わたしのはなむこさん。   作:たけのこ教徒

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第9話

 

「……ごめんなさい」

 

 わたしは、もう一度そう言った。

 膝の上で握った手が、小さく震えている。

 ショーゴさんはベッドに座ったまま、何も言わない。

 ミィルも静かだった。

 部屋の中には、時計の秒針だけが小さく響いている。

 わたしはゆっくり息を吸った。

 

「……最初から、話すね」

 

 逃げない。

 今度は、ちゃんと。

 

「わたしがいた場所は……この世界じゃないの」

 

 ショーゴさんの眉がぴくりと動く。

 けれど何も言わない。

 ただ聞いてくれていた。

 

「ミィルが言ったみたいに、わたし達は追われてる」

「……」

「でも、悪いことをして逃げてきたわけじゃないの」

 

 少しだけ視線を落とす。

 

「わたしのお母さんは……元々この世界の人じゃない、この世界のお父さんと出会って結婚したの」

 

「……え?」

 

 ショーゴさんが顔を上げた。

 

「親父さんが……この世界の人?」

 

「うん」

 

 小さくうなずく。

 

「お母さんは昔、お父さんと出会って……一緒になって、元の世界へ帰って来たって聞いてる」

 

 思い出す。

 小さい頃。

 お母さんが笑いながら話してくれたことを。

 知らない街の景色。

 夜でも明るい世界。

 空を飛ぶ鉄の鳥。

 たくさんの人。

 たくさんの出会い。

 

『お父さんと出会った時ね――』

 

 楽しそうに話す顔が好きだった。

 わたしはその時間が好きだった。

 

「お母さんとお父さんの話、わたし好きだったの」

 

 自然と、少しだけ笑みが浮かぶ。

 

「お母さんがすごく楽しそうだったから」

 

 少しだけ間を置いて。

 

「……だから、憧れてた」

 

 声が小さくなる。

 

「わたしも外の世界を見てみたいって」

「……」

「素敵な出会いとか、してみたいって思ってた」

 

 言い終わったあと、なんだか少し恥ずかしくなった。

 視線を逸らす。

 

「……なんか、変かな?」

「いや」

 

 ショーゴさんは即座に否定した。

 

「別に変じゃねえよ」

「……っ」

 

 胸が少しだけ軽くなる。

 でも。

 まだ終わってない。

 

「お父さん達から……来る方法だけは聞いてたの」

 

 隣でミィルが小さくため息を吐いた。

 

「もちろん私は反対したのよ?」

「……うん」

「でも聞かなかったのよ、この子」

「……ごめん」

「昔からそうなんだから」

 

 ミィルが呆れた顔をする。

 その様子に、ショーゴさんが少しだけ笑った。

 ほんの少しだけ、空気が和らぐ。

 

「家を出て……外の世界へ行こうとした」

「……家出か」

「……う」

 

 言い方がそのまますぎる。

 

「結果的にはそう……かな」

 

「そうね」

 

 ミィルが頷いた。

 

「完全に家出よ」

 

「ミィル……!」

 

「事実でしょう?」

 

 ぐうの音も出ない。

 ショーゴさんが口元を押さえて肩を震わせている。

 笑ってる。

 なんで。

 

「……で?」

 

 少し落ち着いたショーゴさんが聞いてくる。

 わたしは再び表情を引き締めた。

 

「外の世界へ繋がるゲートの前で、追いつかれたの」

「追ってきた人に?」

「うん」

 

 思い出す。

 あの時の声。

 

『お嬢様、お戻りください』

 

 静かな声だった。

 

『今ならまだ間に合います』

『おじい様もご心配されています』

「帰りましょうって言われた」

「でも行ったんだな」

「……うん」

 

 小さく頷く。

 

「嫌だったから」

 

 ミィルが耳を下げた。

 

「向こうも本気じゃなかったのよ」

「……え?」

「拘束するつもりだったの」

 

 ミィルの顔が少し険しくなる。

 

「でも私が飛び出して、それで攻撃が逸れて……ゲートが壊れた」

「それで……」

「気づいたら、雨の中だった」

 

 そして。

 ショーゴさんと出会った。

 わたしは膝の上で手を握りしめる。

 

「……今日ショーゴさんを襲った人」

 

 喉が少し苦しくなる。

 

「多分、わたし達を追ってきた人」

「……」

「きっと、ショーゴさんから何か感じたんだと思う」

 

 ミィルが続ける。

 

「レイチェルを抱き上げた時、この子の力が少し移ったのよ」

「それに私のマーキングもあった」

「……マーキング?」

「目印みたいなもの」

 

 ショーゴさんの顔が微妙に引きつる。

 

「だから敵だと思われたの」

 

 俯く。

 

「……ごめんなさい」

 

 手が震える。

 

「本当は巻き込みたくなかった」

「わたしが勝手に飛び出して」

「ショーゴさんは何も悪くないのに」

「……」

 

 沈黙。

 怖かった。

 怒られるかもしれない。

 当然だと思った。

 でも。

 

「……なるほどな」

 

 ショーゴさんは頭を掻いた。

 

「……え?」

「いや、意味分かんねぇ」

「え」

「異世界とか、幻獣とか、エネルギーとか」

 

 ベッドに倒れ込む。

 

「情報量が多すぎる」

「……」

「……」

 

 数秒の沈黙。

 

「でもまあ」

 

 ショーゴさんが天井を見たまま言う。

 

「今さら出てけってのも違うだろ」

 

 わたしは目を見開いた。

 

「……え?」

 

 ショーゴさんは起き上がる。

 

「巻き込まれたのは確かだけどさ」

「オレ、お前ら助けたの後悔してねえし」

「……っ」

「だから」

 

 ショーゴさんが立ち上がって、手を差し出した。

 

「改めてよろしくな、レイチェル」

 

 頭の中が真っ白になる。

 しばらく動けなかった。

 

「ほら、レイチェル」

 

 ミィルが呆れた声を出す。

 

「う、うん」

 

 慌てて立ち上がる。

 そして。

 震える手を伸ばした。

 

「……よろしく、お願いします」

 

 ぎゅっと握る。

 温かかった。

 その横で。

 

「当然、私も含まれてるわよね?」

 

 ミィルが偉そうに胸を張った。

 

「……お前もか」

「当然よ」

 

 ショーゴさんは苦笑しながら、小さな前脚とも握手した。

 その瞬間だけは。

 さっきまでの重たい空気が、少しだけ消えた気がした。

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