死を撒き散らす強力な呪いを宿す特級呪霊「屋跨斑」。
山神として祀られることでその山に縛られ、山に入る者を呪うことはあれども自ら山から出る事はない。
その存在は高専サイドも古くから把握していたが、安定した状態が600年間も続いており放置されていた。眠れる獅子を無理に起こすことはない、と。
だがその年、突如として屋跨斑は消息不明となった。
何かの手段で、もしくは何かの理由で山を脱し、呪霊として手当たり次第に人を呪うようになったのであれば未曾有の大災厄となるのは明白。
もしくは何者かによって祓われたのか。だがその説は山守の末裔の証言によって否定された。
その日が、歌姫が薫と出会った日である。
入学テストの翌朝。
「おっはよー!」
寮の食堂に薫の元気な挨拶が響く。すでに席についていた新田が「ぉぅ」と寝ぼけ眼で振り返った。
「どうしたん?」と問う薫だったが、新田は単純に寝不足なだけだ。
昨日、寮に案内された新田。まさかの薫とは隣の部屋。ひとつ屋根の下、年頃のクラスメイトが壁一つ隔てて!?
風呂の時間だって薫の次。薫の入った湯船、お湯。
夜中も壁一つ隔てて薫が寝息を立てている。
眠れるわけがない。一睡も。
そこに来ての今朝の薫。制服ではなく寝間着姿。しかも使い古したダルダルのシャツなのだ。
『だらしない恰好。ヨシッ!』
普通なら隠すからこそお目にかかることがレアな姿を。同い年だからこそ増す貴重さの。そういうのを恥ずかしがらない価値観の違いからしか得られない栄養に。新田は睡魔をぶち破りながら歓喜した。
「一緒に食べよ~」
朝食のセットを手に新田の前の席に座る薫。さすがに隣に座ってくるほど距離感バグってないかと新田はホッとしながらも少し残念がった。
が。
薫のダルダルのシャツ。少しでも前かがみになれば、伸びきった襟元から、見てはいけないものがチラリと見えてしまいそうになる。
『くっぅ』
新田は少しでも平静を装わねばと、箸で自分の手を突き刺した。
「そういや歌姫先生って2年生の担任なんやて。ウチらの担任先生は任務で昨日から出かけてるって」
「ああ、俺もそう聞いとるわ」
マトモに薫の顔を見て答えられない新田は空返事するしかなかった。朝食の味も全然分からなかった。
「でもって今日は2年生との顔合わせやって」
「ああ、俺もそう聞いとるわ」
新田は聞いていなかった。
そして朝食後。制服に着替え。1年の教室に向かおうとする新田を薫が引っ張り誘導し。
「おっじゃましまーす!」
新田片手に突撃した薫を待ち構えていたのは歌姫と2人の女子だった。
一人は美人タイプ。「あら元気そうな子」と余裕をみせ、毛先を触りながら薫たちを観察している。
もう一人は可愛い系。平静を装っているが『ついに私にも後輩が』と目を輝かせていた。
「1年の三十木谷薫いいます」と元気モード全開のままの薫に対して、新田は性別の孤立感を覚えながら「新田新です」とド緊張して挨拶した。
「禪院真依よ。真依、って呼んでね」
見た目がクールそうでキツそうな真依だったが、下の名前で呼んでいいというあたり意外とフレンドリーなんだな、と薫と新田は思った。
「三輪霞です。2年生はもう1人いるけど、今日は任務に出てるからまた今度紹介しますね」
三輪はちょっと変わった髪色の蒼髪長髪、ちょっと変わった前髪と。見た目からして際物な第一印象だったが、口を開けば普通に常識的なんだなという雰囲気が伝わってくる女子だった。
「さて、さっそくだけど今日は合同で基礎体力作りよ」
自己紹介もそこそこに歌姫は4人を校庭へと誘った。
「えー」と一人気乗りしない新田を差し置いて、薫は自然と真依と三輪に挟まれて道中のおしゃべりが始まった。
「ところで。薫って言ったわね。アナタのその制服、ひょっとして歌姫リスペクトか何か?」
真依は薫の巫女衣装を指さして尋ねた。三輪も同じことを気になっていた様子でウンウンと頷いて同調する。同じことを昨日から気にしていた新田も話の輪の中に入るのを躊躇しながら聞き耳を立てた。
「これですか? ウチの地元のお祭りん時に着てたヤツのアレンジです」
「いいなぁ。そういう恰好できるお祭りとか」
和気あいあいと廊下を突き進み、更衣室へとたどり着いた5人。
「じゃあ私は先に校庭に行ってるから。ジャージに着替えてきてね」
歌姫に促され、薫は真依と三輪と分かれて新田の背を追って男子更衣室へ・・・
「ちょっと待ったぁ!!!!」
男子更衣室に消えていこうとする薫の首根っこを掴みながら三輪は息を荒げて叫んだ。
その大声に驚いた新田も目を丸くした。
「って三十木谷! 間違えんなや! 更衣室は学年別やないで!」
新田は叫びながらも内心『いや、間違えてくれても俺的には美味しい展開やけど』と、惜しいと思っていた。
真依は「天然っ子アピール? でも露骨すぎよ」と眉間にシワを寄せた。
「え? 合ってますよ。こっち男子更衣室ですよね?」
キョトンとする薫に、3人は「へっ?」と呆気にとられた。
「だってウチら男子ですもん」
そう言って新田の肩に手を置く薫。
「あ、あぁ・・・そ、そういう・・・」
「そういえば昨日、女子寮に誰か越してくるって話なかったわね」
察した三輪と真依。
瞬間。新田の脳内に溢れ出した心当たりの数々。
「あ、姉貴・・・デマやなかったんや」