10話くらいまで投稿頻度をかなり早くします
第1話 よりによってサイド7かよ
俺が前世の記憶を思い出したのは、三歳の時だった。
こういう時、普通なら何かあると思う。熱を出したとか、階段から落ちたとか、頭をぶつけたとか、そういう分かりやすいやつだ。少なくとも前世で読んだ転生ものや憑依ものでは、だいたい何かしらイベントがあった。トラックに轢かれる。神様に会う。白い空間に呼び出される。謎の選択肢を出される。
だが俺の場合、そういう親切設計は一切なかった。
朝、目が覚めた。
ぼんやり天井を見た。
寝起きの頭で、ここどこだっけ、と思った。
その瞬間、知らないはずの言葉と、覚えているはずのない知識と、三十五年分の記憶が、まとめて頭の中に流れ込んできた。
控えめに言って最悪だった。
いや、転生自体はまだいい。良くはないが、百歩譲ってそういうこともあるとしよう。前世の俺はアニメもゲームも好きだったし、ネット小説もそれなりに読んでいた。だから「これは夢だ」と言い張って現実逃避するほど、純粋な人間ではなかった。
問題は、ここがどこかだった。
今の体は小さい。布団も部屋も妙に大きく見える。手足も短いし、声も舌も思い通りに動かない。なのに、頭の中だけは前世三十五歳の記憶でやけにうるさい。体は子ども、頭は大人。文章にすると便利そうだが、実際はかなり不便である。というか普通に気持ち悪い。
まずは現状把握だ。
いきなり叫んだり、親を呼んだり、布団の中で暴れたりするのは論外である。三歳の子どもなら泣いても許されるかもしれないが、中身がこれだけ騒がしい状態で泣いたら、たぶん収拾がつかない。自分でも何を言い出すか分からない。
俺は布団の中でもぞもぞ動き、部屋の端に置かれた家庭用端末を見た。
幼児向けの簡易表示だから、難しい情報は出ていない。日付、居住区、予定、家族設定。そういう生活に必要なものだけが、分かりやすい文字とアイコンで並んでいる。
まず目に入ったのは、日付と居住区だった。
その表示を見た瞬間、頭の奥で嫌なパズルが一気につながった。
宇宙世紀
U.C.0070
サイド7
ジオン
連邦
ガンダム
…………。
いや待て。
よりによってそこかよ。
声が出そうになった。というか、出したかった。前世の俺なら、たぶん布団の上で頭を抱えていたと思う。だが今の舌と喉では、思った通りのツッコミなんて出ない。仮に出たとしても、親に「急に変なことを言い出した」と心配されるだけだ。
だから俺は、布団の中で小さく口を開けたまま固まった。
宇宙世紀。
サイド7。
U.C.0070。
この時点で、もう嫌な予感しかしない。いや、予感ではない。ほぼ確定だ。サイド7といえば、初代ガンダムの始まりの場所である。アムロがガンダムに乗る場所。ジオンのザクが侵入して、コロニーに穴が開いて、ホワイトベースが出航する場所。
前世で見ていた時は、始まりの名場面だった。
ガンダム大地に立つ。白い悪魔の伝説の始まり。アニメ史に残るやつ。かっこいい。何度見ても熱い。そういうテンションで見られた。
現地民としては笑えない。
全然笑えない。
なにせ、その場所に俺がいる。しかも体はまだ小さい。モビルスーツどころか、靴をちゃんと履けるかどうかも怪しい年齢だ。いや、今の靴に紐はないけど、そういう問題ではない。
神様がいるなら、もう少し配置を考えてほしかった。せめて一年戦争後とか、地球の安全そうな都市とか、戦争に関係ないどこかとか。いや、宇宙世紀で安全な場所がどこかと聞かれると困るが、少なくともサイド7よりはマシな選択肢があったはずだ。
そして、その端末には俺の名前も表示されていた。
レン・イズミ。
カタカナ表記のその名前を見た瞬間、最初に思ったのは「誰だよ」だった。
いや、俺なんだけど。
今の俺の名前なのだろう。だが少なくとも、前世で見たホワイトベースの避難民や連邦軍人の中に、イズミなんて名前は記憶にない。アムロでもない。カイでもない。ハヤトでもない。セイラでもフラウでもない。もちろんシャアでもない。シャアだったらそれはそれで嫌すぎるが。
つまり、俺は原作キャラに転生したわけではない。
知らない場所に追加された、知らない子どもだ。
その時点でだいぶ嫌だった。
前世の俺は三十五歳だった。独身。会社員。仕事は普通にしていたし、人付き合いも嫌いではなかった。飲み会で黙り込むタイプではないし、初対面の相手にもそこそこ話せる。営業職ほどではないが、コミュニケーション能力は高めだったと思う。
ただし、趣味は完全にそっち側だった。
アニメ、ゲーム、ネット、動画、考察記事、たまにプラモ。休日にだらだら色んなガンダムを見返して、あの時代の絵なのにやっぱり面白いなとか、シャアって冷静そうに見えて結構面倒くさいやつだよなとか、そういうことを考えるタイプの大人だった。
本物のガノタかと言われると、そこは違う。全機体の型番を即答できるとか、MSVの細かい設定を年代順に語れるとか、そういう怪物ではない。真のガノタの前では、たぶん俺なんてライト層扱いだと思う。
でも一般人から見れば、十分アウト寄りである。
そんな俺が、宇宙世紀にいる。
しかもサイド7。
いや、本当に配置が悪い。悪すぎる。前世知識持ち転生者としてはおいしいのかもしれないが、現地民としてはたまったものではない。読者目線なら面白い展開でも、当事者目線だと普通に命の危機である。
この先、一年戦争が来る。
人が死ぬ。コロニーが戦場になる。モビルスーツが歩けば建物が壊れ、爆発が起きれば空気が抜ける。前世では作画とか演出とか名台詞とか、そういう見方をしていた。けれどここでは違う。画面の向こうではない。モニター越しの爆発ではない。実際に人が吹き飛ぶし、実際に空気がなくなれば死ぬ。
戦争はまじでクソだ。
その感覚だけは、最初からはっきりしていた。
連邦がどうとか、ジオンがどうとか、思想がどうとか、後から考えることはいくらでもある。前世の知識を持っているからこそ、連邦にもジオンにも言いたいことは山ほどある。だが、そんな理屈以前に、戦争はまじでクソだ。少なくとも、寝起きに背負わせていいものではない。
とにかく生き残る。
俺はまず、それだけを決めた。
原作を守るとか、歴史を維持するとか、そんな高尚なことを言っている場合ではない。こっちはサイド7在住の幼児である。歴史の流れより先に、自分の命だ。次に家族。手が届くなら周囲の人間。助けられるものは助ける。だが、全部をどうにかできるとは思わない。
俺はガンダムが好きだったが、未来を完全に暗記しているわけではない。
初代の大筋、ホワイトベース、アムロ、シャア、ガルマ、ランバ・ラル、ジャブロー、ソロモン、ア・バオア・クー。そういう大きな流れは分かる。Z以降や外伝も見たし、ゲームもそれなりに触った。ざっくりなら知っている。
でも、細かい日付や、全員の移動経路や、サイド7内部の施設配置なんて覚えていない。そもそも今いるこの世界が、俺の知っているTV版そのままかどうかも分からない。
だったら、できることを増やすしかない。
その日の朝、俺は布団から起き上がり、幼児用の着替えを見下ろした。
小さい。
手も足も小さい。筋肉もない。体力もない。語彙も怪しい。三十五歳の記憶を持った人間が、この小さい体に入っているというのは、想像以上に不便だった。
ただ、救いもある。
時間はある。
U.C.0070なら、サイド7襲撃まではまだ何年もある。正確な月日までは曖昧でも、一年戦争が始まるのはU.C.0079だ。つまり、今から準備すれば、何もしないよりはマシになれる。
問題は、わが子が突然「来たるべき一年戦争に備えて鍛錬を始めます」と言い出したら、確実に変な目で見られることだ。
下手をすれば病院行きである。
いや、病院で済めばまだいい。連邦軍関係者の子どもが、存在しないはずの戦争予定を口にしたらどうなるか。考えたくない。考えたくないが、考えないと死ぬ。宇宙世紀、初手から難易度が高い。
なので、最初の目標は決まった。
怪しまれないこと。
生き残るための第一歩が「怪しまれない」なのはどうかと思うが、転生者なんてだいたいそんなものだろう。知らんけど。少なくとも俺の読んできたネット小説では、幼少期からやりすぎて周囲に天才扱いされる主人公も多かった。あれは読む分には気持ちいいが、現実でやるには危険すぎる。
俺はできるだけ普通の子どもを装うことにした。
いや、普通の子どもというには少し手がかからない。少し物覚えがいい。少し運動が好き。少し機械に興味がある。それくらいに収める。少しが多すぎる気もするが、そこは加減だ。加減が大事。チートは隠すもの。俺が持っているものがチートかどうかは知らないが、少なくとも中身は普通ではない。
昼過ぎ、父さんが少し早く帰ってきた。
父さんは連邦軍の技術少佐だった。サイド7の施設管理や搬送区画に関わる仕事をしている。前世の記憶が戻る前の俺にとっては、ただ忙しい父親だったのだろう。だが今の俺には、その肩書きがかなり重く聞こえる。
連邦軍。
技術少佐。
サイド7施設管理。
はい、完全にV作戦周辺の匂いがします。
普通なら「父さんは忙しい軍人です」で終わる話だ。だが今の俺からすると、どう考えても嫌なフラグの集合体だった。いや、子どもの家庭環境でそんな匂いを嗅ぎ取りたくなかった。
もちろん、俺がそんなことを口に出せるわけがない。なので床に広げた幼児向けの組み立て玩具をいじりながら、できるだけ普通の顔をした。
「レン、今日はずいぶん静かだな。具合が悪いのか」
父さんが軍服の上着を脱ぎながら聞いてきた。声には心配が混じっている。忙しい人ではあるが、子どもを見ていないわけではないらしい。
俺は手元のブロックを持ち上げ、なるべく子どもっぽく首を傾げた。
「ぐあいはわるくないよ。ちょっと、かんがえてた」
「考え事か。何を考えていたんだ」
「どうしたら、これがもっとつよくなるかなって」
俺が組み立て途中の謎の車両っぽいものを見せると、父さんは少し笑った。形としては車にも作業機械にも見えるが、正直かなり雑だ。中身三十五歳のくせに幼児用ブロックでこの程度かと思われるかもしれないが、小さい指先は普通に不自由なのだ。脳内設計に手が追いつかない。これもなかなかストレスである。
「強くするなら、まず壊れにくくすることだな。速く動かすのも大事だが、動くたびに壊れる機械は役に立たない」
「じゃあ、かたいのがいい?」
「硬いだけでも駄目だ。力が逃げる場所も必要になる。全部を硬くすると、強い衝撃が来た時に一気に割れる」
「むずかしい」
「難しいな。父さんも仕事でよく悩む」
父さんはそう言って、俺の隣に腰を下ろした。忙しいはずなのに、こういう時は少しだけ付き合ってくれる。前世の記憶が戻った俺から見ると、ありがたいような、申し訳ないような、少し変な気分だった。
だが、これは大きい。
父さんは技術士官で、俺の機械好きに理解がある。つまり、変に背伸びをしなくても、機械に触る理由を作れるかもしれない。もちろんやりすぎれば怪しまれる。だが、何もないよりはずっといい。
「レンは本当にこういうものが好きだな」
「すき。だって、うごくのたのしい」
「そうか。なら今度、子ども向けの制御教材を探しておこう。まだ早いかもしれんが、絵が多いものなら読めるだろう」
来た。
俺は内心でガッツポーズをした。表情に出さないように気をつけたが、たぶん少しにやけたと思う。技術士官の父親から、子ども向けとはいえ制御教材をもらえる。これは大きい。何が大きいかと言えば、今後俺が端末や機械に触る理由が自然になる。
生存戦略その一。
親公認で機械に詳しい子どもになる。
かなり大事である。
「ほんと? 父さん、すごいやつ?」
「すごいやつかどうかは分からん。子どもが読むものだぞ」
「じゃあ、僕がすごく読む」
「読む量で教材の性能は変わらんぞ」
「でも、いっぱい読んだら僕がすごくなるかもしれない」
父さんは少し目を丸くしてから、声を出して笑った。
「自分で言うか」
「言わないと、だれも言ってくれないかもしれないから」
「レンは妙なところでたくましいな」
そう言われて、俺は笑ってごまかした。子どもの言い回しとしては少し理屈っぽかったかもしれない。だが父さんは深く追及しなかった。たぶん、子どもの変な言い回しだと思ったのだろう。
助かった。
宇宙世紀を生き残るために必要なものは、たぶん山ほどある。
体力。知識。機械の理解。サイド7の土地勘。大人に怪しまれない振る舞い。未来を知っていることを隠す慎重さ。それから、何かが起きた時に動けるだけの度胸。
今の俺に全部はない。
でも、最初の一歩くらいなら踏み出せる。
ザクもジオンもシャアも、まだ遠い。
その前に、俺はまず、この小さい体で生き残る準備を始めるしかなかった。