わたしのはなむこさん。   作:たけのこ教徒

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第16話

 

 部屋の空気が静まり返る。

 ミィルは一度だけ目を閉じ、小さく息を吐いた。

 

「本当は……ショーゴが襲われていなくても、今日ちゃんと話すつもりだったの」

 

 レイチェルもオレも、黙って続きを待つ。

 

「今日、レイチェルが学校へ行っている間に、私はゲートがあった場所へ行ってきたわ」

「あの廃教会か」

「ええ」

 

 ミィルは頷く。

 

「確認したかったの。帰るためのゲートがどうなっているか」

 

 そこまで聞いて、嫌な予感がした。

 

「……結果は?」

 

 オレが聞く。

 ミィルはほんの少しだけ目を伏せた。

 

「完全に壊れていたわ」

 

 短い言葉だった。

 だけど、その重さは十分すぎるほど伝わってきた。

 

「完全に?」

「ええ」

 

 ミィルは静かに頷く。

 

「応急処置どころじゃなかった。修復方法も、今の私には見当もつかないくらい壊れていたわ」

 

 レイチェルが小さく息を呑む。

 

「じゃあ……」

 

 震える声だった。

 

「わたしたち……帰れないの?」

 

 その問いに、ミィルはすぐには答えられなかった。

 沈黙。

 それだけで十分だった。

 

「現時点では……ね」

「……」

 

 レイチェルの笑顔が消えた。

 ゆっくり俯く。

 膝の上で両手を握り締める。

 ぎゅっと、白くなるほど強く。

 その肩が、小さく震えていた。

 家出同然で飛び出したとはいえ。

 レイチェルには帰る家がある。

 父さんと母さんがいる。

 いつか帰れる。

 そう信じていたはずだ。

 それが、帰れないかもしれない。

 その現実は、想像以上に重かった。

 オレも何て言えばいいのか分からず、黙っていた。

 

「でも」

 

 ミィルが続ける。

 

「もっとおかしい事があったの」

「まだあるのか?」

「ええ」

 

 その表情は真剣だった。

 

「ゲートの痕跡を調べたら、私たちと、レイチェルを追ってきたあの人以外の痕跡が残っていたの」

「……え?」

 

 レイチェルが顔を上げる。

 

「誰かが……通ってきたって事?」

「そういう事になるわ」

 

 ミィルは頷いた。

 

「しかも一つじゃない」

 

 部屋がまた静かになる。

 

「三つ……いえ」

 

 ミィルは首を横に振る。

 

「四つ」

「四つも?」

「全部、私の知らない気配だった」

 

 オレは思わず腕を組む。

 

「その中の一つが……」

 

 ミィルはオレを見る。

 

「今日、ショーゴを襲った影だったんじゃないかと思う」

「根拠は?」

「廃教会を出る時」

 

 ミィルは少し遠くを見る。

 

「誰かに見られている気がしたの」

 

 風。気配。

 振り返っても誰もいなかった。

 

「でも」

 

 ミィルは小さく呟く。

 

「気配だけは、確かにあった」

 

 オレは今日の出来事を思い返す。

 昼。帰り道。

 バイトへ向かう時。バイト帰り。

 何度も感じた視線。

 全部。繋がっていたのかもしれない。

 

「じゃあ」

 

 オレが言う。

 

「オレを狙ってた理由は?」

「まだ分からない」

 

 ミィルは首を振る。

 

「でも」

 

 一拍置く。

 

「花婿、という言葉だけは気になるわ」

 

 部屋に沈黙が落ちる。

 誰も答えを持っていない。

 だから、考えても仕方がなかった。

 

「……帰れないなら」

 

 オレはゆっくり口を開く。

 二人がこちらを見る。

 

「帰れる方法を探せばいい」

 

 レイチェルが目を丸くした。

 

「影も、ゲートも、能力も……分からない事ばっかだけどさ」

 

 肩をすくめる。

 

「知らないまま困ってても進まないだろ」

 

 レイチェルは少しだけ笑った。

 本当に少しだけ。

 

「……うん」

 

 その返事を聞いて。

 ミィルも表情を和らげた。

 

「ありがとう、ショーゴ」

「礼を言われる事じゃない」

 

 そう返すと。

 ミィルが急に胸を張った。

 

「それと!」

「ん?」

「私も記憶を辿って調べるわ!」

「記憶?」

「もちろん」

 

 得意げに鼻を鳴らす。

 

「レイチェルに勉強も魔法も教えてきたんだから。本に書いてあった事くらい全部覚えてるわ」

「全部?」

「全部よ」

 

 少し自慢げだった。

 

「そりゃすごいな」

「もっと称えなさい」

 

 その一言に思わず笑ってしまう。

 オレは紙袋から残っていたホットサンドを取り出した。

 

「ほら」

「!」

 

 ミィルが目を輝かせる。

 

「褒美」

「ふふん」

 

 得意そうな顔で受け取る。

 一口。もぐもぐ。

 その瞬間。

 ミィルの尻尾がぶんぶん揺れ始めた。

 

「美味いか?」

「……悪くないわね」

 

 全然説得力がない。

 尻尾が止まっていない。

 レイチェルも思わず笑った。

 少しだけ、部屋の空気が軽くなる。

 

「で」

 

 オレは改めて聞く。

 

「そのゲートを壊した気配だか影だかを、どうにかすればいいんだな?」

「取り敢えずはね」

 

 ミィルは頷いた。

 

「でも今は情報が少なすぎる」

「確かにな」

「廃教会も調べたいけど」

 

 ミィルはため息をつく。

 

「明日は外へ出ないってトーコと約束したし」

「それ以前に」

 

 オレは苦笑する。

 

「銃声の犯人はオレだ」

「そうだったわね」

 

 三人で苦笑した。

 

「じゃあ明日は」

 

 オレは指を折る。

 

「能力について勉強」

「うん」

「ゲートについて調べる」

「ええ」

「帰る方法を探す」

「もちろん」

「そのためには」

 

 ミィルが真剣な顔になる。

 

「ショーゴ」

「なんだ?」

「あなたの能力を安定して使えるようになってもらわないと」

「ああ」

 

 オレも頷く。

 

「あの影はオレを狙ってるんだろ?」

「理解が早くて助かるわ」

 

 ミィルが小さく笑う。

 

「あの影については、もう少し情報が集まってから話す」

「分かった」

 

 レイチェルも静かに言った。

 

「……わたしも協力する」

 

 オレは頷く。

 

「頼りにしてる」

 

 レイチェルが少し照れくさそうに笑う。

 ミィルもホットサンドを食べ終え、小さく頷いた。

 やる事は山積みだ。

 能力の事。

 レイチェル達が帰る方法。

 廃教会。

 あの影。

 そして、"花婿"という謎の言葉。

 

「……面倒な事になったな」

 

 思わず苦笑する。

 でも、もう知らなかった頃には戻れない。

 だったら。前へ進むしかない。

 三人で。

 一つずつ解決していけばいい。

 そんな気がしていた。

 

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