黒いガンダムの宇宙世紀   作:いずりょう

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第23話 軍の理屈

 ルナツーは、遠目にはただの岩の塊に見えた。

 

 宇宙に浮かぶ巨大な小惑星。だが、近づくにつれて、その表面に走る人工の線が見えてくる。装甲板の継ぎ目、発着口の灯り、監視用のセンサーらしき光、艦船を誘導する管制信号。自然の岩をくり抜き、連邦軍の都合で要塞にした場所。助けを求めて向かっているはずなのに、近づくほどに、胸の奥が少し重くなった。

 

 助かった、とはまだ言えない。

 

 俺は格納庫の壁際に身体を固定されたまま、外部モニターに映るルナツーを見ていた。医療班には休めと言われたが、休める空気ではない。格納庫ではガンダム1号機の検査が続き、ガンダム2号機も収容後の確認を受けている。工具や小さな部品が漂わないよう、整備員たちは一つ一つを固定しながら作業していた。追撃戦が終わっても、警戒態勢は解けていない。

 

『こちらルナツー管制。ホワイトベース、進路を維持。入港誘導に従え』

 

『こちらホワイトベース。誘導確認。入港手順に入ります』

 

 ミライさんの声が艦内に流れる。落ち着いているが、いつもより少し硬い。ブライトも短い命令を出している。艦の姿勢、速度、接舷準備、負傷者の受け入れ要請。やることが多すぎる。パオロ艦長はまだ医療区画にいる。容態はよくないと聞いているが、詳しいことは誰も大声では言わない。

 

 俺はちらりとガンダム1号機を見た。黒赤の機体は、固定架台に抱えられたまま沈黙している。あれでザクを一機落としたと言っても、今の姿だけ見れば、戦力というより修理待ちの危険物だ。火器接続は焼け、照準系のログは一部飛び、補助アームにも負荷が残った。ルナツーに着いても、すぐ動けるようになるとは思えない。

 

 隣では、白いガンダム2号機が検査を受けている。アムロは少し離れた場所で、フラウと短く話していた。話している、というより、フラウが声をかけ、アムロが曖昧に返している感じだ。赤い彗星の速さが、まだ頭から離れていないのだろう。俺だってそうだ。外部映像で見ていただけなのに、あの赤い機体の動きは目に焼きついている。

 

 ホワイトベースがルナツーの入港区画へ入ると、格納庫内の空気がわずかに変わった。艦外の光が遮られ、誘導灯の反射が装甲に流れる。固定具が微かに軋み、艦が止まる準備に入る。宇宙に浮かんでいるだけの時よりも、どこか閉じ込められていくような感覚があった。

 

『接舷完了。ルナツー側より臨検班が入ります。各員、持ち場で待機』

 

 ブライトの声が流れた。

 

 臨検班。

 

 その言葉だけで、カイが嫌そうな顔をした。

 

「助かったと思ったら、今度は取り調べかよ。忙しい船だな、ここは」

 

「カイさん、声が大きいです」

 

「聞かれて困ることしかねえからな」

 

 言い方はいつも通り皮肉だが、目は笑っていない。避難民も、整備員も、みんな同じだ。連邦軍の拠点に入ったのに、安堵より緊張の方が大きい。ここから先はジオンの攻撃ではなく、味方の軍規が相手になる。

 

 やがて、ルナツー側の将兵が格納庫へ入ってきた。磁気靴を使っているのか、動きはホワイトベース側の民間人よりずっと安定している。その中心に、硬い表情の士官がいた。ワッケイン司令。写真や資料の記憶よりも、実物はもっと冷たい印象だった。嫌な大人、というより、軍そのものが人の形をして入ってきたような感じだ。

 

 ブライトが迎える。リュウさん、セイラさん、ミライさんもそれぞれの位置にいる。俺とアムロは少し離れた場所で待たされていた。待たされているだけなのに、すでに裁かれる側へ並べられている気分になる。

 

「状況は報告で確認している」

 

 ワッケインの声は短かった。

 

「サイド7より避難民を収容。機密兵器および関連物資を積載。艦長は重傷。指揮は君が執っていた、と」

 

「はい。ブライト・ノア候補生です。パオロ艦長の負傷後、指揮を代行しました」

 

「代行、か」

 

 その一言で、ブライトの肩がわずかに固まる。ワッケインは責めるように声を荒げたわけではない。ただ、軍の言葉として確認しただけだ。それがかえってきつい。

 

「さらに、民間人がモビルスーツを起動し、戦闘に参加した。ガンダム2号機を動かしたのがアムロ・レイ。ガンダム1号機を動かしたのが、レン・イズミ。間違いないか」

 

 名前を呼ばれ、アムロが顔を上げた。俺も視線を向ける。

 

「間違いありません」

 

 ブライトが答えた。

 

「状況が状況でした。彼らがいなければ、ホワイトベースは撃沈されていた可能性があります」

 

「その判断を軍が行う」

 

 ワッケインは即座に返した。

 

「民間人が機密兵器を動かした。しかも敵機を撃墜している。戦果として見る前に、まず重大な規律違反であり、機密管理上の問題だ」

 

「ですが、司令」

 

 リュウさんが口を挟んだ。声は抑えているが、感情は見える。

 

「あの時は本当に手がありませんでした。艦長は重傷、乗員も不足、敵は追撃してきていた。子どもを使いたくて使ったわけじゃないんです」

 

「だからこそ、軍が判断する」

 

 ワッケインはリュウさんを見た。

 

「現場の切迫は理解する。だが、切迫していたから全て不問にする、というわけにはいかん。民間人を守るためにも、機密兵器を管理するためにも、軍規はある」

 

 正論だった。

 

 嫌になるくらい、正論だった。ワッケインは俺たちを悪者にしたいわけではない。ホワイトベースの苦労を全く知らないわけでもない。ただ、軍人として、ここを曖昧にできないと言っている。民間人の子どもが新型MSを動かした。それがどれだけ異常なことか、俺にも分かる。分かるから、反論しにくい。

 

 でも、あの時それ以外に何ができた。

 

 その言葉は、口には出さなかった。子どもが軍規を語っても、余計におかしくなるだけだ。

 

「ガンダム両機は封鎖、接収の上で検査する。搭乗者は事情聴取まで待機。ホワイトベース乗員も、指揮系統と戦闘経過の確認を受けてもらう」

 

「ガンダムを封鎖するんですか。僕が動かしたのに」

 

 アムロが思わず言った。声に不満がにじんでいる。

 

「当然だ」

 

 ワッケインはアムロを見た。

 

「君が戦ったことは報告で聞いている。だが、それは君にガンダムを自由に扱う権限があるという意味ではない」

 

 アムロは言い返そうとして、言葉を飲み込んだ。悔しそうだった。自分は戦った。ホワイトベースを守った。なのに、軍から見れば問題の当事者でもある。その理屈を、今すぐ飲み込めるわけがない。

 

 俺はアムロの横で、ガンダム1号機を見た。あれも封鎖される。むしろ、1号機の方が問題はややこしい。歩けない機体を固定射撃に使い、俺がザクを落とした。戦果だけ見れば異常だが、軍から見れば危険な前例でもある。

 

 ルナツー側の整備兵たちは、ガンダム両機へ取りつき始めた。ホワイトベース側の整備班と短く言葉を交わし、ログや損傷箇所を確認していく。1号機の火器接続を見た整備兵が、思わず低く唸った。

 

「これで撃ったのか」

 

「一発だけです。撃った後はこの状態です」

 

 ホワイトベース側の整備員が答える。

 

「焼けている。補助アーム側まで歪んでいるな。これを再使用するには全系統検査が必要だ」

 

「分かっています。こちらだけでは手が回りません」

 

「ルナツーの設備で最低限は見る。だが、これは運用可能とは言えん」

 

 それを聞いて、俺は少しだけ息を吐いた。運用可能ではない。そう言われることに、どこか安心している自分がいた。今すぐまた乗れと言われないで済む。そんな情けない安心だった。

 

 整備確認はガンダムだけでは終わらなかった。

 

 格納庫の奥で固定されていたガンキャノンとガンタンクにも、ルナツー側の整備兵が視線を向ける。赤い装甲のガンキャノン。ずんぐりした支援機のガンタンク。

 

「ガンダムだけではないのか」

 

 ルナツー側の整備兵が言う。

 

「ガンキャノンとガンタンクも積んでいます。ただ、本格起動確認はまだです。追撃戦では出せる状態ではありませんでした」

 

「構造はガンダムより分かりやすい。こちらなら最低限のチェックは早い。砲撃支援機として使える可能性はある」

 

 その言葉に、カイが露骨に嫌そうな顔をした。

 

「おいおい、今度はあれにも乗れって話じゃないだろうな」

 

「まだ誰も言ってませんよ」

 

 俺が言うと、カイはじろりとこちらを見る。

 

「まだ、ってのが嫌なんだよ。だいたい、お前ら二人がガンダムなんか動かすから、こっちまで変な目で見られるんだろ」

 

「それはちょっと否定しにくいです」

 

「否定しろよ、そこは」

 

 軽いやり取りのつもりだったが、カイの視線はすぐガンキャノンへ戻った。嫌がっている。だが、完全に無関心ではない。あれが動けば、ホワイトベースの戦力になる。そう理解してしまった顔だ。

 

 ハヤトは、ガンタンクを見ていた。大きな砲塔、低い機体、複座に近い運用を想像させる形。アムロや俺のようにガンダムへ乗るのとは違う。だが、何かできるかもしれない。そう思わせる機体でもある。ハヤトの手が、壁際のハンドホールドを強く握った。

 

「ハヤト」

 

「……何でもない」

 

 短い返事だった。何でもない顔ではなかった。アムロと俺が戦ってしまった後で、自分にも何かできる場所を探している。そんな顔だった。

 

 リュウさんはその二人の様子を見て、何も言わなかった。けれど、目は覚えていた。いずれ誰かが乗ることになる。そう察している目だ。

 

『パオロ艦長の容態が悪化。医療班、至急対応を』

 

 通信が入った瞬間、格納庫の空気がまた変わった。

 

 ブライトが顔を上げる。ワッケインも一瞬だけ表情を引き締めた。軍規も機密も大事だ。だが、今この艦では、艦長が命を削ってここまで来た。その現実は、誰の理屈よりも重い。

 

「ブライト候補生」

 

 ワッケインが言った。

 

「事情聴取は後だ。まず艦長の処置を優先する。だが、ガンダム両機の封鎖は命令通り行う。搭乗者二名も、許可なく移動させるな」

 

「……了解しました」

 

 ブライトの返事は硬かった。反論したいことはあるはずだ。だが、今はパオロ艦長が先だった。

 

 ルナツーの整備兵がガンダムへ封鎖表示を取りつける。白いガンダム2号機にも、黒赤のガンダム1号機にも、軍の管理下に入ったことを示す札が付けられていく。機体はそこにある。さっきまで俺たちを守るために動いていた。けれど今は、触れることすら許可が必要な兵器に戻されていく。

 

 アムロがそれを見て、唇を噛んだ。

 

 俺も、何も言えなかった。

 

 助かった場所に来たはずだった。けれど、ここは安全地帯ではない。軍の理屈が支配する場所だ。ワッケインは間違っていない。ブライトも間違っていない。リュウさんも、アムロも、俺も、あの時はそうするしかなかった。

 

 それでも、正しいもの同士がぶつかると、人はこんなふうに行き場を失う。

 

 俺たちはルナツーに入った。

 

 白いガンダムと黒いガンダムは封鎖され、ガンキャノンとガンタンクはようやく整備の順番を与えられた。パオロ艦長の容態は悪化し、ブライトはさらに重いものを背負わされている。アムロは戦ったのに、軍の前ではただの民間人として扱われる。俺も同じだ。

 

 戦闘が終わったら、次は軍の時間だった。

 

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