わたしのはなむこさん。   作:たけのこ教徒

13 / 15
第13話

 

 レイチェルの学校初日。

 本来なら私もこっそりついて行くべきなのかもしれない。

 でも。

 今日だけは別にやるべき事があった。

 

 朝、学校へ向かう前。

 

 ショーゴに改めて話を聞かれていた時、ふと思い出したのだ。

 私たちがこの世界へ来た時の事を。

 いや。

 正確には、思い出したというより違和感に気付いた。

 

「そういえば……」

 

 私はレイチェルの膝の上で尻尾を揺らした。

 

「どうしたの?」

 

 制服姿のレイチェルが首を傾げる。

 

「ゲートよ」

「ゲート?」

「私たちが落ちてきた場所」

 

 レイチェルが小さく目を見開いた。

 

「……あ」

 

 思い出したらしい。

 私は続ける。

 

「正直、あの時はそれどころじゃなかったのよ」

 

 傷を負ったレイチェル。

 不安定なゲート。

 知らない世界。

 追ってきた祖父の部下。

 考える事が多すぎた。

 

「でも、今なら調べられるわ」

「調べる?」

「ええ」

 

 私は頷いた。

 

「ゲートの様子だけ見ておきましょう」

 

 もし壊れていたとしても。

 

「応急処置くらいならできるはずよ」

 

 そう思った。

 

 レイチェルは少し安心したような顔をする。

 

「ねえ、ショーゴ。この辺りに寂れた石造りの建物ってあるかしら?」

 

「寂れた石造りの建物?」

「そうよ」

「あー」

 

 ショーゴは納得した顔になる。

 

「ならあそこだな」

「知ってるの?」

「丘の上にある廃教会」

 

 即答だった。

 私は少し驚く。

 

「有名なの?」

「近所じゃ有名だな」

 

 ショーゴは苦笑した。

 

「昔から噂になってる場所だ」

「噂?」

「お化けが出るとかなんとか」

「お、おばけ……」

 

 レイチェルが少し青ざめる。

 

「廃墟だから崩れて危ないってんで大人から言われているが、子供の肝試しスポットだよ」

「ショーゴさんも?」

「昔一人で行った」

 

 当然のように言う。

 レイチェルが呆れた顔になった。

 私は思わず笑う。

 

「ま、何にも出なかったがな」

「ひとりで大丈夫?」

 

 レイチェルが聞く。

 私は鼻を鳴らした。

 

「誰に言ってるのよ」

「でも」

「大丈夫よ。ちょっと行ってくるだけよ」

「それはそうだけど……」

「レイチェル」

 

 私は少しだけ優しい声で言う。

 

「あなたは学校を楽しんできなさい」

 

 今日をどれだけ楽しみにしていたか知っている。

 だから。

 余計な心配をさせたくなかった。

 

「……うん」

 

 レイチェルが頷く。

 

「ありがとう、ミィル」

 

「任せなさい」

 

 私は胸を張った。

 

 ◇◆◇

 

 街外れの丘。

 風が強い。

 雑草がざわざわと揺れている。

 その先に。

 古びた石造りの建物があった。

 

「ここね」

 

 廃教会。

 ショーゴの言っていた通りだった。

 割れた鐘楼。

 崩れた祭壇。

 砕けたステンドグラス。

 苔むした壁。

 誰も管理していないのだろう。

 自然に侵食されている。

 

「ショーゴは昔ここで肝試ししたらしいけど」

 

 辺りを見回す。

 

「何も出なかったそうね」

 

 小さく笑う。

 

「まあ、普通はそうよね」

 

 そして礼拝堂跡へ降り立った。

 そこだった。

 私たちがこの世界へ現れた場所。

 見える人にしか分からない。

 感覚的な痕跡。

 世界と世界を繋いでいたゲートの残滓。

 私は意識を集中させる。

 探る。

 読み取る。

 そして。

 

「……壊れてる」

 

 小さく呟いた。

 完全に。

 跡形もなく。

 ゲートが死んでいた。

 私は眉をひそめる。

 

「おかしいわね」

 

 本来、世界を繋ぐゲートはそう簡単には壊れない。

 自然に閉じる事はある。

 だが、こんな壊れ方は異常だ。

 私は痕跡をさらに探る。

 

「あの人が壊した?」

 

 すぐに首を振った。

 ありえない。

 そんな事をしたら。

 私たちを連れて、自分も帰れなくなる。

 あの人は融通が利かないし、頑固だ。

 でも、愚かではない。

 やる理由がない。

 

「じゃあ……」

 

 壊れかけのゲートを無理やり通ったせい?

 その可能性はある。

 私はさらに深く探る。

 そして。

 

「……なにこれ」

 

 思わず声が漏れた。

 もう一度調べる。

 

「おかしい」

 

 さらに調べる。

 

「そんなはずない……」

 

 三回。四回。と何度も確認する。

 それでも、結果は変わらない。

 

「……変ね」

 

 私は首を傾げた。

 もう一度。

 慎重に。

 痕跡をなぞる。

 結果は同じ。

 何度調べても変わらない。

 だから認めるしかなかった。

 

「……なにこれ」

 

 私は息を呑む。

 私たちの痕跡がある。

 レイチェル、私。

 そして、あの人。

 そこまではいい。

 問題は。

 その先だった。

 

「私たちとあの人以外に……」

 

 誰かが通っている。

 ひとつ。ふたつ。みっつ。

 いや--、

 

「四つ……?」

 

 私は目を見開いた。

 知らない。

 全部知らない。

 そのどれもが。

 私の記憶にない。

 特に最後の一つ。

 妙に冷たい。

 まるで長い時間を眠っていたような。

 そんな違和感があった。

 背筋に嫌なものが走る。

 

「そんな……」

 

 もし。

 もし本当に。

 この痕跡が正しいなら。

 私たちがゲートを通った後で他にも何かが、こちらへ流れ込んだ事になる。

 

「どこへ行った……?」

 

 分からない。

 何も。

 分からない。

 私は完全に壊れたゲートを見つめた。

 修復できる?分からない。

 かかる時間は?分からない。

 方法は?もっと分からない。

 そもそも。

 本当に直せるの?

 自信がなくなっていく。

 あの人なら知っているかもしれない。

 でも、あの人だって知らない可能性がある。

 

「最悪……」

 

 私は呟く。

 

「このまま帰れない?」

 

 初めて。

 そんな考えが頭をよぎった。

 帰ったら。

 レイチェルに何て言う?

 ショーゴには?

 しばらく黙って立ち尽くす。

 風が吹く。

 雑草が揺れる。

 割れた鐘楼が軋む。

 そして。

 私は小さく息を吐いた。

 

「……これは、ちゃんと話さないといけないわね」

 

 レイチェルと。ショーゴにも。

 まだ、確証がない。

 余計な不安を与えるだけだ。

 今日はレイチェルにとって初めての学校。

 あんなに楽しみにしていた。

 それでも、これは隠してはいけない問題だ。

 

 

「帰りましょう」

 

 私は踵を返した。

 その時。

 風が吹いた。

 思わず振り返る。

 

「……?」

 

 誰もいない。

 崩れた礼拝堂。

 揺れる雑草。

 割れたステンドグラス。

 それだけ。

 私は数秒だけ警戒する。

 気配を探る。

 異常はない。

 何も見つからない。

 

「……気のせいよね」

 

 そう呟き。

 私は廃教会を後にした。

 誰もいなくなった礼拝堂。

 風が吹く。

 砕けたステンドグラスの破片に光が反射する。

 その奥。崩れた祭壇の影で。

 ほんの一瞬だけ。

 何かが動いた。

 けれど。

 それを見る者は、もう誰もいなかった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。