鹵獲したザクは、MSデッキの端に固定されていた。戦力として使える状態ではない。関節は損傷し、片腕はまともに動かず、外装もあちこち開かれている。だが、敵機を内側から見る材料としては十分だった。整備員たちは慎重に装甲を開き、危険な部分を確認しながら、使える情報だけを抜き出していく。
アムロは、その前からなかなか離れなかった。端末に表示された駆動ログを睨み、ザクの膝関節、腰の回転部、ヒートホークの保持部を順番に見ている。外から撃ち合っていた時とは違う。今は敵の動きを、機械として分解して見られる。アムロにとって、それはたぶん大きかった。
「ザクの踏み込みって、思ったより癖があるんだな」
アムロが言った。
「同じように突っ込んでくるように見えても、膝の使い方と腰の戻りで次の動きが変わる。昨日の戦闘でセイラさんに組みついた機体も、たぶんこの癖が出てる。ログをシミュレーターに入れれば、もう少し読めると思う」
「読めるようになるのはいいけど、読み切れると思うなよ。相手も人間だからな」
「分かってるよ」
返事は早かった。早すぎた。アムロは分かっているつもりなのだと思う。機械を見て、データを取り、シミュレーターに反映する。それ自体は間違っていない。むしろ正しい。アムロの強さは、こういうところから来ている。目の前の材料を吸い上げる速度が、普通ではない。ただ、その正しさがそのまま戦場で通るとは限らない。
ザクの横には、回収されたヒートホークも置かれていた。刃の部分は焼け、柄にも歪みがある。これを見てもアムロはただの武器としてではなく、相手の距離感を測る道具として見ているのだろう。
「固定砲台や防衛設備なら、ガンタンクの長距離砲で潰せる。接近戦にならなければいい。ザクが出ても、動きが読めれば距離を保てる」
「それは、条件が揃えばの話だろ」
「条件を揃えるのが戦闘じゃないのか」
言葉だけなら間違っていない。だが、その言い方に少し引っかかった。アムロは疲れている。前回、白いガンダムをセイラさんに勝手に使われた。自分の機体ではないと分かっていても、あれに乗って戦ってきたのはアムロだ。その苛立ちが、まだ残っている。ガンダムでなくてもやれる。自分の判断で戦える。原作知識前提でもあるがそう証明したがっているように見えた。
「アムロ、計算できる敵ばかりじゃないぞ」
「レンはすぐそう言う」
「すぐ言うのは、だいたいそうなるからだよ」
アムロは端末から目を離さなかった。その横顔は、子どもというより、何かを取り戻そうとしているパイロットの顔だった。
◇
コズンの尋問は、俺がMSデッキにいる間に行われていた。後で聞いた限りでは、大した情報は引き出せなかったらしい。ブライトさんたちが聞きたいことは多かったはずだ。敵部隊の規模、指揮官、周辺の基地、マ・クベの管轄。だが、ラル隊の兵士が捕まったからといって、素直に全部喋るわけがない。
コズンは、怯えて縮こまるだけの捕虜ではなかった。若い艦長、忙しすぎる艦内、慣れていない捕虜管理、少年兵の多さ。捕まったままでもこちらの弱いところを見ていた。セイラさんは処分中のままだ。同じ捕虜区画の近くにいる以上、コズンの気配を完全に切り離すこともできなかったはずだ。彼女が知りたいのは、コズンという男そのものではない。その背後にいるかもしれない、赤い彗星の影だ。
◇
鉱山基地からの砲撃が始まったのは、それから少し後だった。艦体が揺れ、ブリッジに警報が響く。モニターには、前方の岩場と、そこに隠された砲台の光点が映っていた。
「前方砲台、再装填しています」
「回避針路、取れます。ただし迂回すれば時間を食います」
ミライさんが操舵を微調整する。ホワイトベースの巨体が、重たく横へ滑った。ブライトさんはすぐに命令を出した。
「アムロ、ガンダムで出ろ。砲台を制圧しろ。レンは1号機で待機、艦周辺に敵MSが出た場合は直衛だ」
「了解」
俺はMSデッキへ走った。そして状況は、すぐに悪くなった。
「アムロ、何をしてるんだ」
デッキに入るなり、ハヤトの声が聞こえた。見ると、アムロは白いガンダムではなく、ガンタンクの方へ向かっていた。ハヤトはすでにガンタンク側で起動確認に入っている。だからこそ、アムロの動きに戸惑っていた。
「ガンダムじゃないのかよ」
「固定砲台相手ならガンタンクで十分だ。距離を取って撃てばいい」
「でも、ブライトさんはガンダムでって」
「間に合わない。砲台を黙らせるのが先だ」
アムロの声には迷いがなかった。
「アムロ、命令はガンダムだ」
俺が言うと、アムロは一瞬だけこちらを見た。
「ガンタンクでもやれる。昨日のザクのデータも入れた。敵の動きが読めれば、距離を詰められる前に撃てる」
「相手がザクだけならな」
「分かってる」
またその返事だった。ハヤトは複座に収まりながら、まだ納得しきれていない顔をしていた。それでも、出撃準備は進む。ガンタンクがカタパルトへ移動し、ブライトさんの怒声が通信に乗った。
『アムロ、ガンダムで出ろと言った!』
「砲台相手ならガンタンクの方が早いです。ハヤト、出るぞ」
「お、おい、アムロ」
ガンタンクが動き出した。セイラさんの無断出撃の直後に、また命令違反だ。俺は舌打ちしたいのを飲み込んで、黒いガンダムへ向かった。その時、艦内の別系統の警報が鳴った。
『捕虜区画で小爆発。警備班、確認急げ』
足が止まった。黒いガンダムのコックピットは目の前だった。乗れば外へ出られる。艦の周辺を守れる。アムロの無茶にも追いつけるかもしれない。だが起きる気はしてた捕虜脱走だろう。ブライトさんの声が飛んだ。
「レン、捕虜区画へ向かえ。状況を確認しろ」
「了解!」
俺は黒いガンダムに背を向けた。外の戦闘は気になる。だが、今はこっちだ。全部は取れない。なら、今この足で届く方を選ぶしかない。
◇
通路には、焦げた匂いが残っていた。捕虜区画の扉は内側から壊されている。小さな爆発だったのだろう。艦を傷つけるほどではない。だが、鍵と警備の隙を破るには十分だった。
「捕虜は」
「いません。警備が一人やられました。北側通路へ」
警備の一人が叫ぶ。
やっぱりだ。
俺は通路を走った。艦内は狭い。地上航行中の揺れで足元が微妙にずれる。手すりを掴み、角を曲がるたびに肩が壁へぶつかりそうになる。遠くでガンタンクの砲撃音が艦体越しに響いていた。外では、アムロとハヤトがもう撃っている。
アムロの判断が全部間違いだったわけではない。固定砲台相手なら、ガンタンクの火力は強い。距離を取って撃てば、敵基地の防衛設備を潰せる。艦の揺れも少し弱まった。だからこそ危ない。通用している間は、自分の判断が正しいように見える。
北側通路の奥で、音がした。
俺が飛び込むと、そこは第二通信室の前だった。警備員が一人倒れている。撃たれたのではない。殴られて転ばされたようだ。扉の向こうで、コズンが通信卓に取りついていた。
何を送ったのか、全部は聞き取れない。だが、短い報告だった。長々と喋る必要はないのだろう。木馬。断片だけで、十分すぎる。
「コズン!」
俺が叫ぶと、コズンが振り返った。
「黒い方の坊主か。来るのが早いな」
「逃げ場はないぞ」
「あるさ。木馬の中は、思ったより穴が多い」
コズンは通信卓から離れ、狭い通路へ飛び込んだ。俺は追う。銃は抜かない。艦内で下手に撃てば、機器にも人にも当たる。相手もそれを分かっていて、機械の多い区画を選んで走っている。プロだ。嫌になるくらい、動きに迷いがない。
途中、処分中のセイラさんがいる区画の扉が開きかけた。
「レン、捕虜は」
「下がってください。今は追います」
セイラさんは一瞬だけ何か言いかけたが、それ以上は出てこなかった。出てこられても困る。彼女が関われば、話はもっとややこしくなる。
外部作業区画へ向かう扉の前で、ハワドが飛び出してきた。手にはバズーカがある。顔は青い。悪意ではない。逃げる捕虜を止めようとしているだけだ。
だが、場所が最悪だった。
「どけ、レン! あいつを止める!」
「撃つな!」
俺はほとんど体当たりでハワドの腕を押さえた。
「艦内で爆発物を使うな!」
「逃げられるぞ!」
「仲間が巻き込まれる!」
ハワドの目が一瞬揺れた。その一瞬で十分だった。コズンは外部作業区画の壁際にあった小型の飛行ユニットを引っ張り出し、迷いなく装着した。整備員が使う簡易作業用のものだ。無茶な使い方をすれば危険だが、捕虜が逃げるには十分な推力がある。
「くそっ」
俺は手を伸ばしたが、届かなかった。コズンは非常扉を開け、外へ飛び出した。風が通路を叩き、警報が一段高くなる。すぐに隔壁が閉まり、外の音は切れた。
逃げられた。
情報は漏れた。コズンも逃げた。止められたのは、艦内で爆発物が撃たれることだけだった。原作ではコズンだけが吹っ飛んだが爆発物を撃たれて何がおきるかわからなかった。止めたものと止められなかったものが、胸の中でぐちゃぐちゃに混ざる。そして外では、状況が変わっていた。
『敵MS接近。青い機体、ザク複数。ドップも来ます』
『ガンタンク、距離を詰められています』
ブライトさんの声が鋭くなる。
「アムロ、下がれ。ガンタンクで受けるな」
『まだやれます!』
「命令だ、下がれ!」
艦内通信越しに、ガンタンクの砲撃音が重なる。最初は押していたはずの戦闘が、急に窮屈になっていくのが分かった。砲台だけなら計算できた。ザクだけなら距離を取れたかもしれない。だが、青い機体が入った。基地火器、ドップ、ザク、グフ。変数が増えすぎている。アムロの計算が、戦場に追いつかなくなっていた。
「ガンタンクを戻せ。アムロはガンダムに乗り換えろ。レン、1号機で出られるか」
「出ます」
コズンは逃げた。艦内の爆発物は止めた。区画は隔壁で閉じられている。警備も集まり始めた。なら、次は外だ。俺はMSデッキへ走った。
ガンタンクが帰投してくる。装甲には砂と焦げ跡がつき、複座から出てきたハヤトは顔を強張らせていた。アムロは降りるなり、白いガンダムへ向かう。
「まだ出るのか」
俺が声をかけると、アムロは振り返らなかった。
「ガンタンクじゃ追いつけない。だったらガンダムで出るしかないだろ」
「最初から命令通りにしていればよかった」
言ってから、少しきつすぎたと思った。アムロの肩が止まる。
「レンに言われなくても分かってるよ」
その声は低かった。
アムロは白いガンダムへ乗り込む。俺も黒いガンダムへ飛び乗った。カイさんのガンキャノンが先に出ている。外の状況は、すでに崩れかけていた。
砂の上へ出た瞬間、ドップの機影が横をかすめた。俺はライフルを構えず、まず艦の前へ出る。撃ち落とすより、射線を切る。ホワイトベースに近づくコースを塞ぎ、ザクの前進を遅らせる。今やるべきことは、アムロがグフへ向かうための道を作ることだった。
『カイさん、左へ寄りすぎです』
『分かってるよ。分かってるけど、こっちにもザクがいるんだよ』
ガンキャノンの砲撃が砂を跳ね上げる。だが、青い機体は速かった。距離を詰める角度が嫌らしい。真正面からではなく、砲撃の間を縫ってくる。鞭のような武器が伸び、ガンキャノンの腕へ絡んだ。
『うわっ、何だこれ』
カイさんの声が跳ねる。白いガンダムが飛び込んだ。
アムロは迷わなかった。さっきまでの苛立ちも焦りも、操縦桿を握った瞬間に別の形へ変わる。ビームサーベルが青い機体の武器を切り払い、ガンキャノンを解放する。俺はその横で、接近してくるザクの足元へ牽制を入れた。脚を止め、進路をずらし、白いガンダムの背中へ回らせない。グフはアムロが受ける。俺は周りを崩す。
ホワイトベースの援護砲撃が来た。砂と煙が一気に広がり、敵が後退する。直撃ではない。だが、足場を崩され、追撃の形は消えた。ラルは深追いしてこなかった。こちらの隙は見た。コズンの情報も届いた。無理にここで決めに来る必要はないと判断したのだろう。
敵影が距離を取っていく。戦闘は終わった。だが、どうにか崩れかけたものを押し戻しただけだった。
◇
アムロはブリッジで叱責を受けた。当然だった。ブライトさんは怒っていた。だが、ただ感情で怒鳴っているのではなかった。セイラさんの無断出撃の直後に、アムロまで命令を外した。ここで見逃せば、艦の命令系統が壊れる。
「アムロ、俺はガンダムで出ろと命じた。君はそれを無視してガンタンクで出た。結果として一度は戻り、再出撃することになった。敵に隙も見せた」
「砲台は潰しました」
「それで命令違反が消えるわけではない」
「ガンタンクでも戦えたんです。最初は押していた。敵の増援が来なければ」
「戦場で敵の増援が来なければ、などという前提は通らん」
アムロは黙った。反論したいのだろう。実際、彼の判断には根拠があった。鹵獲ザクのデータ、固定砲台への長距離砲撃、ガンタンクの火力。全部が間違いではない。だが、命令を無視していい理由にはならない。
俺は横で聞いていたが、口を挟まなかった。挟めなかった、の方が近いかもしれない。コズンは逃げた。情報は漏れた。俺も全部をうまく止められたわけではない。その状態で、アムロにだけ正論を叩きつける気にはなれなかった。
叱責の後、アムロは無言でブリッジを出た。その背中は小さく見えた。いつも白いガンダムの中で戦っている時は、あれほど大きな存在に見えるのに。
◇
少し後、MSデッキ近くの通路でブライトさんとミライさんの声が聞こえた。俺は足を止めた。盗み聞きするつもりはなかったが、聞こえてしまった。
「このままアムロをガンダムに乗せ続けていいのか、俺には分からなくなってきた」
ブライトさんの声は疲れていた。
「今日の命令違反だけではありませんね」
「ああ。セイラの件もある。コズンの脱走もだ。艦内の規律が乱れている。だが、アムロだけは戦力として外せない。そう思ってきた。思ってきたが、その前提があいつを追い詰めているのかもしれない」
ミライさんはすぐには答えなかった。
「一度、ガンダムから離すことも必要かもしれません。罰としてではなく、アムロ自身を守るために」
「だが、敵は待ってくれない」
「ええ。だから難しいのです」
その時、反対側の通路にアムロが立っているのが見えた。彼は声を出さなかった。ただ、止まっていた。
ブライトさんとミライさんの言葉は、アムロを責めるためのものではなかった。むしろ、壊れる前にどうにかしたいという話だった。だが、それがアムロにそのまま届いたとは思えなかった。一度、ガンダムから離す。アムロには、その部分だけが刺さったのだと思う。
白いガンダムをセイラさんが勝手に使った。今日はガンタンクで出て叱られた。黒いガンダムには俺がいる。艦には他のMSもある。ブライトさんたちは、自分をガンダムから降ろす話をしている。
アムロの拳が、ぎゅっと握られた。俺は声をかけようとして、やめた。今、何を言っても届かない気がした。
アムロは静かに踵を返し、通路の奥へ消えていった。