ホワイトベースのいた方角へ戻るほど、光が増えていった。
ジム・コマンドのコックピットは二人で入るには狭く、俺はクリスさんの腕を邪魔しないよう身体を片側へ寄せたまま、残っている画面を見ていた。機体は加速するたびに細かな振動を返してくる。さっき一号機を探しに来た時よりも悪くなっている気がしたが、クリスさんは速度を上げすぎず、残った推進剤を確かめながら進んでいた。
「ホワイトベース、見えます?」
「まだ識別だけ。通信は拾えてるけど、かなり混ざってるわ」
聞こえてくるのは艦隊全体の通信だった。後退を求める声もあれば、まだ要塞へ突入する部隊を呼ぶ声もある。誰が全体を指揮しているのか、もうそれすら分かりにくい。
その中にカイさんの声が混じった。
『ハヤト、そっち行ったぞ!』
『分かってる!』
直後、遠くで二つの砲撃が重なった。
「まだ戦ってる……」
「二人とも艦から離れてないみたいね」
クリスさんが進路を少し変えた。やがてホワイトベースの姿が見えてくる。
最初、一瞬だけ別の艦かと思った。艦体のあちこちから煙のようにガスが噴き出し、片側の砲塔は完全に沈黙している。外装も何ヶ所も抉られ、進行方向も安定していなかった。出撃前から損傷は増えていたが、俺がシャリアと離れている間にさらにひどくなっている。
その近くを二機のガンキャノンが飛んでいた。飛んでいるというより、残ったスラスターで艦の周りへしがみついている。カイさんの機体は片脚がない。ハヤトの方も左肩から脇腹まで装甲が剥がれ、片方の砲はもう動いていなかった。
「クリスさん、右!」
「見えてる!」
ホワイトベースへ向かっていたリック・ドムが一機、こちらの進路へ入ってきた。ジム・コマンドの銃口が動く。クリスさんは一度だけ撃った。ビームは敵の正面を外れたが、リック・ドムは回避して艦から離れる。そのまま追うだけの余裕はこちらにはなかった。
『クリスさんか!』
カイさんだった。
『それと……レンもいるのか?』
「います! クリスさんに拾ってもらいました!」
『ならそっちはもういい! こっちもそろそろ店じまいだ!』
軽口の直後、カイ機のすぐ近くを敵機の光が通った。
避けようとしたガンキャノンの姿勢が大きく崩れる。片脚を失った機体では立て直しが遅い。カイさんは残った推進器を噴かしてどうにか艦体近くへ戻ったが、その時には右腕まで動かなくなっていた。ハヤトが援護に回ろうとする。その前へ別の敵機が出た。
『来るな! そっちも艦を見ろ!』
『でも!』
『俺はまだ死んでねえよ!』
ハヤト機が一瞬迷ったあと、ホワイトベース側へ向き直る。その背後から来た砲撃を避けた時、損傷していた左側へ破片がぶつかった。ガンキャノンが回転し、背部のスラスターから火花が散る。
『ハヤト!』
『大丈夫……まだ、戻れます!』
返事はあった。けれど、二機とももう戦える状態じゃない。クリスさんも同じ判断をしたらしい。
「二機とも艦へ戻す。レン、ブライト艦長につながったら伝えて」
「はい」
通信を切り替えようとしたところで、ホワイトベースから先に連絡が入った。
『各機、聞こえるか。これ以上直衛を続けるな。戻れる者は艦体へ寄せろ』
ブライトさんの声だった。そこで通信が途切れた。クリスさんがホワイトベースへ近づこうとした時、艦の後方で大きな爆発が起きた。艦尾が押され、巨大な船体がゆっくりと傾く。
「クリスさん、止まって!」
そのまま寄れば巻き込まれる。ジム・コマンドが噴射を切り替えて距離を取った。爆発は一度で終わらず、艦体内部の別の場所からも小さな光が続く。
ホワイトベースはまだ残っていた。けれど、もう自力で戦線へ戻れる状態には見えなかった。
◇
「主推進停止!」
報告を聞いたブライトは、正面の窓から傾いた艦体の先を見た。要塞構造物が近い。舵を切る力はほとんど残っておらず、ホワイトベースは半ば流されるようにア・バオア・クー側へ寄っていた。
「残っている姿勢制御で艦首だけ外へ向けろ。火災区画は閉鎖、消火できない区画は捨てる」
「ブライト、これ以上は……」
ミライが途中まで言い、言葉を切った。言う必要もなかった。戦闘を続けるかどうかではない。この艦に人を残していいかどうかだった。
その時、外からカイの通信が入った。
『ブライト! ガンキャノンもう駄目だ。ハヤトのも似たようなもんだ! 艦には寄せられる!』
「機体は捨てろ。二人とも中へ戻れ」
『了解。言われなくてもそうするよ』
ハヤトからも短い返答が続いた。二機のガンキャノンは、もう砲を敵へ向けなかった。残った推進だけでホワイトベースへ近づき、艦体に取り付く。
ブライトは艦橋を見回した。
「総員退艦準備。ランチを使う。負傷者と子供を先に移せ」
誰も反論しなかった。フラウはすぐカツ、レツ、キッカを集め、ララァもその近くへ向かう。負傷者が運び出され、クスコも一緒に連れていく。
「私も?」
「捕虜でもここに置いていく理由はない」
警備兵の返答に、クスコはそれ以上何も言わなかった。手の拘束は外され、そのまま退艦する列へ加わる。艦内灯が一度消え、非常灯へ切り替わった。その直後だった。ララァが足を止めた。
同じ頃、セイラも崩れかけた要塞通路の中で立ち止まっていた。声が聞こえたわけではない。けれど、ここにいてはいけないという切迫した感覚と、その先へ続く方向だけが、はっきりと意識の中へ入ってくる。
「アムロ……」
ララァが呟いた。
◇
感じていた。ララァの時とは違う。もっと強くて、焦っていて、それでも知っている。
「アムロか?」
クリスさんがこちらを見た。
「どうしたの?」
「アムロです。生きてる」
「分かるの?」
「……はい。それと、こっちじゃない」
俺たちはホワイトベースそのものへ向かっていた。けれど、頭の中へ入ってくる方向は少し外れている。要塞から距離を取る側だった。言葉にすれば、それだけだ。そこへ行けと感じる。
「艦から離れろって言ってる感じがします」
クリスさんはすぐには進路を変えなかった。レーダーと目の前のホワイトベースを確認する。艦から小型艇が離れ始めていた。
「退艦してる……」
「じゃあ合ってる。そっちへ行きましょう」
ジム・コマンドが向きを変える。
俺たちだけじゃない。ホワイトベースから出たランチも、少しずつ同じ方向へ進んでいる。艦体へ戻ったカイさんとハヤトも、もうガンキャノンには乗っていないらしく、脱出艇側の通信へ声が移っていた。
『おい、そっち詰めろ! ハヤト、子供ら先だ!』
『分かってます!』
そこへ別の声が混じる。
『ブライト、後ろの区画でまた爆発!』
『全員出たか確認しろ。残って探しに戻るな!』
ホワイトベースから最後のランチが離れた直後、要塞側で大きな閃光が上がった。崩れた構造物が艦の近くへ流れ込み、ホワイトベースの上部へ衝突する。外装がまとめて剥がれ、残っていた砲塔の一つが根元から折れた。
それでも船体は消えなかった。爆発の中心から少し外れた位置で、傾いたまま残っている。戻れない。それだけは見れば分かった。
「レン、前」
クリスさんの声で視線を戻す。要塞の開口部から一つの人影が飛び出していた。セイラさんだった。ノーマルスーツの小さな姿が、要塞外壁を蹴るようにして離れていく。
「セイラさん!」
こちらから行こうとしたが、先に近くのランチが進路を合わせた。セイラさんもこちらの灯火に気づき、自分で噴射を使ってランチ側へ向かった。
さらに遠くで要塞が光る。アムロの感覚はまだ消えない。こっちへ。それだけが繰り返し届いていた。
「もう少し先です」
「分かった。推進剤、ほんとに余裕ないから一回で合わせるわよ」
クリスさんがジム・コマンドの速度を落とし、脱出艇群と同じ流れへ入れる。ララァのいるランチが見えた。その近くにはブライトさんとミライさん、フラウ、子供たちもいる。クスコもいた。カイさんとハヤトも別の艇から顔を出している。
『おーい、黒いのはどこ行った!』
カイさんの声が通信に入った。
「なくなりました!」
『は?』
「俺だけ拾ってもらいました!」
一瞬、通信が静かになる。
『……そりゃまた、帰ってから聞くこと増えたな』
「俺もいっぱいありますよ!」
返してから、少しだけ笑えた。まだアムロがいない。セイラさんは拾われた。ホワイトベースから出た人たちもいる。でも、あの感覚を送ってきた本人だけがいない。要塞の一部がまた崩れた。
「アムロ……」
今度は返事の代わりに、強い感覚が来た。動いている。みんなが同じ方向を見たわけではなかった。けれど、しばらくして要塞の開口部から小さな機体が飛び出してきた。
クリスさんが識別を拾う。
「コア・ファイター!」
俺には識別が出る前から分かっていた。
「アムロです」
小さな機体は要塞から離れ、一度大きく姿勢を崩した。それでも噴射を立て直し、こちらへ向かってくる。
通信が入る。
『みんな……いる?』
ノイズだらけだった。カイさんが真っ先に返した。
『見りゃ分かるだろ! お前が最後だよ!』
何人かの声が重なった。俺も送信を入れる。
「アムロ」
『レン?』
「いますよ」
それだけで、向こうの声が少し変わった。
『……そっか』
コア・ファイターがランチの近くまで来る。
ガンダムは、もうどちらもない。
コア・ブースターもない。
ガンキャノンも、ホワイトベースのそばで動かなくなっている。
残って動いているのは、俺とクリスさんが乗っている傷だらけのジム・コマンドくらいだった。
それでも、人はいた。クリスさんが機体をランチの横へ合わせる。
遠くには半壊したホワイトベースが、ア・バオア・クーの構造物に寄りかかるように残っていた。砲も推進も止まり、もう戦艦には見えない。それでも艦体そのものは、まだそこにある。
「レン」
「はい?」
「今度こそ、みんな揃ったみたいね」
俺は周囲の通信を聞いた。ブライトさんの声。ミライさん。カイさんとハヤト。セイラさん。フラウと子供たち。ララァもいる。少し離れたところには、アムロのコア・ファイターがいた。
「……はい」
要塞の方ではまだ爆発が続いている。けれど、もう誰もそちらへ戻ろうとはしなかった。
ジム・コマンドとランチ、それにコア・ファイターは、崩れていくア・バオア・クーから距離を取りながら、同じ方角へ進み始めた。
◇
しばらくして、混線していた通信の向こうから、それまでとは違う呼び出し音が入った。
『全連邦軍部隊へ通達。戦闘を停止せよ。繰り返す、全軍戦闘停止』
通信に乗っていた声が一つずつ消えていく。
『ジオン共和国臨時政府より、終戦協定締結の申し入れがあった。連邦政府はこれを受け入れる。現時刻をもって、各部隊は攻撃行動を停止せよ』
「……終わった?」
自分で口にしても、すぐには実感がなかった。ア・バオア・クーではまだ火が上がり、壊れた艦や機体が何も知らないように流れ続けている。けれど、砲火は段々と減っていった。
クリスさんも、しばらく何も言わなかった。
「終わったみたいね」
「……はい」
宇宙世紀0079年12月31日。
一年戦争最後の戦場から、俺たちは生きて離れていった。
終戦です。ここまで見ていただいて本当にありがとうございます。
表記上ちょうど100回目の投稿になるんですね序盤消えた分でぴったしはまりました
もちっとだけ続くんじゃ
エピローグと断章があります