黒いガンダムの宇宙世紀   作:いずりょう

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第30話 地上の白と黒

 地上の移動は、思っていた以上に面倒だった。

 

 ホワイトベースは宇宙船であり、宇宙空母であり、ついでに無理やり大気圏へ突っ込んで生き残った化け物みたいな船だ。だから地球でも動ける。動けるのだが、快適とはまったく別の話だった。前方には乾いた大地が広がっている。低い丘と岩場、ところどころに崩れた道路の跡。地表の熱で景色が揺れ、ホワイトベースが進むたびに砂埃が後ろへ流れていく。空は青い。青いのに、全然安心できない。宇宙世紀、空が青いだけで安全だと思わせてくれないのが本当に性格が悪い。

 

 ブリッジの空気も軽くない。

 

「索敵波、増えています。方位二時、六時、九時方向から断続的に入感」

 

 通信士の声に、ブライトさんが短く返す。

 

「包囲か」

 

「いえ、距離はまだあります。観測されている、という方が近いかと」

 

 ミライさんが地形図を拡大した。ホワイトベースの現在位置、その周囲に散らばる高低差、推定される敵の観測線。線の数が少しずつ増えていく。嫌な図だった。撃たれる前の図。見られて、測られて、次に何を投げるか考えられている時の図。

 

「威力偵察だと思います」

 

 俺が言うと、ブライトさんがこちらを見た。

 

「敵の目的は撃沈ではないと?」

 

「今すぐ沈めるつもりなら、もっと一直線に来ます。こっちの位置、損傷、MSの展開速度を見たいんだと思います。……まあ、見られたくないものだらけですけど」

 

「見せすぎるわけにもいかん。だが、振り切れないなら叩くしかない」

 

 ブライトさんは一瞬だけ目を伏せ、それから決めた。

 

「戦闘配置。アムロ、レン、出撃準備。カイ、ハヤトは艦周辺を守れ。前へ出すぎるな。敵を退けろ。深追いはするな」

 

 命令が艦内に走る。格納庫へ向かう途中、リュウさんが俺の肩を軽く叩いた。

 

「レン、地上初戦だ。宇宙と同じつもりでやるなよ」

 

「了解です。足が勝手に下へ落ちる世界、慣れたくないけど慣れます」

 

「その調子で軽口が出るなら、まあ大丈夫か」

 

「大丈夫かどうかは、1号機の右脚に聞いてください」

 

「一番信用ならねえやつじゃねえか」

 

 まったくその通りだった。

 

 黒いガンダムのコックピットに身体を沈める。地球の重力のせいで、シートに体重がちゃんと乗る。宇宙では固定ベルトで身体を押さえつけていたが、今は地面そのものに押さえつけられている感じがした。起動ログが流れる。右脚応答補正、注意。左腕出力、制限継続。ビームライフル、連続使用不可。シールド、長時間防御非推奨。

 

「はいはい、いつもの。地球に降りても自己紹介がうるさいな、お前」

 

 俺は操縦桿を握り、足元のペダルを踏み込んだ。右脚の返りが、ほんの少し遅い。分かっている。もう何度も味わった遅れだ。普通なら踏み込みの失敗。でも、もう分かっている。半拍遅れるなら、その半拍を敵の照準の外に置けばいい。

 

 カタパルトではなく、地上用の短い射出補助で機体が外へ押し出される。視界いっぱいに砂色の大地が広がった。重い。だが、足裏に地面がある。踏める。押せる。蹴れる。

 

 前方では白いガンダムが先に出ていた。アムロの声が通信に入る。

 

『レン、右側の地形は見えてるか』

 

「見えてる。そっちは前面お願い。戦闘機が来る」

 

『分かってる。……いや、速いな』

 

 空の点が大きくなる。ドップ数機。低く入り、ホワイトベースの上空をかすめる軌道。地上からは別の砲撃。マゼラアタックだ。丘の影から砲身だけを出し、こちらを測っている。

 

「地上、敵の置き方が性格悪いな」

 

『宇宙より隠れる場所が多い』

 

「その分、こっちも隠れられると思いたい」

 

 言いながら、俺はホワイトベースの右側面へ機体を回した。ザクが三機。距離を取りつつ、マシンガンでこちらの出方を見ている。威力偵察にしては、十分すぎる圧だ。白い方を前へ引きつけ、黒い方の動きを見るつもりか。なら、見せてやる。

 

「レン、前へ出すぎるな」

 

 ブライトさんの声。

 

「了解。防衛線は越えません。ただ、線のこっちへ入ったやつは潰します」

 

 ザクのマシンガンが火を噴いた。俺は右へ踏み込む。右脚が遅れる。機体が沈む。普通なら姿勢が崩れる瞬間。その沈み込みで、弾が上を抜けた。

 

 左脚で地面を押し込む。遅れた右脚が後から噛む。機体の重心が低く回り、黒い1号機の肩がザクの懐へ滑り込んだ。

 

『なっ、黒いのが消え――』

 

 敵通信の断片が入る。消えてない。低くなっただけだ。

 

 ビームサーベルは抜かない。右手でザクのマシンガンを持つ腕を弾き、左肩で機体を押し込む。左腕は出力制限がある。だから腕力勝負はしない。肩と胴体、機体全体でぶつける。ザクの腕が歪み、マシンガンが落ちた。続けて膝裏へ蹴りを入れる。右脚の遅れを見越して、半拍ずらした低い蹴り。ザクが傾く。

 

 落ちたヒートホークが視界の端に映った。

 

「悪いな。そのヒートホーク、少し借りるよ」

 

 連邦機の手に、ジオンの斧が収まる。サイズも重さも違う。けれど、使えないほどじゃない。ビームサーベルは便利だ。でも便利なものほど使いすぎると後で困る。今の1号機に、エネルギーを無駄遣いする余裕はない。

 

 二機目のザクが距離を取ろうとした。遅い。俺は地面を蹴り、ヒートホークを横に振る。刃がザクのマシンガンを叩き落とした。返す動きで肩の装甲を割り、蹴りで脚部を崩す。撃破ではない。だが戦闘不能。十分だ。

 

 前方では、白いガンダムがもっとひどいことをしていた。アムロは最初の一歩だけ、わずかに地面を確かめるように動いた。けれど二歩目で修正していた。三歩目にはもう、ガンダムの重量を使ってマゼラ砲の射線から外れ、丘の縁を踏み台にしてビームライフルを構えている。

 

 ドップが低空から入る。アムロは上を向きすぎない。機体の胴をわずかに振って、ライフルの角度を合わせる。一発。空の点が火を噴いた。

 

「やっぱりあいつもおかしいな」

 

 俺が呟くと、アムロから通信が返ってきた。

 

『聞こえてるぞ』

 

「聞こえるように言った」

 

『レンだって、人のこと言えないだろ』

 

「俺は機体のせいです」

 

『その機体であんな動きするのがおかしいんだ』

 

 言い返せなかった。まあ、それはそうかも。

 

 ホワイトベース後方では、ガンキャノンの砲声が響いた。カイさんの声が通信に混じる。

 

『冗談じゃないぜ、地面に降りたら楽になるんじゃなかったのかよ!』

 

「誰がそんなこと言いました?」

 

『俺の願望だよ! 撃てばいいんだろ、撃てば!』

 

 ガンキャノンの砲撃がマゼラアタックの前方に着弾する。直撃ではないが、進路を塞ぐには十分だった。敵が止まる。そこへガンタンクの砲撃が重なる。

 

『僕だって撃てる……前には出られない。でも、ここは空けない!』

 

 ハヤトの声は少し震えていた。けれど、照準は逃げていなかった。ガンタンクの砲撃が、ホワイトベースへ向かう車両の列を散らす。

 

 アムロと俺が前でおかしい動きをする。カイさんとハヤトが艦を守る。ミライさんがホワイトベースの巨体を地形に沿って逃がし、ブライトさんが全体を押さえる。まだ未熟だ。でも、形になり始めていた。

 

 三機目のザクが後退を始めた。観測車両も下がる。ドップは高度を上げ、マゼラアタックは砲撃を続けながら距離を取る。目的を達したのだろう。見られた。

 

「レン、深追いするな」

 

「しません。逃げるやつより、持って帰られる情報の方が嫌ですけど」

 

「分かっている。だが今は艦を守れ」

 

「了解」

 

 俺はヒートホークを握ったまま、後退するザクへ一歩だけ圧をかけた。敵機がさらに下がる。追わない。ここで追えば防衛線が伸びる。補給前のホワイトベースに、それをやる余裕はない。

 

 戦闘が終わると、急に重力が戻ってきた気がした。コックピットの中で息を吐く。握っていたヒートホークの刃は、もう欠けていた。数回使っただけでこれだ。ザク用の武器をガンダムの出力で振り回せば、そりゃ傷む。でも、使える。十分使える。

 

「レン、その武器は」

 

 ブライトさんが通信で聞いてくる。

 

「拾いました。消耗品として使えそうです。返却先はたぶん文句言えない状態なので、しばらく借ります」

 

『……後で整備班に確認させる』

 

「はい」

 

 アムロの白いガンダムが隣に戻ってくる。装甲に砂がつき、脚部に土がこびりついていた。宇宙の白い悪魔、地上初日で泥まみれである。絵面が少しひどい。俺の黒いガンダムも似たようなものだ。砂と油と、奪ったヒートホーク。黒い機体にジオンの斧。敵から見たら、かなり嫌な絵だと思う。

 

 ホワイトベースへ帰艦すると、格納庫では整備員たちが待っていた。ジョブ・ジョンがヒートホークを見て、露骨に顔をしかめる。

 

「レン、それ、なんで持って帰ってきてるの」

 

「拾い物」

 

「拾い物って言い方で済むかな、それ」

 

「エネルギーの節約になると思って」

 

「発想は分かるけど、絵面が悪い」

 

「敵から見たらもっと悪いよ」

 

 それが狙いでもある。

 

 ブリッジへ戻ると、ブライトさんが報告を受けていた。敵は退いた。だが、完全撃破ではない。観測部隊の一部は逃げた。通信中継も潰しきれていない。勝った。けれど、隠れられなかった。

 

「補給を急がなければならんな」

 

 ブライトさんの声は低い。

 

 ミライさんが頷く。

 

「次は、もっと大きな部隊が来る可能性があります」

 

 俺は窓の外を見た。砂埃の向こうに、敵が去った方角がある。ガルマ・ザビの管区。俺が知っている流れなら、死ぬはずの男の庭。そして今は、俺たちを見つけた敵の庭。

 

 白いガンダムと黒いガンダムは、地球でも見つかった。そして北アメリカには、それを見逃してくれるほど甘い相手はいない。

 

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