ガンダム2号機と、ガンダム1号機に、ルナツーの封鎖表示が取りつけられていく。
ただの札ではなかった。警備兵がつき、整備兵が記録を取り、機体に伸びる作業用のラインまでルナツー側の管理番号でまとめ直される。さっきまでホワイトベースを守るために動いていた機体が、目の前で「触れてはいけない軍の機密」に戻されていく。いや、本来は最初からそうだった。俺たちが勝手に、その境界を踏み越えただけだ。
アムロが一歩、というより、壁際の手すりを掴んだまま身体を前に出そうとした。
「待て。許可のない接近は禁止だ」
警備兵が短く止める。
「僕の……いや、僕が動かした機体なんです」
「だからだ。事情聴取が終わるまで、搭乗者は機体へ近づくな」
アムロの顔が強張った。言い返そうとしているのが分かる。俺も気持ちは分かる。あの白いガンダムはアムロのものではない。けれど、赤い彗星の圧力を受けながら動かしたのはアムロだ。命を預けた機体を、いきなり他人の手で封鎖される感覚は、たぶんきつい。
俺もガンダム1号機を見た。黒赤の機体は、右側の仮接続火器を外され、火器系統のラインを一本ずつ確認されている。もう撃てないと分かっていても、あそこに座っていたのは俺だ。照準を置き、ザクが来る場所を待ち、トリガーを引いた。その機体に今は触れられない。自分の判断では、もうハッチに手を伸ばすこともできない。
助かった場所に来たはずなのに、味方に止められている。
その違和感はある。けれど、ワッケインの言うことも分かってしまう。民間人の子どもが軍の新型を動かした。しかも敵機を撃墜した。普通に考えれば、戦果以前に異常事態だ。
「搭乗者二名はこの区画で待機。後ほど事情聴取を行う」
ルナツー側の将校が言った。ワッケイン司令の命令を伝える役らしい。声に余計な感情はない。
「ホワイトベース乗員についても、戦闘経過と指揮系統の確認を行う。ブライト候補生、君にも説明を求める」
「分かっています。ただ、先に負傷者の受け入れと艦の損傷確認をお願いします」
「それは別班が行う。君は指揮を代行した立場だ。判断の経緯を提出してもらう」
ブライトさんは一瞬黙った。反論したいことはあるはずだ。けれど、上官の前で、しかも軍規の話として来られると強く出られない。サイド7を出てから、ブライトさんは艦を守るために指揮を執ってきた。だが、ルナツーに入った瞬間、その判断は守った実績であると同時に、責任を問われる材料になっている。
「あの状況で、他に選べる手なんかほとんどありませんでした」
リュウさんが口を挟んだ。
「あいつらは好きで乗ったわけじゃありません。艦を守るために、乗るしかなかったんです」
「現場の状況は聴取で確認する」
将校は表情を変えない。
「判断が正しかったかどうかを決めるのは、ここでの感情ではない」
リュウさんの手が、壁際のハンドホールドを少し強く握った。怒鳴りはしなかった。たぶん、怒鳴ったところで何も変わらないと分かっている。リュウさんは大人だ。だから余計に、飲み込むしかないものがある。
「助けたら今度は捕まるってか。ほんと、いい組織だな連邦軍は」
カイが小さく言った。小さく、と言っても聞こえる程度には大きい。セイラさんが視線だけでたしなめると、カイは肩をすくめた。
「悪かったよ。黙ってる」
「完全には黙っていないわね、カイ・シデン」
「これでも我慢してるんだぜ」
そのやり取りで場が少しだけ緩む。だが、緩んだのは一瞬だった。格納庫の奥では、ガンダムだけでなく、ガンキャノンとガンタンクの確認も始まっていた。
ルナツー整備班は手際が違った。磁気靴で姿勢を安定させ、工具を一つずつ固定しながら、機体ごとに担当を分けていく。ホワイトベース側の整備員が持ち出した搬出リストと、実際に残っている部品箱を照合していた。
「サイド7からの搬出分、思ったより残っているな」
「避難誘導の合間に積み込めた分です。整備機材も一部残っています」
「この量なら、1号機は最低限戻せる。完全復旧は無理だが、出せる状態には持っていけるだろう」
その言葉に、俺は思わずガンダム1号機を見た。
出せる状態。
その響きは、嬉しいようで、あまり嬉しくなかった。1号機が動けるようになる。それは、生き残る手段が増えるということだ。同時に、俺がまた乗る可能性が戻るということでもある。戦争は本当に、人を休ませる気がない。
「右脚の応答遅延は残るな。左腕も出力制限を外しきれない。火器接続は交換が必要。照準系は焼けた部分を迂回させる」
「姿勢制御は」
「完全には信用できん。荒れる」
整備兵同士の声が耳に入る。俺のことを直接言っているわけではない。だが、ほとんどそう言っているようなものだった。ガンダム1号機は、誰でも扱える状態には戻らない。最低限出撃できる。最低限戦える。けれど、癖が残る。機体の遅れを読める人間が必要になる。
それは、たぶん俺だ。
「2号機はどうだ」
「損耗はあるが、こちらは優秀だ。調整でかなり安定する。赤いザクとの交戦データも残っている。解析に回せ」
「ガンキャノン、主電源チェック開始。火器系は後で見る」
「ガンタンク、駆動系と砲撃管制を確認。複座運用の接続も見ておけ」
ガンキャノンとガンタンクにも作業灯が向けられる。今まで格納庫の奥で存在感を消していた機体が、急に戦力として数えられ始めた。赤い装甲のガンキャノンは、ガンダムほど細くない。いかにも火力を抱えた支援機という姿だ。ガンタンクはさらに違う。人型というより、砲台がそのまま機動兵器になったような形をしている。
カイはガンキャノンを見て、はっきり嫌そうな顔をした。
「おい、あれ本当に動かす気かよ」
「動かせるようにしてるだけですよ。今は」
「その『今は』が嫌なんだって言ってんだよ」
カイの反応は分かりやすい。怖いのだろう。嫌なのだろう。けれど、完全に目を逸らしてはいない。嫌がりながら見ている。見てしまっている。
ハヤトはガンタンクの方を見ていた。口数は少ない。だが、視線が離れない。アムロはガンダム2号機で戦った。俺は1号機で一発を当てた。カイは皮肉を言いながらもガンキャノンを見ている。ハヤトの中にも、何かが動き始めているのだろう。自分にもできることがあるのか。できるなら、やるべきなのか。そういう問いが、言葉になる前に顔へ出ている。
俺とアムロだけが背負う形ではなくなるかもしれない。
そう思った。
同時に、それは誰か別の人間が戦場へ引き込まれるということでもある。カイも、ハヤトも、リュウさんも。ガンキャノンとガンタンクが動けば、ホワイトベースの戦力は増える。生存率も上がる。だが、それに乗る誰かは、今までよりずっと近くで敵と向き合うことになる。
楽になる話ではなかった。ただ、重さが分かれるだけだ。
「レン」
アムロが小さく声をかけてきた。彼はまだガンダム2号機の方を見ている。
「僕たち、何なんだろう」
「民間人、事情聴取対象、あとたぶん問題児」
「ふざけるなよ」
「少しだけだよ」
アムロは睨んできたが、怒鳴りはしなかった。疲れているのもあるだろう。けれど、それ以上に、自分でも答えが分からないのだと思う。戦った。守った。生き残った。なのに今は、機体に近づくなと言われている。
「ワッケイン司令が間違ってるとは思わない」
俺は声を落とした。
「でも、納得できるかは別だよ」
「レンはそういう言い方ばっかりだな」
「白黒つけられないことが増えすぎたんだよ」
アムロは返事をしなかった。代わりに、封鎖表示のついた白いガンダムを見上げている。たぶん、同じことを思っている。触れられないガンダム。自分が動かしたのに、自分のものではない機体。守ったはずなのに、守った事実だけでは許されない現実。
『医療区画よりブリッジ。パオロ艦長の容態、さらに悪化。ブライト候補生、可能なら至急』
艦内通信が流れた瞬間、格納庫の空気が変わった。
ブライトさんが顔を上げる。ワッケイン司令も、少しだけ表情を引き締めた。さっきまでの軍規や機密の話とは違う。今度は、人の命の話だった。
「行け」
ワッケイン司令が短く言った。
「事情聴取は後にする。艦長の処置を優先しろ。ただし、ガンダム両機の封鎖と搭乗者の待機命令は継続する」
「……了解しました」
ブライトさんは敬礼し、通信係へ短く指示を出してから、医療区画へ向かった。ミライさんが後を追おうとして、一度ブリッジ側と連絡を取り、別の者へ指示を渡す。リュウさんも動こうとしたが、ワッケイン司令が一瞬だけ視線を向けた。
「リュウ・ホセイ軍曹。君はここに残れ。現場確認が必要だ」
「ですが、艦長が」
「ブライト候補生が行く。君は格納庫と搭乗者を見ろ」
リュウさんは歯を食いしばるような顔をした。けれど、すぐに頷いた。
「……了解」
その短い返事に、感情が詰まっていた。行きたい。だが、残る必要も分かっている。大人はいつも、感情より先に役割を選ばされる。
セイラさんは医療班へ連絡を入れていた。声は冷静だが、目は鋭い。彼女はこういう時に乱れない。乱れないから、周囲が少し保つ。
俺たちは格納庫に残された。
ガンダムは封鎖され、少年二人は待機を命じられ、整備班は次の戦いへ向けて機体を直している。助かったはずのルナツーで、俺たちは誰も自由ではなかった。
しばらくして、医療区画との通信が格納庫の端末にも共有された。直接の音声ではない。状態報告だけだ。だが、その短い文字列を見るだけで、パオロ艦長が本当に危ないことは分かった。
ブライトさんの声が、少し遅れて艦内回線に入った。
『艦長は意識を保っておられる。だが、容態は予断を許さない。各員、持ち場を離れるな。整備班は作業を継続。ルナツー側の指示に従え』
声はいつもより低かった。無理に揺れを押さえている声だった。
パオロ艦長はまだ生きている。けれど、その命の上に、ブライトさんは次の命令を重ねている。艦を守るというのは、たぶんそういうことなのだろう。誰かを心配しても、作業は止められない。悲しむ前に、次の指示を出さなければならない。
俺はガンダム1号機を見た。
整備兵が交換部品を運び、ホワイトベース側の整備員がログを確認し、ルナツー側の技術士官が復旧手順をまとめている。黒赤の機体は封鎖されているのに、整備は進む。俺たちは止められているのに、機体は次へ進む。
「右脚は完全復旧ではなく補正で逃がす。左腕は出力制限を残したまま戦闘補助。火器は予備ラインを使え」
「ビームライフルは」
「2号機優先だ。1号機には調整済みの予備を回す。ただし発射制限を入れろ」
「シールドは」
「使えるものを合わせる。規格差は現場で吸収するしかない」
会話が積み重なっていく。整備というより、次の戦闘へ向けた準備だった。ガンキャノンの主電源が短く灯り、ガンタンクの砲塔が点検用にゆっくり向きを変える。出撃するわけではない。ただ、動ける機体へ戻されていく。
俺はその光景を見ながら、胃の奥が重くなるのを感じた。
生き残るためには、機体が必要だ。整備が進むのはいいことだ。全MSが使えるようになれば、アムロ一人に全部を押しつけずに済む。俺も固定砲台の一発だけではなく、最低限の出撃ができるかもしれない。カイやハヤトにも、役割ができるかもしれない。
けれど、それは救いではなく、次の戦いへの準備でもある。
ルナツーの壁の中で、少年たちは止められ、機体だけが動き出す準備をしていた。外にはまだ、赤い彗星がいる。ジオンの追撃が終わったわけではない。パオロ艦長の容態も、ブライトさんの責任も、俺たちの処遇も、何一つ片づいていない。
助かったはずの場所で、ホワイトベースは次の戦争へ向けて組み直されていく。
その音だけが、格納庫に途切れず響いていた。