だが高専への入学となると別の問題が。
まずは入学の目的。
親しい間柄の呪霊を救うため、と馬鹿正直に言うわけにもいかない。高専は屋跨斑がつい最近まで安定し、薫たちと交流していたことを把握しているからだ。
とはいえ薫は奇しくも屋跨斑を祀る祠の管理者一族。その御役目として後始末をする責務がある、となれば立派な言い訳になる。
だがもう一つの問題が。それは薫自身の対呪霊戦闘力。
高専に入学する者はほとんどが経験者。何かしらの生得術式を持っているか、優れた運動能力を有している。(家族の意向に従わされての半強制入学などの事情持ちもいるが)
普通の生活を送ってきた薫では入学拒否される可能性もあるだろう。
そこで編み出されたのが光線術。
元は小5の薫に「ビーム的なものを撃ちたい」とねだられ作ったもの。2つの紋を重ねることで光を発射できる。“重蔦紋”という巫術が基になったものだ。
ダラさんはわざわざ安全のために4秒以上、40度の角度という縛り、さらに山でしか発動できないセーフティーロックを付与。熱も威力もなく、遠くまで届くだけの光に留まらせ、爽快感演出のオマケに軽い風が吹くように細工していた。
このビームに呪力を乗せる。
光線術にのみ呪力を付与する縛りを作ることで、ビームは呪霊の体を貫通する特性を得た。
元のビームでは諸々の安全策のために呪力を経由させていた分、連発すれば疲れて気絶する代物だった。
そこで“オマケ演出”と“安全装置”を取っ払うことで呪力効率は改善。
『起動の合図として』『紋同士を』『4秒以上重ね』『40度以上ずらし』『発動』
この縛りは部分解除可能。呪力を追加消費することでどれかを削って発動できる。
そんな芸当は術式の解釈を広げるという高等技術。一級術師でも可能な者は少ないだろう。
だが薫は小5の頃から日向と共にビームでサバゲ―しまくったり、アニメや特撮のビームを真似するために研鑽しまくっていた。
手を交差させずに撃てるようにしたり。
秒で撃てるようにしたり。
ノーモーションで撃てるようにしたり。
かめはめ波の構えで撃てるようにしたり。
(全身から光を放つ“太陽拳”は一発で全呪力を消費するマダンテ(弱)。しかもダラさんに「誰かに見られたらどうする!」と叱られて封印を余儀なくされた)
いずれにせよ低出力にはなるが、呪霊特効があるため問題ない。
全てを満たす元来の撃ち方であれば、低コスト/高出力(無意味)のビームとなる。
それを薫は『ダラさんビーム』と名付けた。
8月のある日の朝。いつもの食堂にて。
「おはよう新田くん。昨日は任務どうやった? 帰り遅かったんやね」
昨日、新田は東堂と共に呪霊討伐任務に連れてかれていた。
帰ってきたのは夜遅く、薫が自室へ寝に戻った後。
そのせいか、新田はひどく疲れた顔をしていた。
「・・・最悪やったわ」
薫はそうでもないが、東堂と一緒に任務に行った者は大抵疲れた顔をして帰ってくる。特に真依は気持ち頻度が多いためか余計に。
だが今回の新田は事情が違ったようだ。
「でも、たしか初めてお姉さんが補助監督してくれたんやなかった? リラックスできたんと違う?」
気を利かせた薫の言葉に新田はウゲッと、『思い出したくない』と言いたげな顔をみせた。
新田は姉の明から『三十木谷くんのこと、はじめ女の子だって思ってたんじゃない? 新が緊張する姿目に浮かぶわぁ』とからかわれていたのだ。
目は口ほどに何とやら。その雰囲気だけで全てを察した薫は「どんまい」と苦笑いした。
だがこれが新田の不満たらたら愚痴ダムを崩壊させた。
「ほんま世の中の“姉貴って存在”はどうしてああなんやろうな!」『ウチもお姉ちゃんおるけど』
薫は下手に口を挟まないほうが吉と、心の中で反応するに留めた。
「年頃の弟の気持ちってもんの理解する能力が無い」『ウチと姉ちゃん、気が合ってよかったぁ』
「これから東で任務ある度にこれやと思うと気ぃ滅入るわ」『お姉さん、ええ人やった気がするけど』
「ん?」
ここで薫は気付いた。
「そういや真依先輩も東京にお姉ちゃんおるって聞いた気がする」
「たしかそうだな」
「どんなお姉ちゃんなんやろ。あとで聞いてみよか」
すっかり愚痴モードを寸断された新田は、薫の提案に同意した。
「やめておけ」
そこに割って入った者がいた。3年の加茂憲紀だ。
「あっ、先輩。おはようございます」「おはようございます!」
加茂に気付いた新田と薫は席を立って律義に挨拶した。
東堂やメカ丸は「そういうのはもういい」と言ってくれるが、加茂はいまだに2人の上下関係維持に何も言わない。
「お前たちはまだ知らないだろうが、御三家の家庭事情に他人が首を突っ込むべきじゃない。禅院家の問題が絡む。真依に姉について聞くな」
威圧感のある加茂の言葉に委縮する新田。薫ですら「申し訳ないです」と身を縮めた。
どうも加茂を相手にすると任務以上の緊張感がある。新田も特に加茂を苦手としていた。
人懐こい薫ですらも、未だに加茂と慣れ親しむことができないでいた。
そんな加茂との二級任務。それが今日の薫のスケジュールだった。
任務は行方不明者の捜索を兼ねた調査。
山奥の廃村で“建物ごと”人が消えたというのだ。
建物ごと消えた、とはいえ元は廃村。明確な記録はなく『あそこに家があったはず』という程度。村の様子を見に行った元村民が帰ってこなくて、調べに行った家族が違和感を覚えた程度だ。
問題は廃村になった経緯。
5年前、世間では獣害事件として伝わっているが、その実は非常に強力な呪霊による大量殺人。呪霊は祓われたが、その過程で呪術師5名が死亡している。
今回は呪力の残穢があまりにも薄く、当時のものである可能性が否定できない。
現場に向かう車中、補助監督からの説明に加茂と薫は耳を傾けていた。
「つまり単なる行方不明なのか、呪霊絡みなのか判別に困るということだ」
「お巡りさんたちが捜せるように、ウチらで安心安全保証して欲しいってことですね」
薫の理解は正しく、メカ丸であれば「分析できているナ」と褒めてくれるだろう。だが加茂は素っ気なく頷く程度。
「・・・そういえば今回は二級任務なんですよね? 一級任務ともなると、どんなことがあるんですか?」
「それは今すべき話か? 任務が終わってからにしろ」
どんな切り口も通用しない加茂に、いつもなら元気な薫は閉口するしかなかった。
空気が重い。
「じゃあ、先輩の術式とか戦い方って超絶カッコいいやないですか。コツ教えてください! ウチ、呪力操作をもっと上手にならんとあかんくて。戦闘スタイルは先輩を参考にしたほうがええよって言われとるんです」
めげない薫。この粘り強さに、運転していた補助監督は感心した。
しばらく黙っていた加茂。
だが薫の視線が逸れる気配はなく、粘り負けしたように口を開いた。
「赤血操術のような相伝の術式に限らず、違う術式は呪力操作に関しては参考にならんぞ」
加茂の答えに補助監督は『駄目かぁ』とがっかりした。だが薫は視線を逸らさない。
これには加茂もいい加減に根負けして話を続けた。
「イメージを大切にするといい。私はそうしている。熱のように血管を伸ばして体の輪郭を作るイメージが基本だ」
「なるほどぉ。イメージですね。分かりました!」
あれだけ邪険にされながらも元気よく答える薫の胆力に、補助監督だけでなく加茂も感心し始めていた。
そうこうしている間に現地到着し、薫と加茂は集落に続く古い橋の前で降ろされた。
異変は早くも現れた。
運が悪かったとしか言いようがない。呪霊が仕掛けた呪いの条件を、薫と加茂が一発で引き当ててしまった。
「帳ではない・・・だと」
加茂はその身を囲う異変にたじろいだ。
先ほどまで昼間だった周囲が夜のような闇の中に落ちていた。
結界術・帳にも似た空の景色だが、闇が水のように流れ落ちる帳とは違う。暗闇の世界に取り込まれた状況だった。
「呪霊の結界術か?」
「これって・・・」
周囲を警戒する加茂と薫。周囲の景色も廃村よりもさらに荒廃した森林のような場所に変わっている。
「三十木谷!」
そんな2人を見下ろすように、1つの影が上空に伸びた。その気配に気づいた加茂が叫ぶ。
薫もその影を視界に捉えた。
人間のシルエットではない。
山。
巨大なナメクジとでも言おうか。醜悪な色を帯びた明らかな呪霊の姿がそこにあった。
「ククク。童らが迷い込んだか。もう元の世界に戻れぬぞ」
地を這うような呪霊の言葉に、薫は「しゃべれる呪霊や」と感想を漏らした。
「この異界で朽ちるのも可哀想じゃ。安心せい。おぬしらも儂の腹に納めてやろう」
「あ、先輩。ここ異界ですよ」