黒いガンダムの宇宙世紀   作:いずりょう

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第11話 動けることと戦えることは違う

 動けよガンダム!

 

 叫んだところで、機械が根性で動いてくれるわけではない。

 

 そんなことは分かっている。父さんにも何度も言われた。機械は気合いで動かない。入力があり、処理があり、出力がある。原因があって、結果がある。根性論で機械を扱うな。

 

 でも、今だけは言わせてほしかった。

 

 頼む。

 

 動いてくれ。

 

 操縦桿を少し前へ押す。

 

 ほんの少し。

 

 それだけのつもりだった。

 

 なのに、コックピット全体が低く唸り、足元から嫌な振動が返ってきた。表示が一瞬遅れて変わる。右脚部応答遅延。姿勢制御補正中。腰部負荷上昇。赤と黄色が、まるで嫌がらせみたいに増えていく。

 

「重い……」

 

 思わず声が出た。

 

 いや、重いなんてもんじゃない。小型移動ユニットの一拍遅れとか、工作室で見ていた前のめりの沈みとか、ああいう可愛い話ではなかった。これは、巨大な体のどこかがこちらの命令を聞いていない感じだ。

 

 入力は通っている。

 

 でも遅れる。

 

 遅れた上で、変なところへ力が逃げる。

 

 父さんが言っていた。音、熱、振動、反応の遅れ。小さな違和感を放っておくと、大きな事故になる。

 

 父さん。

 

 これ、小さな違和感じゃない。

 

 全部まとめて大事故予備軍だ。

 

 俺は奥歯を噛み、操縦桿を戻した。強く押しすぎると倒れる。直感で分かった。というより、表示が全力で叫んでいる。姿勢制御が追いついていない。右脚が遅れ、左腕は出力制限。腰で逃がそうにも、腰の反応も遅い。

 

 これ、MSじゃなくて壊れた大型重機だろ。

 

 いや、重機に失礼かもしれない。整備の終わってない巨大兵器だ。動くか怪しいものを、十二歳の子どもがコックピットから無理やり起こそうとしている。

 

 何それ怖い。

 

 怖いが、止められない。

 

 外でまた衝撃が響いた。整備区画の照明が揺れ、コックピット内の表示が一瞬乱れる。遠くから、金属が引き裂かれるような音。誰かの怒鳴り声。通信は拾えたり途切れたりを繰り返している。

 

『第三区画、応答しろ』

『搬送ラインが――』

『民間人を下げろ、そこは危険だ』

『新型の固定を――』

 

 断片だけが耳に刺さる。

 

 父さんと母さんの声はない。

 

 俺は通信をもう一度投げかけようとして、やめた。今つながらないものを何度叩いても、状況は変わらない。分かっている。分かっているが、指が勝手に動きそうになる。

 

 駄目だ。

 

 今は泣くな。

 

 今は探すな。

 

 今はこいつを動かす。

 

 俺はシートのベルトを引き直した。体が小さいせいで、固定位置が合っていない。座席が広すぎる。足も腕も、大人用の位置に少し届かない。補助調整を探し、手探りで位置を変える。完全には合わない。だが、ずれるよりはマシだ。

 

 子どもの体、こういう時に本当に不利だな。

 

 いや、今さら成長期を待っている暇はない。

 

 再入力。

 

 今度は足だけで動かそうとしない。腰を先に少し入れる。遅れる右脚を待つのではなく、遅れる前提で左側へ重心を逃がす。小型ユニットの時、アムロがログを見て、俺が沈みを見た。あれと同じだ。いや、同じと言うにはサイズが馬鹿みたいに違うが、考え方は同じ。

 

 沈む前に、逃がす。

 

 揺れる前に、支える。

 

 止まる前に、見る。

 

「立て。いや、せめて倒れるな」

 

 RX-78-1の膝が動いた。

 

 遅い。

 

 遅すぎる。

 

 でも動いた。

 

 機体が作業用固定具の中で、ぎしりと音を立てる。仮止めのカバーが外れ、被せものの一部がずり落ちた。視界の端で黒と赤の装甲が覗く。プロトタイプの1号機。ただ、今ここにある唯一の可能性。

 

『誰だ、1号機を動かしているのか!』

『パイロットは入っていないはずだぞ!』

『子どもが――おい、待て!』

 

 外部音声が拾った声に、俺は返事をする余裕がなかった。

 

 事情説明は後。

 

 というか、説明できる気がしない。こんにちは、前世知識でここに来た十二歳です。1号機を守らないとたぶん全員詰みます。信じてください。

 

 無理だ。

 

 普通に無理。

 

 俺は固定具解除の表示を見た。全部外すと倒れる可能性がある。残しすぎると動けない。作業用の右側固定を残し、左側だけを先に緩める。機体が傾く。すぐに腰を逆へ入れる。遅い。足が追いつかない。視界がぐらりと傾いた。

 

 倒れる。

 

 そう思った瞬間、俺は機体の左腕を壁側へ出そうとした。

 

 出ない。

 

 左腕部出力制限。

 

「今それ言うな!」

 

 叫んでも変わらない。

 

 腕が遅れる。なら、腕で支えるのを諦める。肩と背中。作業用の固定フレームへ背中を預ける。機体全体を一度受け止める。金属が軋む音。背中側の装甲に嫌な振動。だが、倒れない。

 

 倒れなかった。

 

 それだけで、心臓が跳ねた。

 

 俺が少しでも入力を間違えたら、この1号機は整備区画の中で転ぶ。転んだら終わりだ。自分だけじゃない。周囲の作業員も、通路も、機体そのものも潰れる。戦う前に事故で失う。そんな最悪の冗談みたいなことが、普通に起きる。

 

 コックピット内に、新しい警告が走った。

 

 武装確認。

 

 頭部バルカン、残弾表示あり。

 

 他は空白。

 

 ビームライフルなし。シールドなし。サーベルも確認できない。いや、使えるかどうか以前に、装備欄がほぼない。

 

「近接も射撃もないのにどうしろと……」

 

 声が漏れた。

 

 冗談みたいな状況だが、笑えない。頭部バルカンだけでザクを正面からどうにかするのは無理だ。バルカンは牽制かセンサー潰し、よくて装甲の薄い場所への嫌がらせ。主武装ではない。少なくとも、俺の中のガンダム知識ではそうだ。

 

 戦えるかどうかじゃない。

 

 壊させない。

 

 今日の勝利条件はそれだ。

 

 俺は機体を、整備区画の奥から少しずつずらした。通路の正面に立たせない。爆風や流れ弾が入りそうな線から外す。足が遅れる。腰で逃がす。肩で受ける。背中の固定具を使う。まともな操縦じゃない。巨大な不良品を、壁と床と残った固定具でだましだまし動かしているだけだ。

 

 でも、一歩動いた。

 

 次の一歩で、また崩れかけた。

 

 右脚が遅れる。左脚に負荷。姿勢制御が一拍遅れで補正。コックピットが揺れ、体がベルトに叩きつけられる。痛い。だが、今は痛いだけで済んでいる。

 

「何やってるんだ!」

 

 誰かの声が外部から聞こえた。知っている大人ではない。整備員か、軍人か。声が完全に怒っている。そりゃ怒る。普通は怒る。子どもが新型機を勝手に起動している。事故案件どころではない。

 

「すみません。説明は後でします」

 

 外部スピーカーにつながったのか、自分の声が区画に響いた。

 

 思ったより子どもの声だった。

 

 この状況で、自分の声が子どもだと突きつけられるのはきつい。

 

「今ここにいると危ないです。通路側から離れてください。あと、この機体、倒れたら本当にまずい。近づかないで」

 

『倒れたらって、お前な――』

 

 怒鳴り声の途中で、整備区画の外が光った。

 

 爆風が遅れて来る。壁を叩く衝撃。瓦礫が通路側へ飛び込んだ。RX-78-1のセンサーが乱れ、視界の端に緑の巨大な影が映る。

 

 遠い。

 

 でも近い。

 

 モノアイの光が、一瞬だけ見えた。

 

 ザク。

 

 画面の向こうで何度も見たはずの機体。

 

 今は、ただの死の塊だった。

 

 正面からは無理。

 

 この1号機で、今あれと殴り合うのは無理だ。ビームサーベルもない。ライフルもない。シールドもない。足は遅れる。腕は制限。姿勢制御は信用できない。バルカンだけで撃破なんて、できるわけがない。

 

 なら、正面に立つな。

 

 視界を切れ。

 

 狙われる線から外せ。

 

 機体を守れ。

 

 俺は頭部バルカンを選択した。

 

 照準補正が遅い。いや、照準以前に首の反応が鈍い。俺はザク本体ではなく、通路の手前に転がる瓦礫と煙の濃い場所を狙った。直撃させる必要はない。撃破しない。視界を荒らす。音を作る。注意をずらす。

 

「撃つぞ」

 

 誰に言ったのか分からない。

 

 俺はトリガーを引いた。

 

 頭部から短い連射音が響く。コックピット内に振動が走る。バルカンの弾が瓦礫を叩き、粉塵と破片が通路へ広がった。ザクの装甲には届かない。届いたところで大したことはない。

 

 でも、視界は乱れた。

 

 緑の影が一瞬止まる。

 

 その間に、俺は1号機をさらに壁側へずらした。右脚が遅れる。左脚で受ける。腰を逃がす。肩を壁に擦る。警告が増える。構うな。壊すな。倒すな。

 

 壊させない。

 

 それだけだ。

 

 通路の反対側で、避難していた作業員が走り抜けるのが見えた。ひとり、転びかけた子どもを抱え上げている大人もいた。全部は救えない。だが、今の牽制で、数秒は稼げたかもしれない。

 

 数秒。

 

 たった数秒。

 

 でも、今はそれが命になる。

 

 通信がまた乱れた。

 

『別区画で新型反応――』

『白い機体が――』

『待て、民間人が――』

『動いたぞ、もう一機――』

 

 断片だけだった。

 

 それでも、胸の奥で何かが動いた。

 

 白い機体。

 

 あっちは、アムロか。

 

 見えない。

 

 確かめに行く余裕もない。

 

 でも、たぶん届いた。

 

 アムロはアムロで、そこへ行った。

 

 なら、俺がやることは変わらない。

 

 白い方はアムロ。

 

 俺はこいつを壊させない。

 

 RX-78-1の足元がまた沈む。機体がわずかに前へ傾く。俺は反射で入力を入れ、遅れてくる右脚を待たずに腰で受けた。表示が赤くなる。警告音がうるさい。うるさいが、まだ動く。

 

 動ける。

 

 でも、戦えるとは言ってない。

 

 俺は粉塵の向こうに揺れるモノアイの光を見ながら、操縦桿を握り直した。

 

 アムロ、そっちは頼む。

 

 俺は、この壊れかけの1号機を前へ出す。

 

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