黒いガンダムの宇宙世紀   作:いずりょう

24 / 25
第24話 封鎖と整備

 ガンダム2号機と、ガンダム1号機に、ルナツーの封鎖表示が取りつけられていく。

 

 ただの札ではなかった。警備兵がつき、整備兵が記録を取り、機体に伸びる作業用のラインまでルナツー側の管理番号でまとめ直される。さっきまでホワイトベースを守るために動いていた機体が、目の前で「触れてはいけない軍の機密」に戻されていく。いや、本来は最初からそうだった。俺たちが勝手に、その境界を踏み越えただけだ。

 

 アムロが一歩、というより、壁際の手すりを掴んだまま身体を前に出そうとした。

 

「待て。許可のない接近は禁止だ」

 

 警備兵が短く止める。

 

「僕の……いや、僕が動かした機体なんです」

 

「だからだ。事情聴取が終わるまで、搭乗者は機体へ近づくな」

 

 アムロの顔が強張った。言い返そうとしているのが分かる。俺も気持ちは分かる。あの白いガンダムはアムロのものではない。けれど、赤い彗星の圧力を受けながら動かしたのはアムロだ。命を預けた機体を、いきなり他人の手で封鎖される感覚は、たぶんきつい。

 

 俺もガンダム1号機を見た。黒赤の機体は、右側の仮接続火器を外され、火器系統のラインを一本ずつ確認されている。もう撃てないと分かっていても、あそこに座っていたのは俺だ。照準を置き、ザクが来る場所を待ち、トリガーを引いた。その機体に今は触れられない。自分の判断では、もうハッチに手を伸ばすこともできない。

 

 助かった場所に来たはずなのに、味方に止められている。

 

 その違和感はある。けれど、ワッケインの言うことも分かってしまう。民間人の子どもが軍の新型を動かした。しかも敵機を撃墜した。普通に考えれば、戦果以前に異常事態だ。

 

「搭乗者二名はこの区画で待機。後ほど事情聴取を行う」

 

 ルナツー側の将校が言った。ワッケイン司令の命令を伝える役らしい。声に余計な感情はない。

 

「ホワイトベース乗員についても、戦闘経過と指揮系統の確認を行う。ブライト候補生、君にも説明を求める」

 

「分かっています。ただ、先に負傷者の受け入れと艦の損傷確認をお願いします」

 

「それは別班が行う。君は指揮を代行した立場だ。判断の経緯を提出してもらう」

 

 ブライトさんは一瞬黙った。反論したいことはあるはずだ。けれど、上官の前で、しかも軍規の話として来られると強く出られない。サイド7を出てから、ブライトさんは艦を守るために指揮を執ってきた。だが、ルナツーに入った瞬間、その判断は守った実績であると同時に、責任を問われる材料になっている。

 

「あの状況で、他に選べる手なんかほとんどありませんでした」

 

 リュウさんが口を挟んだ。

 

「あいつらは好きで乗ったわけじゃありません。艦を守るために、乗るしかなかったんです」

 

「現場の状況は聴取で確認する」

 

 将校は表情を変えない。

 

「判断が正しかったかどうかを決めるのは、ここでの感情ではない」

 

 リュウさんの手が、壁際のハンドホールドを少し強く握った。怒鳴りはしなかった。たぶん、怒鳴ったところで何も変わらないと分かっている。リュウさんは大人だ。だから余計に、飲み込むしかないものがある。

 

「助けたら今度は捕まるってか。ほんと、いい組織だな連邦軍は」

 

 カイが小さく言った。小さく、と言っても聞こえる程度には大きい。セイラさんが視線だけでたしなめると、カイは肩をすくめた。

 

「悪かったよ。黙ってる」

 

「完全には黙っていないわね、カイ・シデン」

 

「これでも我慢してるんだぜ」

 

 そのやり取りで場が少しだけ緩む。だが、緩んだのは一瞬だった。格納庫の奥では、ガンダムだけでなく、ガンキャノンとガンタンクの確認も始まっていた。

 

 ルナツー整備班は手際が違った。磁気靴で姿勢を安定させ、工具を一つずつ固定しながら、機体ごとに担当を分けていく。ホワイトベース側の整備員が持ち出した搬出リストと、実際に残っている部品箱を照合していた。

 

「サイド7からの搬出分、思ったより残っているな」

 

「避難誘導の合間に積み込めた分です。整備機材も一部残っています」

 

「この量なら、1号機は最低限戻せる。完全復旧は無理だが、出せる状態には持っていけるだろう」

 

 その言葉に、俺は思わずガンダム1号機を見た。

 

 出せる状態。

 

 その響きは、嬉しいようで、あまり嬉しくなかった。1号機が動けるようになる。それは、生き残る手段が増えるということだ。同時に、俺がまた乗る可能性が戻るということでもある。戦争は本当に、人を休ませる気がない。

 

「右脚の応答遅延は残るな。左腕も出力制限を外しきれない。火器接続は交換が必要。照準系は焼けた部分を迂回させる」

 

「姿勢制御は」

 

「完全には信用できん。荒れる」

 

 整備兵同士の声が耳に入る。俺のことを直接言っているわけではない。だが、ほとんどそう言っているようなものだった。ガンダム1号機は、誰でも扱える状態には戻らない。最低限出撃できる。最低限戦える。けれど、癖が残る。機体の遅れを読める人間が必要になる。

 

 それは、たぶん俺だ。

 

「2号機はどうだ」

 

「損耗はあるが、こちらは優秀だ。調整でかなり安定する。赤いザクとの交戦データも残っている。解析に回せ」

 

「ガンキャノン、主電源チェック開始。火器系は後で見る」

「ガンタンク、駆動系と砲撃管制を確認。複座運用の接続も見ておけ」

 

 ガンキャノンとガンタンクにも作業灯が向けられる。今まで格納庫の奥で存在感を消していた機体が、急に戦力として数えられ始めた。赤い装甲のガンキャノンは、ガンダムほど細くない。いかにも火力を抱えた支援機という姿だ。ガンタンクはさらに違う。人型というより、砲台がそのまま機動兵器になったような形をしている。

 

 カイはガンキャノンを見て、はっきり嫌そうな顔をした。

 

「おい、あれ本当に動かす気かよ」

 

「動かせるようにしてるだけですよ。今は」

 

「その『今は』が嫌なんだって言ってんだよ」

 

 カイの反応は分かりやすい。怖いのだろう。嫌なのだろう。けれど、完全に目を逸らしてはいない。嫌がりながら見ている。見てしまっている。

 

 ハヤトはガンタンクの方を見ていた。口数は少ない。だが、視線が離れない。アムロはガンダム2号機で戦った。俺は1号機で一発を当てた。カイは皮肉を言いながらもガンキャノンを見ている。ハヤトの中にも、何かが動き始めているのだろう。自分にもできることがあるのか。できるなら、やるべきなのか。そういう問いが、言葉になる前に顔へ出ている。

 

 俺とアムロだけが背負う形ではなくなるかもしれない。

 

 そう思った。

 

 同時に、それは誰か別の人間が戦場へ引き込まれるということでもある。カイも、ハヤトも、リュウさんも。ガンキャノンとガンタンクが動けば、ホワイトベースの戦力は増える。生存率も上がる。だが、それに乗る誰かは、今までよりずっと近くで敵と向き合うことになる。

 

 楽になる話ではなかった。ただ、重さが分かれるだけだ。

 

「レン」

 

 アムロが小さく声をかけてきた。彼はまだガンダム2号機の方を見ている。

 

「僕たち、何なんだろう」

 

「民間人、事情聴取対象、あとたぶん問題児」

 

「ふざけるなよ」

 

「少しだけだよ」

 

 アムロは睨んできたが、怒鳴りはしなかった。疲れているのもあるだろう。けれど、それ以上に、自分でも答えが分からないのだと思う。戦った。守った。生き残った。なのに今は、機体に近づくなと言われている。

 

「ワッケイン司令が間違ってるとは思わない」

 

 俺は声を落とした。

 

「でも、納得できるかは別だよ」

 

「レンはそういう言い方ばっかりだな」

 

「白黒つけられないことが増えすぎたんだよ」

 

 アムロは返事をしなかった。代わりに、封鎖表示のついた白いガンダムを見上げている。たぶん、同じことを思っている。触れられないガンダム。自分が動かしたのに、自分のものではない機体。守ったはずなのに、守った事実だけでは許されない現実。

 

『医療区画よりブリッジ。パオロ艦長の容態、さらに悪化。ブライト候補生、可能なら至急』

 

 艦内通信が流れた瞬間、格納庫の空気が変わった。

 

 ブライトさんが顔を上げる。ワッケイン司令も、少しだけ表情を引き締めた。さっきまでの軍規や機密の話とは違う。今度は、人の命の話だった。

 

「行け」

 

 ワッケイン司令が短く言った。

 

「事情聴取は後にする。艦長の処置を優先しろ。ただし、ガンダム両機の封鎖と搭乗者の待機命令は継続する」

 

「……了解しました」

 

 ブライトさんは敬礼し、通信係へ短く指示を出してから、医療区画へ向かった。ミライさんが後を追おうとして、一度ブリッジ側と連絡を取り、別の者へ指示を渡す。リュウさんも動こうとしたが、ワッケイン司令が一瞬だけ視線を向けた。

 

「リュウ・ホセイ軍曹。君はここに残れ。現場確認が必要だ」

 

「ですが、艦長が」

 

「ブライト候補生が行く。君は格納庫と搭乗者を見ろ」

 

 リュウさんは歯を食いしばるような顔をした。けれど、すぐに頷いた。

 

「……了解」

 

 その短い返事に、感情が詰まっていた。行きたい。だが、残る必要も分かっている。大人はいつも、感情より先に役割を選ばされる。

 

 セイラさんは医療班へ連絡を入れていた。声は冷静だが、目は鋭い。彼女はこういう時に乱れない。乱れないから、周囲が少し保つ。

 

 俺たちは格納庫に残された。

 

 ガンダムは封鎖され、少年二人は待機を命じられ、整備班は次の戦いへ向けて機体を直している。助かったはずのルナツーで、俺たちは誰も自由ではなかった。

 

 しばらくして、医療区画との通信が格納庫の端末にも共有された。直接の音声ではない。状態報告だけだ。だが、その短い文字列を見るだけで、パオロ艦長が本当に危ないことは分かった。

 

 ブライトさんの声が、少し遅れて艦内回線に入った。

 

『艦長は意識を保っておられる。だが、容態は予断を許さない。各員、持ち場を離れるな。整備班は作業を継続。ルナツー側の指示に従え』

 

 声はいつもより低かった。無理に揺れを押さえている声だった。

 

 パオロ艦長はまだ生きている。けれど、その命の上に、ブライトさんは次の命令を重ねている。艦を守るというのは、たぶんそういうことなのだろう。誰かを心配しても、作業は止められない。悲しむ前に、次の指示を出さなければならない。

 

 俺はガンダム1号機を見た。

 

 整備兵が交換部品を運び、ホワイトベース側の整備員がログを確認し、ルナツー側の技術士官が復旧手順をまとめている。黒赤の機体は封鎖されているのに、整備は進む。俺たちは止められているのに、機体は次へ進む。

 

「右脚は完全復旧ではなく補正で逃がす。左腕は出力制限を残したまま戦闘補助。火器は予備ラインを使え」

「ビームライフルは」

「2号機優先だ。1号機には調整済みの予備を回す。ただし発射制限を入れろ」

「シールドは」

「使えるものを合わせる。規格差は現場で吸収するしかない」

 

 会話が積み重なっていく。整備というより、次の戦闘へ向けた準備だった。ガンキャノンの主電源が短く灯り、ガンタンクの砲塔が点検用にゆっくり向きを変える。出撃するわけではない。ただ、動ける機体へ戻されていく。

 

 俺はその光景を見ながら、胃の奥が重くなるのを感じた。

 

 生き残るためには、機体が必要だ。整備が進むのはいいことだ。全MSが使えるようになれば、アムロ一人に全部を押しつけずに済む。俺も固定砲台の一発だけではなく、最低限の出撃ができるかもしれない。カイやハヤトにも、役割ができるかもしれない。

 

 けれど、それは救いではなく、次の戦いへの準備でもある。

 

 ルナツーの壁の中で、少年たちは止められ、機体だけが動き出す準備をしていた。外にはまだ、赤い彗星がいる。ジオンの追撃が終わったわけではない。パオロ艦長の容態も、ブライトさんの責任も、俺たちの処遇も、何一つ片づいていない。

 

 助かったはずの場所で、ホワイトベースは次の戦争へ向けて組み直されていく。

 

 その音だけが、格納庫に途切れず響いていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。