ダラさんの前にソレは現れた
袈裟姿の男だった。
長い黒髪
変な前髪
大きな耳に大きな黒いピアス
額を横一文字に割いた傷痕のある
男は“羂索”と名乗った。
羂索の名にはダラさんも覚えがあった。
だがその名は現代のものではない。600年前の木春だった頃に聞いた覚えのあるものだ。
呪霊、怨霊・・・いや、もっとおぞましいものをダラさんは感じた。
羂索は同時に“夏油傑”とも名乗った。呪霊操術の使い手であると。
この言葉にダラさんは覚悟を決めた。
既に町の人々は人質になっていた。
羂索が何も言わずともダラさんは条件を出した。
「応神町の人間に危害を加えるな。お前自身も、呪霊にも、他の仲間を介しても傷つけぬことを約束すれば使役させてやる」
羂索は条件を飲んだ。死の呪いを相手せずに調伏できることに気を良くして。
だが死の呪いそのものを使役できなかったことは想定外だった。
よってダラさん、屋跨斑は夏油傑の腸の奥深くに長く封じられることとなる。
東堂によっておそらく有耶無耶になった虎杖抹殺命令。
「さて」
薫のチキチキ呪霊討伐猛レースがようやく始まった。謀略・人殺しが絡まないとなれば薫も気が楽になった。
だがここで二つの問題が。
まず、薫は対人戦に向いていない。
呪力による身体強化が苦手なままだった。ほとんどの呪霊との戦いはビームだけで片が付くため、今日まで苦手なまま放置してしまっていた。
もし東京校の生徒と鉢合わせたら、効かないビームをこけおどしに使って逃げの一手しかできないだろう。それだけは避けなければならなかった。
そこに二つめの問題。
「ふ~む。ぜんぜん呪霊が見つからない件」
薫は幼い頃から呪力探知に長けるほうだった。
だが『わざわざ探さなくても来てくれる系呪霊』のダラさんとの生活が長かったせいもあり、探知スキルがかなり鈍い。高専に来てからも強い呪霊を相手にしてきたため呪力探知が鈍くても困ることが少なかった。
二級以下の呪霊なんて、気配がぼんやりしすぎて探知できなかった。
「ソナー的な。光の波長を捉える技、できるようになっとけばよかった」
後悔しても仕方がない。東京校生を避けながら呪霊を探すしかなかった。もしくは味方サイドと合流できればよいが。
索敵をしてくれる西宮とも連絡がつかない。
頼りになる真依や加茂もそれぞれの役割で忙しいはず。
残るメカ丸だが・・
【ガンガンガガンガンガガン♪】
その時、薫の携帯が鳴った。
「ん? ロボ先輩からや」
渡りに船。メカ丸と合流すると丁度良いタイミングで鳴ったメカ丸からの着信。薫は通話ボタンに指をかけた。
「!?」
だがその時、薫の直感が働いた。それはかつてダラさんを初めて家に招いた時に感じた直感力。
安易に乗せられてはいけない、悪意の手のひらの上の感覚が薫を襲った。
対抗戦開始前に最も警戒すべき相手として名が挙がっていた東京校の呪言師・狗巻棘。薫の脳裏によぎったソレは正しかった。
実は今まさに電話をかけてきたのはメカ丸を破り、奪った携帯を使った狗巻だった。(メカ丸を倒したのは昨日の恩人であるパンダだったが)
無論、薫にその確証はない。だが本気の同年代との戦いの場にいる空気に触発され、薫の勘は冴えわたっていた。
「通話する前にメールして照明しますか。本物のロボ先輩なら答えられる質問を、と。『アムロ・レイに勝つ方法はありますか?』と。『無いだろ』って思考放棄してきたら本物や」
ノリノリでボタンを押していく薫。
だがその時。その視野が急に暗くなったことに薫は気付いた。
「へ? もう夜なわけないんやけど」
顔を上げた薫が見上げた空は夜のように暗かった。帳が降りたのだ。
「何で帳が?」
冴えた薫の頭にも、この帳の意味は理解できなかった。
試合終了の合図としてもあり得ない。外部から誰か入ってこないようにするのも、試合中の処置としては意味を成さない。
そんな思考に薫が捕らわれたことで、一瞬だが薫の直観力が鈍った。
だが鈍ったとはいえ研ぎ澄まされたソレが、薫の命を救ったと言える。
ザンッ
その斬撃を報せる風切り音が、薫の体をわずかにかがませたおかげだった。
斬られたのは肩の肉まで。骨には届かなかった。
「痛ッゥ!」
薫は反射的に前転して、その脅威から距離をとった。
「あれぇ? 油断してたから、一斬りで殺せたと思ったのに。今の避けたの?」
金髪でサイドテールの男だった。ヘラヘラと笑い、薫の血でしたたる刀を“握り合って”いた。
不気味な刀だった。刀の柄が人間の手になっていた。呪いを扱う呪術師の世界として“いかにも”な形をしているが、これは禍々しく、悪意や邪気を秘めたものに見えた。
「もしかして呪詛師ってやつですか?」
「ん? そだね。そういうポジションかな」
金髪男は薫の瞳が刀を恐れていることを察していた。その瞳を見つめながらニタッと笑い、恐怖を楽しみながらジワジワと歩み寄った。
「来んといてくれますか!」
薫はビームを放った。
だが金髪男は顔をわずかに逸らしただけで避け、ビームは空へと向かっていった。
「カッコいいね。今のビーム? 光の術式とかなの?」
金髪男は刀を振り上げた。薫は刀の軌道を見極めるため集中する。
だが突如として、薫の腹に金髪男の蹴りが入った。薫の意識が刀に向かい、ボディが無防備になっていたことに男は気付いていたのだ。
「ガハッ」
衝撃により5mほど蹴り飛ばされた薫。だが不屈の精神が、その膝を折ることはなかった。
「へぇ、頑張るじゃん。楽にしてあげてもいいし、もうちょっと粘らせてあげてもいいし」
金髪男の余裕の笑みに、薫はニヤッと強がりの笑みで返した。
「じゃあ粘る方で。質問とかしてもええ?」
「いいよ~」
余裕で“刀の指”に指をかける金髪男。
「屋跨斑って呪霊、知っとる?」
「さあね。聞いたこと無いけど。どんな呪霊?」
薫の質問に、金髪男は本当に知っているのかどうかもわからないテキトーな態度で答えた。
「長い黒髪で、下半身が蛇で、おっぱいが大きくて、今は全裸徘徊しとると思うんやけど」
「ちょっと待って。詳しく聞きたくなった」
男は皆おっぱい星人。その当たり前が金髪男に刺さったようだ。
「屋跨斑、バストは?」
「ウチのお母さんと同じくらい」
「話が変わった。詳しく聞こう」
金髪男も乗ってきた。
薫は仔細を伝えた。主に身体的特徴について。
金髪男は答えた。「ゴメン、本当に知らない。けど、もしキミが会えたら教えて」と。
「じゃあ今度はコッチの質問。キミの術式について教えて。今まで散々答えてあげたでしょ」
金髪男の言葉には縛りがあった。一方的に質問するのは不公平、という考えが呪力のブレに作用することは薫も授業で耳にしていた。
この反故は金髪男の術式効果を高める可能性すらある。答える必要があった。
だが答え方次第でもあるわけで。
「グフフ。ではお兄さんにも質問を質問で返すようになって悪いけど、答えさせていただこう」
薫の不敵な笑みの理由を、金髪男は知ることとなる。
「速度は“重さ”。“光”の速度で蹴られたことはあるかい?」
薫のちょっと気怠そうな口調の言葉に、金髪男は「え? 黄猿」とつぶやいた。その脳裏に田中邦衛に似た、組織の長のような男の顔が浮かび、思わず身構えた。
その言葉が本当なら、一瞬で光の蹴りが飛んでくる・・・
「まぁそんな蹴り、できへんけどな」
「できないのかよ!」
頭を掻きながら告げた薫の言葉に、金髪男はツッコみながらガクッと膝を折った。
金髪男は考えた。 “できない”という薫の言葉は本当だろう。術式の開示を考えれば、嘘を告げることで呪力が弱体化することは目に見えていた。たとえこれから薫の蹴りが飛んできても、光の速度も出ないし、重さも無いはずだ。
だが次の瞬間、薫はニヤッと笑った。
「八咫鏡」
そうつぶやいた薫は、身体の前で円を作るように手を構えた。
その円から光が照射され、金髪男の背後へと向かっていく。
金髪男のワンピース知識が戦慄した。自らの背後から照射された光の中に、薫のシルエットが浮かんだからだ。
「ヒッ」
金髪男は小さく悲鳴を上げ、身を屈めて頭を守った。
・・・・・・・・
一向に蹴りが飛んでこないことに金髪男は恐る恐る目を開いた。
「まぁコレも時間稼ぎですけど」
ヘラヘラ笑ってネタバラシする薫の姿が、そこにはあった。
「そ、そういう女の子、モテないよ!」
金髪男は苛立ちを露わにした。
だが薫は「ウチ男の子ですから」と、どこ吹く風。
そして薫は確かに告げていた。“時間稼ぎ”である、と。
BANG!
その時、金髪男の肩が貫かれた。狙撃によるものだ。
「うちの可愛い薫に、何してくれてんのかしら」
ドスの利いた声が男の背後から響いた。
「真依先輩! と・・・東京校の茶髪の一年の子!」
それは真依と東京校一年の釘崎野薔薇だった。
「え? 増援!」と愕然とする金髪男。
「モテなさそうな顔した男がここにいるって、薫が教えてくれたからね」
嫌味ったらしく告げる真依は空を指さした。
その上空には帳の闇に浮かぶ文字があった。
【呪詛師が大通りエリアにいます。早く助けて。By三十木谷薫】と。
それは金髪男を出し抜いて、薫が出したSOS。それを得意気に見せる真依に、隣の釘崎は「何偉そうにしてんの?」と釘を刺した。
「・・・いつの間に」
「ウチの最初のビーム。あれ、ウルトラサインなんや」
ウルトラサインとは? と目を丸くする金髪男と釘崎。
薫は最初から対呪詛師では勝ち目がないと踏んで、戦略を時間稼ぎにシフトしていたのだ。
そのことに金髪男が気付いた時。それは同時に起こっていた。
帳が上ったのだ。空が青を取り戻した。
「わっ、もう? 逃げよっ」
そこからの金髪男の逃走は早かった。
「待てや!」と追おうとする釘崎だったが、金髪男の逃げ足のほうが早い。
それに一緒に追うはずの真依が真っ先に薫のもとに走っていってしまったため、単独で追うべきではないと釘崎も諦めた。
「薫、大丈夫?」
「ヘヘヘ真依先輩。何とか生き残れました」
サムズアップして強がってみせる薫。真依は安堵の表情を浮かべながら頭を撫でた。
その光景に釘崎は「オメェがそういう顔すんの、気持ち悪っ」と吐き捨て、真依が「上っ面しか見えないのって若いっていうより幼い証拠よね」と返し、一触即発の空気の中で板挟みな薫はただただ本日一番の冷汗を流すしかなかった。