司令に帰って休むように言われたワタシは、自宅のアパートに帰る……フリをしてタコツボバレーに戻ってきていた。
勿論、先程まで居たヒーローの前線基地ではなく、最奥の居住区画だ。
白いヒーロー装備から黒いインナーとロングコートに着替えたワタシは、まずタコワサ将軍の元に向かう。
将軍はいつもの部屋ではなく、スプラトゥーンお馴染みの『戦略タコツボ兵器』が開発されている施設まで出向いていた。
「“ただいま戻りましたー…ってあれ、将軍、その機械って”」
「“…戻ったか”」
将軍が振り返る。その前には巨大な球体の機械が鎮座しており、周囲に何人かのデラタコゾネスが集まって、何やら調整を行っていた。
「“見ての通り、『タコツボキング』の最終調整だ”」
将軍が腕組みしながら言う。珍しくその手(?)にワサビは持っていない。
ワタシは「“おお〜”」と間抜けな声を出しながら、ゾネスたちの邪魔にならないように気を付けつつ、タコツボキングを周りから眺めた。
銀色の外装、将軍が収まるための操縦席、その前に設置されたDJブースとワサビを入れるスペース。それらがゲームで見たものと全くの同一の姿で、リアルサイズになってワタシの前にあった。
これは感動どころの話ではない。
思わず目が潤んでしまいそうなほど凝視して、色々な角度から眺め回した。何なら写真も撮っておいた。
ゾネスたちが真面目に調整作業をしている横でやる事では無かったと思うが、当の彼女らは微笑ましげにしているだけで何も言わなかった。多分オタクの発作とでも思われていたんだろう。ワタシもイイダほどではないにしろ、結構機械に詳しい方だと自負しているのだ。
……とにかく、満足行くまでタコツボキング鑑賞を堪能したワタシは、気を取り直して将軍に声を掛けた。
「“将軍、攫ったオオデンチナマズは?”」
「“今は擬似太陽の近くに居させている。これで暫くは電力不足と無縁でいられるだろう”」
「“なら良かったです。……さて、それでここからはどうするんです?”」
将軍は、施設内に置かれたタコツボ兵器たちを見渡した。
「“そう経たずに攻めてくるだろうアタリメ共は、コレら兵器で迎撃するつもりだ。動力源には共に攫ってきた小さなデンチナマズを使う”」
「“……果たして食い止められますかね。いや、タコツボ兵器を信頼してない訳じゃないんですけども”」
「“言いたい事は分かる”」
頷く将軍の横顔からして、彼もコレらの兵器でNEW!カラストンビ部隊を止められるとは思っていないように見えた。
「“もしヤツらがタコツボ兵器たちを越え、最深部まで辿り着いたなら…この『タコツボキング』の出番ということだ”」
「“つまり、将軍自ら出られるって事ですね”」
「“そうだ”」
将軍の鋭い眼光がこっちを向く。ワタシの背筋が自然と伸ばされた。
「“お前には今後、カラストンビ部隊への潜入に戻り、部隊の動向を監視してもらう。何か我らの不利益になるような企みをしていれば、それも報告しろ”」
「“了解です。オクタリアンの未来の為に頑張りますね”」
将軍に対して敬礼する裏で、脳裏にタコたちの姿が過ぎる。
━━この子たちが心置きなく地上で暮らせる世界にすること。そんな今のワタシの、たった1つの『目標』が再び刻まれた。
「“じゃあワタシ、今日はここに滞在して、明日潜入に戻りますので”」
「“ゆっくり休んでいけ。明日から多忙になるだろうからな”」
「“はい、そうさせて頂きます”」
ワタシは開発施設を出て、そのままの足でとある場所へと向かった。
「“イイダー、居る?”」
「“はい、ここに居ますよ〜!”」
廃棄物が大量に転がった空間に来たワタシは、瓦礫の向こうに向けて後輩の名前を呼ぶ。するとその隙間から、ひょこりと黒い髪が覗いた。
硬質な指ぬきグローブを嵌めたその手には、ヘッドホンとCDプレイヤーを携えている。音楽鑑賞の途中だったらしい。
その手招きに応じ、ワタシも瓦礫を乗り越えてイイダの隣に腰を下ろした。
━━この場所は、ワタシたちがよく秘密基地として利用している空き地だ。天井に張られた液晶の破片や、古い機材などが雑に置かれて放置されている。ヒト通りも少ないので、ある日に見つけた後から、気付けば集会所のようになっていた。
ここに来ると、大抵はサボりに来たミズタが隠れており、次いでチューターとしての仕事終わりのイイダが遊びに来ていることも多い。偶にムラキ先輩が出没することもあるらしい。
ワタシもタコツボバレーに滞在している時には、よくここに来ては雑談に花を咲かせていた。
地上から持ち帰ったお菓子などのお土産をつまみながら、主にイイダに向けて地上の話をするのが恒例である。
と言うのもなんと、イイダはこの時点で、既に地上に興味津々だったのだ。
まだシオカラ節を聴いた事はないはずなのに、地上の文化や音楽に対してよく知りたがり、ワタシに話をせがんでいる。
原因は分からないが、心当たりならある。
きっと、ワタシという地上をよく知る者が身近に居るからだ。
原作でどうだったかまでは知りようがないが、おそらくイイダは元より地上のことに関心があったのだろう。
ワタシが居なかったら、もしくは地上での潜入調査という任務に就いていなかったら、地上のことを積極的に知れる機会は訪れなかった。そうなればイイダは、地上への関心を表に出すことはできない。
しかし、ここにはワタシが居る。
地上の街で朝を迎え、適当にぶらつき、適当に仕事をする生活を送っており、その体験を話せる人物が居る。
結果イイダは地上への興味関心が爆発し、ワタシにあれこれ聞いてくるようになった。
『“地上にはどんな音楽があるのか”』
『“どんな食べ物があるのか”』
『“どんな仕事があるのか”』
過去には、ワタシがモデルをした雑誌を持ち帰って見せたこともあったのだったか。
写真を見たイイダは目を輝かせ、偶々一緒に居たミズタは無表情で感想を述べていた。
『“この表紙に載ってるのが、ナツメ先輩なんですね”』
『“…なんか、ここにいる時と雰囲気違うね、写真の中の先輩”』
『“……特に何か振る舞いを変えたりはしてないはずだけど?”』
『“服装が全く違うからかもしれませんね”』
ちなみに、イカ語で書かれた雑誌の内容は2人では読み取ることができず、ワタシが翻訳して2人に読み聞かせるという奇妙な絵面が出来上がったりした。
確かその雑誌は、イイダが持ち帰りたいと言ったのでそのままあげたはずだ。別にワタシはいつでも同じものを手に入れられるし、特段あの雑誌に思い入れも無いので構わないのだが、アレを何に使うつもりだったのかは分からずにいる。
まあ、彼女のことだから変なことには使わないだろうとは思うが。
「“珍しいね、1人でここに居たんだ”」
「“はい。お仕事が早く片付いたので”」
「“そうなんだ。 それで、何してたの?”」
そんな思い出もそれなりに詰まったこの場所に、今日は珍しくイイダだけが居た。
隣に座って何をしていたのか聞けば、イイダは黙って笑顔でヘッドホンを差し出してくる。
促されるままに装着してみると、イイダがコードでヘッドホンと繋がったラジカセのボタンを押した。
〜♪
「“……この声…イイダ?”」
━━ヘッドホン越しにワタシの耳に流れたのは、前世で狂うほど聴いた旋律と歌声だった。
2人で歌う曲らしく、所々には歌声が無く電子音で代用されている。
一部にはオクタリアン特有のフレーズも差し込まれて、未完成ながら既に引き込まれる魅力が込められている。
『フルスロットル・テンタクル』
それの、DEMO版だった。
「“はい。いい感じのものが作れたので、先輩やみんなに聴いてもらいたいなって思いまして…”」
イイダは照れたように笑った。眩しすぎる。
「“…けどこの曲、歌が入ってない所があるよね?”」
「“あ、そこは別のヒトに歌ってもらいたい所で……でも、誰に歌ってもらうかはまだ決まっていないんです”」
「“…そうなんだ”」
それもそうだ、まだ『彼女』とイイダが出会うのは先なのだから。これからこの曲の空白部分に歌が入り、やがてテンタクルズの代表曲になるのだろう。
この曲の未来を知っている身としては、出来たてホヤホヤのDEMO曲を聴けるなんて感無量と言うべきか。
「“…ちなみに、ナツメ先輩は歌って……”」
「“……悪いけどワタシは無理かな。歌はあんまり得意じゃなくて”」
「“…そうですよね、前から言ってましたものね……”」
……これは悲しいことに本当である。歌うのはかなり苦手で、音程はある程度取れるが声が出ない。一度ヒトカラした時は5分で歌うのを辞めたくらいには聞くに耐えない。
ワタシにできることと言えば、黙ってドラムを叩くくらいだ。もしかすると、伴奏としてなら近い未来に共演することはあるかもしれないが。
その後、ワタシはフルスロットル・テンタクルを聴きながらそのこだわりポイントをイイダに熱弁されていた。溢れんばかりに出てくるこだわりポイントは、日が沈んできたので一度別れ、翌朝再び集まってからもまだ続いた。
……途中から音楽の専門用語しか聞こえてこなくなっていたが、イイダが楽しんでることだけは伝わってきた。
癒しのひと時である。好きなことについて語っているイイダは天使超えて女神だ。この時間よもっと続いてくれ。
━━と、思った瞬間にこういう時間は崩れるものである。
突然、けたたましく警報が鳴り、ワタシとイイダは驚いて飛び上がった。周囲を見ると、武装したオクタリアンの兵たちが慌ただしく駆け回っている。
「“な、何が起こってるんですか?!”」
「“何かしらの緊急事態みたいだね…”」
すると、警報の合間にアナウンスが挟まりだした。
《“タコツボバレー上層部にて敵襲! 黄色い装備の若いインクリングが侵入! 直ちに対応せよ!”》
「“……あー、なるほど”」
来た、と思った。
アナウンスと共に、上部の空を映していた液晶パネルの映像が切り替わる。
そこには襲撃場所のカメラの映像が流されていた。
中心に、黄色い上着が見えた。
━━長いゲソ、特徴的なアタマギア。そしてシャープなデザインのシューター。
「“……キミが、そうなのか”」
背を向けていて顔は見えないが、その姿は紛れもなく━━
「“━━3号”」
新たなヒーローだった。
次回、遂に3号登場です。