わたしのはなむこさん。   作:たけのこ教徒

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第6話

 

 昇降口の傘立てを確認すると――

 

「……あ」

 

 見覚えのある黒い傘が、そこに刺さっていた。

 持ち手につけていた小さな傷まで同じだ。

 間違いない。オレの傘だった。

 

「返ってきてんじゃん」

 

 半ば諦めていたけど、こうして戻ってくると少しだけ得した気分になる。

 

 昨日の雨の中を走ったことを思い出しながら、オレは小さく肩をすくめた。

 

「……まあ、いっか」

 

 誰が持っていったのかは知らない。

 間違えたのか、わざとかもわからない。

 でも、返ってきたならそれで十分だった。

 オレは教室へ向かう。

 朝の廊下はいつもの騒がしさだった。

 部活の話をしてるやつ。

 慌てて宿題を写してるやつ。

 窓際でぼーっとしてるやつ。

 いつも通りの光景。

 

「おーす」

 

 教室に入って片手を上げる。

 

「よっ、おはよう」

「おー」

「はよー」

 

 あちこちから適当な挨拶が返ってきた。

 オレも適当に手を振り返しながら、自分の席へ向かう。

 すると、途中で草下(くさか)がこちらを見て眉を上げた。

 

「どうした正護、制服なんか新しくね?」

「あー」

 

 オレは自分の詰襟を見る。

 今着てるのは予備のやつだ。

 

「昨日、傘を誰かに持ってかれてな」

「は?」

「帰るとき傘立て見たらなかった」

「うへぇ……」

 

 草下が露骨に嫌そうな顔をする。

 

「あの雨ん中、傘なしで帰ったのかよ」

「まあな」

「いやキツいな……」

 

 しかも昨日はかなり降ってた。

 思い返してみると、よくあの状態でレイチェルとミィルまで抱えて帰ったなと思う。

 

「にしても、お前の傘パクる奴いるんだな」

「さっき見たら返ってきてたよ」

「お、マジか」

「だからまあ、いいんだよ」

 

 オレはそう言って、机脇の鞄掛けにバッグを引っかける。

 椅子を引いて座ると、いつもの教室の空気が身体に馴染んだ。

 窓の外は、昨日と違ってきれいに晴れている。

 

「……」

 

 なんとなく、スマホに目が向く。

 家には今頃、レイチェルとミィルがいるはずだ。

 母さんもいるから問題ないだろうけど、少し心配だな。

 

「……どうした?」

 

 草下が不思議そうに聞いてくる。

 

「いや、別に。何でもない」

 

 オレはスマホから視線を外した。

 変な感じだ。

 昨日まで、ただのいつもの日常だったのに。

 今は家に、“普通じゃないもの”がある。

 けど。

 

「……まあ、悪くねえか」

「ん?」

「なんでもねえ」

 

 オレは適当にごまかして、机に肘をついた。

 ホームルーム開始まで、あと少し。

 教室のざわめきは、いつもと変わらず続いていた。

 

 

 時間は過ぎ、昼休み。

 授業が終わるチャイムと同時に、教室の空気が一気に緩む。

 椅子を引く音。

 机を寄せる音。

 購買へ走るやつ。

 いつもの昼休みだ。

 今日は母さんに「食堂で食べる」って伝えてあるから弁当はない。

 

 

「正護、草下、食堂行こうぜ」

 

 後ろの出入口から声が飛んできた。

 振り返ると、館花(たちばな)名古(なご)が立っていた。

 

「おう、今いく」

 

 オレと草下は立ち上がり、そのまま二人のところへ向かう。

 

「今日混んでるかな」

「この時間ならまだマシじゃね?」

 

 そんなことを話しながら食堂へ向かう。

 昼の廊下はやたら騒がしい。

 部活の勧誘ポスター。

 パンを咥えて歩いてるやつ。

 窓際で弁当広げてる女子グループ。

 学校全体が、ようやく息をついたみたいな空気だった。

 

 

 食堂に入ると、すでにそこそこ人が入っていた。

 けど、満席ってほどじゃない。

 ここは食券式で、注文してから来るまでが早い。

 しかも普通にうまい。

 下手な飯屋より当たりだったりする。

 

「俺が席確保しとくから、トマトパスタ頼む」

 

 館花がそう言って金をオレに押し付けてくる。

 

「はいよ、任せな」

 

 館花はそのまま空いてる席を探しに行った。

 オレたちは券売機の前へ。

 

「オレはカツ丼定食にするかな」

「俺はきつねうどん」

 

 草下が言う。

 

「僕はホットサンドとコーヒーかな」

 

 名古は相変わらず軽めだ。

 

「昼それで足りんのか?」

 

「二時限目の終わりにパン食べたから、あまり空いてないんだ」

 

 名古は肩をすくめた。

 そういえば、パン食べてたな。

 食券を買ってカウンターへ渡す。

 番号札代わりの小さな子機を受け取ってから、館花の確保した席へ向かった。

 

「お、来た来た」

 

 四人席に荷物を置きながら館花が手を振る。

 

「今日バスケ来れるんだろ?」

「一応な」

 

 オレは椅子に座りながら答えた。

 

「助っ人だけどな」

「助かるわマジで。今日相手校と練習試合なのに、一人熱出してさ」

「人数ギリギリなんだっけ」

「そうそう」

 

 館花がため息をつく。

 

「五対五できなきゃ話にならん」

「オレ、そんな上手くねえぞ」

 

「お前運動能力でどうにかするじゃん」

「雑すぎんだろ評価」

 

 そんなことを言ってると、ポケットの子機が震えた。

 

「あ、来た」

 

 館花と名古が立ち上がる。

 

「持ってくるわ」

「悪い」

 

 オレたちは席で待ちながら、水を飲んだ。

 周囲は昼休みらしい騒がしさで満ちている。

 食器の音。

 笑い声。

 厨房の呼び出し。

 妙に平和だ。

 

「そういや正護、最近バイトどうなん?」

 

 草下が聞いてくる。

 

「まあまあ普通だな」

「普通ってなんだよ」

「普通は普通だろ?」

 

 オレが適当に返すと、草下は呆れた顔をした。

 

「お前ほんと淡白だよな」

「そうか?」

「そうだよ」

 

 そこへ、料理を持った館花たちが戻ってきた。

 

「ほい、カツ丼」

「サンキュ」

 

 湯気の立つカツ丼定食がテーブルに置かれる。

 卵の香りがかなりうまそうだ。

 

「いただきます」

 

 軽く手を合わせて、箸を取る。

 一口食べる。

 

「……うま」

 

 いつも弁当で食堂を利用する事なんてほとんどなかったが、美味い。

 

「だろ?」

 

 館花が得意げに笑う。

 

「ここの食堂レベル高いんだよな」

 

 確かにそう思う。

 値段のわりにちゃんとしてる。

 四人で食事しながら、話題は自然と放課後の部活の話へ流れていった。

 

「野球部今日走り込みなんだよなぁ……」

 

 名古がコーヒーを飲みながらぼやく。

 

「お前んとこ毎日走ってね?」

 

「走るスポーツだからね」

 

「バスケも走るぞ」

 

 館花が言う。

 

「だから正護が必要なんだよ」

「数合わせだろ」

「でもお前普通に動けるじゃん」

 

 オレは肩をすくめる。

 別にどこかの部活に所属してるわけじゃない。

 基本はバイト優先。

 ただ、人数が足りない時とか、雑務が必要な時とか、そういう時だけ顔を出してる。

 そのせいで、妙に色んな部活に知り合いがいる。

 

「草下は今日も帰宅?」

「帰宅部エースだからな俺」

「威張ることか?」

 

 くだらないやり取りに、小さく笑いが起きる。

 ――いつもの昼休み。

 昨日までと変わらないはずなのに。

 ふとした瞬間、頭の隅に銀色の髪がよぎった。

 今頃、家で何してるんだろうな。

 

「正護?」

「ん?」

「聞いてるか?」

「あー、悪い。ちょっとボーッとしてた」

 

 オレは意識を戻しながら、味噌汁をすすった。

 ……なんか、思ったより気にしてるな、オレ。

 

 

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