「いよっしゃああああ!」
水鏡に映る光景に日向は拳を突き上げた。
だが休んでいる暇は無い。
この半年間、一番の修行の成果を今発揮すべき時。
光と呪力を交わらせるのは薫だけの専売特許ではない。
日向は鳥居ポータルで、とある3か所を繋いだ。
禁足地の上梛の祠。御神体を祀る平尋神社。そして谷跨斑の頭部を封印した西の山、を。
同時刻、渋谷では薫が嗚咽を漏らしていた。
「ダ、ダラさん。ホンマにダラさんなんやな」
「馬鹿もん。こんなにボロボロになるまで無茶をしよって」
薫を見上げながら、ダラさんは体を起こしていた。
腕も無く、蛇ボディと繋がったとはいえ癒合しきっていない痛々しい姿のまま。
ダラさんが。屋跨斑が呪霊操術の使役から解かれたのは、実は木春やヤサカの真名によるものではなかった。
夏油、ならぬ羂索とダラさんの間で交わした縛りが関係していた。
応神町の人間に手を出さない縛りは、薫自身が自分を応神町の人間と認識しているかに影響されている。
絶望の中で差し伸べられた想定外の蜘蛛の糸、ヤサカの真名が届いたことで薫の心に希望が生まれた。
この希望が薫を応神町の人間に戻し、羂索がダラさんとの縛りを破った形を作った。
よってダラさんは呪霊操術を脱することができたのだ。
無論、その真相を知る者はいない。羂索ですらも想像の範囲外の縁が為す業。
一つ言えるのは、薫の執念が紡いだ奇跡ということだ。
そんな状況だが、今は戦いの最中。
「何を悠長にしとるヒューマン、ダラさん!」
「お前がダラさんと呼ぶな。と言いはしたいが、その通りじゃな」
ダラさんのどこから声が出ているのか分からないが、ダンディな声が警告するに状況は芳しくなかった。
「どうやって呪霊操術から脱したのか分からないが、ひとまずおめでとう。そして、来い」
夏油が伸ばした手がダラさんに向けられた。
だがその時、遠く応神町から届いた光がダラさんに降り注いだ。
それは正に光の速さの出来事だった。
ダラさんに二本の腕が生え、癒合しきっていない下半身が完全に繋がったのだ。
それだけではない。夏油の術式がはじき返され、その腕が捻じり曲がった。
「なっ、何が起こった」
驚く夏油だが、すぐに反転術式で腕を治していく。
その間に薫はダラさんの体の変化をジッと見つめた。
呪いを宿す木春自身の左腕。
愛する十郎太と混ざった右腕。
完成した大蛇の全身。
それらが合体し、召喚された新たなダラさん。
その姿に薫は目を輝かせながら高らかに叫んだ。
「フハハハハハ!
聞いて驚け見て笑え
ダラさんと谷跨斑がジョグレス進化し、そこに我らがご先祖様・十郎太殿の腕がフージョン
これぞインペリアルドラモン・パラディンモードや!」
「うむ。原型消えてデジモンになったなワシら」
「というかパイルドラモン過程無視しとらん?」
薫のテンションにダラさんとヤサカは冷静にツッコむのも馬鹿馬鹿しかった。
「というかヤサカ、お前が大人しくワシに力を貸すとは意外じゃったな」
「気安く呼ぶな巫女が。忌々しいが、今はそうするしかあるまい。お互いにな」
ダラさんとヤサカは互いに利害の一致を感じていた。
強大な敵と相対するから手を組む。
また、混ざり合ったことで互いに記憶の奥底にまで干渉し、今まで知らなかった過去に同情できる面も無くはない。ヤサカは特に周を介して日向からダラさんネタバレを食らいまくってきたこともあり、条件次第ではダラさんのことを背を任せられる存在だと認識しつつあった。
それもあるが・・・
『『ぶっちゃけ合体しとらんと、また操られかねんからなぁ』』
山神としての力も無く、それぞれ単体では準1級呪霊程度の2人としては他に選択肢がなかったりするのだ。
そんな中、夏油と相対するダラさんと薫。
その頃には通りすがりの美女が助太刀に駆け付けてくれていた。
「戻って早々やけどダラさん、まずやるべきことは」
「そうじゃな」
ダラさんも手に力が入る。だがそんなことはお構いなしに薫は巫女服を脱いでいた。
「そのぐちゃぐちゃな腕でどうやって脱いだ!?」
敵味方問わずその場にいた誰もが驚き思わず薫の身を心配した。
ダラさんですら「何を無茶しとるか!」と思わず叱る始末。
「ダラさんのダイナマイトボディを晒すのは青少年の健全な成育に悪影響があります故!」
そう言って巫女服をダラさんに渡しながら、薫は虎杖の方を向いた。
大怪我でそれどころではない虎杖は、今さら全裸ダラさんが隣にいたところで顔を赤らめる余裕もなかったが。
「何故、そんな恰好をしとったのか疑問だったが。なるほどワシに着せるためにその服を戦装束に選んでおったのか」
ダラさんはフッと笑いながら、一瞬で巫女服に袖を通した。
「趣味やで。趣味ですが」
「・・・そうじゃな」
薫の答えに肩透かしを食らい、目を点にしたのはダラさんだけではなかった。その場にいた敵味方全員が目を点にするしかなかった。
だがその間に夏油だけが密かに無為転変を発動していた。
「楽しい時間だったよ。まだ惜しいけど、引き際を間違えてはいけないからね」
夏油は大量の呪霊を放出した。
その影に隠れ、このまま脱出するつもりのようだ。
「忘れ物じゃぞ」
逃げる夏油の背に向けて、ダラさんは手を軽く向けた。
その瞬間、夏油と連れの裏梅の腕が一瞬でグニャっと折れ曲がったのだ。
「お主の欲しかった死の呪い、たんと召し上がってもらいたかったがな」
不敵に笑うダラさんを背に、夏油は反転術式で必死に治癒しながら「また会おう」と冷や汗を流し消えていった。
そして残されたのは大量の呪霊。いずれも一級呪霊を越える力を持つ。
「丁度よく、ここは淀みに溢れておるのぉ」
ヤサカもまた余裕の笑みを浮かべ、軽く息を吸いこんだ。
その瞬間、周囲の呪霊は呪力を抜き取られバタバタと倒れていった。
まるでミイラのように枯渇し、干からびていく呪霊たち。
「恐ろしいねぇ」
通りすがりの美女、九十九由基は口笛を吹きながら感心した。
ひとまず渋谷の場は静まった。
だが外には数多の呪霊の気配が漂っていた。
「さて、ここも危ない。早く避難するよ。私の仲間が手配してくれるから・・・」
九十九は誘導しながら、ふと口を止めた。
薫とダラさん。向き合う2人の間に割って入るほど無粋な女ではない。
「薫、よくワシを救ってくれた」
薫を抱き寄せ、ダラさんは静かに目を閉じた。
「ダラさん・・・うぁあああああああああああああああああああ」
薫の叫び。何も言わずとも何を言いたいか全て伝わってきた。
どれほど待ち侘びたか
どれほど嬉しいか
どれほど辛かったか
どれほど心配したか
どれほど絶望したか
どれほど
どれほど
薫の涙が枯れ、ダラさんの巫女服が鼻水の重みを感じるようになった頃、ヤサカが口を挟んだ。
「さてダラさんよ。元の山に帰ったら覚悟しておけ」
「なんじゃ? お前も分かっておらんようだが、今でも体の主導権はワシのほうが優勢じゃ。つまらん抵抗は止めて・・・」
「そうじゃない。お主は知らんようだが・・・儂らに信仰心を集めるために、お主んとこの日向と儂んとこの周が・・・それはまぁ盛大にやらかしておるからな」
ヤサカの口を濁した言い様に、ダラさんは「・・・ぁぁ」と何かを察して苦笑いするしかなかった。
共有する2人の記憶に浮かび上がる、ご当地キャラオブジェや顔出しパネルといった町興しの数々。
なかなかに甘ったるくて胸やけする天国絵図と向き合うことになる。ダラさんはそれに冷汗を流すのだった。
翌日、東京は壊滅した。
夏油傑ならぬ羂索が仕組んだ殺し合い
『死滅回遊』が始まったのだ。
京都校の仲間達は再び戦いに身を投じていった。
だが誰もが薫には、応神町に戻ってもらいたいと願った。
一般人を守ることが呪術師の役目、そういう考えもあるが。
今まで頑張ってきた薫が幸せになる姿を誰もが見たかったのだ。
薫とダラさんはひとまず応神町まで車に送り届けられた。
車内でずっと手をつなぎながら。
「お前自身はどうしたい、薫」
道中、ダラさんは薫に尋ねた。
「まぁウチ・・・足手まといやもん。ダラさん救ったら呪力いらんって」
反転術式で治療された手のひら。重蔦紋はもう消えてしまっている。
手のひらを見つめる薫に、ヤサカは「まぁそれは再び刻めばいいだけじゃないか?」と呟いた。
「戦いたいのではないか? 仲間を置いて、自分だけ安穏な所に戻れぬと、お主は思っておるんじゃろ」
ダラさんの問いに薫は戸惑いながら、静かに頷いた。
「お主は、ワシを救えたら呪力を失うと自分に誓った。じゃがな、ワシは真には救われておらん。そう言ったらどうじゃ?」
「え?」
「羂索を放置できん。どのみちワシらは奴の企みを潰しに出るつもりじゃ。隣に頼もしい相棒がおってくれれば、随分と救われるのだが」
薫はダラさんを見上げ、再び自身の手を見つめた。
そこに宿る呪力に、目を見開いた。
「ウチは・・・まだ戦えるんや」
「儂もあのような輩を好き勝手のさばらせて放置するのは気に食わん。力を貸してやる」
薫の決意にヤサカもまた協力を申し出た。
「そういやヤサカさん、ダラさんといつの間に仲良くなったん?」
薫の言葉にダラさんとヤサカは「「仲良くないわ!」」と口をそろえた。
「全部片を付けたら山神の座を儂に返せ」
「その前に分かれる方法を探さんとな。やることが山積みじゃ」
ヤサカとダラさんの各々の言葉に、薫は「ウチの山の神様たちも、ずいぶんと丸くなったもので」と茶をすするポーズをとった。
その時、薫とダラさんは示し合わさずとも顔を見合わせニコリと笑い合った。
互いの瞳に互いの顔が映し出され、その瞳に向かって約束した。
「あの阿呆を始末して、また遊ぶぞ」
「うん。いつもよりたくさんお供え持ってくね、ダラさん」
これは特級過呪怨霊・祈本里香をも凌ぐ稀代の特級呪霊・屋跨斑
その相棒として共に戦う特級術師・三十木谷薫の誕生物語の、序章である。
―完―