黒いガンダムの宇宙世紀   作:いずりょう

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本日3話目  一瞬32話が顔出しましたがきにしないでくださいw


第28話 白い機体だけが残る

 帰艦した直後の格納庫は、勝った後の空気ではなかった。2号機が固定フレームへ戻されると同時に、整備員が関節部を開け、ビームライフルの残量を確認し、戦闘ログを吸い上げる。アムロはコックピットから降りても、まだ赤い機体の動きを追っているような顔をしていた。誰かに肩を叩かれてようやく反応し、端末の表示を覗き込む。疲れているのに、機械の数字を見ると目が戻る。あれはもう癖というより、戦場で身につき始めた生存反応に近いのかもしれない。

 

 俺の1号機の周りでは、ジョブ・ジョンと整備員が左腕の負荷ログを見て顔をしかめていた。黒いシールドの縁には実弾を受けた傷が残り、肩の基部には黄色い警告履歴が並んでいる。右脚の補正値も、戦闘中に何度か跳ねていた。サイド7の時みたいに転ぶ寸前ではない。ちゃんと戦える。だが、無茶をすればすぐ壊れる。戦えるようになったからといって、白いガンダムと同じになったわけではない。黒い装甲の下には、まだ薄い板が一枚残っている。踏み抜いたら終わる。

 

「左腕、次に同じ受け方をしたら制限がもっと下がると思ってください。シールドは持てますけど、盾で押し合うとか、殴るとかはやめてください」

 

「やりません。たぶん」

 

「たぶんを消してください。あとライフルの出力ログ、警告手前まで行ってます。連射してないのにこれです」

 

「撃つだけで怒られるライフル、なかなか面倒ですね」

 

「撃ったら強いんです。だから面倒なんです」

 

 ジョブ・ジョンの返しが妙に真面目で、少しだけ笑いそうになった。笑える状況ではないのに、そういうやり取りがないと呼吸が浅くなる。カイさんはガンキャノンのコックピットから降りて、手を振りながら文句を言っていた。

 

「だから俺は乗るなんて言ってないんだよ。ちょっと座れって言われて、ちょっと撃てって言われて、気づいたら砲撃支援だぞ。軍隊ってのは『ちょっと』の使い方がおかしいだろ」

 

 ハヤトはガンタンクの近くで黙っていた。さっきの牽制射撃のログを見ている。自慢する顔ではない。怖かった顔だ。けれど、何もできなかった顔でもなかった。本人が一番、その間にある変な場所へ置かれているのだと思う。

 

 ◇

 

 格納庫のスピーカーが鳴った。

 

『全乗員へ。ホワイトベースは地球降下軌道へ入ります。各員、指定位置で身体を固定。未固定物資は優先順位に従い処理。負傷者区画、避難民区画は耐衝撃姿勢を確認してください』

 

 ミライさんの声は落ち着いていた。落ち着きすぎていて、逆に大変なことを言われている実感が遅れてくる。地球降下軌道。大気圏突入。前世で画面越しに見ていた時は、熱で赤くなる装甲とか、ザクが燃える場面とか、そういう映像として覚えていた。今は違う。俺たちは船ごと落ちる。しかも避難民入り、損傷あり、追撃あり。物語なら盛り上がる場面だが、現地民としては全然盛り上がらなくていい。

 

 ブリッジでは、パオロ艦長の席が空いたまま、ブライトさんが指示を出していた。通信越しの声だけで分かる。固い。少し早い。だが、さっきより命令の形になっている。

 

『ミライ、降下角度は』

 

『許容範囲内です。ただし、敵の追撃で大きく針路を振る余裕はありません』

 

『分かった。リュウ、格納庫側のMS固定と搭乗者待機を確認しろ。アムロとレンは休ませたいが、敵が来るなら出す。カイ、ハヤトは機体内待機。出撃ではない、待機だ』

 

『了解。……ブライト、無理に飲み込むなよ』

 

 リュウさんの声が少し低くなる。ブリッジ側は一拍だけ沈黙した。

 

『飲み込まなければ艦が動きません』

 

『そういう返しができるなら、まだ大丈夫だ』

 

 短いやり取りだった。だが、それだけでブライトさんが何を飲み込んでいるのかは分かった。アムロと俺を出すこと。カイさんやハヤトを機体に座らせること。民間人を固定ベルトに縛りつけて、戦艦ごと地球へ落とすこと。艦長席というのは、本当に嫌なものを置く場所らしい。

 

 フラウは避難民区画で子どもたちの固定ベルトを確認していた。通信カメラの端に一瞬だけ映った顔は青い。それでもカツたちに声をかけ、手を握り、ベルトを引っ張って確かめている。セイラさんは負傷者区画で医療ケースを壁に固定し、看護員に短く指示を出していた。誰も余裕はない。けれど、誰かが止まると別の誰かが動けなくなる。そういう艦になっていた。

 

 警報が一段階上がった。

 

『敵影、後方より接近。数、三。うち一機、高速。ルナツー離脱戦の赤色機と思われます』

 

 胃の奥が冷える。分かっていた。大気圏突入前は狙われる。だが、分かっていたから怖くないわけではない。むしろ、どれだけ危ないか知っているから嫌になる。

 

 赤いザク。シャアは、こちらが今一番動きにくい場所を見ている。来てほしくない時に、きっちり来る。敵として最悪である。

 

『アムロ、レン、出撃準備。ホワイトベースは降下角度を保持する。敵を艦に近づけるな。ただし、突入限界前に帰艦しろ。繰り返す。帰艦が最優先だ』

 

 ブライトさんの命令に、アムロの返事が重なる。

 

『アムロ、ガンダム、出ます』

 

 白い2号機が先に出る。迷いがないわけではない。だが、機体がカタパルトを離れた瞬間の動きはもう戦闘のそれだった。アムロは赤い機体を警戒している。対抗心もある。だが、それだけではない。ホワイトベースを守る場所へ、自然に機体を置きに行く。

 

 俺も黒いガンダムに乗り込んだ。ジョブ・ジョンが最後に外から叫ぶ。

 

「左腕、無理しないでください! 突入前に戻るなら、シールドは捨ててもいいです!」

 

「縁起でもないこと言わないでください」

 

「機体より命です!」

 

「分かってます。たぶん」

 

「だから、たぶんを消してください!」

 

 ハッチが閉じる。黒い1号機が発進する。宇宙へ出た瞬間、地球が見えた。青い。でかい。画面越しなら綺麗で済む。今は、あそこへ落ちる。重力に捕まる。大気に焼かれる。綺麗より先に、怖い。地球がこんなに圧を持って見えるものだとは思わなかった。

 

 敵影は後方から来た。赤いザクが白いガンダムへ圧をかけ、残りのザクがホワイトベースの側面と後方へ散る。こちらは大きく針路を変えられない。降下角度を崩せば、敵弾より先に大気圏が殺しに来る。戦場の外側に、もう一つ巨大な敵がいるようなものだった。

 

『レン、後方側面を押さえろ。アムロは赤いザクを牽制。深追いはするな』

 

「了解。後ろ、行きます」

 

 俺は1号機をホワイトベースの後方寄りへ回した。右脚の遅れを読んで、急な反転は避ける。ビームライフルは一発ずつ。敵ザクの進路へ置くように撃つ。相手が嫌がって角度を変えれば、それでいい。撃墜より、艦への射線を折る。大気圏突入前の戦いでは、派手な撃破より位置取りの方がずっと重い。

 

 ザクのマシンガンが走った。俺は黒いシールドを出しかけ、すぐに角度を変えて避ける。受ければ早い。だが左腕がもたない。弾がシールドの表面をかすり、警告が短く鳴った。

 

「まだ注意で済んでる。偉い」

 

 誰に言っているのか分からないが、言わないと余計な力が入る。ザクが接近してヒートホークを構えようとした。俺の中で、近接戦に入れという衝動が出る。近い方が処理しやすい。相手の武器を潰せる。だが今は違う。接近戦で時間を使うな。大気圏突入が近い。

 

 俺は踏み込まず、腰のスラスターで距離を保ち、ライフルをザクの足元へ撃った。直撃ではない。だが、ザクは姿勢を崩し、ホワイトベースへの進路から外れる。

 

『黒いMS、押してこない。木馬を守っている』

 

『なら白い方を崩せ。突入前に戻れなくさせる』

 

 赤いザクが、アムロのルートを切りに行った。嫌な動きだ。撃墜を狙うだけではなく、帰る道を奪う。アムロはそれに反応し、白いガンダムを斜めに振った。ビームライフルが赤い機体の進路を塞ぎ、赤はそれを避ける。避けた先へ、アムロがもう一度射線を置く。追いついてはいない。だが、さっきより読んでいる。

 

『速い……けど、次に行きたい場所は分かる』

 

 アムロの声が震えている。怖さではなく、集中の震えだった。赤い機体が距離を詰め、アムロのシールドに弾が当たる。白い2号機が揺れる。それでも崩れない。アムロは引かず、ホワイトベースから離れる方向へ赤い機体を押し返した。

 

『突入限界まで四十秒。MSは帰艦を急いでください』

 

 ミライさんの声が入る。四十秒。短い。短すぎる。だが戦闘中の四十秒は、地獄みたいに長い。

 

『レン、帰艦しろ。アムロ、君も戻れ』

 

 ブライトさんの声が硬い。

 

「了解。後方ザクを切ります」

 

 俺は最後に一発、ザクの進路へ撃った。ザクがホワイトベースから離れる。その瞬間、俺は迷わず帰艦に入った。迷えば戻れない。黒い1号機はRX-78-2ほど大気圏突入に耐える前提ではない。応急の耐熱処理はされているが、外で焼かれて耐え切れる保証なんてない。俺が外に残れば、ホワイトベースもアムロも助けられず、黒い1号機だけ失う。そこまで分かっているのに、それでもアムロの方を見てしまう。

 

 ホワイトベースの回収アームが伸びた。外部固定具が開き、誘導灯が点滅する。右脚の遅れが帰艦角を少しずらし、俺は腰のスラスターで無理やり合わせた。黒いシールドの縁が固定フレームをかすり、嫌な音がする。

 

『1号機、捕捉! 引き込むぞ!』

 

「お願いします!」

 

 機体が引かれる。コックピットに振動が走る。黒い1号機が格納庫へ滑り込み、固定具が閉じた。助かった、と思うより先にモニターを見た。白い2号機がまだ外にいる。

 

『アムロ、戻れ!』

 

『戻ろうとしてます! でも、あいつが』

 

 赤い機体がアムロの帰艦ルートを切っていた。直接落とすのではない。戻れない位置へ追い込む。白い2号機がホワイトベースへ向こうとするたびに、射線が置かれ、進路をずらされる。アムロはそれを避ける。避けるしかない。避けるたびに、帰艦角が悪くなる。

 

「俺がもう一回出れば」

 

 口に出した瞬間、リュウさんの声が飛んだ。

 

『駄目だ、レン! 1号機を今出したら戻れねえ!』

 

「でもアムロが」

 

『分かってる! 分かってるが、二機とも外に残すわけにはいかねえんだ!』

 

 リュウさんの声は怒鳴っていたが、怒りではなかった。苦さだった。俺は操縦桿を握ったまま固まる。外に出れば、アムロを助けられるかもしれない。いや、違う。助けられる可能性より、二機とも失う可能性の方が高い。右脚に遅れがあり、左腕に警告が残り、耐熱も万全ではない黒い1号機で、今から出て白い2号機を回収する。普通に無理だ。分かってしまう。分かる自分が嫌になる。

 

『突入限界まで二十秒!』

 

『アムロ、戻れないのか!』

 

『無理です、この角度じゃ……!』

 

 アムロの声に、初めてはっきり恐怖が混じった。ガンダムの周りに薄い光が出始める。大気の縁に触れている。画面越しなら、ここから名場面だと思えたのかもしれない。だが今は違う。友人が燃える大気の中にいる。工作室で機械の話をしていたアムロが、白い機体ごと赤く焼かれようとしている。

 

『アムロ、マニュアルを確認しろ。突入装備だ。耐熱フィルムがあるはずだ』

 

 ブライトさんの声が切迫する。アムロの呼吸が通信に混ざる。

 

『マニュアル……耐熱……これか。フィルム展開、姿勢固定……角度、合わせないと』

 

 白い2号機が動いた。逃げるためではなく、落ちるための姿勢を取る。赤い機体はそれを追わない。追えない。大気圏突入は敵味方関係なく殺しに来る。シャアもそこは分かっている。

 

『クラ……、戻れ。も……界だ』

 

『…佐、しかし――』

 

 別のザクが、ホワイトベースからも赤い機体からも離れた場所で姿勢を乱していた。通信がノイズに飲まれる。知っている場面だ。知っているのに、やはり届かない。ガンダムだけでなく、そのザクも大気に捕まっていく。

 

 赤い光が広がった。

 

 ホワイトベースも大気に触れた。艦全体が低く震え、固定ベルトが身体に食い込む。だが俺はモニターから目を離せなかった。白いガンダムの表面に耐熱フィルムが広がり、赤い熱の中で機体の輪郭が揺れる。アムロの声がかすかに聞こえる。

 

『熱い……いや、違う、警告が……姿勢を、崩したら駄目だ。持て、持ってくれ……!』

 

 完璧な英雄の声ではなかった。怖がっている。焦っている。それでも手を動かしている。表示を読み、機体を信じ、落ちるための姿勢を保っている。あの白い機体だからできる。アムロだから、今この瞬間に手を動かせる。俺の黒いガンダムでは同じことはできない。出れば助けられた、なんて都合のいい話ではない。

 

「……行け、アムロ」

 

 声は通信に乗せなかった。乗せても邪魔になるだけだ。

 

 ホワイトベースの振動が強くなる。ブリッジの声が重なる。

 

『降下角、乱れています。敵追撃とMS回収遅延で、予定軌道からずれています』

 

『修正できるか』

 

『無理に戻せばガンダムと合流できません。予定降下地点を外れます』

 

『被害を抑えろ。艦を落とすな』

 

『了解。降下地点、ずれます』

 

 北アメリカ。

 

 予定通りではない。原作通りに突入は崩れた。シャアの追撃、アムロの帰艦遅れ、回避、角度の乱れ。その全部が、ホワイトベースを別の戦場へ落としていく。

 

 外部映像の端で、ザクが炎に包まれていくのが見えた。俺は目を逸らさなかった。画面越しに見ていた時とは違う。燃えているのは演出ではなく、今そこにいた人間だった。

 

 その向こうで、白いガンダムはまだ持ちこたえていた。

 

『アムロ機、反応継続!』

 

 誰かが叫んだ。格納庫に、押し殺した息が広がる。俺は固定具の中で、操縦桿を握りしめたまま動けなかった。

 

 やがて赤い光が薄れ、黒い宇宙の代わりに青と白が視界へ広がった。雲がある。海がある。地平線が曲がっている。ホワイトベースは大気圏を抜けた。予定とは違う場所へ、だが落ちきった。

 

『ガンダム、降下継続。回収可能範囲内です』

 

 ミライさんの声を聞いて、ようやく息が出た。アムロは生きている。ガンダム2号機も生きている。だが、ホワイトベースの進路はもう元には戻っていない。

 

『降下地点、北アメリカ方面。各区画、損傷確認を急げ』

 

 ブライトさんの声は、さっきより低かった。勝った声ではない。生き残った声だ。

 

 俺は外部モニターを見た。青い地球が近い。前世で見ていた地球降下は、物語の節目だった。今の俺には、友人が燃える大気の中で生き残り、艦が予定を外れて敵地へ落ちていく現実だった。

 

 ホワイトベースは地球へ降りた。

 

 そして俺たちは、原作通りの北アメリカに放り込まれる。

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