黒いガンダムの宇宙世紀   作:いずりょう

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第31話 補給線を探して

 勝った。

 

 そう言えるだけの結果は出た。ホワイトベースは落ちていない。アムロの白いガンダムも、俺の黒いガンダムも戻った。カイさんのガンキャノンも、ハヤトのガンタンクも、艦の周りを守りきった。威力偵察に来たジオン部隊は下がり、こちらはまだ動ける。ただし、勝ったからといって減ったものが戻るわけではない。

 

 格納庫の床には、砂と油と焼けた金属の匂いが残っていた。宇宙では漂っていたものが、地上では全部下へ落ちる。砂も、欠けた装甲片も、整備員のため息も、気分も、だいたい全部だ。

 

 黒いRX-78-1の足元で、ジョブ・ジョンが持ち帰ったヒートホークを見下ろしていた。

 

「レン、これ本気で使うつもり?」

 

「本気だよ。見た目は悪いけど、ビームサーベルの節約にはなるよ」

 

「ガンダムでザクの武器を使うの、整備記録にどう書けばいいんだよ」

 

「拾得物。戦闘中に有効利用」

 

「絶対怒られる書き方だ」

 

「でも嘘じゃないし」

 

 ジョブはものすごく嫌そうな顔をした。まあ、気持ちは分かる。連邦の新型MSがジオンの斧を持って帰ってきました、現地調達です、とか整備記録に残す側はたまったものじゃない。俺が整備員なら、たぶん同じ顔をする。

 

 整備員の一人がヒートホークの刃を確認し、短く唸った。

 

「刃がもう傷んでるな。柄も歪んでる。ザクが使う分にはともかく、ガンダムの出力で振り回すと長くは持たないぞ」

 

「数回使えれば十分です。予備武装というより、現地調達の消耗品で」

 

「消耗品って、敵の武器をか?」

 

「はい。敵が持ってきてくれるなら、補給線に優しいです」

 

 言ってから、自分でもだいぶひどい理屈だと思った。けれど間違ってはいない。ビームサーベルは強い。ビームライフルも強い。ガンダムの武器はだいたい強い。でも強い武器ほど、補給なしで振り回すとあとで困る。今のホワイトベースに、きれいな戦い方を選ぶ余裕はなかった。

 

 ジョブがヒートホークをRX-78-1の手のサイズと見比べる。

 

「握れないわけじゃない。でも固定が甘い。無茶な振り方をしたら負荷が来る」

 

「左腕は今でも怖いから、右手メインかな。左は添えるだけ」

 

「それでも嫌だなあ」

 

「俺も嫌だって。でも使えるなら使うよ」

 

 ジオンの武器を連邦のガンダムで使う。絵面は悪い。効率は悪くない。宇宙世紀、見た目の良し悪しで生き残れるほど優しくない。

 

 隣では白いRX-78-2の点検も進んでいた。アムロは機体の足元で、整備員の質問に答えている。地上戦での接地感、踏み込み、ビームライフルの照準のズレ。本人は淡々と説明しているが、内容は普通におかしい。

 

「地上の方が動きやすいと思ったけど、違う。重さが全部返ってくるんだ」

 

 アムロが自分の足元を見ながら言った。

 

「でも、踏める分だけ分かりやすいところもある。宇宙だと姿勢が流れるけど、地上は戻ってくる。重いけど、掴める感じがする」

 

 整備員が黙った。俺も黙った。こいつ、やっぱりおかしい。

 

「レン、何だよその顔」

 

「いや、アムロさんは今日も順調にガンダムのパイロットだなって」

 

「それ、褒めてるのか?」

 

「かなり褒めてる。怖い方向に」

 

 アムロは少し眉を寄せ、それから俺の1号機を見た。

 

「レンの1号機こそ、あれでよく倒れなかったな。右脚、まだ遅れてるんだろ」

 

「遅れてる。だから、その遅れに合わせた」

 

「合わせたって、普通はできないだろ」

 

「アムロにそれ言われるの、ものすごく不本意なんだけど」

 

「僕だって、お前に言われるのは嫌だよ」

 

 互いにひどい言い合いだったが、少しだけ気が抜けた。地球に降りても、こういう会話ができるだけまだましだ。できなくなったら、たぶん本当に危ない。

 

 艦内放送が流れ、整備班からブリッジへの報告が促される。俺は端末を抱え、ヒートホークの暫定データを入れながらブリッジへ向かった。

 

 ブリッジでは、勝利の空気など欠片もなかった。

 

「勝ったと考えるな。敵は情報を持ち帰った」

 

 ブライトさんの声が硬い。

 

「次は威力偵察では済まない。補給が必要だ。だが通信を出せば、敵にもこちらの位置を知らせることになる」

 

 ミライさんが地形図を指でなぞる。

 

「この地形なら、低空で移動すれば索敵を少しは避けられます。ただし、通信を通すなら開けた場所へ出る必要があります」

 

「補給部隊と接触できる可能性は」

 

「あります。ただ、こちらが受け取れる場所まで動かなければなりません。地形的にも、敵勢力圏的にも、選べる場所は多くありません」

 

「それでも、補給なしでは長く持たん」

 

 ブライトさんはそう言って、俺の持ってきた端末に目を向けた。

 

「MSの状態は」

 

「2号機は熱と地上戦の負荷が残っていますが、戦闘可能です。1号機は右脚と左腕が相変わらず。ガンキャノンとガンタンクは弾薬消費が痛いです」

 

「艦は」

 

「推進剤、対空火器、艦砲、修理部品、全部足りません。足りてるものを探す方が早いです」

 

「何なら足りている」

 

 横からカイさんの声が入った。いつの間にかブリッジ入口にいたらしい。ガンキャノンの点検後なのか、服に砂がついている。

 

「文句なら足りてますよ」

 

 俺が答えると、カイさんは鼻で笑った。

 

「そいつは景気がいいな。勝ったのに足りないものが増えてるって、どういう計算だよ。弾も水も飯も足りない? 軍艦ってのは何なら足りてるんだ」

 

「人手不足も足りてますね」

 

「それ、足りてるって言わねえだろ」

 

 カイさんはそう言いながらも、すぐ黙った。冗談にできるところと、できないところがある。今はその境目があまりにも近い。

 

 リュウさんが腕を組んで言う。

 

「勝ったが、こっちも削れてる。アムロもレンも動けるからって、ずっと出せるわけじゃねえ。水と薬は誤魔化せねえぞ。飯より先に倒れるやつが出る」

 

 その言葉で、ブリッジの空気がさらに重くなった。セイラさんから医療区画の報告が入る。画面に映る顔は落ち着いているが、内容はひどい。

 

『医療品も不足しています。消毒薬、包帯、鎮痛剤、どれも節約が必要です。これ以上負傷者が増えれば、治療ではなく選別になります』

 

 選別。その単語が、艦内のどの警報より重く響いた。

 

『避難民を後送できるなら、優先順位を決めるべきです。病人、重傷者、高齢者、幼い子ども連れを優先する必要があります』

 

 フラウの声も続いた。

 

『子どもたちだけでも、少し休ませたいの。水を我慢しなさいって言うのは簡単だけど、熱を出してる子には無理よ。補給って、弾だけじゃないのね』

 

「……そうだよな」

 

 俺は補給リストを見ながら、思わず呟いた。弾薬。推進剤。修理部品。冷却材。予備工具。ビームライフル関連のエネルギー管理。艦砲弾薬。MS弾薬。その下に、水、食料、医療品、毛布、簡易寝具、塩。

 

 塩。塩が足りない。前世で見た艦内のやり取りを、ふと思い出した。これを軽く見ると艦内の空気が死ぬ。味の問題だけじゃない。汗をかく。熱が出る。子どもも老人もいる。負傷者もいる。弾と燃料だけで戦争をしているわけじゃない。人間を運んでいる以上、人間用の補給がいる。

 

「塩も多めに入れてください」

 

 俺が言うと、ブライトさんが少し眉を動かした。

 

「塩?」

 

「はい。食料とだけじゃなくて塩を多めにです。避難民が多いし、地上で暑い。汗もかく。熱を出してる子や老人もいる。味の問題だけじゃありません」

 

 リュウさんが小さく頷いた。

 

「確かに、甘く見ると倒れるな」

 

 ブライトさんは数秒考え、補給リストに視線を戻した。

 

「分かった。水、医療品、食料、塩、避難民用物資を優先リストに入れる。推進剤と弾薬、修理部品もだ」

 

「全部優先ですね」

 

「そうだ。全部足りない」

 

 言い切られると、逆に笑えなかった。優先順位をつけたいのに、全部が足りない。補給を受けなければ詰む。敵に見つかっているのに、通信を出さなければ助からない。宇宙世紀、選択肢の作り方が本当に雑だ。

 

 ブライトさんはミライさんへ向いた。

 

「通信可能地点へ移動する。敵に拾われる危険はあるが、補給要請を出す」

 

「了解しました。低空で移動します。開けた場所に出る時間は最小限にします」

 

「通信士、暗号化した短文で補給要請を出せ。こちらの正確な進路は出すな。接触地点候補のみ送る」

 

「了解」

 

 ブリッジが動き始める。

 

 ホワイトベースは低く移動を続けた。地形に沿い、丘と谷の間を抜ける。ミライさんの操舵は落ち着いていたが、艦の巨体は地上ではとにかく目立つ。白くて大きな宇宙空母が、砂色の大地を這うように飛んでいる。隠密とは何か、宇宙世紀に聞きたい。

 

 通信士が短い補給要請を送る。返事はすぐには来なかった。

 

 しばらく、艦内には修理と避難民対応の音だけが続いた。格納庫では整備員がヒートホークの柄に仮の保持補助をつけ、ジョブが「こんなの正式装備じゃないからな」と何度も言っていた。医療区画ではセイラさんが負傷者の包帯を替え、フラウが子どもたちに少しずつ水を配っている。

 

 カイさんはガンキャノンのそばで補給リストを見て、嫌そうな顔をしていた。

 

「補給部隊が来るってんなら、俺は大歓迎だね。できれば敵より先に来てほしいけどな」

 

「それは全員そうです」

 

 ハヤトはガンタンクの弾薬数を確認していた。顔は暗いが、手は止まっていない。

 

「僕、あの時……車両を散らしただけだった」

 

「十分ですよ。艦に近づかれたら困ってた」

 

「アムロやレンみたいには動けない」

 

「俺たちみたいに動かなくていいです。ハヤトさんが空けなかった場所があるから、艦は撃たれなかった」

 

 ハヤトは何か言い返そうとして、やめた。

 

「……そういうものかな」

 

「そういうものです。たぶん」

 

「たぶん?」

 

「そこは断言していいやつでした。そういうものです」

 

 少しだけ、ハヤトの肩から力が抜けた。アムロにも俺にもできない場所の守り方はある。本人がそれを納得するには、まだ時間がかかるだろうけど。

 

 ブリッジへ戻ると、通信士が身を乗り出していた。

 

「微弱な識別信号を受信。連邦系と思われます」

 

 空気が変わった。ブライトさんが即座に返す。

 

「確認しろ。偽装の可能性もある」

 

「照合中。暗号パターン、一致率七割……八割。補給部隊用の短距離識別に近いです」

 

 ミライさんが手元の表示を見つめる。

 

「方位三時。距離はまだあります。こちらへ向かっているというより、接触可能範囲に入った、という方が近いかもしれません」

 

 補給部隊。俺が知っている流れなら、そろそろ来るはずの人たち。マチルダさん。まだ確定ではない。目の前にいるわけでもない。通信の向こうの識別信号が、必ず救いになるとは限らない。それでも、胸の奥が少しだけ緩んだ。未来知識、こういう時だけは当たってほしい。

 

「応答準備」

 

 ブライトさんが言う。

 

「ただし慎重にだ。敵に拾われる可能性もある。こちらの位置は必要最低限だけ出せ」

 

「了解」

 

 敵に見つかった。物資は足りない。艦も人も、限界に近い。それでも、ノイズの向こうから届いた連邦の識別信号は、地球に降りてから初めて聞いた、まともな救いの音だった。

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