髪を媒体にして、ある程度の呪力を持つ者にダラさんを憑依させることができる呪物。
紛い物の屋跨斑程度の呪霊であれば十分に祓えるほどの力を得ることもできるが、術者の体に影響を与える恐れもある禁術である。
他にも自律行動により二級呪霊程度であれば単独で祓うことができ、主に夜間は三十木谷家の自宅警備を担当。
フカフカな抱き心地により薫が5年もの間、抱き枕として使用。
また、ダラさん自身の魂の分け身として使用することも可能。
かつて緊急脱出先として使用して以降、何かあった時の為の魂のバックアップとしてダラさんは魂の一部をダラダラダラさんに移していた。
(そしてその説明を受けた歌姫は「600年前の巫女さんがバックアップなんて言葉使うんだ」と驚いた。)
だが山奥の町で平穏無事な日々を送るダラさんに緊急事態はなくバックアップも形骸化。
最後にバックアップしたのは1年以上前。
よってダラダラダラさん自身は、屋跨斑が行方不明になった日のことを何も知らなかった。
だが600年前に姉に謀殺され、5年前にも姉の残滓に体を乗っ取られた経験から断言できた。
屋跨斑はその成り立ちの関係から、外部から他者に操られやすい性質を持つ。
強い呪力を持つように見えても、手段次第で容易く篭絡できる存在なのだ。
よってダラダラダラさんは推理した。
屋跨斑は何者かによって攫われたのだろう。屋跨斑を式神にでもしようとしているのか。
だが攫うことはできても、その制御はできていない。
呪力の残滓が感じられないのがその根拠。元から屋跨斑は自らの姿を隠すことはすれど、その怖れを隠すことはない。そういうのが不得手な存在だ。
そもそも屋跨斑を制御できたのであれば、その者は気付くはずだ。
死を振りまく呪い。その力は屋跨斑そのものに宿っていない。
かつてダラさんから断たれた四肢。憤怒のままに人を呪い殺す力は、断たれたダラさんの左腕に宿っていた。
そしてその左腕はまだ、三十木谷家の山の祠に封印されていた。
5月。呪術高専京都校、その一角にあるシャワー室にて。
「ふーっ、汗ベッタベタだよ」
京都校3年生、西宮桃はひと汗かいた体をリフレッシュするため、真依と三輪を連れてタイルの床を歩いていた。
だが残念。本作は全年齢対象。今まで散々“おっぱい”だとか“デッカい”などとほざいていたが、センシティブな描写は一切しない。よって女体は不自然な湯気や謎の光に隠された的な感じで、着替え中だろうがシャワー中だろうが、女体については一切描かない。
話を戻そう。
シャワーの音が響く室内であろうが、女子3人が揃えばおしゃべりが止まるはずもない。
「・・・・っていう感じで、補助監督の新田さんの弟くんみたいよ」
「へぇ。だから彼の組手、ヤンキーっぽくて荒いのね」
「やっぱり礼儀正しいのも、そういうことなんだ」
当人のいないところで勝手なことを。一方その頃、新田はくしゃみをしていた。
「そういえば桃、あなた意外と薫のこと可愛がってるわね」
真依は隣でシャンプーを洗い流している最中の三輪の頭にこっそりシャンプーを追加で流すイタズラをしながら尋ねた。
そのイタズラに気付いて笑いをこらえながら、西宮は「え?そんな意外かな?」とキョトンとした。
実は昨日の夜、真依は見ていたのだ。西宮が薫の髪を櫛でといてあげていたのを。
西宮は常日頃から呪術師の男尊女卑的な不満を口にしている。実力だけでなく可愛さをも求められることへの不平を語ったら止まらないほどに。
偏見ではないがそんな西宮からしてみれば、女の子より可愛い男の子である薫は受け入れがたい存在なのではと三輪も真依も思っていた。
だが当の西宮はケロッとした顔で
「あぁ。そういう子、東京校にいるから。星綺羅羅くんって子」
と。
『そういう子、もう東京にいるの?』
と真依と三輪は目を丸くした。
「でも薫くんって、モンスターっぽい女の子が好きみたいって。東堂先輩をドン引きさせ子だって聞いたけど」
三輪は『今日のシャンプー、全然流れ落ちないなぁ』と思いながらも西宮に尋ねた。
だがこれにも西宮は
「まぁ。呪霊の女の子と婚約してる子、いるから。東京校に。乙骨くん」
と。
『呪霊が性癖な子、東京にいるの? 乙骨って、あの乙骨?』
と真依と三輪は目を丸くした。
そして同時に思った。去年、ボコボコにされたから根に持っているからであって、東堂が本当にドン引きするような特殊性癖とまではいかないのではないか。薫のは、と。
だが一つ、3人が口をそろえて言えることがあった。
「「「でもまぁあの子、イイ子だから」」」
さて、そんな風に先輩女子たちから思われているとは露知らず。
当の薫は興奮していた。
この日、薫は普段の訓練ではなく、初の任務に向かっていた。
とはいえ同行。準一級術師である究極メカ丸にくっついて見学するという実地研修。
「イエーーーーーイ! ロボ先輩と任務~♪」
この1カ月、京都校で先輩たちに囲まれて過ごす中。薫が一番に懐いたといえば間違いなくメカ丸だろう。
初対面からメカ丸がロボットっぽい(傀儡だが)ということでテンションを上げまくり質問責め。
「ビーム撃てますか?」
「できるゾ」
「スラスターとバーニアありますか?」
「肘から出せル」
「ロケットパンチできますか?」
「・・・アイアンカッターいや、飛ばないナ」
「ゲッターレザーですか!」
と、やりとり一つ一つで仰け反るほどに喜んだ。
あれだけ女の子風な見た目でありながら、薫は中身が完全に少年なのだ。
そんな2人は今、任務地に赴く車の中にいた。
「ガンガンガガンガンガガン♪」
「ガン・バルゼーのテーマだったカ? 初の任務、緊張はしていないようだナ」
軽快でご機嫌な薫のイントロクイズにも即答するメカ丸。その良反応に薫のテンションはますます絶好調になっていく。
そんな中、運転手で女性・新田明は「何?」と全く話に割って入れないでいた。
「ちなみに先輩。今から行くところ、ウチの爺ちゃんの妹の・・・大叔母の家の近くです」
「そうカ。寄ってもいいんだゾ」
「・・・大丈夫です。遊びにきたんやないですから」
薫は車窓から見える見覚えのある景色を流し見ながら、両手をギュッと握った。
今回、薫とメカ丸が挑むのは二級相当の任務。海辺の洞窟の調査だった。
その洞窟は近くにビーチがある悪立地。そもそも海辺は怖れが集まりやすく、ビーチに陽の気が集まる分、そこから弾き出された陰の気が洞窟に自然と流れ着きやすい。
そこまでであれば単純な呪霊討伐で済むかもしれない。
だが現場到着の直前に急報が入った。
昨夜、件の洞窟に肝試しに行った若者たちがいて、その消息が分からないというのだ。
単純に行方不明という可能性もあるが、最悪の場合は若者たちの救助任務となる。
そうなれば難易度が跳ね上がる。
「大丈夫カ? 今なら俺だけで任務に着くゾ」
二級相当任務とは言えなくなるかもしれない状況に、メカ丸は薫を心配する。
だが薫は真っ直ぐに前を見つめながら答えた。
「ウチも“準二級”のはしくれです。人の命を救うんに、怖気づいてられんです」