ダラさんが巫女時代に使っていた符術の数々も薫に伝えられた。
・火車
四肢に施すことで肉体を強化できる。蓄積した呪力を放出して発動する。
呪力による身体能力の底上げと比較して強度こそ劣るが、精神状態に左右されることがないため安定性に勝り、さらに呪力の流れから相手に動きを予想されにくいメリットがある。
ダラさんが生きていた頃は紙が貴重だった時代だったため、いざという時は皮膚に刻みこんで発動していた。
・甲笠印
矢など小さな刃物との接触を逸らす効果がある。すり傷防止程度の防御力微アップであり、大ダメージの場合は皮膚が無事でも真皮より内部には保護が届かない。
消費霊力が低く普段から使用しやすいため、薫の巫女衣装に仕込むことにした。
他にも呪力感知術(存在を維持できないほど微量な呪霊の呪力を可視化できる。便宜上、サングラスに巻き付けると使いやすい)や認識阻害術、遠隔透視術、魔除け、末端硬化術などの呪印をダラダラダラさんがお絵描き帳に書いて薫に渡した。
厚紙に書かれた呪印の数々を見て歌姫は「ん? どうやって使うの?」と質問した。
「これ原本ですよ」と当然のように答える薫。
「原本?」と再び尋ねる歌姫。
そして当たり前のように薫はコピー機を指さした。
「コピー?」
「白黒印刷でOK」
「え?」
「EPS○NやCAN○Nのインクにも対応してます」
伏せ字の意味が無い、って顔を歌姫はしたという。
山のように巨大な呪霊を前に、加茂は冷静に状況を分析していた。
『異界? 結界術の一種か。問題は“元の世界に戻れない”が真か嘘か。真であれば結界を強化するために開示することで呪力を底上げしたのか。嘘であれば、それを補っても結界術を展開し続けられる高い呪力を持つということか』
加茂は思考を巡らせながら両手を合わせて戦闘態勢に入った。
だがその警戒心は呪霊に対してだけではない。
『異界。三十木谷もまた同じ異界という言葉を口にした。まさかこの呪霊と通じているのか?』
加茂が薫に対して抱く不信感。それを薫自身は微塵も気付いていなかった。
だが呪霊は2人の間に漂う不穏な空気に気付いた。
「ほぉ、童ら。くくく。珍妙な恰好、呪術師であろうが。面白い提案をしてやろう」
ねっとりとした笑い声をあげながら、呪霊は薫と加茂を指さした。
「先はこの異界から生きて戻ることはできぬと言ったが、儂は寛大じゃ。一人だけでも助けてやらんでもない。チャンスをやろう。お主ら同士で殺し合え。さすれば生き残ったほうを元の世界に帰してやる」
陰湿な提案と言わざるを得ないだろう。
だが加茂はこれを“迂闊”な提案だと感じた。
まず、薫と呪霊の繋がりは否定された。この条件では裏で通じるメリットがない。
また、2人が殺し合う間、呪霊がこの場に居座るのは好都合。結界に閉じ込められた状況で最も都合が悪いのは、呪霊が姿をくらますことだ。
そして、元の世界に戻れないはずの異界から脱出する術があることを呪霊自身が断言している。希望が生まれた。
『この呪霊・・・もしや』
加茂が何かを察しかけた時、隣の薫も口を開いた。
「先輩。この呪霊、なんかキャラ作ってる感じせえへん? 一人称“儂”な老練キャラに見せとるけど。ウチら古風衣装コンビを珍妙な恰好って言ったり。チャンスって英語使ったり。感覚が現代っぽい」
薫の言葉に呪霊は「・・・はぁ?」と、先ほどまでの余裕のある雰囲気を忘れたように裏返った声を出して怒りを露わにした。
加茂も薫の指摘がしっくりきた。長年生きた老獪な敵であれば厄介だが、目の前の呪霊は脇が甘い。付け入る隙があるように感じられた。
「ガキがぁ・・・殺すぞ!」
呪霊は山のような巨体で突進してきた。大きさに対して鈍重ではあるが、それでも小さな薫と加茂から見れば車の突進に近い。
このまま薫と加茂を押し潰そうというのだろう。何の策もない。単調な攻め手しかない。おそらく異界を行き来する術式だけ。
だが恵まれた巨体によるシンプルな物量攻めは悪手ではない。
「百歛。穿血」
「ダラさんビーム!」
加茂と薫は迫る呪霊に各々の攻撃を放った。それぞれが特級呪霊の体を貫く威力。
だが攻撃範囲が限られていた。
呪霊の体を貫く二閃。
「痛ぇよ!」
だが呪霊の体は崩れなかった。
薫は初めてダラさんビームが通用しなかったことに驚き「祓えません!」と叫んだ。
「核ではないか。巨大すぎる。奴の全身に呪力を流し込むしかない」
加茂は一時退却を考えた。赤燐躍動と火車を使い距離を稼ぎ、次の一手を考えるために。
「三十木谷、走れるか?」
だが薫の瞳は静かに呪霊を捕えていた。
「全体に光を流し込む・・・一つ試したいのがあります」
そう言うと薫は右手を顔の前にかざした。
加茂は薫の集中力に感心した。呪力も徐々に上がっている。
「分かった。試してみろ」
加茂に背を押された時、薫はイメージを完了させていた。
薫の手の甲が光り、何か“トランプのハートのキング”のようなシルエット浮かび上がる。
「俺のこの手が光って唸る。お前を倒せと輝き叫ぶ!」
薫の言葉に加茂は「お前は自分のことをウチと呼んでいなかったか?」と指摘した。
だが薫は止まらない。
開いた手を握り締めたかと思えば再び広げ、そのまま拳を振り上げて呪霊に向かって飛び出した。
「必殺! シャイニング フィンガァァァァァ!!」
今度は薫の手が緑色の光を帯びる。加茂には何が起きているのか理解できない。
薫は加茂からのアドバイス、呪力操作のイメージのことをずっと考えていた。
そして、ダラさんビームを拡大解釈した時のように、自分の好きなアニメや特撮のシーンをトレースすることで呪力操作、出力増加、さらに質の変性を計ったのだ。
この時、薫はとあるBGMを脳内再生させ、所作を全て完全再現していた。
一連の口上は、高専で習った“術式の開示”を模した。聞く人が聞けば、薫が何をしようとしているか分かるだろう。今回、加茂にはチンプンカンプンだが、メカ丸なら理解してくれただろう。
狙いは成功した。
薫の手が呪霊の体に触れた瞬間。全ては一瞬の出来事。光が呪霊の全身に流し込まれ、その巨体が塵となって崩れたのだ。
「ほぉ、よくやったな三十木谷」
加茂が歩み寄った時、薫はまだ余韻に浸りながらガンダムやら条例やら何やら口ずさんでいた。
そして言い終わってスッキリしたのだろう。フッと加茂の方を振り返り、「やりました先輩」とピースして見せた。
その屈託のない笑顔に、加茂の感性は直感した。
「三十木谷。キミは上層部が懸念するような存在ではない。純粋な心を持つ少女だ」
加茂の微笑みに薫は笑いながら答えた。
「ウチ、男の子。いつも男子寮で会ってますやん」
「? ・・・・・・ !」
加茂は目を丸くした。