目を覚ますと、見慣れない天井があった。
少し考えてから、ホワイトベースではないことを思い出す。ア・バオア・クーから離れたあと、俺たちは連邦艦に収容された。医務室で検査を受け、怪我らしい怪我はないと言われ、そのまま空いていた簡易ベッドへ押し込まれたところまでは覚えている。
枕元の端末を見ると、日付はまだ十二月三十一日だった。
「起きた?」
隣からクリスさんの声がした。パイロットスーツではなく支給された艦内服に着替えている。疲れているのは見れば分かったが、大きな怪我はないらしい。
「クリスさんも寝てたんですか?」
「少しだけね。レンはよく寝てたわよ」
「そんなに?」
「起こしても起きなさそうなくらい」
そこまで言われると、思っていた以上に疲れていたらしい。身体を起こして水を飲むと、一気に喉が渇いていたことに気づいた。
「みんなは?」
「同じ収容区画にいるわ。アムロも、カイもハヤトも。ブライト艦長とミライさんは向こうの艦長に呼ばれてるみたい」
「じゃあ、行きますか」
収容区画にはホワイトベースにいた顔がまとまっていた。カイさんとハヤトは壁際に座り、フラウは子供たちのそばにいる。ララァも一緒だった。セイラさんとアムロもいる。最後に全員揃っているところは見ている。それでも、一度眠ったあとに同じ顔を見ると少し違った。本当に帰ってきたんだと、ようやく身体の方が納得し始めた気がする。
カイさんは身体が痛いと文句を言いながら食事を取り、ハヤトはその横で半分眠りかけていた。俺もフラウから簡易食を渡されたが、その間、誰もア・バオア・クーで何があったのかを話そうとはしなかった。
少しして、アムロに呼ばれた。
「レン、ホワイトベース見えるよ」
観測窓の向こうに、白い艦体が浮かんでいた。主推進は止まり、装甲はあちこち剥がれている。砲塔もいくつか失われ、周囲では作業艇が船体を調べながら回収作業を進めていた。
「……ひどいな」
「でも、残った」
「うん」
あの状態でもホワイトベースは残っていた。視線が無意識にその周囲へ動く。黒い一号機の姿はない。当たり前だった。自分で最後まで壊したんだから、あるはずがない。
アムロもそれ以上何も言わなかった。
戦闘停止の通達は、戦場を離れる前に聞いている。それから何時間経っても警報は鳴らず、新しい敵の報告も来なかった。艦内放送で呼ばれるのは医療班や作業員ばかりで、モビルスーツ隊を出せという声は一度もない。
その夜、俺たちのところへ新しい出撃命令が来ることはなかった。
◇
翌朝、宇宙世紀0080年1月1日。
正式な通達は、収容区画に集められた俺たちも一緒に聞いた。
『ジオン公国臨時政府と地球連邦政府の間で、終戦協定が正式に成立した。これをもって、両軍の戦闘行為は終了する』
短い放送だった。何度か同じ内容が繰り返され、それが終わると艦内はまた静かになった。
「……終わったのか」
ハヤトが呟いた。
「昨日から終わってたようなもんだけどな」
カイさんが言う。
「正式に終わったって話だろ」
「分かってるよ」
二人のやり取りを聞きながら、俺は端末の日付を見た。
一月一日。昨日まで戦争だった。今日からは、もう違うらしい。
大きく何かが変わった感じはしなかった。腹は減るし、身体は重い。カイさんは相変わらず腰が痛いと文句を言っているし、フラウは子供たちに食事をさせている。ただ、誰も次の敵の話をしていなかった。アムロも俺も、今日使う機体のことを考えなくていい。それが一番、戦争が終わったことを実感させた。
◇
終戦から数日すると、今度は別の意味で落ち着かなくなった。
検査と事情聴取が続き、戦闘記録についても何度か同じ説明を求められた。一号機を自分で破壊した経緯もその一つだった。ホワイトベースは回収されてドックへ送られ、艦内に残っていたアレックスも連邦の管理下で再検査に回される。一号機については完全喪失として処理され、それでようやく俺の手を離れた。
俺たちがそんなことをしている間にも、第13独立部隊にいた人たちの処遇は一人ずつ決まっていった。
最初のうちは、誰がどこにいるのか俺にもほとんど分からなかった。事情聴取へ呼ばれて戻るたびに収容先が変わっている人がいて、昨日まで同じ区画にいたはずなのに、翌日にはもう別の施設へ移されたと聞かされる。改めて全員が集められるようなこともなかった。
何度か確認しているうちに、戦後処理を担当していた士官が分かる範囲を教えてくれた。
ブライトさんとミライさんは軍に残る。二人ともホワイトベースと第13独立部隊の戦闘記録に関わっているせいで、しばらくは事情聴取や報告書から逃げられないらしい。クリスさんも通常の連邦軍人として別の施設へ移されていた。
ハヤトも軍籍を残すことになった。一方で、セイラさんとカイさんは軍を離れる方向で手続きが進み、フラウとカツ、レツ、キッカも軍の管理から外される。誰もまだ戦後の生活まで決まっているわけではなかったが、少なくとも次にどこへ行くのかは決まり始めていた。
マチルダさんとウッディさんが無事に終戦を迎えたことも、その頃に知った。リュウさんも療養を続けているものの、容体に問題はないらしい。
それだけ聞ければ十分だった。ホワイトベースへ戻ればまたみんながいる。少し前までは、どこかでそんな感覚が残っていた。でも船体が残っていることと、あの部隊が残ることは別だった。第13独立部隊は終戦をもって任務終了。そう書かれた書類を見た時も、特別な式や挨拶はなかった。俺が知った時には、もうみんな別々の場所へ移り始めていた。
クスコの移送について知らされたのは、その後だった。捕虜である以上、俺たちと同じ場所に置いておく理由はない。正式な収監先へ移す前に会える時間を取ってもらえたのは、たぶんかなり融通を利かせてもらった結果だと思う。
面会室へ入ると、クスコはすでに連邦側から渡された服に着替えていた。手錠はされていなかったが、扉の外には警備兵がいる。
「聞いたわ。ここから別の場所へ移されるのね」
「……はい。俺もさっき聞きました」
「そんな顔をしなくても大丈夫よ。捕虜なんだから、このくらいは最初から分かっていたもの」
クスコの方が落ち着いていた。連邦へ来ればすぐ自由になれるなんて、俺も思っていなかった。それでも、あの時一緒に戻ることを選んだ人が、そのまま収監されるのを見送るだけというのは気分が悪い。
「すぐには無理だと思います。でも、必ず迎えに行きます」
クスコは少し驚いたように俺を見た。
「それ、あなたにできるの?」
「分かりません」
嘘をついても仕方がない。
「でも、何とかします。だから待っててください」
「……そう」
クスコはそれ以上問い返さなかった。
「じゃあ、待ってるわ」
面会は長くなかった。その日のうちにクスコは別の施設へ移され、俺はまた元の区画へ戻された。
その頃になると、残っていたのは俺とアムロとララァだけになっていた。正確には、三人とも残された、という方が近い。俺とアムロは軍籍を残したまま待機。ララァも軍属としての扱いを継続し、三人とも健康状態の確認と追加検査、機密保持のため、指定された施設に滞在するよう命じられた。
言葉だけなら、それほどおかしな話には聞こえない。ただし、外へ出るには許可がいるし護衛という名の監視がつく。施設内でも入れる場所は限られ、連絡にも制限があった。勝手に別の基地へ行くことはもちろんできないし、いつまで続くのか聞いても明確な返事はなかった。
「これ、待機って言うのかな」
アムロが窓の外を見ながら言ったことがある。
「軍が待機って言ってるんだから、待機なんじゃない?」
「レン、それ本気で言ってる?」
「まさか」
ララァが向かいで笑っていた。三人とも扱いは少しずつ違うはずなのに、結局は同じ場所へまとめられた。検査へ呼ばれる時間が違うくらいで、それ以外はすることもほとんどない。最初の数日は身体を休められると思っていた。一週間もすると、さすがに暇になった。
戦争中は一日先のことすら分からなかったのに、今度は何も起きないまま日だけが過ぎていく。アムロは渡された技術資料を読んでいることが増え、ララァは本を借りたり、時々俺たちと話したりしていた。俺も同じようなものだった。
ホワイトベースの修復がどうなっているのか聞いても、調査中。俺たちの今後を聞いても、決定待ち。戦争が終われば、もう少し自由になると思っていた。
どうやら甘かったらしい。
◇
一月も半ばに入った頃だった。
朝食を終えて部屋へ戻る途中、管理担当の士官に呼び止められた。いつもの検査かと思ったが、渡されたのは検査予定表ではなかった。
「特務少尉レン・イズミ。上級司令部から出頭命令が出ている」
「俺だけですか?」
「ああ。指定時刻までに準備しておけ。移動はこちらで手配する」
書面には俺の名前と階級、それから出頭する時刻と場所が記されていた。アムロとララァの名前はない。
戦争が終わってから初めて届いた、待機以外の命令だった。