黒いガンダムの宇宙世紀   作:いずりょう

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第33話 若き司令官の庭

 マチルダ隊の輸送機が、砂煙の向こうへ小さくなっていく。

 

 補給コンテナの空箱が片づけられ、後送される避難民を乗せた機影も遠ざかっていった。艦内には、少しだけ空間ができていた。廊下に寝かされていた担架が減り、水の配分にもわずかな余裕が戻った。医療品の棚も、完全ではないが空白だらけではなくなった。助かった。そう言っていいだけの変化はある。ただし、それで安全になったわけではない。

 

 補給を受けたということは、次も戦えということだ。レビル将軍の命令で、ホワイトベースは現状のまま戦闘継続を認められた。見捨てられてはいない。けれど、戦場から降ろしてもらえるわけでもない。大人の世界は、救いと命令を同じ箱に入れて持ってくる。勘弁してほしい。

 

 格納庫では、さっそく補給された部品と弾薬の確認が始まっていた。白いガンダム、黒いガンダム、ガンキャノン、ガンタンク。それぞれの周りに整備員が散っている。人手は足りないままだが、部品があるだけで表情が違う。ない袖は振れないが、袖があれば文句を言いながらでも振れる。宇宙世紀の整備班、だいたいそんな感じだ。

 

 黒いガンダムの足元で、ジョブ・ジョンがヒートホークの保持具を確認していた。

 

「保持具は付けたけど、正式装備じゃないからな」

 

「分かってます。正式装備だったら、たぶん俺の方が驚きます」

 

「これで振れる。でも、無茶な振り方をしたらまた手首側に負荷が来る。あと、右脚も左腕も完全に直ったわけじゃない」

 

「いつもの1号機ですね」

 

「その言い方で納得しないでくれ。レン、補給が来たからって、機体まで新品になったわけじゃないからな」

 

「新品になったら逆に怖いです。右脚が素直に動いたら、それはそれで俺がミスりそうですし」

 

 ジョブは嫌そうな顔をした。分かる。整備担当としては、パイロットが機体の不具合を前提にしている時点でかなり嫌だと思う。でも実際、俺の1号機はそういう機体になっている。右脚の応答遅延。左腕の出力制限。ライフルの連続使用制限。そこに、ザク用ヒートホークの仮保持具。普通の整備記録なら赤字で怒られる要素ばかりだ。

 

 それでも、この黒いガンダムは戦える。そして、その戦い方の記録はマチルダ隊にコピーされ、レビル将軍へ届けられる。白い方はともかく、黒い方まで正式に資料に載った。ヒートホークを奪って使ったことも、右脚の遅れを逆に使ったことも、近接でザクを崩したことも、全部だ。もう、予備機とか偶然乗ったとか、そういう逃げ道は薄くなっていく。黒いガンダムも、俺も、戦力として数えられている。必要なことだ。けれど、必要だと思えることと、飲み込みやすいことは別だった。

 

 隣ではアムロが白いガンダムの点検結果を見ていた。地上戦の負荷、脚部の摩耗、ビームライフルの残量管理。マチルダさんと話した後だからか、少し落ち着いて見える。ただ、落ち着いて見えるだけで、疲れていないわけではない。

 

「補給が来て、少し楽になったはずなのに、全然安心できないな」

 

 アムロが端末から目を上げて言った。

 

「安心できる場所なら、そもそも補給隊が急いで逃げないよ」

 

「それはそうだけど」

 

 アムロは少し黙り、それから俺を見る。

 

「レン、さっきから何か気にしてるだろ」

 

「気にしてることが多すぎて、どれのことか分からないですね」

 

「そういうごまかしじゃなくて。ガルマ・ザビって、そんなに危ない相手なのか」

 

 思ったより真っすぐ来た。

 

 俺は少しだけ息を吐いた。アムロにシャアの正体や復讐の話をするわけにはいかない。そもそも、この世界で俺の知っている通りに動く保証もない。けれど、北アメリカ、ガルマ管区、補給後。条件が揃いすぎている。

 

「危ないよ。敵の司令官だし何よりザビ家、地上の戦力を持ってる。航空戦力も地上部隊もある。ホワイトベースを囲むには十分すぎる」

 

 アムロの眉が寄る。

 

「嫌な予感がする。俺の嫌な予感って、だいたい外れてほしい時ほど当たるんだよ」

 

「嫌な予感か。たしかに嫌な感じはしてるな」

 

 アムロは納得していない顔だった。まあ、当然だ。俺だって自分で言っていて意味不明だと思う。けれど、ガルマ・ザビはただの敵ではない。俺が知っている流れなら、シャアにだまされて死ぬ男。若く、未熟で、ザビ家の末弟で、死ねばシャアの復讐が一歩進む。国葬もジオンの士気を上げてしまう。死なせていい敵、で済ませるには後ろにぶら下がっているものが多すぎる。坊やだから、で死なせていい話じゃない。

 

 ブリッジへ上がると、ブライトさんとミライさんが地形図を見ていた。リュウさんも腕を組んで近くにいる。補給後で少し空気は軽くなったはずなのに、ブリッジだけは相変わらず胃に悪い。

 

「補給地点からは離れています。でも、索敵波の数が減りません」

 

 ミライさんが静かに言う。

 

「敵は私たちの進路を読もうとしています。このまま直進すれば、開けた地形に出ます。そこで捕まると厄介です」

 

「迂回は」

 

「できます。ただし、その分だけ時間と推進剤を使います」

 

 ブライトさんは短く息を吐いた。

 

「補給を受けたからといって、安全になったわけではない。敵は我々の位置を探っている。次は威力偵察では済まんだろう」

 

「補給が来たってことは、次も出ろってことでもあるからな」

 

 リュウさんが言った。

 

「アムロもレンも、少しは休ませてやりたいが……敵が待ってくれねえのが戦場だ。カイもハヤトも、弾が入ったからって安心するなよ。入った分、撃たされるんだからな」

 

 通信越しにカイさんの声が入る。

 

『聞こえてますよ、リュウさん。補給したばっかりで、もう次の敵かよ。軍ってのは本当に在庫管理が下手だな』

 

「弾薬があるから戦えるんだ」

 

 ブライトさんが返す。

 

『そりゃまあそうだけどさ、あるからって全部使わせるなよ。敵より先に飯を食わせてくれ。たぶんその方が命中率も上がるぜ』

 

 俺は思わず口を挟んだ。

 

「カイさん、そのたぶん、俺のやつがうつってません?」

 

『やっぱりか。レン、お前のたぶん、うつった気がするんだけど』

 

「それは責任取れません。たぶん便利ですから」

 

『そういうところだぞ』

 

 ブリッジの空気が少しだけ緩んだ。こういうくだらないやり取りがあるうちは、まだ艦は生きている。笑えなくなったら危ない。

 

 ハヤトはガンタンクの弾薬確認をしているらしく、別回線で静かに報告してきた。

 

『ガンタンク、弾薬補充完了。まだ……全部は自信ないけど、艦の周りは空けないようにします』

 

「頼む」

 

 ブライトさんの声が少しだけ柔らかくなった。

 

 ハヤトはアムロや俺のようには動けない。本人もそれを分かっている。でも、艦の周りを空けないことはできる。ガンタンクの弾薬箱を見て、後送された子どもたちの姿を思い出しているのかもしれない。誰かを守るために撃つ。その感覚が少しずつ形になっている。

 

 医療区画からは、セイラさんの報告が入った。

 

『医療品は増えました。でも次の戦闘で負傷者が出れば、すぐに足りなくなります。後送できた人数は大きい。ですが、残っている人たちも安全ではありません』

 

 その後ろで、フラウが子どもたちをなだめる声が聞こえた。

 

『カツ、レツ、キッカ、今はここにいて。勝手に動かないで。先に降りた子たちのことは、あとでちゃんと聞けるからね』

 

 少し静かになった艦内。でも、安心はできない。

 

 ブライトさんが表示を見つめる。

 

「ホワイトベースはジャブローを目指す。だが、今はこの管区を抜けることが先だ。アムロ、レン、出撃準備だけはしておけ。まだ出るな」

 

「了解」

 

 俺とアムロが同時に答える。

 

 その時、通信士が顔を上げた。

 

「ジオン系索敵波、増加。複数方向からです。観測線が広がっています」

 

「威力偵察ではないな」

 

 リュウさんが低く言った。

 

「はい。包囲、または進路予測の動きと思われます」

 

 ブリッジの空気が固まる。

 

 来た。北アメリカ。ガルマ管区。補給後。条件が揃いすぎている。俺が知っている流れなら、ここからガルマが来る。でも、俺がいる。黒いガンダムもいる。全部が同じになるわけがない。なのに、嫌な流れだけは同じ顔をして近づいてくる。

 

「このまま開けた地形へ出れば、敵の観測線に捕まります」

 

 ミライさんが地形図を拡大した。赤い線がいくつも伸び、ホワイトベースの推定進路を塞ぐように重なっている。

 

「西側に廃市街地があります。大型構造物が多い。短時間なら艦影を隠せるかもしれません」

 

「市街地へ入れば、機動は制限される」

 

 ブライトさんが言う。

 

「はい。出入口を押さえられれば逃げ場がなくなります。安全とは言えません。ですが、開けた場所で捕まるよりはましです」

 

「罠の可能性は」

 

「あります」

 

 ミライさんは即答した。

 

「ですが、敵の観測線はもう広がっています。今ここで迷えば、空から見つかります」

 

 表示の端に、廃市街地の立体図が出た。高層建築の残骸。崩れた道路。熱源の乱れ。大型施設の影。さらに奥に、半壊したドーム状の構造物がある。旧競技場か、都市防災施設の跡かもしれないと、ミライさんが言った。

 

 市街地。ドーム。前世で見た流れなら、この辺りでホワイトベースは市街地に潜伏するはずだ。完全に同じとは限らない。そもそも、この世界はもうだいぶズレている。避難民は一部後送された。黒いガンダムがいる。でも、嫌な形だけは似てきている。隠れるために入る。けれど、俺からすると、ここは隠れ場所というより処刑場の入口に見えた。

 

 ガルマが来る。シャアも、たぶん絡む。ただし、今この瞬間に何をしているかは分からない。分からない以上、見えるものから判断するしかない。

 

「市街地へ入る」

 

 ブライトさんが決めた。

 

「全機、待機状態を維持。敵が来れば即応する。ホワイトベースを隠せる場所を探せ。長居はしない」

 

「でかい艦を街に隠すってのも無茶な話だな」

 

 リュウさんが苦く笑う。

 

「だが、空から丸見えよりはましか。アムロ、レン、飛び出すなよ。出るなら命令が出てからだ。カイ、ハヤト、艦の周りを空けるな。市街地じゃ死角が多い」

 

『今度は街に隠れるって? この白いでかぶつを?』

 

 カイさんがすぐに文句を言った。

 

『隠れるって言葉の意味、連邦軍と俺で違うんじゃないのか。飯の前に市街戦とか、順番が悪すぎるだろ』

 

『ビルの影が多いと、ガンタンクだと見えない場所が増えます』

 

 ハヤトの声は硬かった。

 

『でも、艦の近くは空けません。僕は、ここを守ればいいんですよね』

 

「そうだ。頼む」

 

 ブライトさんが短く返す。

 

 艦内放送が入る。低空進路変更。急旋回に備え、全員固定。セイラさんの声が医療区画から続いた。

 

『全員、固定ベルトを確認して。艦が低空で進路変更します。負傷者を壁際へ。担架は必ず固定。よろし?』

 

 フラウの声も重なる。

 

『カツ、レツ、キッカ、こっち。今度は絶対に離れないで。大丈夫、揺れるだけだから……たぶん、って言いたいけど、今は言わない方がいいわね』

 

 緊張しているのに、少しだけ笑いそうになった。たぶんの感染力、思ったより高い。

 

 ホワイトベースが高度を落とす。白い艦体が、崩れたビルの影へ滑り込んでいく。かつて街だった場所は、もう人の暮らす場所というより、砕けた骨のようだった。高層ビルの残骸が傾き、道路は砂に埋まり、割れた壁面が低い夕日の光を鈍く返している。

 

 こんな場所に艦を隠す。普通に考えたら無茶だ。でも、開けた地形でガルマ隊の航空戦力に捕まるよりはまし。正解っぽい選択肢が、だいたい危険な時ってある。今がそれだ。

 

 アムロが隣で小さく言った。

 

「レン、また嫌な顔してるぞ」

 

「そう見える?」

 

「かなりね」

 

「市街地に入るのがまずいっていうより、入らないともっとまずいのが嫌なんだよ」

 

「でも、外に出れば捕まるんだろ」

 

「そう。だから嫌なんだよ。ここがそういう場所に見える。まあ、見えるだけで済んでほしいけど」

 

 アムロは少しだけ黙り、それから前を向いた。

 

「なら、やるしかないじゃないか」

 

 正論だった。そして、正論はだいたい逃げ道を塞ぐ。

 

 やがて前方に、半壊した巨大なドームが見えた。外壁はところどころ崩れ、天井にも穴が空いている。けれど、ホワイトベースの艦影を一時的に隠すには十分な影があった。完全な安全地帯ではない。むしろ、出入口を塞がれれば逃げ場がない。

 

 それでもブライトさんは命じた。

 

「ドーム内へ入る。全機、発進準備を維持。エンジン出力を落としすぎるな」

 

 白い艦体が、半壊したドームの影へ飲み込まれていく。隠れるために入る。だが、ここは逃げ場ではない。俺が知っている流れなら、この辺りでホワイトベースは市街地に潜伏する。そして、ガルマはそこへ来る。

 

 俺たちは、若き司令官の庭の奥へ、自分たちから入り込んでいった。

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