黒いガンダムの宇宙世紀   作:いずりょう

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ここから次の大きな展開まで数話かかります
一年戦争の疾走感が異常なのがわるいんです・・・
9/18が今作10話で 10/10が今作の40話(ドアン回)実はサイド7襲撃から一か月たってないんですよね
原作の次が11月なので間の20日くらいの出来事なんです

改変後の見えていない各キャラの動きは裏設定にはあるので今後でるかもだしでないかもです


第44話 白い艦の少女

 小型連絡車両がホワイトベースへ戻るまでの時間は、妙に長く感じた。市場跡の騒ぎはもう後ろに流れている。けれど、消えたわけではない。窓の外を見れば、遠くに人の群れがまだ見える。医療品も浄水剤も、あそこにいた全員へ行き渡る量ではなかった。

 

 ララァ一人を連れて戻る俺たちを、何人もの目が見ていた。助けを求める目。怒る目。警戒する目。何でその人だけ、という目。その全部を背中に貼り付けたまま、車両はホワイトベースの腹へ戻っていく。

 

 助けた。たぶん、それは間違っていない。でも、助けたから終わりではない。むしろ、ここから始まる。ララァ・スンという名前を、俺は現実に引っ張り込んだ。前世で知っていた誰かではなく、今ここで隣に座っている一人の女性として。

 

 ララァは窓の外を見ていた。ただ静かに、白い艦体を見上げている。その静かさは落ち着きというより、周りの感情を拾いすぎて、必要以上に波を立てないようにしている感じだった。

 

「大丈夫か?」

 

 俺が聞くと、ララァは少しだけこちらを見た。

 

「大丈夫、という言葉は便利ね」

 

「便利だけど、雑でもあるな。じゃあ言い方を変える。怪我とか、気分が悪いとか、そういうのは?」

 

「怪我は大きくないわ。気分は……悪くないとは言いにくいけれど」

 

「まあ、今の状況で気分最高ですって言われたら、俺も逆に困る」

 

「困らせた方がよかったかしら」

 

「冗談を言う余裕があるなら、少し安心した」

 

「余裕ではないわ。少し、試しただけ」

 

 ララァはそう言って、また窓の外へ視線を戻した。普通に会話できる。変な言い方だが、少しだけ安心した。俺の中のララァはどうしても、物語の中で強烈な印象を残したニュータイプの女性だ。だから、勝手に神秘的な像を重ねそうになる。けれど、目の前のララァは、疲れていて、腹も減っていて、冗談を返すくらいの余裕と警戒心を持っている一人の女性だった。そこを間違えたら駄目だ。俺が知っているのは、前世で知っていたララァであって、いまいる彼女ではない。

 

 車両が格納庫へ収容されると、すぐに熱と湿気が艦内の空気に押し戻された。整備音、足音、通信の声、機械の唸り。市場跡のざわめきとは違うが、ホワイトベースも十分うるさい。安全な家ではない。戦艦だ。敵に追われ、修理しながら飛び、民間人まで抱えている白い軍艦。それでも、あの市場跡よりはましにしなければならない。扉が開くと、ブライトさんが待っていた。顔が硬い。というか、だいたい硬い人だが、今回はいつもよりさらに硬い。通信で「保護対象一名」と聞いた時点で胃に穴が開きそうな声をしていたので、予想はしていた。

 

「リュウ。報告しろ」

 

「市場跡北側を確認。物資投下地点は使える。民間側の窓口も一応残ってるが、統制は弱い。正規部隊との接触はなし。ただし、現地の武装した連中と揉めた。こっちに負傷はない」

 

「その女性は」

 

「現地で連れて行かれそうになってた。置いては来られなかった」

 

 リュウさんの言葉は短い。だが、言い訳ではなく現場判断として出している。ブライトさんはララァを見た。ララァはその視線を静かに受け止める。身元を問われる側としての警戒はあるが、怯えて縮こまっているわけではない。

 

「身元は」

 

「ララァ・スン。本人がそう名乗りました。それ以上はまだ聞けていません」

 

 俺が答えると、ブライトさんの視線がこちらへ動いた。

 

「レン。お前が連れてくる判断をしたのか」

 

「最初に手を出したのは俺です。止めるべきだったかは、今でも分かりません。でも、あの場に残したら、たぶんまた誰かに連れて行かれてました。少なくとも、安全な場所ではなかったです」

 

「この艦も安全とは言えん」

 

「それは分かってます。かなりうるさいし、よく揺れるし、敵にも追われます。でも、市場跡で武装した連中に囲まれるよりはましにできます。ララァは保護対象です」

 

 自分で言いながら、言葉の苦さを感じた。保護対象。便利な言葉だ。俺は本当の理由を言っていない。ララァを探しに行ったことも、前世知識も、シャアのことも、これから先の悲劇も言えない。だから「保護対象」という正しい言葉の中に、かなり大きな隠し事を混ぜている。

 

 そもそもホワイトベースに連れてきた時点で、ここも戦場の真ん中だ。危険から遠ざけたいだけなら、もっと別の場所を探すべきだった。だが、そんな都合のいい場所は今の俺には用意できない。俺が切りたいのは、もっと先の流れだ。シャアに拾われる。フラナガン機関へ流れる。エルメスに乗る。アムロとシャアの間で消える。そして、その死がシャアをさらにこじらせていく。俺が知っている中では、ララァの道はそこへ続いていた。

 

 だから、ここで拾った。助けたかったのも本当だ。でも、それだけじゃない。シャアの未来に刺さる大きな棘を、今ここで抜けるかもしれない。そう考えた。そう考えて動いた。かなり打算的だ。善意だけです、なんて顔はできない。セイラさんが一歩前に出た。

 

「保護は結構です。ただし、理由を曖昧にしたままでは艦の安全に関わります。レン、あなたはこの女性を見つける前から、何かを探していたわね」

 

 来た。セイラさんは本当に逃がしてくれない。優しく包むのではなく、必要なところを細い針で刺してくる。

 

「探してました。正確には、見落としたらまずいものがある気がしていました」

 

「便利な言い方ね」

 

「便利に逃げてる自覚はあります。でも、現地確認の必要があったのも本当です。物資投下地点も、民間窓口も確認できました。ララァを保護したのは、その中での判断です」

 

「嘘ではない。けれど全部でもない、という顔です」

 

「……そんなことはないです、たぶん」

 

 ララァがこちらを見た。

 

「あなた、顔に出やすいのね」

 

「今それ言う?」

 

「少しだけ。緊張していたから」

 

 ララァの声は静かだが、こちらの様子を見て、場の硬さも分かったうえで、少しだけ言葉を挟んできた。驚いたのは俺だけではない。セイラさんも一瞬だけ目を細めた。ブライトさんが短く息を吐いた。

 

「今は尋問をしている時間はない。ミライ、受け入れは可能か」

 

 ミライさんはすでにララァの様子を見ていた。操舵席ではないが、こういう時の判断が早い。

 

「避難民区画に詰めることはできます。ただ、まず身体確認と食事、それから休める場所が必要です。服も替えがいると思います。艦内規律としては、行動範囲を決めた方がいいでしょう。完全に自由にはできません」

 

「暫定保護とする。行動範囲は避難民区画と指定された通路のみ。艦の重要区画には入れない。監視という言い方はしたくないが、目は離すな」

 

 ブライトさんの声は硬かった。でも冷たくはない。艦長代理として線を引いている。身元不明の民間人を軍艦に入れる以上、当然の判断だ。

 

「ありがとうございます」

 

 俺が頭を下げると、ブライトさんは眉を寄せた。

 

「礼を言う前に、次からは事前に説明できる理由を用意しろ」

 

「努力します」

 

「努力では足りん」

 

「はい。最近それ、いろんな人に言われます」

 

「言われる理由があるからだ」

 

 返す言葉がない。完全にその通りだった。フラウが小走りで来た。手には布と簡易食のトレーを持っている。ララァを見て、一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに声を柔らかくした。

 

「ララァ、でいいの? 私はフラウ。まず何か食べよう。あと、服も替えた方がいいと思う。怪我してるところはある?」

 

 ララァはフラウを見た。じっと見る。フラウは少し戸惑ったが、逃げなかった。

 

「大きな怪我はないわ。服は……替えられるなら助かるわね。土と煙の匂いが、自分でも少し嫌だから」

 

「あ、うん。すぐ用意する。サイズは合うか分からないけど」

 

「合わなかったら、笑わないでくれる?」

 

「笑わないよ」

 

「なら安心ね」

 

 そう言って、ララァはほんの少しだけ目を細めた。ミライさんが穏やかに言った。

 

「まず休みましょう。詳しいことは後で構いません。フラウ、身体確認は衛生班に繋いで。食事は重すぎないものを。避難民区画の端に、少し落ち着ける場所を作れるかしら」

 

「はい。やってみます」

 

 フラウは頷き、ララァへ手を差し出した。ララァは俺を見た。行っていいのか、と聞かれたような気がした。いや、違うかもしれない。ただ、俺がどうするかを見ているだけかもしれない。

 

「大丈夫。フラウは世話焼きだけど、怖い人じゃない。たぶん食べろとか休めとか、かなり言ってくると思うけど」

 

「レン、それ褒めてる?」

 

「かなり褒めてる」

 

「少し怪しいわ」

 

 フラウがそう言うと、ララァは少しだけ笑った。

 

「世話を焼かれるのは、久しぶりかもしれないわ」

 

「じゃあ、ちょっと我慢して。フラウはそこそこ強い」

 

「そこそこ?」

 

 フラウがこちらを見た。

 

「かなり強いです」

 

「よろしい」

 

 緊張していた格納庫に、ほんの少しだけ息をつける隙間ができた。こういうところで空気を変えられるのはフラウの強さだと思う。本人はたぶん、自覚していない。少し離れた場所で、カイさんが腕を組んで見ていた。

 

「また一人増えたのか。ここは軍艦っていうより、避難所だな」

 

「言い方」

 

「分かってるよ。言ってから俺も嫌になってんだ。ああいうのを見ると、文句の置き場所に困るんだよ」

 

 カイさんの軽口は出たが、いつもの勢いはなかった。ララァが静かすぎるからか、それとも市場跡の話を聞いたからか。たぶん両方だ。ララァはカイさんの方を見て、少し首を傾けた。

 

「文句を言える場所があるなら、まだいいことだと思うわ」

 

 カイさんが一瞬だけ詰まった。

 

「……そういう返しされると、こっちが悪者みたいじゃねえか」

 

「悪者には見えないわ。困っている人に見える」

 

「やめろやめろ。そういうのは苦手なんだよ」

 

 カイさんは頭をかきながら顔を背けた。完全に調子を崩されている。珍しい。ララァ、強いな。別に声を荒げたわけでもないのに、カイさんの軽口をカウンターしてしまった。ハヤトは補給品の整理をしていた手を止め、ララァを見ていた。何か言いたそうだが、言葉が出てこないらしい。急に前へ出て何かをするわけではない。ただ、見て、少し顔を引き締めて、またコンテナへ視線を戻した。ハヤトらしい。

 

 アムロは格納庫の奥、白いガンダムの足元にいた。ララァが通りかかった時、アムロの手が一瞬止まった。強い反応ではない。名前を呼ぶわけでもない。ただ、何かが引っかかったみたいに顔を上げた。

 

「アムロ?」

 

 俺が声をかけると、アムロは少しだけ瞬きをした。

 

「いや……何でもない。あの人、保護したんだよな」

 

「うん。ララァ・スンというんだ」

 

「ララァ・スン」

 

 アムロはその名前を小さく繰り返した。そこに特別な感情はまだないはずだが。ただ、耳に残った音を確認するような言い方だった。

 

「大丈夫なのか」

 

「大丈夫だよ、たぶん。正確にはそうしないと駄目だと思ってる」

 

「レンは、また変な言い方をする」

 

「俺もそう思う。でも普通に言おうとすると、もっと変になる」

 

 アムロは少し困ったように俺を見た。納得していない。でも追及もしない。アムロはアムロで、ドアンのことをまだ抱えている。敵味方だけで割れないものを見た後だから、ララァの存在も簡単には処理できないのだと思う。ララァがフラウとミライさんに連れられて避難民区画へ向かった後、リュウさんが俺の肩を掴んだ。

 

「レン。ちょっと来い」

 

「はい。説教ですか」

 

「説教ってほど丁寧じゃねえ。確認だ」

 

「それ、怖さが増してます」

 

 格納庫の端、少し人目の少ないところまで連れて行かれる。リュウさんは腕を組み、俺を見下ろした。

 

「お前、あれは普通じゃねえぞ」

 

「市場跡の話ですよね」

 

「他に何がある。三人相手に突っ込んで、銃を抜かれる前に落として、ナイフ持ちまで潰した。訓練してます、で済む動きじゃなかった」

 

「必死だったので」

 

「必死でできるなら、それはできるってことだ」

 

 逃げ道を塞がれた。リュウさんは怒っているわけではない。だが、見逃す気もなさそうだった。

 

「お前が強いのは悪いことじゃねえ。あそこで動かなきゃ、ララァは連れていかれてた。そこは間違ってねえ。ただな、強いから前に出る癖をつけるな。止められる前に止まれ。でないと、お前自身が戻ってこられなくなる」

 

「……分かりました」

 

「今度の分かりましたは、さっきより信用してやる」

 

「評価上がりました?」

 

「保留だ」

 

「厳しいですね」

 

「甘くしたら、お前すぐ走るだろ」

 

 否定できない。できないのがつらい。その後、俺は黒いガンダムの前に立った。1号機はまだ整備フレームに固定されている。黒い肩、黒い腕、黒い脚。見た目はだいぶ戻ったが、右脚の点検パネルは開いたままだ。左腕のシールド保持具には追加部品が入っているが、戦闘負荷に耐えるかはまだ怪しい。火器管制の警告ログも残っている。ジョブ・ジョンがコンテナを運びながら声をかけてきた。

 

「レン、1号機はまだ出せませんよ。今日みたいに外で何かあったからって、明日いきなり乗るのはなしです」

 

「釘刺されるの早くない?」

 

「刺さる前に動く人が多いからです」

 

「ジョブ、それ俺だけじゃなくない?」

 

「否定はしません」

 

 ジョブはそう言って、端末を見せた。

 

「右脚の基本応答はかなり戻っています。でも急な踏み込みや横移動はまだ危ないです。左腕はシールド保持だけなら前より安定しました。火器管制は、撃てるけど撃たないでください、のままです」

 

「説明がどんどん分かりやすくなってるな」

 

「止める相手が多いので」

 

 ホワイトベースの人材不足は、相変わらず深刻だ。俺は黒いガンダムを見上げた。今日、出していたらどうなっていたか。市場跡は間違いなくもっと混乱していた。あの場所に黒いガンダムが立ったら、救助ではなく脅威だ。ララァを連れ出せたとしても、他の人間の恐怖はもっと大きくなっていたはずだ。MSに乗らない方が拾えるものもある。当たり前のことなのに、今さら重く感じた。

 

 避難民区画の端では、フラウがララァに簡単な食事を渡していた。ミライさんは少し離れて衛生班と話し、寝る場所の調整をしている。ララァはトレーを両手で持ち、少しずつ食べていた。俺が近づくと、フラウが軽く手を上げた。

 

「ララァ、少し食べられたよ。怪我も大きいのはなさそう。でも、疲れてると思う」

 

「ありがとう。フラウがいてくれて助かった」

 

「本当にそう思ってる?」

 

「かなり本当に思ってる」

 

「ならいいけど。レンだけだったら、たぶん食事とか服とか後回しにしそう」

 

「否定できないのが怖い」

 

 フラウは少し笑った。それからララァに視線を戻す。世話焼きだが、押し付けすぎない距離を探している。フラウも成長している。いや、成長というより、戦争が無理やり役割を増やしているのかもしれない。ララァが俺を見た。

 

「あなたの中は、まだ騒がしいのね」

 

「たぶん、今日はいろいろあったから。あと、君が俺の考えてることをちょくちょく当ててくるから」

 

「全部は分からないわ。分からないから、聞いているの」

 

「それは助かる。全部分かってます、みたいな顔をされたら俺が困る」

 

「困る顔は、もうしているわ」

 

「本日二回目なんだよな、それ」

 

 ララァは少しだけ目を細めた。さっきより普通に会話できている。いや、普通かどうかは分からない。相手はこちらの内側を妙にさらっと突いてくる。

 

「助けたことを、悔やんでいるの?」

 

「悔やんではいないよ。でも、置いてきた人たちのことは考えてる。あと、君をここに連れてきた責任も」

 

「責任」

 

「そう。勝手に連れてきて、勝手に安心して終わりとはいかないから。俺には君の全部は分からないし、これから君がどうしたいかも聞かないといけない。でも、君を利用しようとする流れからは外したかった。今言えるのはそのくらい」

 

「利用しようとする流れ」

 

「うん。そこは……ごめん。今はうまく説明できない。説明したらしたで、たぶんもっと怪しくなる」

 

「あなたはもう十分怪しいわ」

 

「否定できないのがつらいね」

 

「でも、嘘だけではないのでしょう?」

 

「嘘だけではない。けど全部でもないんだ」

 

 ララァは静かに聞いていた。

 

「正直ね」

 

「さっきから正直じゃないと危なそうなので」

 

 ララァはほんの少し笑った。市場跡で見た静かな水面のような気配が、わずかに揺れた気がした。ミライさんが用意した場所は、避難民区画の端の少し奥まったスペースだった。完全に静かではない。子どもの声もするし、艦内放送も聞こえるし、遠くで整備音も響いている。それでも、人の流れが少ない分、市場跡よりはずっとましだ。フラウが毛布を広げる。

 

「ここで少し休んで。何かあったら私か、近くの人に言って。いきなりどこかへ行くのは駄目だからね」

 

「分かったわ」

 

「ほんとに? レンみたいに、分かったって言ってから走らない?」

 

「ちょっとフラウ?」

 

 俺が抗議すると、フラウは真顔でこちらを見た。

 

「今日の話、聞いてるからね」

 

「はい」

 

 ララァがこちらを見た。

 

「前科があるのね」

 

「今日できたばかりの新鮮な前科です」

 

「新鮮なら、早めに直した方がいいわ」

 

「ララァまでそっち側に回るの早くない?」

 

「正しい方に立つのは、早い方がいいでしょう」

 

 フラウが笑いをこらえた。俺は少しだけ頭を抱えた。わりと容赦なくこちらを刺してくる。ララァは毛布の上に座り、艦内の音を聞くように目を閉じた。

 

「ここは音が多い。でも、痛い音ばかりではないのね」

 

 その言葉に、俺はしばらく返せなかった。ホワイトベースは戦艦だ。安全な家ではない。俺たちは今も戦争の中にいる。けれど、この艦の中には食事を配るフラウがいて、線を引くブライトさんがいて、支えるリュウさんがいて、操舵と生活の両方を見るミライさんがいる。文句を言うカイさんも、真面目に持ち場を見るハヤトも、悩みながらガンダムに向かうアムロもいる。

 

 痛い音ばかりではない。それが救いなのか、ただの一時しのぎなのかは分からない。ララァは目を閉じたまま、静かに呼吸している。眠ったのか、ただ艦の音を聞いているのか、俺には分からなかった。

 

 フラウがそっと毛布を整え、ミライさんが照明を少し落とすよう近くのクルーに頼んだ。俺はその場から少し離れ、もう一度ララァを見た。助けたから終わりではない。ここからだ。ララァを俺が知っている道には戻さない。シャアに拾われ、フラナガン機関へ流れ、エルメスに乗り、アムロとシャアの間で消える。ララァの死が、シャアをさらにこじらせる。

 

 俺の知っている原作では、そういう道があった。その道から、俺は彼女を引っ張り出した。けれど、引っ張り出した先が正しいかどうかなんて、まだ誰にも分からない。ホワイトベースだって戦場だ。安全地帯ではない。連れてきたことで別の危険に巻き込む可能性だってある。それでも、何もしないまま俺が知っていた流れになるよりはましだと思った。思ってしまった。なら、その責任は俺が持つしかない。

 

 ララァが薄く目を開けた。

 

「あなた、また難しい顔をしているわ」

 

「考えることが増えたんだよ」

 

「増やしたのは、あなたでしょう?」

 

「……それを言われるとかなり弱い」

 

 ララァは少しだけ目を細めた。市場跡で見た静かな水面みたいな気配が、ほんの少しだけ揺れた気がした。白い艦の中で、インドの市場跡から来たララァ・スンが目を閉じる。俺は自分が曲げた道の重さを、改めて胸の奥に置いた。

 

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