黒いガンダムの宇宙世紀   作:いずりょう

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第21話 三倍の影

 ガンダム1号機のコックピットは、撃った直後からずっと警告音に満たされていた。

 

 火器接続異常。エネルギー供給ライン遮断。照準補助異常。外部固定具負荷上昇。補助アーム保持値低下。表示だけ見れば、もう戦闘中というより事故後の確認作業に近い。俺は操縦桿から手を離したまま、ゆっくり息を整えようとした。さっきの一発は当たった。狙って、待って、当てた。だが、それで終わりだ。もう一度撃てと言われても、ガンダム1号機は応えられない。

 

『1号機、火器系統を切れ。繰り返す、火器系統を切れ。レン、聞こえるか』

 

 リュウさんの声が通信に入る。強い声だったが、怒鳴っているわけではない。俺が返事をしない可能性を恐れている声だった。

 

「聞こえてます。火器系統、切ります」

 

 指先が重い。さっきまでは震えが消えていたのに、今は遅れて戻ってきたように手が震える。俺は表示を確認し、仮接続火器を待機状態から落とした。ビームライフル側の接続表示が赤から灰色へ変わる。射撃不能。照準系の警告はまだ残っているが、少なくとも勝手に何かが動く状態ではなくなった。

 

『よし。そのまま機体を動かすな。固定具も限界が近い』

 

「最初から動けませんよ。歩けないガンダムですし」

 

『軽口は後だ。意識を保て』

 

「はい」

 

 短く返したところで、視界の端がまた白くなった。まずい。思ったより消耗している。一発しか撃っていないのに、体は長距離を走った後みたいに重い。機体の負荷がそのまま体に来たわけではない。たぶん、緊張と集中が切れた反動だ。怖いから考えて、考えている間は痛みも震えも後回しにできた。だが、撃った後は全部まとめて戻ってくる。

 

 それでも、外の戦闘は終わっていない。

 

『敵MS一機消失。残存MS一、高速反応一、なお接近中』

 

『高速反応、相対速度さらに上がります。通常のザクの三倍近い速度を維持』

 

 ブリッジの声が緊張を帯びる。通常の三倍。その言葉は、数字以上の重さを持っていた。俺はモニターを切り替える。表示の一部は乱れているが、外部映像と索敵反応はまだ見られる。白いガンダム2号機が宇宙空間を進み、残ったザクを牽制している。そのさらに外側、赤い反応が鋭く回り込むように動いていた。

 

 速い。

 

 分かっていた。前世の知識としては知っていた。だが、画面の中の記号として見るのと、今この艦を狙って近づいてくる相手として見るのでは、まるで違う。今のガンダム1号機では絶対に追えない。固定射撃で狙う相手でもない。俺の一発は、戦闘を終わらせたんじゃない。アムロが動く時間を作っただけだ。

 

『艦長、反応が速すぎます。このまま接近されると――』

 

『うろたえるな』

 

 パオロ艦長の声が入った。かすれている。息も浅い。それでも、ブリッジの空気を押さえる重さがあった。

 

『赤い彗星なら、真正面から艦を撃つだけでは来ない。こちらの隙を作りに来る。ガンダムを孤立させるな』

 

『艦長、無理をなさらず』

 

『ブライト、聞け。相手の速さに目を奪われるな。艦を守る位置を崩すな』

 

『はっ。ミライ、進路を維持。ガンダム2号機を艦から離しすぎるな。砲座、残存MSを牽制しろ』

 

『了解』

 

 ブライトは「シャア」と言い切らなかった。けれど、パオロ艦長の言葉で、相手の危険性は理解したはずだ。知識として赤い彗星を知っているのと、負傷した艦長の声でその名の重さを聞かされるのは違う。若い指揮官の命令はまだ硬い。だが、さっきよりも少しだけ、艦を全体で動かそうとしているのが分かった。

 

『アムロ、聞こえるか。ガンダム2号機をホワイトベースから離しすぎるな。残存MSを押さえろ』

 

『そんなこと言ったって、向こうが速すぎるんです』

 

 アムロの声が返る。焦りがある。怒りもある。軍人の返事ではない。民間人の少年が、いきなりガンダムに乗せられて、戦場で命令を受けている声だ。けれど、その声の向こうで白いガンダムは動いている。ぎこちなさはある。無駄もある。それでも、反応が速い。残ったザクの射線を避け、ビームライフルを構え直す動きに、さっきより迷いが少ない。

 

 アムロは学んでいる。

 

 一度見た動き、撃たれた方向、相手の避け方。そういうものを、戦っている最中に取り込んでいる。怖いほどの速さだ。俺が一発を当てたのは、固定された状態で、敵の進路を読み、一つの射線を置いたからだ。だがアムロは、動きながらそれをやっている。白いガンダムと一緒に、戦場の中で変わっていく。

 

 やっぱり、主役はあっちだ。

 

『残存MS、ガンダム2号機へ接近』

 

『アムロ、正面から受けるな。艦の射線へ誘導しろ』

 

 ブライトの命令に、アムロはすぐには答えなかった。代わりに、白いガンダムが少し下がる。いや、下がったように見せた。ザクが追う。ホワイトベースの砲座がわずかに向きを変え、ザクの進路を制限する。アムロがそれに合わせて横へ流れた。完璧な連携ではない。むしろ危なっかしい。だが、偶然ではない動きだった。

 

『そこっ』

 

 アムロの声と同時に、ビームが走った。ザクがかわしきれず、機体の一部を持っていかれる。撃墜ではない。だが姿勢が崩れる。ホワイトベースからの牽制射撃が重なり、残存MSは距離を取った。

 

『当たった……』

 

 アムロの声が小さく漏れる。

 

『気を抜くな、まだ高速反応がいる』

 

 ブライトの声が飛ぶ。次の瞬間、赤い機体が画面を横切った。速い。白いガンダムの背後へ滑り込むように入って、射撃をかける。アムロのガンダム2号機が反応する。遅れた。完全には避けきれない。機体が揺れ、通信にアムロの息を飲む音が入る。

 

『何なんだよ、あの速さは』

 

 アムロの声が震えていた。

 

 俺も同じことを思った。何なんだ、あれは。知識として赤い彗星と知っていても、実際に見ると理屈が追いつかない。速いだけではない。速さの使い方が嫌だった。真正面から突っ込むのではなく、見せたい方向へ目を向けさせ、次の瞬間には別の角度から圧力をかける。白いガンダムの性能を試すように、逃げ道を削っていく。

 

 俺は通信に手を伸ばしかけて、止めた。

 

 言えることはある。「追うな」とか、「艦から離れるな」とか。その程度なら言える。だが、俺がアムロを指揮する場面ではない。今、あいつが見ている情報と、俺が半分壊れたモニター越しに見ている情報は違う。何より、白いガンダムを動かしているのはアムロだ。俺が余計な言葉を入れれば、判断を鈍らせるかもしれない。

 

 だから、一言だけにした。

 

「アムロ、無理に追わないで。速さに乗せられる」

 

『分かってる』

 

 返事は短かった。少し苛立っている。けれど、届いた。白いガンダムは赤い機体を追いすぎず、ホワイトベースの防衛線へ戻る。その判断は正しい。赤い機体は深追いしないガンダム2号機を見て、今度は艦の側面へ回ろうとした。

 

『ミライ、右舷側だ』

 

『分かっています。姿勢を維持します』

 

 ホワイトベースがわずかに動く。艦の大きさを考えれば、小さな動きだ。だが、その小さな動きが赤い機体の射線をずらした。砲座が追う。赤い機体は簡単には当たらない。それでも、ホワイトベースとガンダム2号機の間に無理に入るのを一度諦めた。

 

『残存MS、後退の兆候』

 

『高速反応はなお接近圏。ですが、距離を保っています』

 

 ブリッジの報告が少し変わる。敵はまだいる。だが、最初の勢いで押し込む流れではなくなった。レンの固定射撃で一機を失い、残存MSも損傷した。赤い機体は白いガンダムの性能を見た。ホワイトベース側が完全な無力ではないことも分かった。なら、ここで無理をする理由は薄い。

 

 もちろん、俺がそう思いたいだけかもしれない。だが、赤い機体の反応は一定の距離を保ち始めている。

 

『ブライト、深追いするな』

 

 パオロ艦長の声が再び入った。さっきより弱い。短い言葉の後に、呼吸が乱れる音が混じる。

 

『敵はこちらを測っている。こちらも、今は艦を守ることを優先しろ』

 

『はっ。ガンダム2号機、敵を追うな。ホワイトベース周辺に戻れ』

 

『でも、まだ――』

 

『命令だ。艦から離れるな』

 

 アムロは返事を少し遅らせた。

 

『……分かりました』

 

 白いガンダムが戻ってくる。完全に落ち着いた動きではない。けれど、最初に宇宙へ飛び出した時より、明らかに周囲を見ている。アムロは怖がっている。戸惑っている。だが、恐怖の中で動き方を覚えている。白いガンダムの反応に、少年の判断が追いつき始めている。

 

 赤い機体は、その動きを見ているようだった。こちらへもう一度圧力をかけるかと思ったが、距離を保ったまま進路を変える。残存MSも後退する。撤退、と言い切るにはまだ早い。それでも、追撃戦の圧は少しずつ遠ざかっていった。

 

『敵MS、距離を取ります』

 

『高速反応、後退。追撃圏外へ移行中』

 

 ブリッジの声が、わずかに緩んだ。

 

『警戒は続けろ。ガンダム2号機を収容する。1号機は固定を維持したまま火器系統を完全遮断。損傷確認を急げ』

 

 ブライトの命令が出た。戦闘終了、とは言わない。安全、とは言わない。それでも、今すぐ撃たれる状況ではなくなったらしい。俺はようやく、背中をシートへ預けた。

 

 体が重い。警告音はまだ鳴っている。ガンダム1号機は、もう一発どころか、まともに照準系を立ち上げ直すこともできないだろう。俺の一撃は当たった。だが、戦闘を支えたのはその後のアムロだった。赤い機体の圧力を受け、ホワイトベースから離れすぎず、残存MSを押さえた。あいつがいなければ、一発撃っただけの俺は、ただ固定されたまま終わっていた。

 

『レン、聞こえるか』

 

 リュウさんの声が入る。

 

「聞こえてます」

 

『そのまま待て。こっちで開ける。自分で降りようとするな』

 

「了解です」

 

 今度は軽口が出なかった。出そうと思えば出せたかもしれないが、やめた。疲れていたし、何より、さっきの赤い機体の速さが頭から離れなかった。あれが赤い彗星。原作知識の中にあった名前が、今は生きた脅威としてホワイトベースの外を走っている。

 

 コックピットハッチが開く。格納庫の光が差し込んだ。リュウさんと整備員が見える。少し離れた場所には、セイラさんの姿もあった。彼女は俺の顔を見るなり、何かを言いかけて、すぐに医療班へ合図を送った。たぶん、今の俺の顔色がかなり悪いのだろう。

 

 白いガンダム2号機が戻ってくる音がした。

 

 俺はそちらを見た。アムロのガンダムだ。宇宙から戻ってきた白い機体は、さっき出ていった時とは少し違って見えた。傷が増えたわけではない。形も同じだ。ただ、その機体が今、赤い彗星と向き合って戻ってきたのだと思うと、重さが違った。

 

 俺の一撃は、確かに当たった。

 

 けれど、この逃げる艦を支える中心にいるのは、やはり白いガンダムだった。俺はその事実に、悔しさよりも安堵を覚えた。自分が全部やる必要はない。というより、できない。今のガンダム1号機と俺では、赤い影には届かない。

 

 リュウさんの手を借りてコックピットから出る時、ブリッジから短い放送が流れた。

 

『各区画、警戒を維持。ホワイトベースは進路をルナツー方面へ取ります。損傷確認と負傷者対応を急いでください』

 

 ルナツー。

 

 連邦軍の拠点。そこへ行けば、少なくとも今よりは状況が整理される。そう思いたかった。だが同時に、俺は分かっていた。整理されるということは、俺たちの扱いも決められるということだ。アムロがガンダムに乗ったこと。俺がガンダム1号機でザクを撃墜したこと。民間人の子どもが、連邦軍の新型を動かしたこと。

 

 戦闘が終われば、次は別の問題が来る。

 

 宇宙は静かになったように見えた。だが、ホワイトベースの中ではもう、次の現実が動き始めていた。

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