屋跨斑を攫った何者かが痕跡を残していないことを見るに、用意周到に準備された誘拐であろう。
だが犯人は知らなかった。強大な死の呪いは切り離された腕に宿り、本体には山神相当の力のみ宿っていることを。
つまり『リリース当初は覇権キャラだったがパッチを当てられてTier4程度に成り下がったことを知らずに天井まで回してたならザマァ』ということだ、と。この説明に歌姫はポカンとし、日向と薫は「ザマァであれ」と祈った。
とはいえ防御不可・低コス大量殺戮可能な死の呪いこそないが、腐っても山の神。特級呪霊相当の力を持っていることには違いない。
故にダラダラダラさんは望んだ。
呪術高専には屋跨斑を見つけ出し、その手が人間を殺めていたら・・・いや、殺める前に祓ってほしい、と。
この進言に薫と日向は強く反発した。
高専には『屋跨斑を見つけ次第、連絡をしてもらい、ダラさんを取り戻すのを自分たちに任せてもらえないか』と歌姫に懇願した。
だが当然、歌姫としてもそんなことは受け入れられない。屋跨斑がどのような状態であろうと、呪術師でない薫と日向程度では何もできずに殺される危険が十分にある。
たとえ2人がどうにかできる力があったとしても、高専としては祓うならまだしも、特級呪霊を救う手助けをする立場にはない。居場所を突き止めたとしても2人に教えることは無い。
ダラダラダラさんも「当然だ」と納得した。
とはいえ妥協点もあった。
薫と日向が高専に入学し、自分たちの手で屋跨斑を祓う。
その条件であれば、居場所を突き止めた際に2人に優先的に情報を流してもらえるかもしれない。
ダラダラダラさんもそう望んだ。
どこの誰とも知らない呪術師に祓われるくらいなら・・・
薫にとっては初任務。メカ丸と共にたどり着いたのは海沿いの外れ、立ち入り禁止の柵のある堤防だった。
目的地は堤防の先。岩場を降りた洞窟である。
地元の中学生が案内人として薫とメカ丸を出迎えた。
彼曰く、洞窟にはこの地の土地神である腸瓶様を祀る古い祠がある。行方不明になった若者たちはそこに行った可能性が高い。
薫は中学生に連れられて柵を越えようとしたが、メカ丸はその手を掴んで止めた。
「待て三十木谷。この一件、お前はここで少年と共に待機ダ」
「え?」
メカ丸からの突然の命令に戸惑う薫。
「一級案件ダ。土地神として祀られた呪霊は恐ろしく強イ。俺の手にも余るほどにナ。お前を守る余裕など無イ。俺が単独で入り行方不明者の生死確認と呪霊の調査を行ウ。場合によっては一級術師に引き継がせル」
「でも・・・」
メカ丸の命令に薫は反発するような声を返した。
少年もまた口を挟んだ。
そもそも今回、腸瓶様は無関係の可能性もあるという。
実はこの地の土地神の信仰は近年薄れており、祭場も跡地が残るのみ。
少年は5年前、洞窟で腸瓶様とは別の呪霊に襲われていた。その時は偶然に居合わせた旅の悪霊ハンターが祓ってくれたおかげで助かったが、数年は腸瓶様も力を取り戻せないはずだと教えてくれた、のだと。
そもそも腸瓶様は良い神様で、少年の曾祖母も海で助けられたことがあるらしい。だからもし行方不明者、犠牲者が出たとしてもそれは土地神の仕業ではない。
その説明にメカ丸は薫の手を離した。
「たしかに一級案件と断ずるのは早計カ。だが三十木谷、いずれにせよ命の危険もある任務ダ。生存者がいなかったリ、お前自身が要救助者になるようなら一人で逃げロ。俺は遠隔操作のロボット、壊れても本体にはダメージは無いから見捨てて問題なイ」
メカ丸の命令を聞きながら、薫は少し考えこんだ。不意に何かに気付いたように顔を上げ、巫女服の袖から取り出したサングラスをかけた。
そして海の方を見て「ふむふむ」と頷き、メカ丸の方をバッと見た。
「先輩! 洞窟ん中、5人まだ生きてます!」
「何だト! どうして断言できル」
「説明は後です!」
そう言うと薫は洞窟に向かって走り出した。少年には補助監督の新田姉の元に戻るよう指示し、メカ丸も後を急いだ。
波が打ち付ける岩場を飛び越え、洞窟まで目と鼻の先。
「三十木谷、厳しい戦いになる覚悟はしておケ。土地神の可能性もあるからナ」
メカ丸は念押ししたが、薫は真っ直ぐに前を向いたまま答えた。
「だとしたら余計にウチは引けませんよ。ウチの力はそのくらい祓えるくらいじゃなきゃ困るんです」
ついに薫とメカ丸は洞窟へと足を踏み入れた。その瞬間、呪いの気配の濃さに2人は一瞬足を止めた。
そして気付いた。先程まであった洞窟の入り口が消えている。
「結界術カ」
メカ丸は薫の方を見た。薫は実戦経験がほとんどないと歌姫から聞いていた。結界に初めて閉じ込められたのであればパニックになるのが普通。
だが薫は前を、闇の中を睨んでいた。
「先輩。いましたよ」
メカ丸は薫の言葉でようやく敵を認識できたことに出遅れを感じた。
2人の前に現れたのは巨大な流動体、全長が5mはあるスライムのような呪霊だった。
その体内、透けた水槽のような中には行方不明であろう若者たちが5人浮かんでいた。
『三十木谷の言った通りだったのか』
5人の若者はまだ息があるようだった。苦しそうにゴボゴボと息を吐きながら、ギリギリ顔が外に出るか出ないかの水面付近で触手に拘束されていた。おそらく若者たちの死の恐怖を養分にしているのだろう。
メカ丸にとっては最悪の位置関係。いつもであれば高出力の大技で祓うが、呪霊の本体を狙おうとすれば若者たちにも当たる。若者は衰弱しており、弱い呪弾でも命が危ういだろう。意図せずして呪霊にとっては人質になった形だ。
「助け・・・て・・・」
声になっていなかった。口の動きだけだったが、若者の悲痛な求めが2人の目に届く。
「三十木谷!」
「はいッ!」
薫はそう叫ぶよりも早く、合わせた両手を交差させてビームを放った。
だが暗闇で認識しきれなかったが、洞窟は岩が複雑に出っ張った遮蔽物の多い環境だった。
薫のビームはまっすぐ呪霊に向かったが、光の束のうちのほとんどが岩に邪魔されて消滅してしまった。
「何だト!」「ウチのビーム、貫通力ゼロや」
だが遮蔽物を抜けた一部がスライム呪霊の触手の1本を焼き切った。
それが悪手。
「マケソだいこソブレーーーーードォォォ」
触手を切られたことに怒り、スライム呪霊が暴れ出した。
「危なイ!」
襲い掛かる触手。メカ丸は咄嗟に薫を庇って身を挺した。
だが触手の一撃は凄まじく、2人もろとも岩壁に叩きつけられた。
「うぐっ」
メカ丸はクッションとなり薫を守った。だが岩肌が2人を削り、薫は呻き声をあげた。さらにメカ丸の左腕は犠牲となった。
『マズいな』
メカ丸は覚悟した。このままでは若者たちも薫も犠牲となるだろう。
ならば薫が殺される前に、若者を数名犠牲にしてでも呪霊を祓うのが今の自分にできるベスト。
いや、ベストは・・・
「三十木谷。全責任は俺が持ツ。俺の後に撃テ!」
メカ丸は薫を背から抱きながら腕を突き出した。
「低出力。小祓砲!」
メカ丸の掌が大砲になり、その砲口から発せられた熱線が呪霊周囲の岩を焼き切った。
呪霊の体に当たった熱線は低出力が故に体の奥には届かず若者たちは無事。
「今ダ! 核を狙エ!」
メカ丸の言わんとしていることを薫は一瞬で半分理解した。
一撃必殺の薫のビームであっても、触手などの呪霊の一部に当てただけでは瞬殺できない。狙うなら本体。呪力の流れから狙うべき部位を探し出す。
だが呪力の流れを感じ取る方法を薫は知らなかった。座学で学んだだけ。
よって薫はこの技を選んだ。
ダラさんから「使ってはならん」と念押された技。
「太陽拳‼‼!」
薫が交差させた手を額の前で広げた瞬間。その身体は カッ と閃光を放った。ただし弱めの。
洞窟中を照らす薫の光。スライム呪霊の体中を余すところなく照らし出し、その霊体を一瞬で蒸発させた。
「・・・・・」
メカ丸は唖然とするしかなかった。ビームだけじゃなかったのか。そういうミラーボール的な使い方ができるのか。
だが悠長してはいられない。スライム呪霊に捕らわれ浮いていた若者たちは宙に放り出された状態だ。衰弱した彼らが岩に叩きつけられれば、そのダメージで死んでしまうだろう。
「出し惜しみは無しダ。推力加算最大出力!」
メカ丸は肘からバーニアを展開し、ジェット噴射で若者たちの元へと飛び出した。
「火車!」
薫は巫女服の袖から巫札を取り出し、自らの足に巻き付けた。その瞬間、薫の足は火が噴出したような霊力に包まれ、凄まじい瞬発力を得た。
若者たちが落下しきるよりも早く、メカ丸が4人を掴み上げて救け、薫は1人をどうにか岩場寸前でスライディングキャッチして助けた。
「三十木谷は基礎体力に劣るから守ってやれと真依が言っていたガ」
メカ丸は薫の瞬発力に感心した。だがそれも束の間。
「先輩…限界です…あとは…任せまし…た」
呪力が尽きたのだろう。薫は若者を抱えたまま気絶した。
その顔に洞窟の外の光がさした。呪霊消滅により結界術が解けたのだ。
メカ丸は周囲の安全を確認し、「よくやったナ」と声をかけながら薫の顔を優しく撫でた。