わたしのはなむこさん。   作:たけのこ教徒

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第14話

 

 放課後。

 終礼が終わり、教室は一気に騒がしくなった。

 部活へ向かう生徒。

 帰宅する生徒。

 雑談を続ける生徒。

 そんな中、オレは鞄へ教科書を放り込みながら口を開く。

 

「今日は悪い。バイトあるから助っ人無理だ」

「マジかー」

 

 名古が露骨に肩を落とした。

 その反応に思わず苦笑する。

 

「悪いな。次は助っ人入るからよ」

「他を当たれって事だな」

 

 館花がにやにやしながら言う。

 

「まあ、人数はギリ足りるからいいけどよ」

「だったら問題ないだろ」

「正護いると楽なんだよ」

「便利屋扱いすんな」

 

 館花は悪びれもせず笑った。

 草下も椅子を前後に揺らしながら口を開く。

 

「でも実際、部員足りない部活多いよな」

「あー」

 

 オレも頷く。

 

「うちの学校、部活と同好会合わせたらかなりあるからな」

「去年も新しい同好会できてたし」

 

 名古が言う。

 

「なんだっけ」

「ボードゲーム研究会と食い倒れ倶楽部」

「あったな」

「入りたい部活ないから自分で作るって話も聞くしな」

 

 館花が肩をすくめる。

 

「自由な学校だよな」

「まあ、それが売りらしいし」

 

 オレはそう返しながら席を立った。

 すると草下が思い出したように言う。

 

「そういや正護」

「ん?」

「バイトってどこだっけ」

「駅前の喫茶店」

「チェーン?」

「いや」

 

 首を振る。

 

「個人経営」

「へー」

 

 草下が意外そうな顔になる。館花と名古もだ。

 

「何やってんの?」

「注文取ったり」

「うん」

「配膳したり」

「うん」

「皿洗ったり」

「うん」

「掃除したり」

「うん」

「だいたいそんな感じ」

 

 すると草下たちが真顔になった。

 

「似合わねえ」

「どういう意味だ」

「なんかもっと」

 

 草下が考える。

 

「肉体労働って感じ」

「勝手なイメージだろ」

「だってお前接客してる姿想像できねえもん」

「失礼だな」

 

 館花と名古も笑っている。

 そんなにか。

 オレとしては普通に仕事してるつもりなんだが。

 

「まあいいや」

 

 スマホを取り出す。

 ロックを解除。

 レイチェルとのトーク画面を開いた。

 短く打ち込む。

 今日はバイトだから帰り遅くなるから、愛衣たちと帰れ

 送信。

 数秒後。すぐに既読がついた。

 そして返信。

 わかりました、お仕事頑張って下さい。

 律儀だな。思わず少し笑う。

 

「彼女か?」

 

 館花が即座に反応した。

 

「違う」

「早かったな否定」

「条件反射かよ」

 

 草下まで笑う。

 

「母さんの友人の子だって説明しただろ」

「はいはい」

「でも心配なんだろ?」

 

 名古が穏やかに言う。

 

「初日だったし」

 

 否定しようとして。

 少しだけ考える。

 

 まあ、心配じゃないと言えば嘘になる。

 

「愛衣たちいるから大丈夫だろ」

 

 そう言うと。

 館花が笑った。

 

「それ、心配してる奴の言い方だぞ」

「うるせえ」

 

 鞄を肩に掛ける。

 

「じゃあオレ行くわ」

「おう」

「バイト頑張れよ」

「接客で客泣かすなよ」

「だから何なんだよそのイメージ。泣かさねぇよ」

 

 友人たちの笑い声を背に。

 オレは教室を後にした。

 

 

◇◆◇

 

 駅前から少し外れた場所にある小さな喫茶店。

 チェーン店ではなく個人経営で常連客が多い店だ。

ロマンスグレーの店長と、穏やかな奥さんの夫婦で経営している。

 オレも孫のように可愛がってもらっている。

 

「お疲れ様。今日はもう上がっていいよ」

 

 客足も引いてきた頃、店長からそう言われ、

 

「お疲れ様でした」

「お疲れ様。気をつけて帰るんだよ」

「これ、持って帰って」

 

 オレの好物の賄いのピザ風ホットサンドを店長の奥さんから受けとる。

 店長の奥さんが紙袋を差し出す。

 中からいい匂いがした。

 

「ピザ風ホットサンド?」

「正護くん好きでしょ?」

「ありがとうございます。お疲れ様でした」

 

 バックヤードに入り、帰り支度する。

 スマホを見るとレイチェルから、お仕事お疲れ様です。今日は楽しかったです。とメッセージが来ていた。

 オレもレイチェルにバイト終わった。今から帰ると送り、店を出る。

 

 ◇◆◇

 

 夜風が吹く。

 住宅街へ向かう道。

 街灯の明かり。

 人影はない。

 そのはずだった。

 ふと、背後で何かが動いた気がした。

 振り返る。

 誰もいない。

 

「……気のせいか」

 

 そう呟いて歩き出す。

 けれど、胸の奥に引っ掛かるものが残った。

 昼間にも感じた視線。

 駅へ向かう途中にも感じた違和感。

 偶然にしては妙だった。

 オレは歩きながら周囲へ目を向ける。

 住宅街。街灯。塀。植え込み。

 異常はない。

 そう思った時だった。

 前方。電柱の影。

 誰かが立っていた。

 

「……」

 

 立っている。

 確かに。

 でも、妙だった。

 輪郭が曖昧だ。

 街灯に照らされているはずなのに顔が見えない。

 男なのか女なのかも分からない。

 オレが目を細めた瞬間。

 影は消えた。

 

「……は?」

 

 思わず足を止める。

 いない。

 確かにいたはずなのに。

 消えた。

 嫌な汗が流れた。

 そして、背後。

 ぞくりとした。

 振り返る。

 いた。

 今度は十メートルほど後ろ。

 街灯の下。同じ影。

 

「ッ!」

 

 本能が警鐘を鳴らした。

 逃げろ。

 理由なんか分からない。

 あれは駄目だ。

 オレは走り出した。

 住宅街を駆け抜ける。

 曲がり角を曲がる。

 公園の脇を抜ける。

 神社の前を通る。

 それでも、気配が消えない。

 追ってきている。

 

「なんなんだよ……!」

 

 息が上がる。

 それでも走る。

 頭に浮かんだのは、レイチェル。ミィル。

 あの日の襲撃。

 

「まさか……」

 

 アイツか?

 いや違う。

 あの外套の男じゃない。

 そもそも、アレは何なんだ。

 曲がり角を抜けた瞬間。

 足が止まった。

 行き止まり。

 

「最悪だろ……」

 

 息を整えながら振り返る。

 影がいた。

 ゆっくりとこちらへ歩いてくる。

 音がしない。足音すら。

 まるで、そこだけ現実から浮いているみたいだった。

 

「誰だ」

 

 返事はない。

 

「何なんだよお前」

 

 数秒の沈黙。

 そして、初めて影が口を開いた。

 

「見つけた」

 

 低い声だった。

 女らしき低くくぐもった不気味な声。

 

「……何をだよ」

 

「わたしの花婿」

 

「は?」 

 

 花婿?わたしの?

 意味が分からない。

 けれど。

 次の瞬間。影が消えた。

 

「ッ!?」

 

 反射的に横へ飛ぶ。

 直後。

 さっきまでオレがいた場所のアスファルトが砕けた。

 

「はぁ!?」

 

 人間じゃない。人間じゃない。

 オレは転がるように立ち上がる。

 影が再び迫る。

 速い。

 黒い光の球体……ソフトボールくらいのが飛んでくる。

 避ける。塀が砕けた。

 

「冗談だろ!」

 

 オレは逃げる。

 でも、追いつかれる。

 逃げる。追いつかれる。

 距離が縮まる。

 限界だった。

 次の攻撃。

 避けられない。

 そう思った時。

 腹の奥が熱くなった。

 

「……?」

 

 妙な感覚だった。

 身体の中で何かが脈打つ。

 熱い。

 でも苦しくない。

 むしろ、力が湧いてくる。

 

「なんだ……これ」

 

 影が迫る。

 反射的に。

 オレは両腕を前へ向けた。

 瞬間。

 轟音が響いた。

 

「――――ッ!?」

 

 吹き飛んだのは影だった。

 数メートル先まで弾き飛ばされる。

 オレ自身も驚いた。

 

「は?」

 

 視線を落とす。

 いつの間にか。

 両手には二丁の拳銃が握られていた。

 右手に黒。左手に赤。

 飾り気のないシンプルなデザイン。

 初めて見るはずなのに。

 なぜか分かる。

 手に馴染む。

 まるで昔から使っていたみたいに。

 

「なんだよ……これ」

 

 身体が悲鳴を上げている。

 力に耐えられない。

 使い方も分からない。

 影が再び近付いてくる。

 終わった。

 そう思った。

 その時だった。

 

「ショーゴさん!」

 

 聞き慣れた声。

 振り返る。

 レイチェルだった。

 制服姿のまま走ってくる。

 肩にはミィル。

 

「間に合った!」

 

 ミィルが叫ぶ。

 

「レイチェル!」

 

 レイチェルがオレの前へ立つ。手にはレイピアが握れていた。

 切っ先を影に向けてを睨む。

 

「ショーゴさんから離れて」

 

 静かな声だった。

 でも、怒っていた。

 明らかに。

 影が動く。

 レイチェルも動く。

 ぶつかる。

 衝撃。

 風が吹き抜ける。

 普通の人間には見えない速度。

 

 オレは目を見開いた。

 レイチェルがここまで強いとは思っていなかったし、改めて異世界人という事を理解させられた。

 

「ミィル!」

「分かってるわ!」

 

 ミィルが宙へ浮かぶ。

 淡い光が周囲へ広がる。

 レイチェルを包む。

 動きがさらに速くなる。

 影が初めて後退した。

 

「逃がさない!」

 

 レイチェルが踏み込む。

 だが、その瞬間。

 影の輪郭が揺らいだ。

 

「……!」

 

 ミィルが目を見開く。

 

「レイチェル! 下がって!」

 

 レイチェルが飛び退く。

 直後。

 影は霧のように崩れた。

 

 そして、消えた。

 静寂。夜風だけが吹く。

 

「逃げた……?」

 

 レイチェルが呟く。

 ミィルは険しい顔のままだった。

 

「違うわ」

「え?」

「最初から様子を見てたのよ」

 

 ミィルは暗闇を睨む。

 

「まるで確認するみたいに」

 

 その言葉に、オレは背筋が冷えた。

 確認?何を?

 そう思った時、ミィルがこちらを見る。

 

「ショーゴ」

「……なんだ?」

「今の力」

 

 いつになく、真剣な顔だった。

 

「たぶん」

 

 一度言葉を切る。

 

「目覚めたわね」

「……は?」

 

 

 静寂が戻る。

 オレは荒い息を整えながら、自分の手を見る。

 

「なんだよ……これ」

 

 呆然と呟く。

 視線を落とす。

 そこで初めて気付いた。

 いつの間にか。

 両手には二丁の拳銃が握られていた。

 右手に黒。左手に赤。

 飾り気のないシンプルな形。

 冷たく、重い。

 マンガや映画、ゲームでは見たことがある。

 実物なんて見たことがない。

 それでも分かった。

 間違いなく拳銃だ。

 不思議な感覚だった。

 本物なんて触ったこともない。

 なのに、コイツの扱い方をなぜか知っている気がした。

 扱い方なんて知らないはずなのに、オレは知っている。

 そんな奇妙な感覚があった。

 そして、両腕に鈍い痺れが残っていた。

 発砲した反動。

 そうとしか思えない感覚だった。

 

「ショーゴさん」

 

 レイチェルが恐る恐る声を掛けてくる。

 

「ん?」

「それ……何?」

「え?」

「武器……なの?」

 

 レイチェルはまじまじとオレの両手を見ていた。

 ミィルも同じだ。

 オレは拳銃へ視線を落とす。

 

「たぶん拳銃だ」

 

 銃について詳しいわけじゃない。

 どこの国のものかも、名前も分からない。

 でも、拳銃であることだけは確信できた。

 

「けんじゅう?」

 

 レイチェルが首を傾げる。

 ミィルも同じ顔をしていた。

 

「知らないのか?」

「聞いた事ないわね」

「わたしも」

 

 オレは逆に驚いた。

 二人の世界には銃がないのか。

 

「火薬って分かるか?」

「かやく?」

 

 レイチェルが少し考える。

 

「うん。花火とかで使われるのでしょ?」

 

 花火はあるんだな。

 

「簡単に言うと」

 

 オレは拳銃を軽く持ち上げる。

 

「コイツの中で火薬を爆発させて、弾を飛ばして遠くの相手を攻撃する武器だ」

「へえ……」

 

 レイチェルが感心したように呟く。

 

「遠くから攻撃するためだけに作られた武器なのね」

「まあ、そうなるな」

「大砲みたいな武器ね」

 

 ミィルが言った。

 確かにそうだ。

 歴史の授業で習った。

 大砲から発展して銃が生まれたって。

 

「大砲はあるのか?」

「大昔は使われていたわ」

 

 ミィルは頷く。

 

「それこそ魔法が栄えるずっとずっと昔の話よ」

「今は?」

「火薬を兵器として利用するのは禁止されているわ」

 

 さらりと言う。

 オレは思わずミィルを見る。

 

(こいつ、本当に何歳なんだ……)

 

 言い方が歴史の本を読んだ人間じゃない。

 まるで見てきたみたいだった。

 

「魔法が身近にある世界か……」

 

 改めて実感する。

 レイチェルとミィルは。

 本当に異世界から来たんだな。

 ミィルはしばらく拳銃を見つめていた。

 何かを考えるように。

 そして。

 

「ショーゴ」

「なんだ?」

「それ」

 

 一度言葉を切る。

 

「あなたの能力かもしれないわ」

「オレの?」

「能力が武器の形で発現する人は珍しくないのよ」

「そんなのいるのか?」

「いるわ」

 

 ミィルは頷く。

 

「レイチェルもそう」

「……うん」

 

 レイチェルが頷く。

 手にしていた細身の剣を少し持ち上げた。

 

「これがそう」

 

 レイピア。

 あの剣も能力が形になったものなのか。

 じゃあ、この拳銃もオレの能力?

 聞きたい事はいくらでもある。

 能力って何だ?

 どういう仕組みなんだ?

 何で急に目覚めた?

 そう思って口を開こうとした時だった。

 ふっ。と、拳銃が軽くなった。

 

「ん?」

 

 輪郭が揺らぐ。

 黒い銃身が光の粒へ変わる。

 

「待て」

 

 思わず握り直した。

 だが、指の隙間から零れるように崩れていく。

 続いて赤い方も。

 同じように。

 光へ変わる。

 夜風に乗り。

 静かに消えていった。

 

「消えた……」

 

 呆然と呟く。

 もう手の中には何もない。

 それなのに。

 掌にはまだ感触が残っていた。

 冷たさ。

 重さ。

 そして。引き金に掛けていた指の感覚。

 確かにそこにあった証拠みたいに。

 ミィルが呟く。

 

「目覚めたばかりだから、形状を維持できてないのね」

 

 顎に手を当てる。

 

「初めて覚醒したなら数秒で消えること自体は珍しくないわ」

「そうなのか?」

「ええ」

 

 ミィルは頷く。

 

「誰だって最初はそんなものよ」

「つまり?」

 

 ミィルは真顔になった。

 

「能力を自覚すること」

「……」

「そして維持すること」

 

 一呼吸置く。

 

「今後の課題ね」

「課題って言われてもな……」

「詳しい話は帰ってからにしましょう」

 

 ミィルが周囲へ耳を向けた。

 

「騒がしくなってきたわ」

 

 言われて気付く。

 遠くからサイレンが聞こえていた。

 だんだん近付いてくる。

 銃声を聞いた誰かが通報したんだろう。

 

「確かにな」

 

 オレは頷く。

 

「ここにいると面倒だ」

「じゃあ行きましょう」

 

 レイチェルが言った。

 オレ達は足早にその場を後にした。

 

 走る。夜道を。住宅街を、サイレンから離れるように。

 走りながら、オレは何度も両手を見る。

 もちろん。

 もう拳銃はない。

 どこにも。

 でも、確かにあった。

 あの重さも。

 冷たさも。

 反動も。

 全部覚えている。

 

「……夢じゃないよな」

 

 ぽつりと呟く。

 隣を走るレイチェルも、肩に乗ったミィルも。何も言わなかった。

 ただ、三人とも同じ事を考えていた。

 今日、また何かが変わった。

 そしてきっと。

 もう以前と同じ日常には戻れない。

 そんな予感だけが。

 夜風の中で静かに膨らんでいた。

 

 

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