ダラダラダラさんの体は分け身として存在し、霊力切れを起こせば記憶と力を全て失う。そのため定期的に日向が霊力を分け与えてキープし続けた。
その間、ダラさんと相対する日に備え、2人はあらゆる想定を繰り返した。
ダラさんが巫女時代に使っていた巫術、屋跨斑になってから作り出した妖術はもちろんのこと。
かつてダラさんが木春だった頃に想い慕っていた十郎太という村人が残したであろう、応神町に残る痕跡もたどった。
(ダラダラダラさんがその蜜月の日々を思い出すため、日向に根掘り葉掘り聞かれて赤面するのだが)
そして、今のダラさんが紡いだ応神町の人々との縁を頼りにした。
両親はもちろん、縁ある町の人々にも屋跨斑の真実を伝えた。
特に縁ある者たちは日向に協力を申し出てくれた。
中にはダラさんが助力したことで、結婚に至った教師がいたことも判明した。
あの時のアレもダラさんの仕業やったんや、と。
日向のニヤけ顔は想像するに易いだろう。
薫が驚いた3つの出来事。
1つ。
生五条悟がフルネームだと思っていたが苗字は“五条”だった。三輪に聞いたまま確認を怠っていた。
本人を前に口にしてしまう前に知れて助かった。
2つ。
東京校の真希は真依と間違えられたことを怒っていなかった。京都校の生徒だからと毛嫌いも警戒もされていなかった。
機嫌が悪い時の真依の話し方に似ていたが、真希の口が悪いのは普段のことだそうだ。
そして3つ。
交流戦に補欠でエントリーされていたのに、東京校の6人目・虎杖悠仁が生きていたため薫も正式に交流戦6人目のメンバーになってしまった。
それだけでなく交流戦の直前になって、京都校学長の楽巌寺から虎杖抹殺の命令が出てしまった。
ただでさえ連日の出来事に薫が困惑している間にこの立て続け。
しかも交流戦前のミーティングで東堂は抹殺命令に憤慨して一人退室し、楽巌寺もまた命令を告げるだけで後の判断を生徒たち任せにして出て行ってしまった。
「えっとぉ・・・虎杖くんを? え?」
残された薫は珍しく口ごもっていた。
無理もない。呪術師の世界では呪霊だけでなく人間を殺す、人の命を見捨てることも珍しくない。だが、その世界に浸りきっておらず、つい昨日まで交流戦への覚悟すら無かった薫が直面して直視できるレベルの話ではない。
混乱から頭を抱えそうになる薫。その背中から真依が腕を絡ませるように抱き着いた。
「落ち着きなさい薫。分かってると思うけど、両面宿儺の器ってことは最悪の不発弾。宿儺が復活すれば失われる命は何万どころの騒ぎじゃなくなるのよ」
真依にギュッとされ、薫は「うー、分かっとります」と力弱く答えた。
薫も宿儺の器、虎杖のことは聞いていた。
立場で言えば・・・
「虎杖くんとウチの立場・・・いや、ダラさんの立場は似とるんや」
どちらも死を振りまく特級の呪いになりうる存在。
虎杖は今は状態安定しているが、ひとたび解き放たれれば未曽有の災厄と化すことが確定している。
ダラさんもまた安定していれば安全だが、最悪の再会となれば確実に存在することを許されない災厄となる。
「ダラさんに抹殺命令が出たとすれば、今の虎杖くんと同じ立場や。ウチは・・・その命令が出る覚悟もしとった。先生や先輩、みんなにもお願いしとる。やから・・・虎杖くんだけ特別扱いするわけにはいかん」
声を震わせながらも断言した薫。
その瞳に迷いの色は無い、先輩4人はそう感じた。
腕まくりする薫に、メカ丸は「また一つ、呪術師になったナ」とつぶやいた。
薫が「はい」と立ち上がった時、加茂は告げた。
「決断できたようだな三十木谷。東堂がどう動くかは分からんが、我々全員で虎杖を襲撃する。そして三十木谷、お前は虎杖襲撃に加わるな」
「はい! ・・・・・・・はい?」
せっかく薫が覚悟したのに、加茂から言い渡されたのはまさかの不参加命令だった。
唖然とする薫に、西宮が説明を加える。
「まぁ本来はチキチキ呪霊討伐猛レースだもんね。薫くんなら有利なルールの。なら東京校にも薫くんを警戒してもらったほうが虎杖くんを守る余裕なくなるし。陽動係ってこと」
西宮の説明に薫は「フルネームで言うんですね」と言いながら納得した。
仕方のない話。そもそも薫のダラさんビームは人間には効かないのだから。
そして対人戦となれば経験不足な薫では勝ち目が薄い。特に東京校の生徒は接近戦に長ける者が多いのだ。
こうして始まった謀略うずまく呪霊討伐団体戦。
真依、加茂、メカ丸、西宮が飛び出していく(東堂は行方不明)中、薫は腕を組みながら丘の上で森を見下ろしていた。
「ウチにできる精一杯を」
見上げると西宮が箒で空を旋回していた。
森の中にいる呪霊、特に東京校が迫る方角にいる個体の位置を携帯で薫に伝える役だ。
薫は意識を集中し、両掌を合わせたり腕を交差させたりし、大袈裟なポーズを決めながら脳内でイメージした。
「ホーミングレーザァァァァァッ!!」
空に向けて伸ばした両手の平から発射された無数のビーム。
放射状に射出された後に森の上空の一定地点で収束、その一点で今度は扇型に拡散して広範囲に無数のビームとなって降り注いだ。
これ見よがしな広範囲技。西宮からも「2体は祓えたよ」と報告が入る。
対戦相手の東京校生たちも、この薫のビーム雨を放置できないだろう。
薫は急いで丘を離れた。
東京校の誰かに索敵され、接近戦に持ち込まれないようにするため。
さらに別の場所で再びホーミングレーザーを放つために。
さながら映画に出てくる狙撃手のようないぶし銀な働きだ。
だが薫はそんな余韻に浸る気分になれなかった。
今まさに自分は冷酷なスナイパー。人一人の命を殺す手伝いをしている。
そしてその役を大切な先輩・仲間に押し付けているのだ。
そんな時に、白い歯を見せられようか。
「先輩・・・」
しばらく走った後、薫は小さな池の前で立ち止まった。
西宮からの連絡が途絶えたからだ。おそらく交戦中か、あるいは脱落してしまったのか。
「戦況は今どうなっとるんやろ?」
戦況が気にはなるが、薫には先にやるべきことがあった。まずは身を隠すのが先決。
薫は懐から出した数枚の御符を自らの周りにある木や石に張り付けた。
「領域展開」
なんて高等技術は授業で習っただけで薫にはできない。
認識阻害結界領域「不在魚籠」。ダラさん仕込みの隠れ身の術だ。これでよほど高い霊力で感知しようとしない限り、外から薫の姿を見ることはできない。
「さて・・・呪霊退治もしなきゃあかんけど・・・やっぱりどうしてもウチは見届けなきゃあかんと思うんや」
薫は池の水面に向けて印を結んだ。
「水鏡」遠隔監視カメラ・収音機能付きの術といったところか。ただし薫のものはダラさんと比べて解像度低く、音割れしまくっていた。
もやーっと水面がゆらぎ、その中に虎杖の顔が映り出す。
虎杖はまだ生きていた。だが戦闘中だろうか、顔は腫れ息も絶え絶えといったところだ。
「どうした!」
東堂の声も聞こえてきた。虎杖と戦っているのだろう。
たしか加茂が言っていたが、東堂が乱入してきた時には襲撃は中止。虎杖抹殺は東堂に任せる手筈になっていたはず。
つまり今は一騎討ち中。
東堂の実力は薫もよく知っていた。一級術師としてだけでなく、その剛力や知能の高さも。
虎杖が一体、どんな最期を迎えることになるのか・・・
薫は痛む胸を押さえながら、見届けることが自分の責務だと感じていた。
目を凝らし、耳を澄ませて、水面のさらに奥に意識を集中する。
「どうした虎杖(マイフレンド)」
・・・・・
?
東堂の声だよな?
「俺はお前を導く。死ぬなよ、親友(マイベストフレンド)」
うん。全然殺伐としてない。指導してた。東堂、虎杖を指導してた。殺す気ないなコレ。
抹殺、無くなったみたいだ。
おそらく高専に入って初めて、薫は他人によって目玉ドコーにされたのだった。