うん」

 

 草下さんも頷く。

 

「正護の知り合いなら大歓迎だ」

「誰目線だよ」

 

 ショーゴさんが突っ込む。

 そのやり取りに、自然と肩の力が抜けた。

 そのまま皆で輪になって座る。

 

「初日どうだった?」

 

 名古さんが聞く。

 

「楽しかったです」

 

 本心だった。

 

「よかった」

 

 舞依さんが笑う。

 

「正護の家なんだって?」

 

 草下さんが言う。

 

「そうです」

 

「だから最近帰るの早かったのか」

 

 館花さんが頷く。

 

「めっちゃ納得した」

 

 草下さんも頷く。

 

「保護者してるもんな」

 

 名古さんが言った。

 

「誰が保護者だ」

 

 ショーゴさんが即座に否定する。

 

「してるじゃん」

「してるな」

「してるね」

 

 三方向から言われていた。

 少しだけ笑ってしまう。

 その様子を見た愛衣さんが小声で言った。

 

「やっぱり優しい先輩だよね」

「うん」

 

 舞依さんが頷く。

 

「安心した」

 

 美以さんも微笑む。

 わたしは周りを見回した。

 みんな笑っている。

 知らない場所だったはずなのに。

 知らない人ばかりだったはずなのに。

 不思議と居心地が悪くない。

 むしろ――来てよかった。

 そんなことを思いながら。

 わたしは少しだけ笑った。

 

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