失意のうちに惨殺され、死して呪霊となった巫女が素体となった怨霊である。
600年、とある山の土地神として祀られる間に自我を取り戻したことで、人間に対して害意を持たなくなった。
山守の末裔からは「ダラさん」と名付けられ、もう一人の家族のように慕われた存在である。
そして、呪霊操術の術式対象である。
2018年4月某日。
京都府立呪術高等専門学校に入学した新田新は入学早々、教室で一人イライラしていた。
東京で補助監督をしている姉から「今年の1年は男2人になるんやって。仲良ぉしなよ」とお節介なネタバレメールを喰らったからだ。
学友との邂逅にドキドキワクワクするほど子供ではないが、だからといってネタバレも癪に障る。
オーダーして届いたばかりの礼服風の制服に袖を通した時の爽快さをキープしていたかったのに。
新田の貧乏ゆすりが止まらない。
「さぁ、ここだよ」
廊下から女性の声が聞こえてきた。京都校の教師であり一級呪術師、庵歌姫の声だ。
件のクラスメイトを連れてきたのだろう。
ガラガラと古いガラス戸が開き、巫女服の妙齢女性・歌姫が姿を現した。
そしてその背後に立つ件の・・・その立ち姿に新田は目を奪われた。
腰まで伸びる金髪
白人系の碧眼
そばかす頬がワンポイントでチャームポイントにも映る
歌姫リスペクトなのか、同じ白衣に緋袴の巫女装束
新田にはドストライクだった。
『ナイス馬鹿姉貴のデマ。ザマぁ!』
新田は心の中でガッツポーズを取っていた。
「じゃあ早速だけど自己紹介をお願いね」
「はい! ウチ、三十木谷薫いいます。よろしく」
わざわざ手を挙げて挨拶する薫の元気ハツラツさに、新田は顔では平静を装いながらも心の中で『大当たり引いた!』と歓喜した。
「それも制服なん? ウチもオーダーしたんよ。巫女装束、イズ、カワイイ。燕尾服、イズ、カッコイイ」
互いの制服を指さしながらサムズアップする薫の笑顔に、新田は自身の服チョイスのセンスを『よぉやった俺』と褒め称えた。
その昂揚感たるや、歌姫も「似合ってるね」と褒めてくれたことに気付かないほどに。
「新田新や。よろしく」
下心がうっかり無意識に仕事し、差し出してしまった新田の手。その手を薫は飛びつくように握った。
薫と交わす握手のやわらかさに新田の顔は一瞬とろけた。
だがその直前、新田は薫の手の平に刻まれた紋様に気付いた。新田は呪印やらに詳しくないが、薫の手の紋は普通のものよりも複雑な形をしていた。
「デヘヘヘ。気になるん?」
手の紋が見られていることに気付いた薫は上目遣いのアングルで新田に指摘した。
その指摘にドキッとした新田は誤魔化すように手をバッと振り払って離れた。
「いや、いやいや。えっと、ソレ術式の何かなんか?」
必死に取り繕うとする新田に、薫は「そういうもんや」とヘラッと答えた。
「ウチのはこうやって手の平を・・・」
薫が手の平の紋を見せながら手を合わせようとした時、歌姫がバッと割って入って薫の手を掴んだ。
「コラ三十木谷。呪術師にとって己の術式ってのはトップシークレット。あんま気軽に人に教えるようなものじゃないって教えたでしょ」
歌姫に叱られ、薫は「左様で」と無駄にかしこまって頭を下げた。
「とはいえ、今日は今から三十木谷の戦い方を新田にも見てもらうつもりだったから。今見せても問題なかったんだけどね」
サラッと前言撤回を告げた歌姫に、薫は「ウチ叱られ損!?」とツッコんだ。
だが歌姫はどこ吹く風といった様子で手招きして、教室とは反対方向へと歩き出した。
「え?何があるん?」と尋ねる新田に、薫は「ウチの入学テスト」と答えた。
「・・・・って入学テスト!?」
どうやら薫はまだ新入生として認められていない。そういう話のようだ。
それなのに当の薫はずっと飄々とした様子だ。
愕然としながら新田は薫と歌姫についていった。
歌姫に連れられた先は校内の演習場だった。
テニスコート1面分くらいはある、出入り口やシャッターの他に何も無い部屋。
「今から三十木谷には、高専で捕獲しておいた呪霊と戦ってもらう」
「へ?」と気の抜けた返事をする薫。状況を飲み込めないのは新田も同様だった。
「先生! そんないきなりは酷とちゃいますか! 俺んとき、そんなん無かったですやん」
新田は自身の時に無かったテスト内容に異を唱えた。
急に呪霊と戦闘を言い渡される。そんな無茶振りを薫にさせていいものか、と。
だが意外にも薫の答えは「ええですよ」と全く緊張感の無いものだった。
そして薫は何の躊躇もなく歌姫に促されるまま2人の前に立った。
「えー」
心配してあげているのに。そんな新田の空気は関係ないようだ。
「新田にも来てもらったのは、一年生同士これから一緒に任務をこなしてもらうことも多いからよ。早いうちに互いに何ができるのか把握してもらったほうがいいから」
そう説明しながら歌姫は手元のボタンを押した。すると部屋の奥のシャッターが開いた。
「そのぉ・・・とこにぃ・・・」
シャッターの奥から現れたのは異形の怪物。
両手がカマキリの鎌のようになり、首があらぬ方向に曲がった、ハダカデバネズミを2倍気持ち悪くしたような顔の呪霊だった。
「三級呪霊ってところだよ」
歌姫の説明もそこそこに呪霊は薫に向かってカチャリカチャリと耳障りな音を立てて歩み始めた。
気味悪さ。それを前面に押し出した異形が迫る。普通の人であれば、マトモな精神であれば身がすくんで一切動けなくなる状況だろう。
だが薫は違った。
薫は両手を合わせ、呪霊に狙いを定めるように前に突き出した。
その姿勢のまま、迫る呪霊に対して、合わせた両手をスッとズラしたかと思うと。
「必殺! ダラさんビーム!」
何だって?
新田が目を丸くした瞬間だった。
薫の合わせた両手の間から光が飛び出した。
いや、分かりやすく言おう。
ビームが出た。
しかもビームの反動なのか、薫の髪や制服が風でバタバタとなびいた。
そしてほぼ同時に呪霊は光の束に貫かれ、瞬く間にその体は朽ち果てた。
「ん? 今、何が起きたん?」
呪霊は祓われた。それは認めざるを得ない。
だが新田の理解が追い付かない。というより、視線で追っている間に全ての出来事が一瞬で。光の速さで起きてしまっている。
「じゃあ次、二級呪霊を出すよ」
淡々と告げる歌姫。だがその言葉に新田の理解は無理矢理引き起こされた。
「って何言っとんのですか先生! に、二級って。え!」
二級呪霊。その恐ろしさを新田は知っていた。
何しろ通常兵器であれば散弾銃でギリギリ勝てるかという強さ。
その戦闘力/殺傷力は軽々と人を死に至らしめるほど。
新田でも手を焼くのは確実。ハッキリ言って死の危険がある相手だ。
「三十木谷さん。アカン、ホンマに危ない。下がったほうがええって!」
新田の警告も虚しく、無情にもシャッターが開く。
「ひとぢちのぉ・・・かちわねぇ・・・」
姿形こそ巨大な肉ダルマといった感じで、先ほどの三級呪霊よりかは整っているが、その威圧感は三級と二級の格を違える圧倒的なものだった。
新田ですら息を飲む危険度。
それを目の前に、薫は先程となんら変わらぬ様子で対峙していた。
だが今度は呪霊の迫るスピードが違う。
薫が手を合わせるよりも早く、呪霊はその距離を半分に詰めてきていた。
「やはり駄目みたいね」
歌姫が腰を落とし戦闘態勢に入った。いざという時は薫と新田を守るつもりだったのだ。
しかし薫は迫る呪霊に対して、今度は両手を十字に組んだ。
左腕を横に。右腕を縦にした。その瞬間。
小指から手の付け根にかけての部分から、なんかこう、光の帯のようなものが出た。
「シュワッチ!!!」
うん。
スペシウム光線だ。
新田は目を丸くして直感した。
薫の十字に組んだ腕から放たれたのは・・・
うん。スペシウム光線だ。ウルトラマンの。
二級呪霊は三級呪霊の時と同じように光線に焼かれて一瞬にして朽ち果てた。
「やってやったぜ」とドヤ顔で振り返る薫。その顔は二級呪霊の恐ろしさを知る者では出し得ない顔だ。
「な、なんつう術式や。二級呪霊が一撃やと!? まるで相手になっとらん。三十木谷、お前の術式、一体何なんや!」
興奮と混乱入り混じる新田に向かって歌姫は肩を押さえながら「まぁまぁ、落ち着きなって」となだめた。
「ふっふっふー。そこまで言われては仕方あるまい。本邦初公開、ダラさんビームとは!」
「マ、マジでダラさんビームちゅうんか、その術式」
もったいぶって両手を広げる薫に、新田はゴクリと唾を飲んだ。
「歌姫先生、説明お願いします! まだウチ、あんまり理解しとらんのです」
申し訳なさそうに頭を掻いて詫びる薫の目の前で、新田はズザザァと前のめりに倒れた。
歌姫は「まったく」と頭をかかえながら口を開いた。
「まず前提の知識だけど。呪霊は普通の人・呪力を持たない者・非術師には見ることができない。まぁ細かい理屈はそのうち授業で説明するけど。呪霊を“透過する光”と“透過しない光”があると思ってもらえばいい。普通の人・非術師の脳は呪霊を透過する光だけを認識できるけど、私たち呪術師の脳は呪霊を透過しない光を認識できるの」
歌姫の説明を聞き、新田は脳内で『ブルーライトカットと普通の眼鏡の違いみたいな』とイメージしていた。
「そこで三十木谷の“ビーム”だけど」
薫が間髪入れず「ダラさんビームです」と口を挟んだが歌姫は無視した。
「あれは呪霊を透過する光に呪力が込められたものなの。呪霊にとっては“防げない呪力”が体を透過することになる。透過した光が呪霊の体を根こそぎ焼き切る。普通は呪力による攻撃は呪力で防ぐことができるけど、このビームは呪霊の呪力すら透過する」
歌姫の説明に新田は「まさか」と目を開いた。
「そう。三十木谷のビームは呪霊にとって防御不可能。対呪霊に特化した必殺の一撃ってことよ」
そう断言した歌姫の説明に新田は息をするのを忘れるほどに驚いた。
そして薫は「悪霊絶対殺すマンです」と雰囲気ぶち壊しの追記をした。