黒いガンダムの宇宙世紀   作:いずりょう

100 / 100
最終話 黒いガンダムの一年戦争

 ホワイトベースのいた方角へ戻るほど、光が増えていった。

 

 ジム・コマンドのコックピットは二人で入るには狭く、俺はクリスさんの腕を邪魔しないよう身体を片側へ寄せたまま、残っている画面を見ていた。機体は加速するたびに細かな振動を返してくる。さっき一号機を探しに来た時よりも悪くなっている気がしたが、クリスさんは速度を上げすぎず、残った推進剤を確かめながら進んでいた。

 

「ホワイトベース、見えます?」

 

「まだ識別だけ。通信は拾えてるけど、かなり混ざってるわ」

 

 聞こえてくるのは艦隊全体の通信だった。後退を求める声もあれば、まだ要塞へ突入する部隊を呼ぶ声もある。誰が全体を指揮しているのか、もうそれすら分かりにくい。

 

 その中にカイさんの声が混じった。

 

『ハヤト、そっち行ったぞ!』

 

『分かってる!』

 

 直後、遠くで二つの砲撃が重なった。

 

「まだ戦ってる……」

 

「二人とも艦から離れてないみたいね」

 

 クリスさんが進路を少し変えた。やがてホワイトベースの姿が見えてくる。

 

 最初、一瞬だけ別の艦かと思った。艦体のあちこちから煙のようにガスが噴き出し、片側の砲塔は完全に沈黙している。外装も何ヶ所も抉られ、進行方向も安定していなかった。出撃前から損傷は増えていたが、俺がシャリアと離れている間にさらにひどくなっている。

 

 その近くを二機のガンキャノンが飛んでいた。飛んでいるというより、残ったスラスターで艦の周りへしがみついている。カイさんの機体は片脚がない。ハヤトの方も左肩から脇腹まで装甲が剥がれ、片方の砲はもう動いていなかった。

 

「クリスさん、右!」

 

「見えてる!」

 

 ホワイトベースへ向かっていたリック・ドムが一機、こちらの進路へ入ってきた。ジム・コマンドの銃口が動く。クリスさんは一度だけ撃った。ビームは敵の正面を外れたが、リック・ドムは回避して艦から離れる。そのまま追うだけの余裕はこちらにはなかった。

 

『クリスさんか!』

 

 カイさんだった。

 

『それと……レンもいるのか?』

 

「います! クリスさんに拾ってもらいました!」

 

『ならそっちはもういい! こっちもそろそろ店じまいだ!』

 

 軽口の直後、カイ機のすぐ近くを敵機の光が通った。

 

 避けようとしたガンキャノンの姿勢が大きく崩れる。片脚を失った機体では立て直しが遅い。カイさんは残った推進器を噴かしてどうにか艦体近くへ戻ったが、その時には右腕まで動かなくなっていた。ハヤトが援護に回ろうとする。その前へ別の敵機が出た。

 

『来るな! そっちも艦を見ろ!』

 

『でも!』

 

『俺はまだ死んでねえよ!』

 

 ハヤト機が一瞬迷ったあと、ホワイトベース側へ向き直る。その背後から来た砲撃を避けた時、損傷していた左側へ破片がぶつかった。ガンキャノンが回転し、背部のスラスターから火花が散る。

 

『ハヤト!』

 

『大丈夫……まだ、戻れます!』

 

 返事はあった。けれど、二機とももう戦える状態じゃない。クリスさんも同じ判断をしたらしい。

 

「二機とも艦へ戻す。レン、ブライト艦長につながったら伝えて」

 

「はい」

 

 通信を切り替えようとしたところで、ホワイトベースから先に連絡が入った。

 

『各機、聞こえるか。これ以上直衛を続けるな。戻れる者は艦体へ寄せろ』

 

 ブライトさんの声だった。そこで通信が途切れた。クリスさんがホワイトベースへ近づこうとした時、艦の後方で大きな爆発が起きた。艦尾が押され、巨大な船体がゆっくりと傾く。

 

「クリスさん、止まって!」

 

 そのまま寄れば巻き込まれる。ジム・コマンドが噴射を切り替えて距離を取った。爆発は一度で終わらず、艦体内部の別の場所からも小さな光が続く。

 

 ホワイトベースはまだ残っていた。けれど、もう自力で戦線へ戻れる状態には見えなかった。

 

 ◇

 

「主推進停止!」

 

 報告を聞いたブライトは、正面の窓から傾いた艦体の先を見た。要塞構造物が近い。舵を切る力はほとんど残っておらず、ホワイトベースは半ば流されるようにア・バオア・クー側へ寄っていた。

 

「残っている姿勢制御で艦首だけ外へ向けろ。火災区画は閉鎖、消火できない区画は捨てる」

 

「ブライト、これ以上は……」

 

 ミライが途中まで言い、言葉を切った。言う必要もなかった。戦闘を続けるかどうかではない。この艦に人を残していいかどうかだった。

 

 その時、外からカイの通信が入った。

 

『ブライト! ガンキャノンもう駄目だ。ハヤトのも似たようなもんだ! 艦には寄せられる!』

 

「機体は捨てろ。二人とも中へ戻れ」

 

『了解。言われなくてもそうするよ』

 

 ハヤトからも短い返答が続いた。二機のガンキャノンは、もう砲を敵へ向けなかった。残った推進だけでホワイトベースへ近づき、艦体に取り付く。

 

 ブライトは艦橋を見回した。

 

「総員退艦準備。ランチを使う。負傷者と子供を先に移せ」

 

 誰も反論しなかった。フラウはすぐカツ、レツ、キッカを集め、ララァもその近くへ向かう。負傷者が運び出され、クスコも一緒に連れていく。

 

「私も?」

 

「捕虜でもここに置いていく理由はない」

 

 警備兵の返答に、クスコはそれ以上何も言わなかった。手の拘束は外され、そのまま退艦する列へ加わる。艦内灯が一度消え、非常灯へ切り替わった。その直後だった。ララァが足を止めた。

 

 同じ頃、セイラも崩れかけた要塞通路の中で立ち止まっていた。声が聞こえたわけではない。けれど、ここにいてはいけないという切迫した感覚と、その先へ続く方向だけが、はっきりと意識の中へ入ってくる。

 

「アムロ……」

 

 ララァが呟いた。

 

 ◇

 

 感じていた。ララァの時とは違う。もっと強くて、焦っていて、それでも知っている。

 

「アムロか?」

 

 クリスさんがこちらを見た。

 

「どうしたの?」

 

「アムロです。生きてる」

 

「分かるの?」

 

「……はい。それと、こっちじゃない」

 

 俺たちはホワイトベースそのものへ向かっていた。けれど、頭の中へ入ってくる方向は少し外れている。要塞から距離を取る側だった。言葉にすれば、それだけだ。そこへ行けと感じる。

 

「艦から離れろって言ってる感じがします」

 

 クリスさんはすぐには進路を変えなかった。レーダーと目の前のホワイトベースを確認する。艦から小型艇が離れ始めていた。

 

「退艦してる……」

 

「じゃあ合ってる。そっちへ行きましょう」

 

 ジム・コマンドが向きを変える。

 

 俺たちだけじゃない。ホワイトベースから出たランチも、少しずつ同じ方向へ進んでいる。艦体へ戻ったカイさんとハヤトも、もうガンキャノンには乗っていないらしく、脱出艇側の通信へ声が移っていた。

 

『おい、そっち詰めろ! ハヤト、子供ら先だ!』

 

『分かってます!』

 

 そこへ別の声が混じる。

 

『ブライト、後ろの区画でまた爆発!』

 

『全員出たか確認しろ。残って探しに戻るな!』

 

 ホワイトベースから最後のランチが離れた直後、要塞側で大きな閃光が上がった。崩れた構造物が艦の近くへ流れ込み、ホワイトベースの上部へ衝突する。外装がまとめて剥がれ、残っていた砲塔の一つが根元から折れた。

 

 それでも船体は消えなかった。爆発の中心から少し外れた位置で、傾いたまま残っている。戻れない。それだけは見れば分かった。

 

「レン、前」

 

 クリスさんの声で視線を戻す。要塞の開口部から一つの人影が飛び出していた。セイラさんだった。ノーマルスーツの小さな姿が、要塞外壁を蹴るようにして離れていく。

 

「セイラさん!」

 

 こちらから行こうとしたが、先に近くのランチが進路を合わせた。セイラさんもこちらの灯火に気づき、自分で噴射を使ってランチ側へ向かった。

 

 さらに遠くで要塞が光る。アムロの感覚はまだ消えない。こっちへ。それだけが繰り返し届いていた。

 

「もう少し先です」

 

「分かった。推進剤、ほんとに余裕ないから一回で合わせるわよ」

 

 クリスさんがジム・コマンドの速度を落とし、脱出艇群と同じ流れへ入れる。ララァのいるランチが見えた。その近くにはブライトさんとミライさん、フラウ、子供たちもいる。クスコもいた。カイさんとハヤトも別の艇から顔を出している。

 

『おーい、黒いのはどこ行った!』

 

 カイさんの声が通信に入った。

 

「なくなりました!」

 

『は?』

 

「俺だけ拾ってもらいました!」

 

 一瞬、通信が静かになる。

 

『……そりゃまた、帰ってから聞くこと増えたな』

 

「俺もいっぱいありますよ!」

 

 返してから、少しだけ笑えた。まだアムロがいない。セイラさんは拾われた。ホワイトベースから出た人たちもいる。でも、あの感覚を送ってきた本人だけがいない。要塞の一部がまた崩れた。

 

「アムロ……」

 

 今度は返事の代わりに、強い感覚が来た。動いている。みんなが同じ方向を見たわけではなかった。けれど、しばらくして要塞の開口部から小さな機体が飛び出してきた。

 

 クリスさんが識別を拾う。

 

「コア・ファイター!」

 

 俺には識別が出る前から分かっていた。

 

「アムロです」

 

 小さな機体は要塞から離れ、一度大きく姿勢を崩した。それでも噴射を立て直し、こちらへ向かってくる。

 

 通信が入る。

 

『みんな……いる?』

 

 ノイズだらけだった。カイさんが真っ先に返した。

 

『見りゃ分かるだろ! お前が最後だよ!』

 

 何人かの声が重なった。俺も送信を入れる。

 

「アムロ」

 

『レン?』

 

「いますよ」

 

 それだけで、向こうの声が少し変わった。

 

『……そっか』

 

 コア・ファイターがランチの近くまで来る。

 

 ガンダムは、もうどちらもない。

 

 コア・ブースターもない。

 

 ガンキャノンも、ホワイトベースのそばで動かなくなっている。

 

 残って動いているのは、俺とクリスさんが乗っている傷だらけのジム・コマンドくらいだった。

 

 それでも、人はいた。クリスさんが機体をランチの横へ合わせる。

 

 遠くには半壊したホワイトベースが、ア・バオア・クーの構造物に寄りかかるように残っていた。砲も推進も止まり、もう戦艦には見えない。それでも艦体そのものは、まだそこにある。

 

「レン」

 

「はい?」

 

「今度こそ、みんな揃ったみたいね」

 

 俺は周囲の通信を聞いた。ブライトさんの声。ミライさん。カイさんとハヤト。セイラさん。フラウと子供たち。ララァもいる。少し離れたところには、アムロのコア・ファイターがいた。

 

「……はい」

 

 要塞の方ではまだ爆発が続いている。けれど、もう誰もそちらへ戻ろうとはしなかった。

 

 ジム・コマンドとランチ、それにコア・ファイターは、崩れていくア・バオア・クーから距離を取りながら、同じ方角へ進み始めた。

 

 ◇

 

 しばらくして、混線していた通信の向こうから、それまでとは違う呼び出し音が入った。

 

『全連邦軍部隊へ通達。戦闘を停止せよ。繰り返す、全軍戦闘停止』

 

 通信に乗っていた声が一つずつ消えていく。

 

『ジオン共和国臨時政府より、終戦協定締結の申し入れがあった。連邦政府はこれを受け入れる。現時刻をもって、各部隊は攻撃行動を停止せよ』

 

「……終わった?」

 

 自分で口にしても、すぐには実感がなかった。ア・バオア・クーではまだ火が上がり、壊れた艦や機体が何も知らないように流れ続けている。けれど、砲火は段々と減っていった。

 

 クリスさんも、しばらく何も言わなかった。

 

「終わったみたいね」

 

「……はい」

 

 宇宙世紀0079年12月31日。

 

 一年戦争最後の戦場から、俺たちは生きて離れていった。




終戦です。ここまで見ていただいて本当にありがとうございます。
表記上ちょうど100回目の投稿になるんですね序盤消えた分でぴったしはまりました

もちっとだけ続くんじゃ
エピローグと断章があります 
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

機動戦士ガンダム 不死鳥戦記(作者:だいたい大丈夫)(原作:ガンダム)

宇宙世紀0079。ジオン公国の有力名家フロートニック家の長男、カリス・ジークフリード・フロートニック(16歳)は、実家の財力で少尉任官し、私兵を率いてルウム戦役へ出陣した。▼「金の力で遊んでいるお坊ちゃん」と、同期のシャア・アズナブル中尉から冷酷に嘲笑されるカリス。しかし、初陣の激戦の最中、彼は敵の射線が光の道筋として見える「ニュータイプ」の力に覚醒する。▼…


総合評価:606/評価:7.17/連載:41話/更新日時:2026年08月15日(土) 23:40 小説情報

【悲報】昭和のおばちゃん、宇宙世紀に転生したと思ったら、最推しの姉だった【あんまり過ぎる】(作者:佐世保の中年ライダー)(原作:ガンダム)

物心がついて思い出した。自分の前世は昭和四十年代生まれのオタクなおばちゃんだったッ!自分がいつ死んだのか定かではないが、どうやら今生はまさかの宇宙世紀!しかも、しかもよりによって、最推しのカミーユの姉とかあんまりよッ!!▼この物語は、宇宙世紀に転生したおばちゃんの魂を宿すカミーユの姉が、最愛の弟が精神崩壊を起こす事無く、劇場版以上のハッピーや結末へと導く為に…


総合評価:127/評価:-.--/連載:8話/更新日時:2026年07月17日(金) 20:11 小説情報

戦犯にはなりたくない!(作者:蒼天)(原作:ガンダム)

一年戦争の初日にコロニーに毒ガスを注入してしまったオリ主(ニュータイプ)が、戦犯にならないためにいろんなガンダム作品のキャラクターたちと交流しながら奔走するお話。▼※一部原作キャラクターの設定を変更しておりますので、ご注意ください。


総合評価:1533/評価:7.86/連載:83話/更新日時:2026年08月13日(木) 18:00 小説情報

機動戦士ガンダムF91 パン屋の俺が宇宙海賊になって、最推しのヒロインを処刑台から奪い去る話(作者:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった)(原作:機動戦士ガンダム)

宇宙世紀0123年。フロンティア4でパンを焼いていた俺には、前世の記憶があった。▼ここはガンダムの世界。そして隣で微笑む幼馴染のセシリーは、後に戦争の道具として翻弄され、名前すら奪われる悲劇のヒロインだ。▼原作知識はある。バイオ・コンピュータのデバッグ方法も、鉄仮面の殺意も、木星帝国の陰謀も全部知っている。▼だけど、俺はニュータイプじゃない。ただの「パン屋の…


総合評価:117/評価:4.17/完結:25話/更新日時:2026年05月16日(土) 18:00 小説情報

妹に撃たれない方法(作者:Brooks)(原作:ガンダム)

ア・バオア・クーでキシリアに射殺されたギレン・ザビは、目を覚ますとジオン・ダイクン逝去の当日に戻っていた。次は絶対に妹に殺されたくない。その一点だけを現実的な目標に定めた彼は、戦争より先に家族会議を整え、暗殺より先に議事録を作り、歴史より先に妹の機嫌を取りにかかる。しかし未来を知るのは彼だけではなかった。動乱へ傾くサイド3で、兄妹は奇妙な休戦に踏み込む。笑え…


総合評価:590/評価:6.1/完結:226話/更新日時:2026年05月06日(水) 19:56 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>