黒いガンダムの宇宙世紀   作:いずりょう

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第58話 白いガンダムの救援

 艦内放送の声が、独房の壁越しに響いた。

 

『ガンダム、発進準備完了。ガンキャノン、ガンタンクも出撃準備を急げ。マチルダ隊の現在位置を受信中』

 

 補給は、まだ届いていない。

 

 マチルダ隊は敵に捕捉された。補給コンテナを抱えたまま回避している。もし落とされたら、水も医療品も弾薬も修理部材も来ない。リュウさんの処置も、艦の修理も、次の戦闘も、全部きつくなる。

 

 扉の前まで行って、俺は足を止めた。

 

 考えても開かない。叩いても開かない。ここで騒げば、また余計に信用を削るだけだ。分かってる。分かってるけど、胸の奥が落ち着かない。

 

 俺は扉に額をつけそうになって、やめた。

 

「頼むぞ、アムロ」

 

 小さく言っても、当然届かない。

 

 ガンダムの発進音が、艦の床を震わせた。

 

 ◇

 

 マチルダ隊のミデアは、谷の上を低く飛んでいた。

 

 機体の腹に吊られた補給コンテナが、回避運動のたびに重く揺れる。高度を上げれば見つかりやすい。高度を下げれば地形に叩きつけられる。どちらも危険だった。

 

「左後方、ドップ二機。右後方下、地上部隊の反応」

 

「高度を維持。谷の東側へ抜けます」

 

 マチルダ・アジャンは操縦席後方で、表示を見つめていた。声は冷静だったが、状況に余裕はない。ミデアは戦闘機ではない。物資を抱えた輸送機だ。逃げるだけでも重い。

 

「中尉、補給コンテナを切り離せば、機体は軽くなります」

 

「却下します」

 

 返答は早かった。

 

「あれがなければ、ホワイトベースは動けません。届けなければ、私たちが飛んできた意味がありません」

 

「ですが、このままでは」

 

「ホワイトベースの救援圏まで持たせます。高度を下げて。敵MSの射線を地形で切ります」

 

 ミデアがさらに低く沈む。

 

 岩肌が近い。風に煽られ、機体が揺れる。後方からドップの機銃が走り、ミデアの外装をかすめた。警告音が短く鳴る。

 

「被弾。右外装、損傷軽微」

 

「まだ飛べます」

 

 マチルダは通信を開いた。

 

「こちらマチルダ隊。ホワイトベース、聞こえますか。敵に追われています。補給コンテナは保持。救援圏まで進みます」

 

『こちらホワイトベース。退避路を送ります。マチルダ隊、聞こえて?』

 

「聞こえています。退避路を受信します」

 

『谷の東側へ抜けてください。ガンダムが迎撃に出ます』

 

 その言葉に、マチルダはほんのわずかだけ表情を緩めた。

 

「了解。こちらもそこまで持たせます」

 

 ◇

 

 ガンダムは、ホワイトベースの前方へ出た。

 

 アムロはモニターに映る地形と、ミデアの反応と、敵影の点を同時に見ていた。谷地形。低空を逃げるミデア。後方のドップ。右下から回り込もうとする地上部隊。黒いガンダムがいれば、側面を潰してくれたかもしれない。そう考えかけて、すぐにやめた。

 

 今はいない。だったら、自分が見るしかない。

 

「ミデアの進路、出ました。右側から敵MSが回り込んでます」

 

 セイラの声が通信に入る。

 

『アムロ、右から敵影。よろし?』

 

「分かってます。先にドップを引き剥がします」

 

 アムロはガンダムを前へ出した。地上の踏み込みは、宇宙とは違う。足裏が砂を噛み、機体重量が遅れて返ってくる。だが、何度も戦ってきた。もう初めてではない。

 

 ビームライフルを構える。撃つ。

 

 一機のドップを光が貫いた。機体が火球に変わり、残ったドップが慌てて散る。ミデアを追っていた射線が乱れた。

 

『いいぞ、アムロ。そのまま退避路を開け』

 

 ブライトの声が飛ぶ。

 

「はい」

 

 アムロは次の点を見た。地上から、ド・ダイに乗ったグフが上がってくる。ミデアの腹を狙うには十分な位置だった。

 

「近づけさせない」

 

 ガンダムが走る。

 

 グフがこちらへ向きを変えた。鞭のような武器が伸び、砂を裂く。アムロは踏み込みをずらし、ビームサーベルを抜いた。真正面から受けるのではなく、横から切る。ヒートロッドが弾け、青い機体が揺れた。

 

 だが、敵は一機ではない。

 

 別のドップが、ガンダムの背後を抜けてミデアへ向かう。

 

『アムロ、後ろに行かせるな』

 

「分かってます。でも――」

 

 追えば、グフに背中を向ける。止まれば、ミデアへ抜けられる。

 

 その一瞬、ガンキャノンの砲撃がドップの前を塞いだ。爆風でドップが進路を失う。

 

『おいおい、白いの。全部一人で見ようとするなよ。こっちにも目はついてんだ』

 

「カイさん」

 

『礼はいいから前見ろ。青いのがまだ動いてる』

 

 ガンキャノンが次の射線を作る。派手に倒すための砲撃ではない。敵の進路を縛り、ミデアへ向かう道を狭める撃ち方だった。

 

 アムロは息を吐いた。

 

「助かります」

 

『助けてるっていうか、落とされたら俺たちの飯と弾が消えるからな。そりゃ撃つだろ』

 

 カイの声は軽い。だが、砲撃は雑ではなかった。

 

 ◇

 

 ホワイトベース周辺では、ガンタンクが艦の近くに陣取っていた。

 

 ハヤトは正面に出たい気持ちを押さえ込んで、退避路の表示を見ていた。ガンダムは前へ出る。ガンキャノンは射線を作る。なら、自分が見るべき場所は艦の近くと、ミデアが最後に入ってくる道だった。

 

『ハヤト、敵地上部隊が谷の出口へ回り込む可能性があります』

 

 ミライの声が通信に入る。

 

「分かりました。出口側を見ます」

 

 ガンタンクの砲身がゆっくり動く。早くはない。けれど、ここにいる意味はある。

 

 遠くの岩陰から、ジオンの車両部隊が動いた。対空火器を積んだ車両だ。ミデアが谷を抜ける瞬間を狙うつもりなのだろう。

 

「そこは通さない」

 

 ハヤトは照準を合わせた。

 

 撃つ。

 

 砲弾が岩陰の前をえぐり、車両部隊が散った。直撃ではない。だが、展開は止まる。ミデアの進路に、わずかな空白ができる。

 

『ハヤト、いいぞ。そのまま出口を押さえろ』

 

 ブライトの声だった。

 

「はい。ここは僕が見ます」

 

 その返事は、以前より少しだけ強かった。

 

 ◇

 

 ブリッジでは、通信と警告音が重なっていた。

 

「ミデア、谷東側へ。速度低下しています。右外装に損傷。補給コンテナは保持」

 

 セイラが読み上げる。

 

「アムロは」

 

「グフ一機と交戦中。カイがドップを牽制。ハヤトは谷出口を押さえています」

 

 ブライトは表示を睨んだ。

 

 黒いガンダムがあれば、もう一つ射線を作れた。敵の回り込みを潰せた。ミデアの下へ入る機体を先に止められたかもしれない。

 

 出せば、処分の意味が消える。レンの独断を、戦力として都合よく認めたことになる。ここで曲げれば、次に誰かが同じことをする。

 

 ブライトは歯を食いしばる代わりに、命令を出した。

 

「アムロ、前に出すぎるな。ミデアの退避路を開けろ」

 

『はい』

 

「カイ、敵航空機を近づけるな。ハヤト、谷出口を維持」

 

『はいはい、言われなくても撃ってますよ』

『了解』

 

 ミライが進路表示を切り替える。

 

「このままなら、ミデアは谷の東側へ抜けられます。ただし、敵がもう一手回り込めば退避路が塞がれます。ホワイトベースを前へ出しすぎると、こちらも捕捉されます」

 

「ギリギリまで待つ」

 

「ええ。その方がいいと思います」

 

 セイラが通信をつなぎ直した。

 

「マチルダ隊、聞こえて? 退避路を再送します。谷を抜けたら、すぐ高度を落としてホワイトベース側へ。よろし?」

 

『了解。助かります』

 

 通信状態は悪い。ノイズが混じる。だが、まだつながっている。

 

 ブライトは拳を握った。

 

「届けてくれ」

 

 それは命令ではなく、ほとんど祈りに近かった。

 

 ◇

 

 独房の中で、俺は艦の振動を聞いていた。

 

 ガンダムが前に出ている。カイさんが撃っている。ハヤトが撃っている。セイラさんが通信をつないで、ミライさんが操舵して、ブライトさんが指揮を取っているんだろう。

 

 音だけで分かることなんて少ない。

 

 少ないのに、何かが起きるたびに体が反応する。遠くで爆発音がする。床が揺れる。警報が短く鳴る。そのたびに、今のはガンダムか、ミデアか、ホワイトベースかと考えてしまう。

 

 アムロならやれるはず。

 

 そう思っている。だけど、この世界はもう俺の知っている流れそのものじゃない。マチルダさんがここで落ちるはずはない、と言い切れない。補給コンテナを失えば、ホワイトベースは次へ進めない。

 

 黒いガンダムがない戦場の音は、こんなに遠い。

 

 俺は扉から離れ、壁に背を預けた。

 

 ここで勝手に動けば、今度こそブライトさんの信用は完全に壊れる。セイラさんの件、アムロの命令違反、ラルさんの脱走。もう十分すぎるほど艦内の命令系統は揺れている。これ以上、自分だけ例外になるわけにはいかない。

 

 でも、扉の向こうで誰かが危ない時に、分かってるだけで座っているのは普通にきつい。

 

 ◇

 

 谷を抜けたミデアの姿が、ガンダムのモニターに入った。

 

 右外装に焦げ跡。片側のバランスが少し悪い。補給コンテナはまだ抱えている。重そうに揺れながら、それでも落としていない。

 

 その背後から、ドップが一機、低く入ってきた。

 

「行かせるか」

 

 アムロはガンダムを滑り込ませた。ビームライフルを撃つには、ミデアが近い。外せば危ない。なら、進路を切る。

 

 ガンダムが跳ぶ。

 

 ドップの射線の前に、白い機体が割り込んだ。機銃弾がガンダムのシールドを叩く。衝撃が腕へ来る。アムロは歯を食いしばりながら、ビームサーベルを横に振った。直撃ではない。だが、ドップは慌てて機首を上げ、ミデアへの射線を失う。

 

『アムロ、下がれ。ミデアに近すぎる』

 

「もう一機来ます」

 

 右から、グフがド・ダイの上で接近していた。サーベルの届かない高さ。ライフルで撃てば、ミデアに近すぎる。

 

 一瞬、判断が遅れそうになる。

 

 その時、ガンキャノンの砲撃がグフの足元、正確にはド・ダイの進行方向を叩いた。爆風で低く飛んでいたド・ダイが揺れる。グフの姿勢が崩れた。

 

『アムロ、今でしょ』

 

 カイの声。

 

「はい!」

 

 アムロは踏み込んだ。ガンダムの腕が上がり、ビームサーベルがド・ダイの端を切る。グフは空中で姿勢を失い、無理に離脱した。撃墜まではできない。だが、ミデアへ向かう進路は消えた。

 

 地上側では、ハヤトの砲撃が谷出口を塞ぎ続けている。敵車両は展開できない。ドップもガンキャノンの射線に入るのを嫌がって、高度を変えた。

 

 ミデアがホワイトベース側へ入る。

 

『マチルダ隊、受領可能圏内に入ります』

 

 セイラの声が通信に流れた。

 

『補給コンテナ、保持。機体損傷あり。ですが飛行継続可能』

 

 マチルダさんの声が続く。

 

『ガンダム、ありがとう。助かりました』

 

 アムロは一瞬だけ返事に迷った。

 

「まだです。ホワイトベースまで行ってください」

 

『ええ。そうします』

 

 ミデアがホワイトベースへ向かう。

 

 アムロは追撃してくる敵影を睨んだ。まだ終わっていない。けれど、ミデアは落ちなかった。

 

 白いガンダムが、間に合った。

 

 ◇

 

 補給コンテナがホワイトベースへ運び込まれた時、艦内の音が変わった。

 

 独房の中でも分かった。重いものが固定される音。搬入アームの駆動音。人の声。怒鳴り声の中に、少しだけ安堵が混じる。

 

『マチルダ隊、受領圏内へ到達。補給コンテナ一部損傷。重要物資は無事です』

 

 その放送を聞いて、俺はようやく息を吐いた。落ちなかった。届いた。

 

 寝台に腰を下ろすと、足の力が少し抜けた。俺が何かをしたわけではない。何もできなかった。ただ聞いていただけだ。それでも、体の奥に入っていた力が緩む。

 

 しばらくして、また艦内放送が入った。

 

『補給物資、医療品、弾薬、推進剤、艦体補修材、MS消耗部品を確認。ガンダム用予備パーツも一部あり。各区画、受領を急げ』

 

 医療品。弾薬。推進剤。修理部材。

 

 全部、今のホワイトベースには命綱だった。

 

 だが、安心しきるには早すぎる。

 

『敵部隊、撤退。各区画、警戒態勢は維持』

 

 艦内放送は、それ以上のことを言わなかった。

 

 けれど、それで終わったとは思えなかった。補給部隊を襲った敵が、このまま何もしないとは考えにくい。救援戦の次に来る敵。そこまで考えたところで、嫌な名前が頭をよぎる。

 

 黒い三連星

 

 黒いガンダムを使えないままで済むほど、宇宙世紀は甘くないはずだ。

 

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