黒いガンダムの宇宙世紀   作:いずりょう

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第五章 砂漠の青い巨人
第49話 セイラ出撃


 ホワイトベースは、また次の命令に追われていた。

 

 レビル将軍側から入った伝令は、簡単に言えばカスピ海方面へ急げというものだった。オデッサ作戦に向けて、マ・クベの鉱山基地群を叩く。ホワイトベースもその流れに組み込まれる。言葉だけ聞けば、大きな作戦の一部になったということになるのだろう。だが、現場にいる俺たちからすると、また無茶な移動予定を押しつけられた、という感覚の方が近かった。

 

 艦は傷だらけ。MSも人も疲れている。補給は受けているが、余裕があるわけではない。地図の上では線を引けても、実際の地形と敵の索敵網はそう簡単に通してくれない。しかも相手はマ・クベだ。正面からぶつかるより、こちらが嫌がる場所に敵を置いてくるタイプである。正直、面倒くさい。

 

 ブリッジでは、セイラさんが通信整理を続けていた。

 

「レビル将軍側からの伝令は以上です。詳細な合流地点は、まだ伏せられています」

 

「伏せられている、か。こちらは現場で動いているんだがな」

 

 ブライトさんが低く言う。

 

「聞こえてはいるでしょうけれど、聞き入れられるとは限りませんわ」

 

 セイラさんの返しはいつも通り鋭かった。ただ、その横顔はいつもより少し遠くを見ているように見えた。通信席に座り、必要な言葉を必要な順に並べている。なのに、その奥で別の名前を探している。そんな気がした。

 

 赤い彗星。シャア。金髪のジオン士官。セイラさんは、それらの断片を捨てていない。捨てられるはずがない。兄かもしれない男が戦場の向こう側にいる。その可能性があるだけで、彼女の中では軍務や理性と同じ重さで揺れている。

 

 俺は知っている。でも言えない。その事実は、何度飲み込んでも苦かった。

 

 ◇

 

 その頃、ホワイトベースを追う側にも情報は流れていた。

 

 マ・クベからランバ・ラルへ送られたのは、ホワイトベースの予測進路と、白いMS、黒いMSに関する断片的な報告だった。ラルはそれを受け取り、すぐに喜ぶような顔はしなかった。

 

「こちらを便利に使うつもりか、マ・クベめ」

 

 ギャロップの中で、ランバ・ラルは低く笑った。怒りというより、呆れに近い声だった。

 

「ですが、木馬の位置が近いのは事実ですよ」

 

 ハモンが静かに言う。

 

「ああ。そこは使わせてもらう。白いMSと黒いMS、どちらも相手にするなら楽な仕事ではないがな」

 

 コズンとアコースが出撃準備に入る。ラル自身もグフへ向かう。彼らにとって、これはただの追撃ではなかった。ガルマ・ザビを退けた艦。白いMSと黒いMSを持つ連邦の新造艦。噂はすでに広がり始めている。

 

 だが、噂は噂だ。戦場で確かめるしかない。

 

 ◇

 

 敵影の警報が鳴ったのは、それから間もなくだった。

 

「敵MS接近。数、三。識別、ザク二。もう一機は……照合不能です」

 

「アムロ、ガンダムで出ろ。レンは一号機で待機、状況次第で直衛に回れ。カイ、ハヤトも配置につけ」

 

「了解」

 

 アムロはすぐに走り出した。俺もMSデッキへ向かう。足元の振動がやけに重い。何が来るかはなんとなく分かっている。だが、分かっているからといって、何でも先に止められるわけではない。塩不足は止めたのに結局見つかるんだな。

 

 MSデッキへ入った瞬間、空気がおかしいと分かった。整備員が叫んでいる。固定具の解除音が続く。白いガンダム、RX-78-2がすでに動き始めていた。

 

 アムロはまだ俺の横にいる。つまり、乗っているのはアムロではない。

 

「なんでガンダムが動いてるんだよ!」

 

 アムロが叫ぶ。

 

 通信が開いた。ノイズ混じりの回線の向こうから、聞き慣れた声がした。

 

『ガンダム、発進します』

 

「セイラさん!」

 

 俺とアムロの声が重なった。

 

 ブライトさんの怒声が艦内通信に乗る。

 

「セイラ、何をしている。発進は許可していない。直ちに機体を戻せ」

 

『敵を確認します。すぐに戻ります』

 

「これは命令だ。戻れ」

 

『確認しなければならないことがあります』

 

 その声は、震えていなかった。だからこそ、まずかった。感情だけで飛び出したのなら、まだ止めようもあったかもしれない。だがセイラさんは、自分の中で理由を固めてしまっている。兄のことを、シャアのことを、敵の中にある答えを、自分の手で確かめようとしている。

 

 白いガンダムがカタパルトを滑り、砂の上へ出た。

 

「ガンダムが……僕の」

 

 アムロが小さく言った。

 

 所有物ではない。頭ではそう分かっているはずだ。だが、あの白い機体で何度も死にかけ、何度も艦を守ってきたのはアムロだ。勝手に使われて平気でいられる方がおかしい。

 

「アムロ、ガンキャノンで出ろ」

 

 ブライトさんの命令が飛ぶ。

 

「ガンキャノンで?」

 

「ガンダムが出てしまった以上、アムロがすぐに追える機体はそれしかない。セイラを援護しろ」

 

 アムロは一瞬だけ歯を食いしばった。

 

「分かりました」

 

 返事は短かった。だが、その中に苛立ちが混じっているのが分かった。白いガンダムを勝手に使われたことへの怒り。セイラさんを助けなければならない焦り。そして、自分がガンダムに乗れない状況への違和感。

 

 俺は黒い1号機の方へ向かおうとしたが、ブライトさんが通信で止めた。

 

「レン、一号機は出撃後直掩に回れ。敵が散っている。艦周囲を空けるな」

 

「了解。直掩に回ります」

 

 黒い1号機は動ける。本気で追いかければ追いつけもするだろう。だが、ここで俺まで飛び出せば、艦の周りが薄くなる。白いガンダムをセイラさんが持ち出し、アムロがガンキャノンで追う。そこへ黒いガンダムまで出すのは、さすがに崩れすぎだ。

 

 だから俺は、MSデッキのモニターに張りつくしかなかった。

 

 白いガンダムは、強かった。ただし、それは機体が強いという意味だ。

 

 モニター越しでも、動きの硬さは分かった。踏み込みが遅れ、上半身の向きが流れる。敵へ向けたはずの機体が、次の瞬間には砂に足を取られる。アムロが乗っている時なら無意識に直していたようなズレが、そのまま機体の動きに出ていた。

 

 セイラさんは弱い人ではない。だが、白いガンダムは意志だけで扱える機体ではなかった。

 

 青いMSが、砂を蹴って距離を詰める。俺は内心で息を詰めた。あれは、たぶんランバ・ラルだ。青い機体の圧と、接近の仕方と、こちらの崩れを見逃さない動きが、俺の知っている流れと重なってしまう。

 

 白いガンダムの動きが一瞬止まった。

 

 セイラさんは、何かを確かめようとしていたのだと思う。戦うための間ではなかった。敵の動きに合わせるための停止でもない。そこに余計な一拍が混じった。その一拍は、戦場では十分すぎる隙だった。

 

 二機のザクが動いた。一機が白いガンダムの横へ回り込む。もう一機が距離を取り、ガンキャノンが出る方向を押さえようとする。

 

 白いガンダムの姿勢が乱れた。セイラさんは距離を取ろうとしたのだろう。だが、脚が砂に食われ、機体の姿勢が崩れる。回り込んでいたザクが、白いガンダムに組みついた。装甲の差で簡単には崩れない。それでも、頭部に衝撃が入り、映像にノイズが走る。セイラさんが短く息を呑む声が通信に混じった。

 

「アムロ、急げ!」

 

『分かってます!』

 

 ガンキャノンが発進した。重い砲撃戦用の機体だ。それでも、アムロが乗ると動きが違った。砂地での踏み込み、上半身の振り、照準の合わせ方。迷いはある。苛立ちもある。だが、戦場を見る速度がセイラさんとは違う。

 

 ガンキャノンの砲撃が、離れた位置にいたザクの進路を塞いだ。直撃ではない。だが、足元を砕かれたザクが姿勢を崩す。アムロはそこへもう一発を叩き込み、機体の腕を潰した。さらに脚部へ衝撃が走り、ザクはまともに動けなくなる。

 

「ザク一機、行動不能!」

 

「アムロ、そのままセイラを支援しろ」

 

『はい!』

 

 ガンキャノンがさらに前へ出る。

 

 青いMSはそれを見て、一瞬だけ動きを変えた。白いガンダムの中身がいつもと違うこと。ガンキャノンに乗っているパイロットの方が危険なこと。あのパイロットなら、たぶんそこまで見る。

 

 白いガンダムに組みついていたザクが離脱しようとした。だが遅かった。白いガンダムに組みついた位置が悪い。ガンキャノンが射線を塞ぎ、ホワイトベース側の援護が逃げ道を切る。ザクは完全には壊れていない。だからこそ、捕獲された。

 

「敵ザク一機、捕獲。パイロット生存」

 

「回収班を出せ。撃つな、捕虜にする」

 

 ブライトさんの命令が飛ぶ。

 

 青いMSは深追いしなかった。行動不能になったザクと、捕獲されかけているザク。その二つを見て、無理に突っ込む相手ではないと判断したのだろう。青い機体は砂塵の向こうへ下がり、残った敵影も距離を取った。

 

 戦闘は終わった。だが、何も終わっていなかった。

 

 ◇

 

 帰艦したセイラさんは、ブリッジでブライトさんの前に立たされた。

 

 顔色は悪い。負傷というほどではないが、白いガンダムの中で受けた衝撃と緊張が残っている。普段なら乱れない呼吸も、今は少し浅かった。

 

 ブライトさんは、感情を押さえ込むような顔をしていた。

 

「セイラ、君の行為は明確な命令違反だ。ガンダムを無断で動かし、艦全体を危険に晒した。理由を聞こう」

 

「私にも戦えると、示したかったのです」

 

 セイラさんは静かに答えた。表向きの理由だ。嘘ではないのかもしれない。だが、本当の中心ではない。彼女が求めていたのは戦果ではなく、ジオン兵との接触だ。シャアの消息につながる何かだ。

 

「そのために艦を危険に晒したのか」

 

「申し訳ありません」

 

「謝罪で済む問題ではない。三日間の独房入りを命じる。通信任務からも一時外す」

 

「承知しました」

 

 セイラさんは頭を下げた。

 

 アムロは少し離れた場所で黙っていた。口を開きかけて、結局何も言わない。白いガンダムを勝手に使われたことへの怒りはある。だが、セイラさんを責めればいいのか、自分の機体ではないと飲み込むべきなのか、その整理がついていない顔だった。

 

 俺も、うまく言えなかった。責める言葉ならいくらでもある。無断出撃、軍務違反、機体の危険、艦全体への被害。全部正しい。だが、正しい言葉だけでセイラさんを殴ったところで、彼女の中の兄の影は消えない。

 

 処分を告げられた後、セイラさんはブリッジを出た。俺は通路で追いついた。

 

「セイラさん」

 

「何かしら」

 

「今は、ブライトさんの処分を受けてください」

 

「あなたも、私が間違っていたと言うのね」

 

「間違っていました。けど、それだけを言っても意味がないと思っています」

 

 セイラさんの目が細くなる。

 

「便利な言い方をするのね」

 

「自覚はあります」

 

 短いやり取りだった。彼女がまた次の扉に手を伸ばすのを見ているしかない。

 

 通路の向こうを、捕獲された敵パイロットが連れて行かれていた。若い男だった。敵意と悔しさを隠さず、こちらを睨んでいる。整備員と警備に挟まれ、拘束されたまま捕虜区画へ運ばれていく。

 

「捕虜の名は」

 

 セイラさんが聞いた。

 

「コズン、と名乗ったそうです」

 

「ジオンのMSパイロット……」

 

 セイラさんの視線が、コズンの背中を追った。

 

 その一瞬で、俺は分かった。

 

 セイラさんはまだ諦めていない。コズンは捕虜だ。だが、彼女にとっては答えに近づくための相手でもある。赤い彗星を知っているかもしれない。シャア・アズナブルの消息を知っているかもしれない。ほんの断片でも、今のセイラさんには十分すぎる。

 

「セイラさん。捕虜への接触は、正式な手続きを通してください」

 

「私は独房入りを命じられた身よ。勝手なことなどできないわ」

 

 言葉だけなら、その通りだった。でも、俺は安心できなかった。

 

 コズンが連れて行かれる。セイラさんはそれを見送る。俺はその横顔を見ながら、胸の中に嫌な重さを感じていた。

 

 ホワイトベースの通路は、戦闘後だというのに妙に静かだった。俺はその静けさの中で、短く息を吐いた。

 

 また、次が来る。

 

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