【完結】黒いガンダムの宇宙世紀   作:いずりょう

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第57話 レンのいない補給

 独房の壁越しに、艦内放送が響いた。

 

『各区画、補給受領準備。医療区画は搬入経路を確保。MSデッキは消耗部材の受け入れ確認。警戒態勢は維持』

 

 ただ、少しだけ引っかかった。俺の知っている流れなら、このあたりで補給より先に爆弾騒ぎがあったはずだ。マ・クベの工作員が小さな爆弾を仕掛ける。モビルスーツ同士の戦闘とは違う、かなり嫌なやつ。

 

 でも、艦内放送にその気配はない。

 

 この世界では起きないのか。それとも、ラルさんの件で流れがずれたのか。分からない。分からないが、考えたところで扉は開かない。

 

 水も医療品も弾薬も修理部材も、ホワイトベースには何もかも足りていない。リュウさんの処置にも物資がいる。艦体の補修にもいる。MSだって、戦うたびにどこかしら無理をしている。

 

 けれど、補給部隊が前線に来るということは、補給部隊が危険に近づくということでもある。

 

 俺は寝台に腰を下ろしたまま、扉の小さな確認窓を見た。ここからでは、黒いガンダムは見えない。整備架にいるはずの1号機も、ブリッジの空気も、ミデアが飛んでくる空も、何も見えない。

 

 艦内放送が続いた。

 

『ガンダム、ガンキャノン、ガンタンクは防衛待機。各パイロットは搭乗準備を進めろ』

 

 ガンダム。

 

 アムロが出る。

 

 俺は短く息を吐いた。俺が言えた立場じゃないけど、無理すんなよ。そんな言葉が喉元まで出て、誰にも届かずに消えた。

 

 ◇

 

 ブリッジでは、セイラが通信席で補給部隊の信号を追っていた。

 

「連邦軍補給部隊、識別信号確認。通信符号は以前のマチルダ隊と一致します」

 

「位置は」

 

 ブライトが問う。

 

「こちらの進路前方。低空で接近中。ただし通信は断続的です。敵の索敵を避けているものと思われます」

 

「ミライ、接触地点は」

 

 ミライは進路表示を切り替えた。

 

「このままなら、谷地形の手前で短時間の接触が可能です。艦を完全には降ろせませんが、ミデアの接近と物資搬入はできます。ただし、停止時間が長くなれば、こちらも補給隊も見つかりやすくなります」

 

「どれくらいだ」

 

「安全を考えるなら二十分以内。推進系の負荷を考えると、着艦状態に近い停止は避けたいところです」

 

 ブライトは端末に表示された戦力表を見た。

 

 ガンダム。ガンキャノン。ガンタンク。ホワイトベースの砲座。黒いガンダムは、整備状態だけなら出撃可能。だが、パイロットは独房。

 

 その一行が重かった。

 

 ミライは少しだけ視線を上げる。

 

「ブライト」

 

「処分を戦況で曲げるわけにはいかない。ここで戻せば、次も同じことが起こる」

 

「ええ。分かっています。ただ、現実として戦力は一枚落ちます」

 

「それも分かっている」

 

 ブライトの声は硬かった。怒りではない。飲み込みきれない苦さが混じっていた。

 

「アムロを中心に防衛を組む。カイはガンキャノン、ハヤトはガンタンク。艦周辺から離れすぎるな。補給隊の退避路を開けておく」

 

「了解しました」

 

 セイラが通信を返す。その声は平静だった。ラルのことも、アルテイシアの名も、今は通信席の奥に押し込めているように見えた。

 

「マチルダ隊へ。こちらホワイトベース。接触地点を送信します。長時間の停止は不可能。搬入経路を限定してください。聞こえて?」

 

 少しの間、ノイズが走った。

 

『こちらマチルダ隊。受信しました。進路を修正します。予定地点まで――』

 

 そこで通信が一瞬乱れた。

 

 セイラの指が端末上を走る。

 

「通信状態が悪化しています。低空に入った影響か、妨害波かは不明です」

 

「マチルダ隊へ。こちらホワイトベース。応答願います」

 

『……こちらマチルダ隊。問題ありません。敵索敵圏を避けて進みます』

 

 通信の向こうの声は落ち着いていた。

 

 その落ち着きが、逆に戦場を感じさせた。

 

 ◇

 

 MSデッキでは、ガンダムの起動準備が進んでいた。

 

 アムロはコックピット前で、端末の表示を見ていた。機体の反応、地上での踏み込み、補給隊を守るための射線。見ているものは具体的だったが、顔には疲れが残っている。ラルとの戦いも、艦内の騒ぎも、レンが独房に入ったことも、全部まだ新しい。

 

 カイはガンキャノンの足元でヘルメットを抱えていた。

 

「黒いのが使えないってだけで、ずいぶん景色が悪くなるな。いる時はいる時で怖いけど、いないといないで落ち着かねえ」

 

 ハヤトはガンタンク側の確認をしながら、真面目な顔で返した。

 

「それでも守るしかないだろ。補給が来なきゃ、次も戦えない」

 

「真面目だねえ。そういう正しいことを言われると、こっちの逃げ道がなくなるんだよ」

 

「逃げるつもりだったの?」

 

「気持ちだけはいつでも逃げてる。体がついていかないだけだ」

 

 カイはそう言って、ガンキャノンを見上げた。

 

「リュウさんがいれば、こういう時に一発で空気を軽くするんだけどな」

 

 ハヤトの手が一瞬止まった。

 

「リュウさんは、今は無理だよ」

 

「分かってるよ。分かってるから言ってるんだ」

 

 そこへアムロが近づいてきた。

 

「カイさん、ハヤト。補給隊の進路がこっちに出ます。敵が来たら、僕が前に出る。ガンキャノンは左、ガンタンクは艦の近くを見てください」

 

「おいおい、急に指揮官みたいなこと言うじゃないの」

 

「そういうつもりじゃないです。でも、レンが出られないなら、僕が前を見るしかないでしょう」

 

 カイは少しだけアムロを見た。

 

 茶化す言葉を探して、見つからなかったように息を吐く。

 

「分かったよ。白いの、頼りにしてるぜ。頼りにしすぎるとブライトさんに怒られそうだけどな」

 

「怒られるのは、たぶん慣れてます」

 

「慣れるなよ、そういうのは」

 

 ハヤトが小さく笑いかけて、すぐに表情を戻した。

 

「僕は艦の近くを見る。補給隊に流れ弾が行かないようにする」

 

「頼む」

 

 アムロはそう言って、ガンダムへ戻ろうとした。

 

 その時、デッキ入口の警備担当が小さく声をかけた。

 

「アムロ、独房前を通るなら長話はするなよ」

 

「分かってます。少しだけです」

 

 アムロはそう答えて、デッキを出た。

 

 ◇

 

 医療区画では、フラウが搬入用の棚を空けていた。

 

「包帯と消毒薬はこっち。輸液は揺れても落ちないように固定してください。リュウさんの分は、あとで先生に確認します」

 

 声は忙しないが、手は止まらない。

 

 寝台の上のリュウは、上体を起こそうとして医療班に止められていた。顔色はまだ悪い。肩から胸にかけて固定具が入っているせいで、少し動くだけでも痛むらしい。

 

「補給受け入れくらいなら手伝えるんだがな」

 

「駄目です」

 

 フラウは即答した。

 

「今のリュウさんが動いたら、荷物より先にリュウさんを固定し直すことになります」

 

「言うようになったな、フラウ」

 

「言わないと聞かない人が多すぎるんです」

 

 近くでララァが布と水の容器を運んでいた。彼女は何かを予言するわけでも、危険を言い当てるわけでもない。ただ、言われた場所へ物を運び、足りない手を埋めている。

 

 リュウはそれを見て、少しだけ息を吐いた。

 

「まったく、怪我人が増えると艦が狭くなるな」

 

「だから増やさないでください」

 

「俺に言うなよ」

 

「リュウさんにも言ってます」

 

 リュウは笑おうとして、痛みに顔をしかめた。フラウはすぐに表情を変えたが、リュウは手で制した。

 

「大丈夫だ。大丈夫じゃないが、大丈夫ってことにしとけ」

 

「そういうの、全然大丈夫じゃないです」

 

 医療区画の扉の向こうで、補給受領準備の足音が近づいてきた。

 

 足りないものが届くはずだった。

 

 でも、届くまでが安全とは限らなかった。

 

 ◇

 

 独房の中で、俺は床から伝わる振動を聞いていた。

 

 搬入準備の音がする。人が走る音。艦内放送。遠くで誰かが怒鳴る声。補給を受けるために、艦全体が動いている。たぶんマチルダさんも、もう近くまで来ている。

 

 扉の向こうで足音が止まった。

 

 確認窓の向こうに、アムロの顔が見えた。

 

「レン」

 

「アムロ?」

 

「少しだけ。すぐ戻る」

 

 警備担当が近くにいるのだろう。長話をする空気ではなかった。

 

「補給隊が来る。たぶん、すぐ騒がしくなる」

 

「だろうな。俺が言えた立場じゃないけど、無理すんなよ」

 

「君が出られないなら、僕が出るしかないだろ」

 

「そこは否定できない。悪い、謝るよ」

 

「謝るなら戻ってからにして。今は補給隊を守ってくる」

 

 アムロはそう言って、少しだけ表情を緩めた。

 

「それに、君がいない方がガンダムの出番は増える」

 

「いや、それは喜んでいいやつじゃないだろ」

 

「分かってるよ」

 

 短い会話だった。冗談にできるほど軽くはない。でも、何も言えないよりはずっとましだった。

 

 アムロは扉から離れた。

 

「行ってくる」

 

「頼む。ほんとに無理すんなよ」

 

「そっちこそ、勝手に出てくるなよ」

 

「扉が開かないんだよ」

 

「開いても駄目だろ」

 

 それだけ言って、アムロの足音は遠ざかっていった。

 

 俺は閉じた扉を見た。少しだけ息が軽くなった気がした。たぶん、気のせいではない。

 

 その直後、通信の音が変わった。

 

『マチルダ隊より緊急信号。繰り返します。マチルダ隊より緊急信号』

 

 体が勝手に動きそうになった。

 

 寝台から立ち上がり、扉の前まで行く。けれど扉は開かない。開くはずがない。

 

『こちらマチルダ隊。敵航空戦力、および地上部隊に捕捉されました。補給コンテナを保持したまま回避行動中。ホワイトベース、応答願います』

 

 マチルダさんの声に、初めて余裕のなさが混じっていた。

 

 ブリッジ側の通信が重なる。

 

『こちらホワイトベース。マチルダ隊、現在位置を送れ』

 

『送信します。ただし敵が近い。長くは保ちません』

 

 艦内に警報が鳴り響いた。

 

『全員、戦闘配置。補給受領準備を中断。MS隊は救援出撃準備』

 

『アムロ、ガンダムで出ろ。マチルダ隊を救援する。カイ、ハヤトも配置につけ。補給コンテナを失えば、こちらも終わりだ』

 

 ガンダムが出る。

 

 黒いガンダムは出ない。

 

 ホワイトベースの振動が強くなる。ハッチが開く音。固定具が外れる音。誰かが走る音。全部が扉の向こうで起きている。

 

 俺は拳を握った。

 

 自分で作った穴だ。だから、ここで暴れても意味がない。分かってる。分かってるけど、きついものはきつい。

 

 艦内放送がさらに続いた。

 

『ガンダム、発進準備完了』

 

 扉の向こうで、ホワイトベースが戦闘の姿勢へ変わっていく。

 

 補給はまだ届いていない。

 

 マチルダ隊は襲われている。

 

 そして俺は、黒いガンダムのない救援戦が始まる音を、独房の中で聞いていた。

 

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