ドームの中は、思っていたより暗かった。
半壊した天井から差し込む光はある。けれど、ホワイトベースの艦体を隠すには、むしろその中途半端な暗さが都合よかった。白い艦体は巨大すぎる。完全に隠れるなんて無理だ。それでも、崩れた観客席の影、割れた外壁、積み重なった瓦礫が艦影を分断してくれる。遠目には、廃墟の一部に見えないこともない。いや、無理があるか。
宇宙空母をドームに隠す。普通に考えて、発想が雑だ。けれど、開けた場所でガルマ隊の航空戦力に捕まるよりはまし。宇宙世紀の正解は、だいたい「よりマシな地獄」を選ぶ形で出てくる。勘弁してほしい。
艦内の照明は落とされ、必要最低限の表示だけが淡く光っていた。エンジン出力も絞っている。通信も短く、強く開かない。避難民は固定ベルトで壁際や床の固定具に押さえられ、負傷者の担架もセイラさんたちが何度も確認していた。
『全員、そのまま。動かないで。揺れても、ベルトは外さないで。聞こえて?』
セイラさんの声が艦内放送に流れる。フラウはカツ、レツ、キッカを抱えるようにして座らせていた。
『静かにして。大丈夫、今は隠れてるだけだから。離れないでね』
隠れてるだけ。そう言えるなら、まだ優しい。
ブリッジでは、誰も大きな声を出さなかった。ミライさんが外部センサーと地形図を見比べ、ブライトさんは表示を睨んでいる。リュウさんは砲座側の回線に入っていた。
「砲座、焦るな。まだ撃つなよ。敵の影が見えたら報告だ。勝手に撃つな」
外から低い音が近づいてきた。最初は遠い雷みたいだった。次に、腹の底を押されるような振動へ変わる。爆発音。空気を叩く音。ドームの外で何かが弾け、古い壁から砂と細かい破片が落ちた。
「来たか」
ミライさんが顔を上げる。
「市街地外縁で爆発。まだ直接こちらを狙ってはいません。ただ、範囲を狭めています」
「爆撃でいぶり出すつもりか」
ブライトさんの声が硬くなる。
俺が知っている流れに近い。あの流れなら、この辺りでシャアがホワイトベースを見つけガルマに偽報告しそこに誘い出され、そして死ぬ。だが、今の俺たちは前世で見たホワイトベースじゃない。白いガンダムだけじゃない。黒いガンダムもいる。違う。違うはずなのに、爆撃音だけは同じ流れを叩きつけるみたいに近づいてくる。
「ブライトさん」
俺は口を開いた。
「先に出ます。敵の位置を見てきます」
ブライトさんの視線が俺に向いた。
「駄目だ。今、君を出せば戦闘になる」
「出さなくても始まります。このまま爆撃範囲を詰められたら、ドームごと潰されます。市街地は死角が多い。敵の航空機と地上部隊の位置を見ないと、動く方向も決められません」
「偵察だ。戦闘を始めるな。それができるのか」
「たぶん」
ブライトさんの眉がわずかに動いた。しまった。今のは信用が減るやつだ。
「……できる限り、です。見つかったら交戦します。でも、目的は敵位置の確認です」
リュウさんが砲座側の回線を切り、こちらを見た。
「レン、無茶するなって言っても聞かねえだろうが、戻る場所は忘れるなよ」
「忘れません。戻れない偵察は偵察じゃないので」
アムロが横から言う。
「レンだけ先に出すのか」
ブライトさんが答える。
「アムロ、待機だ。レンの報告を待つ。状況が変わればすぐ出す。準備だけはしておけ」
「市街地なら、僕だって出られる」
「だからこそ待て。白いガンダムが出れば敵の目を引く。今はまだ、こちらの位置を完全に晒すわけにはいかない」
アムロは納得しきれない顔をしたが、何も言わなかった。俺はアムロの方へ軽く手を上げる。
「危なくなったら呼ぶよ」
「レン、無理するなよ」
「そっちこそ。出番が来たらかなり厳しい戦いになる」
「分かってる」
黒いガンダムのコックピットに乗り込むと、外の爆発音が少し遠くなった。代わりに、機体の駆動音と警告表示が近くなる。右脚応答遅延、左腕出力制限、ヒートホーク保持具固定確認。いつもの顔ぶれだ。もう慣れた。慣れたくはなかったけど。
「レン・イズミ、ガンダム、出ます」
カタパルトは使えない。ドーム内で派手に出れば、隠れている意味がない。黒いガンダムは低く姿勢を落とし、崩れた外壁の影へ滑り込むように出た。外に出た瞬間、砂と焦げたコンクリートの匂いがありそうな景色がモニターを埋める。
市街地は死角だらけだった。崩れたビル。折れた高架。割れた道路。まだ煙を上げる爆発跡。上空をかすめるドップらしき影。遠くでガウの低いエンジン音も聞こえる。音だけで胃が重くなる。ガルマの空だ。
俺は黒いガンダムを建物の影へ寄せた。白いガンダムなら、正面から出るだけで敵の目を引く。アムロにはアムロの強さがある。だが、今やるべきはそれじゃない。黒い機体で、影から影へ移る。敵が見ていない場所を使い、見える前に近づく。市街地なら、白いガンダムより俺の方が先に影へ潜れる。
爆発音がまた近づいた。ドームの方向で瓦礫が崩れる反応が出る。長くは持たない。
「敵航空機、三。地上反応、複数。ドーム北西側へ爆撃範囲が寄っています」
『了解。深追いはするな。位置を掴んだら戻れ』
ブライトさんの声。
「了解」
そう返しながら、俺は別の違和感を拾っていた。
赤い。見えたわけじゃない。けれど、嫌な圧が市街地の外縁にある。ドップの飛び方とも、ザクの鈍い重さとも違う。もっとこちらを測るような気配。シャアがいるなら、先に見つける。ガルマをどうこうする前に、赤い彗星を自由にさせる方が危ない。誘導も罠も、考える前に潰す。考える暇を与えない。
黒いガンダムを低く沈める。右脚の遅れを、あえて使う。機体が一瞬沈み、瓦礫の影へ滑る。センサーの端に赤い機影が映った。いた。赤いザクが、崩れた高架の向こうにいた。こちらを探していたのか、それとも市街地の様子を見ていたのかは分からない。分からなくていい。ここで見つけた。それだけで十分だ。
俺はビームライフルを短く撃った。狙ったつもりではあった。赤いザクは即座に横へ流れた。今のを避けたのか。だが、完全には逃がさない。黒いガンダムはビル影から踏み込み、ヒートホークを抜く。
赤いザクがマシンガンを撃つ。瓦礫が弾け、装甲を叩く音が走る。俺は右へ避ける。普通に避ければ右脚の遅れで引っかかる。だから最初から沈めた。右脚が遅れる分、機体の重心が落ち、弾道が上を抜ける。
ヒートホークを横に振る。赤いザクは後退し、間合いから外れる。うまい。さすがに簡単には捕まらない。だが、逃げる方向は読める。市街地で高機動を使うなら、開けた道路か崩れた高架の上を使うしかない。
俺は左腕を無理に使わず、右手のヒートホークで瓦礫を砕いた。崩れた破片が赤いザクの進路へ散る。シャアは一瞬だけ機体を浮かせた。その瞬間、ビームライフルを短く撃つ。赤いザクの肩装甲が弾けた。
『偶然ではないな』
「だったら厄介ですね」
自分で言っておいて何だが、本当に厄介だ。相手はシャアだ。ここで倒せれば話は早い。早いが、そんな簡単なゲームじゃない。向こうもこちらを測っている。白いガンダムとは違うと、たぶんもう分かっている。
赤いザクが距離を取り、ビルの側面を蹴るように移動した。いや、地上でそれをやるな。普通に怖い。だが、俺も追う。黒いガンダムの脚が瓦礫を踏み砕き、機体が低く走る。ヒートホークが赤いザクの脚部をかすめ、装甲片が飛んだ。
警告。右脚負荷上昇。知ってる。
「レン、爆撃が近い。ドーム外壁に損傷。状況は」
ブライトさんの声が飛び込む。
「赤いザクと接敵。たぶんシャアです速い」
一瞬、通信が詰まった。
『シャアだと』
「はい。こちらで押さえます。ホワイトベースは正面に備えてください」
その直後、ドームの方で大きな爆発が起きた。通信にノイズが走る。
『こちらブリッジ。ドーム内に破片落下。これ以上の潜伏は困難。アムロ、出撃準備』
アムロの声が入る。
『分かった。レン、そっちは』
「赤いのを相手にしてる。こっちはこっちで受ける。そっちは正面を頼む」
『了解。無理するなよ』
「それ、今言われると返しに困るな」
白いガンダムの起動反応が後方で立ち上がる。アムロが出る。囮でもあり、通常戦闘の主力でもある。敵の目を引き、ホワイトベースが動く時間を作る役だ。
赤いザクが、その反応に一瞬だけ動きを変えた。見たな。
俺はその一瞬を逃さなかった。踏み込む。右脚が遅れる。だが、遅れを見越して左脚で押し込む。黒いガンダムが沈み、次の瞬間、赤いザクの懐へ入った。
ヒートホークではなく、ビームサーベルを抜く。赤いザクが身を捻る。直撃は避けられた。だが、推進器の一部と脚部外装を斬った。赤い機体が大きく姿勢を崩し、建物の残骸へ肩から突っ込む。
『冗談ではないな……!』
シャアの声が、ノイズ越しに刺さる。
赤いザクは煙を引きながら後退した。まだ動く。さすがにしぶとい。追えば、もう一撃入れられるかもしれない。だが、背後で爆発が続いている。ホワイトベースが動く。白いガンダムが正面へ出る。ガンキャノンとガンタンクも艦周辺で戦闘に入る。
俺は追撃を止めた。
赤い機体は逃げた。だが、戦場は終わっていない。シャアが消えても、ガルマ・ザビは止まらない。むしろ、若い司令官は前に出てくる。
次に来るのは、ザビ家の意地だ。