黒いガンダムの宇宙世紀   作:いずりょう

14 / 15
UA2000突破ありがとうございますの2話同時投稿です  1話目です


第14話 戦力と子ども

 通信失敗。

 

 端末の表示は、さっきから同じ文字を返してくる。

 

 父さんにもつながらない。

 

 母さんにもつながらない。

 

 搬送区画、搬入管制、施設管理系統。思いつく限りの回線を順番に叩いているのに、返ってくるのは接続失敗か、応答なしだけだった。たまにノイズ混じりの音声が入るが、それは誰かの返事ではなく、どこかの回線が死にかけている音に近い。

 

 死亡ではない。

 

 でも、無事とも言えない。

 

 確認できない、という言葉は便利だ。確定していない。決まっていない。まだ可能性がある。そういう顔をしているくせに、実際には胸の奥をじわじわ削ってくる。一番嫌な曖昧さだった。

 

「レン、端末を握ったまま固まるな。まず座れ」

 

 リュウさんの声で、少しだけ意識が戻った。

 

 俺は格納庫の床に立っている。いや、立っているというより、リュウさんに支えられている。自分では足に力を入れているつもりなのに、膝が勝手に笑っていた。さっきまでコックピットの中で巨人を倒さないようにしていた体は、今になって遅れて文句を言い始めている。

 

 肩が痛い。背中が痛い。腕も足も重い。

 

 操縦桿を握っていただけのはずなのに、全身で何かを押し返していたみたいだった。いや、実際そうなのかもしれない。RX-78-1は素直に動いてくれなかった。俺が機体を操縦していたというより、壊れかけの機械に振り回されながら、なんとか倒れない方向へ誘導していただけだ。

 

「座れます」

 

「立てる顔じゃねえな。座ってろ」

 

「顔で判断するの、雑じゃないですか」

 

「顔に全部出てるんだよ。文句を言えるなら意識はあるな」

 

 そう言いながら、リュウさんは俺を格納庫の壁際に座らせた。壁際と言っても、落ち着いた場所ではない。すぐ横を整備員が走り、負傷者を運ぶ担架が通り、避難民が押し込まれるように艦内奥へ誘導されている。ホワイトベースの中に入ったからといって、安全になったわけではない。ただ、死ぬ場所がサイド7の通路から、まだ動ける軍艦の中に変わっただけだ。

 

 その少し先で、俺の1号機が固定されていた。

 

 RX-78-1。

 

 黒と赤のプロトタイプ。

 

 格納庫固定具に支えられ、右脚の下には補助フレームが入っている。肩の外装は擦れて歪み、背部にも変な負荷がかかった跡が見えた。さっき壁に預けた場所だ。俺がやった。やらなければ倒れていたから後悔はないが、機体を見ると申し訳ない気持ちになる。

 

「右脚の応答、まだ遅れてるぞ!」

 

「左腕、出力ほぼ死んでる。動かすな、固定したままにしろ!」

 

「姿勢制御のログ、めちゃくちゃだ。手動で殺してる箇所がある」

 

「肩と背中、何だこれ。壁で支えながら動いたのか?」

 

 整備員たちの声が飛び交う。

 

 その中に、俺とそう年が離れていなさそうな若い声が混じった。

 

「これ、よく倒れなかったな……」

 

 まったくである。

 

 俺もそう思う。

 

 むしろ俺が聞きたい。なんで倒れなかったんだ、こいつ。

 

「倒れたら通路が塞がったので」

 

 俺がそう返すと、近くにいた若い整備補助らしき男が、ぎょっとした顔でこちらを見た。

 

「乗ってたの、本当に君なのか」

 

「たぶん、他に乗ってる人はいなかったです」

 

「いや、そういう意味じゃなくて……」

 

 言いたいことは分かる。

 

 十二歳の子どもが新型モビルスーツを動かしていた。しかも片方はアムロ。もう片方は俺。格納庫の大人たちからすれば、意味が分からない光景だろう。俺だって客観的に見たら意味が分からない。前世で見ていたなら、たぶん「いや子ども二人に新型動かされすぎだろ」と突っ込んでいた。

 

 現地民としては笑えない。二回目だ。

 

「坊主、親御さんの確認は回す」

 

 リュウさんが低い声で言った。

 

 その言い方だけで、今すぐ良い返事は出ないのだと分かった。

 

「搬送区画と搬入管制方面です。父は和泉技術少佐。母は和泉技術大尉。施設管理と搬入管制にいます」

 

「分かった。名前と所属はこっちでも確認する。だが、今はあの辺りに確認班を入れられる状態じゃない」

 

「……進入不可ですか」

 

「ああ。隔壁が閉まってる。気圧も安定してねえ。行かせたら、探しに行った連中まで戻れなくなる」

 

 正しい。

 

 正しいから、余計に嫌だった。

 

 今すぐ走って行けるなら行っている。コックピットから降りたばかりで体が動かないとか、そんなことは関係ない。父さんと母さんがいるかもしれない場所へ行けるなら、行きたいに決まっている。

 

 でも、行けない。

 

 俺が行っても、何もできない可能性が高い。それどころか、足手まといになる可能性の方が高い。そんなことは分かっている。分かってしまう。前世三十五歳分の判断力が、ここで子どもらしい無茶を止めてくる。

 

 くそ。

 

 こういう時だけ、大人の頭が邪魔になる。

 

「レン」

 

 リュウさんの声が少し柔らかくなった。

 

「親御さんの確認は回す。だから今は倒れるな。お前さんが倒れると、今度はこっちの手が足りなくなる」

 

「……はい」

 

「いい返事だ。けど顔は全然いい返事じゃねえな」

 

「顔まで管理する余裕はないです」

 

「そりゃそうだ」

 

 リュウさんは短く笑ったが、その目は笑っていなかった。俺が子どもだということを忘れていない目だった。けれど同時に、俺が1号機を動かした人間だということも見ている。

 

 子ども。

 

 戦力。

 

 その二つが、俺の上に同時に乗っている。

 

 正直、重い。

 

 格納庫の反対側では、RX-78-2の周りにも人が集まっていた。白い機体は1号機よりずっとまともに見える。損傷はある。戦った跡もある。けれど、立っている。固定されているとはいえ、機体そのものに芯がある。

 

 その足元で、アムロが何人かの軍人と整備員に囲まれていた。

 

「だから、マニュアルを見て……」

「君が操縦したのか」

「どこまで操作を理解していた」

「そんなこと言われても、乗るしかなかったんです」

 

 アムロの声が少し荒れている。

 

 無理もない。あいつは本当に巻き込まれただけだ。俺は少なくとも1号機の存在を知って向かった。アムロは違う。マニュアルを拾って、父親の作った機体に乗り、ザクを倒し、コロニーに穴を開ける爆発を見た。原作の名場面とか言っている場合ではない。本人からすれば、ただの災害と戦闘だ。

 

 視線が合った。

 

 アムロは何か言いたそうな顔をした。俺もたぶん同じだった。

 

 でも、言葉は出なかった。

 

 お互い、聞きたいことが多すぎる。そして、答えられることが少なすぎる。

 

 視界の端で、フラウが子どもたちを抱えていた。カツ、レツ、キッカらしき小さい子たちが泣いている。フラウの顔も青い。それでも、彼女は自分が崩れないように必死に踏ん張っていた。学校でアムロの世話を焼いていた時の顔とは、もう違う。

 

 少し離れたところでは、カイが口元を引きつらせていた。

 

「冗談じゃないぜ……アムロだけじゃなくて、レンまであんなのに乗ってたのかよ」

 

 ハヤトは何も言わなかった。ただ、白い2号機と黒赤の1号機を交互に見ていた。その目にあったものが驚きなのか、恐怖なのか、それとも別の何かなのか、今の俺には判断できなかった。

 

 俺は端末を握り直した。

 

 また通信を送ろうとして、リュウさんに手首を軽く押さえられた。

 

「もう少し待て」

 

「でも」

 

「今送っても同じだ。回線が戻ればこっちに来る。分かったら水でも飲め」

 

「水、飲んでる場合ですか」

 

「飲んでる場合だ。死にかけの機体を引っ張ってきた子どもが脱水で倒れたら、整備班より医療班に怒られる」

 

 子ども。

 

 その言葉に反論しようとして、やめた。

 

 俺は子どもだ。

 

 それは事実だ。

 

 なのに、さっきまで新型MSの中にいた。これも事実だ。

 

 どちらか片方なら、まだ扱いやすい。守るべき子どもか、使える戦力か。だが今の俺は両方で、たぶん大人たちを困らせている。

 

 格納庫のスピーカーが鳴った。

 

『格納庫、1号機と2号機の固定状況を報告しろ。搬入可能な物資は優先順位順に積め。避難民の誘導を止めるな』

 

 若い男の声だった。

 

 少し硬い。少し早い。余裕はないが、命令は通そうとしている。ブライト・ノア。たぶんそうだ。まだ正面から話したことはないが、声だけで分かる。若すぎる指揮官の声だ。

 

『パオロ艦長は医療区画へ。ブリッジ要員は配置につけ。ホワイトベースは出航準備を続行する』

 

 艦長が負傷している。

 

 その事実が、格納庫の空気をさらに重くした。大人が足りない。正規の軍人も足りない。避難民は多い。新型機はある。アムロと俺はそれを動かした。シャアはたぶん、外にいる。

 

 終わっていない。

 

 サイド7に入ったからではなく、ホワイトベースに乗ったからでもなく、戦闘はまだ終わっていない。

 

 別の通信が割り込む。

 

『1号機のパイロットを確認した。レン・イズミ。施設管理のイズミ技術少佐の息子だ』

 

 俺の名前が出た。

 

 リュウさんが一瞬だけこちらを見る。

 

 スピーカーの向こうで、短い沈黙があった。

 

『……十二歳か』

 

 ブライトの声は低かった。

 

 責めているのか、呆れているのか、判断できない。ただ、その一言に重さがあった。十二歳。それだけで本来ならパイロット席から降ろす理由になる。守る理由になる。戦わせない理由になる。

 

 けれど、格納庫には壊れかけとはいえRX-78-1がある。

 

 そして、そいつをここまで動かしたのは俺だ。

 

『その少年から目を離すな。だが拘束は後だ。今は機体を固定しろ。1号機の状態を報告しろ。動かせるのか、動かせないのか』

 

 拘束は後。

 

 なかなか心臓に悪い言葉だった。

 

 ただ、今すぐ捕まえろではない。今は機体を固定しろ。状態を報告しろ。つまり、俺は問題であり、同時に情報源でもある。ついでに、戦力候補でもある。

 

 最悪だな、宇宙世紀。

 

 子どもを子どものままにしてくれない。

 

 整備員の一人が、端末を見ながら答えた。

 

「1号機、駆動系不安定。右脚応答遅延、左腕出力制限、姿勢制御にも異常あり。自由歩行は推奨できません。戦闘機動は無理です」

 

『動いたのは事実だろう』

 

「はい。ただ、動いたというより……」

 

 整備員が俺の方を見た。

 

「パイロットが機体の癖に合わせて、無理やり倒れない範囲に収めた、という方が近いです」

 

 評価としては正しい。

 

 褒められている気はしない。

 

 いや、褒められても困るが。

 

『では、その少年が一番1号機の状態を分かっている可能性がある、ということか』

 

 ブライトの声が言った。

 

 格納庫内の何人かが、微妙な顔をした。

 

 俺もたぶん、微妙な顔をした。

 

 使う気だ。

 

 いや、まだ決めたわけではないだろう。ブライトは軍人として、情報を整理しているだけだ。使えるもの、使えないもの。守るべきもの、危険なもの。今ホワイトベースを出すために必要なもの。

 

 その中に俺が入っている。

 

 十二歳の子どもとしてではなく、1号機を動かした存在として。

 

 リュウさんが通信に入った。

 

「ブライト、今すぐこの子を動かすのは無理だ。立ってるのも怪しい」

 

『分かっています。医療班に回してください。ただし、1号機の件は後で聞きます』

 

「後で、だな。今じゃねえな」

 

『今は艦を出すのが先です』

 

 その声に、疲労と焦りが混じっていた。

 

 ブライトをただの横暴な大人だと思うのは簡単だ。子どもを戦力に数えるなんて最低だと怒るのも簡単だ。でも、彼は今、ホワイトベースを沈めないために動いている。パオロ艦長は負傷し、正規クルーは足りず、避難民は多く、新型MSは子どもが動かした。

 

 十九歳前後の人間に背負わせていい状況ではない。

 

 いや、十二歳にMSを動かさせる状況でもない。

 

 結論、宇宙世紀が悪い。

 

 そこへ、セイラさんが近づいてきた。

 

 負傷者の対応をしていたのか、手元に医療用の小型ケースを持っている。落ち着いているが、顔色は良くない。それでも立ち姿が崩れていないのがすごい。

 

「あなた、名前は?」

 

「和泉レンです」

 

「レン君ね。今は座っていなさい。立っていられる状態ではないでしょう」

 

「座ってます」

 

「端末を握りしめる力が強すぎるわ。指を痛める」

 

 言われて初めて気づいた。

 

 俺は端末をかなり強く握っていた。指先が白くなっている。力を抜こうとして、うまく抜けない。

 

 セイラさんはそれを見て、ほんの少し目を細めた。

 

「……子どもが二人、新型を動かしたということね」

 

 その声は責めているわけではなかった。

 

 ただ、異常な事実を確認している声だった。

 

「動かしたというか、動かすしかなかったというか」

 

「無茶と勇気は違うわ」

 

「分かってます。でも、あの場で何もしない方がたぶん危なかったので」

 

 セイラさんは少しだけ黙った。

 

 俺の返事が子どもらしくなかったのだろう。自分でもそう思う。でも今、年相応に泣いたり混乱したりする余裕がない。泣けるなら泣いた方が人間らしいのかもしれないが、俺の頭はまだ状況を整理しようとしている。

 

 父母のこと。

 

 1号機のこと。

 

 ホワイトベースのこと。

 

 シャアのこと。

 

 次に来る戦闘のこと。

 

 多すぎる。

 

 本当に多すぎる。

 

『ブリッジより格納庫。出航準備、最終段階へ移行します。未固定の物資は放棄してください。避難民収容を優先。繰り返します、避難民収容を優先』

 

 ミライさんらしき落ち着いた声が、艦内放送に乗った。

 

 その声だけで、少し空気が整った気がした。怒号と警告だらけの格納庫で、落ち着いた声はそれだけで価値がある。

 

 整備員たちがさらに慌ただしく動き出す。2号機の固定。1号機の補助フレーム増設。ガンタンクやガンキャノン系パーツの搬入確認。負傷者の導線確保。避難民の押し込み。どれも中途半端で、どれも必要だった。

 

 俺は水のパックを渡され、素直に飲んだ。

 

 味はほとんど分からなかった。

 

 それでも喉が動くと、自分がまだ生きていることだけは分かった。

 

「レン」

 

 リュウさんが、少し低い声で言った。

 

「今からホワイトベースはここを出る。お前の親御さんの確認は続ける。だが、全部すぐには出ねえ。そこは分かってくれ」

 

「分かってます」

 

「分かってる顔だな。そこが余計に心配だ」

 

「分かってない方がよかったですか」

 

「いや。分かってねえと、ここでは死ぬ」

 

 リュウさんはそう言って、少しだけ困ったように笑った。

 

「けど、分かってる子どもを見るのも、あんまり気分がいいもんじゃねえな」

 

 その言葉は、妙に刺さった。

 

 俺は返事をしなかった。

 

 できなかった。

 

 格納庫の奥で、RX-78-1が固定具に支えられている。

 

 白い2号機の横で、黒赤の1号機はまだ戦力と呼ぶにはあまりに不完全だった。自由に歩けない。武装もない。まともに戦えない。けれど、動いた。ホワイトベースまで来た。整備員たちも、ブライトも、それを見てしまった。

 

 だから俺は、たぶんもうただの避難民には戻れない。

 

 守られる子どもではいられない。

 

 でも、正式な兵士でもない。

 

 中途半端だ。

 

 とても中途半端で、最悪な位置だ。

 

 艦が震えた。

 

 ホワイトベース全体に低い振動が走る。出航準備の音だ。サイド7を離れる音。日常から本当に引き剥がされる音。

 

 その時、ブリッジからの通信が一段鋭くなった。

 

『外部センサーに反応。敵影の可能性あり。各員、出航準備を急いでください』

 

 格納庫の空気が変わった。

 

 まだ休めない。

 

 まだ終わらない。

 

 俺は空になった水パックを握りつぶしそうになって、慌てて力を抜いた。

 

 父さんと母さんの返事はない。

 

 1号機は壊れかけ。

 

 俺は座っているのがやっと。

 

 それでも、ホワイトベースはもう動き出す。

 

 そしてたぶん、敵は待ってくれない。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。