黒いガンダムの宇宙世紀   作:いずりょう

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第59話 黒い三連星

 補給が届いた後も、ホワイトベースは静かにはならなかった。

 

 独房の中にいても、艦の中が動いているのは分かる。重い荷物を運ぶ音。人が走る足音。遠くで鳴る工具の音。艦内放送のたびに、医療品だの修理部材だの推進剤だの、足りなかったものの名前が流れていく。

 

『医療品、医療区画へ搬入。MS消耗部品、デッキへ。艦体補修材は第二搬入口で仕分けを急げ』

 

 それは間違いなく良いことだった。リュウさんの治療にも、ホワイトベースの修理にも、次の戦闘にもつながる。さっきまで詰みかけていたものが、少しだけ先へ伸びた。

 

 知っている流れなら、この後がまずい。黒い三連星。ドム。ジェットストリームアタック。名前だけなら有名すぎるくらい有名で、実際に相手にするとなると笑えないやつだ。

 

 俺の処分はまだ解けていない。自分から扉を叩いて、俺を出せと言うのは違う。そういうことをした結果が今の独房だ。分かっている。分かっているから、座っているしかない。

 

 ただ、座っているだけというのは、思った以上にきつかった。

 

 ◇

 

 ホワイトベースの格納区画では、補給コンテナの仕分けが続いていた。

 

 医療品の箱はフラウたちが急いで運び、修理部材はMSデッキへ回される。艦体補修材は外装班が受け取り、推進剤と弾薬は担当ごとに確認されていた。

 

 損傷したミデアのそばで、マチルダは端末を片手に補給品目を確認している。ミデアの外装には焦げ跡が残り、片側のパネルは応急補修を待っていた。それでも、補給コンテナは落ちなかった。

 

「こちらの医療品は最優先で医療区画へ。MS用の部材はガンダムとガンキャノンを優先してください。ただし、艦体補修材も削れません。ホワイトベースが動けなくなれば、全部終わります」

 

 声は落ち着いていた。さっきまで撃たれていた人の声には聞こえない。

 

 カイが少し離れた場所から、感心したように言った。

 

「いやあ、格好いいねえ。物資抱えて飛んできて、撃たれて、それでも仕分けまでやるんだから。俺なら三日は寝てる」

 

「カイさんは普段から寝たいだけじゃないの」

 

 ハヤトが言うと、カイは肩をすくめた。

 

「そういう正しい指摘は、今いらないの」

 

 フラウは医療品の箱を抱えながら、マチルダに頭を下げた。

 

「ありがとうございます。これでリュウさんの処置も、少し楽になると思います」

 

「礼は無事に使い切ってからでいいわ。届けるだけでは足りないの。必要な場所へ届いて、初めて意味があるから」

 

 その言葉に、アムロは少しだけ顔を上げた。

 

 彼はガンダムのチェックを終えたばかりで、ヘルメットを脇に抱えていた。マチルダを見て、何か言いたそうにしている。それを見たカイが、にやりとする。

 

「ほら、アムロ。礼くらい言っとけよ。さっき助けたのはお前だけど、助けてもらったのもこっちなんだからさ」

 

「分かってますよ」

 

 アムロは少しむっとして、それでもマチルダの前へ行った。

 

「マチルダさん。さっきは、無事でよかったです」

 

「ありがとう、アムロ。あなたたちが間に合ってくれたおかげよ」

 

「でも、どうしてそこまでして補給を届けるんですか。コンテナを切り離した方が、ミデアは逃げられたんじゃ」

 

 マチルダは少しだけ考えるように、補給コンテナの方を見た。

 

「戦場では、壊すことばかりが目立つでしょう。モビルスーツで戦う人、艦を動かす人、敵を撃つ人。けれど、届けること、直すこと、つなぐことがなければ、誰も戦い続けることも、生き残ることもできないわ」

 

 アムロは黙って聞いていた。

 

「私は、あなたたちが次へ進めるように届ける。それが私の戦いなの」

 

「……戦い」

 

「ええ。形が違うだけよ」

 

 アムロはヘルメットを握り直した。

 

 その顔は、少し前までの浮ついたものとは違っていた。マチルダに見惚れているだけではない。戦う側ではない強さを、初めてちゃんと見たような顔だった。

 

 カイが空気を少し軽くするように手を上げた。

 

「じゃあ、その戦いを記念して写真とかどうですか。ほら、補給成功記念ってことで」

 

「カイ」

 

 ハヤトが止めようとする。

 

 マチルダは少し困った顔をしたが、すぐに小さく笑った。

 

「一枚だけなら。作業の邪魔にならない範囲でね」

 

「聞いたかアムロ。一枚だけだぞ、一枚だけ」

 

「なんで僕に言うんですか」

 

「顔に出てるから」

 

「出てません」

 

 フラウが小さく笑った。ほんの短い時間だったが、格納区画に少しだけ柔らかい空気が戻った。

 

 だが、それは長く続かなかった。

 

 ◇

 

 ブリッジでは、セイラが通信席で拾った断片を確認していた。

 

「新たな敵影。三つ。距離、まだありますが接近速度が速いです」

 

「ザクか」

 

 ブライトが問う。

 

「反応が違います。速い。流れるように移動しています」

 

 ミライが進路図を見ながら眉を寄せた。

 

「ホワイトベースはまだ修理中です。すぐに大きく動かすのは危険です。ミデアも損傷確認と離脱準備が終わっていません」

 

「三機だけで来るのか」

 

「三機が離れず、一定の間隔を保っています。通常の小隊とは動きが違います」

 

 ブライトの表情が変わった。

 

 救援戦で黒いガンダムを出せない穴は十分に見えた。アムロたちはよくやった。カイもハヤトも役割を果たした。だが、新型らしき三機が相手で、ホワイトベースは修理中、ミデアもまだ離脱できない。

 

 戦力を出し惜しみできる状況ではなかった。

 

「レンを出す」

 

 ブリッジに短い沈黙が落ちた。

 

 ミライが静かに確認する。

 

「処分を解除するのですか」

 

「違う。戦闘任務に限った一時的な搭乗許可だ。戻ったら独房へ戻す」

 

「分かりました」

 

 ブライトは通信を開いた。

 

「警備班、独房のレン・イズミをMSデッキへ。戦闘任務限定だと伝えろ。整備班、一号機の最終確認を急げ」

 

 セイラは通信を切り替える。

 

「アムロ、聞こえて? 敵は三機編隊。通常のMSとは違う反応です。よろし?」

 

『分かりました』

 

「レンも一時的に出ます」

 

 少しの間があった。

 

『レンが?』

 

「処分解除ではありません。戦闘任務限定です」

 

『……分かりました』

 

 ブライトは表示の三つの反応を睨んだ。

 

「間に合わせるぞ」

 

 ◇

 

 独房の扉が開いた。

 

 俺は一瞬、息を止めた。警備担当が立っている。その後ろには、ブリッジからの命令を持ってきたらしい士官がいた。

 

「レン・イズミ。戦闘任務限定で一時的に搭乗を許可する。MSデッキへ向かえ」

 

「……処分解除じゃない、ですよね」

 

「そうだ。戦闘後は独房へ戻る」

 

「分かりました。今は出ます」

 

 言い訳はしなかった。

 

 言いたいことがなかったわけじゃない。ないどころか、頭の中にはいろいろあった。でも、今それを言う場面じゃない。出してもらえたことに浮かれるのも違う。許されたわけではない。ただ、今は黒いガンダムが必要になっただけだ。

 

 通路を走る。艦内は補給と修理の途中で、あちこちに荷物と人がある。誰かにぶつからないようにしながら、MSデッキへ向かう。胸の奥がざわつく。焦っているのが自分でも分かる。

 

 黒い三連星、ドム、ジェットストリームアタック。

 

 頭に浮かぶ単語はどれも有名で、どれも今は笑えない。

 

 MSデッキに入ると黒いガンダムが整備架で待っていた。RX-78-1 急ぎの確認をしていた整備員が、こちらを見て叫んだ。

 

「一号機、準備はできてる。細かい調整は戦闘中に自分で合わせろ」

 

「助かります」

 

 ジョブ・ジョンが端末を抱えて、コックピット横から顔を出した。

 

「レン、反応系は前のまま。触りすぎてない。変な癖は出ないと思う」

 

「ありがとう。十分」

 

「戻ってきたら、ちゃんと調整するからな」

 

「戻ってきたら、独房だけどな」

 

「そういうのは戻ってから言えよ」

 

 そのやり取りで、少しだけ肩の力が抜けた。

 

 隣では、アムロがガンダムのコックピット前にいた。こちらを見る。

 

「出られるのか」

 

「処分解除じゃないよ。戦闘中だけ」

 

「それでも、いてくれるなら助かる」

 

「俺が言えた立場じゃないけど、今度は一人で抱えすぎるなよ」

 

「それ、君に言われたくない」

 

「そこは否定できない。悪いね」

 

 アムロは少しだけ笑って、すぐに表情を引き締めた。

 

「敵、三機らしい。動きが変だって」

 

「たぶん、かなり厄介なやつだな」

 

 短い会話だった。けれど、今はそれで十分だった。

 

 俺はコックピットへ乗り込む。ハッチが閉じる。モニターが灯り、黒いガンダムの内部が生き返る。

 

 機体の反応が手に戻ってくる。

 

 やっと動ける。

 

 そう思った直後、自分で首を振った。

 

 違う。喜ぶ場面じゃない。今は、間に合わせる場面だ。

 

『レン・イズミ、一号機で出ろ。繰り返す。これは戦闘任務限定だ。戻ったら独房へ戻す』

 

 ブライトさんの声が通信に入った。

 

「了解。戦闘任務限定。戻ったら独房へ戻ります」

 

『分かっているならいい。今は働け』

 

「はい。今は働きます」

 

 黒いガンダムが整備架から離れた。

 

 ◇

 

 砂塵の向こうで、三機のドムが滑るように進んでいた。

 

 地面の上を重い影が流れてくるようだった。ザクともグフとも違う。重いのに速い。機体の下から巻き上がる砂が、三機の後ろに長く尾を引いている。

 

 先頭のガイアは、遠くに見える白い機体の反応を確認した。

 

「白いMS、出ているな」

 

「黒いのも出たようだぜ」

 

 オルテガが低く笑う。

 

「噂通りか。木馬には白と黒の新型MSがいる、と」

 

 マッシュの声は短い。

 

「二機いても、三機の間に入れなければ同じだ」

 

 ガイアは頷いた。

 

「その通りだ。だが、我々の間には入れさせん」

 

 ドム三機の間隔が整う。

 

 ガイアはモニターの先にいる白いガンダムを見た。

 

「仕掛けるぞ。黒い三連星の戦いを見せてやる」

 

 ◇

 

 ガンダムと黒いガンダムは、ホワイトベースの前へ出た。

 

 後方ではガンキャノンとガンタンクが支援位置につく。ホワイトベースはまだ修理中で、ミデアも離脱準備を終えていない。つまり、ここを抜かれると全部が危ない。

 

 モニターの先に、砂塵が見えた。

 

 三つの黒い影。

 

 近づくにつれて、その異質さがはっきりした。足音がないわけではない。だが、ザクみたいに一歩一歩踏み込んでくる圧とは違う。地面を滑っている。砂を巻き上げながら、重い機体が速い。

 

『なんだ、あの動き』

 

 アムロの声に、緊張が混じる。

 

「ホバー移動だ。足を止めて狙うと、たぶん遅れる」

 

『分かるのか』

 

「見れば分かる。……若干浮いてるんだよあれ」

 

 軽く返したつもりだったが、喉が少し乾いていた。

 

 これだ。

 

 知っている形が近づいてくる。画面の向こうに、ドム。三機連携。分かっている。分かっているのに、実際に見ると圧が違う。

 

『カイ、ハヤト、支援射撃はまだ待て。敵の動きを見てからだ』

 

 ブライトさんの指示が飛ぶ。

 

『はいはい。あれ相手に外したら、笑えないしな』

『分かりました』

 

 セイラさんの声が続いた。

 

『アムロ、レン、敵は三機の間隔を崩していません。正面の一機だけを見ないで。よろし?』

 

「了解」

 

『了解』

 

 俺とアムロの声が重なった。

 

 黒い三機がさらに近づく。先頭の一機がわずかに前へ出た。その後ろに、二機が重なるような位置を取る。

 

 俺は側面に回ろうとした。

 

 だが、速い。

 

 こちらが横へ動く前に、三機の並びが変わる。先頭が視線を奪い、後続がその影に入る。分かっていても、入り込む隙間が狭い。

 

『レン、無理に飛び込むなよ』

 

 アムロが言った。

 

「そっちこそ前だけ見るなよ」

 

『分かってる』

 

 本当に分かっている声だった。けれど、黒い三機の圧はそれだけでどうにかなるものではなかった。

 

 先頭のドムが、白いガンダムの正面へ滑り込む。

 

『来る』

 

 アムロの声が通信に走った。

 

 三機のドムが、砂塵の向こうで縦に重なった。

 

 知っている形だった。

 

 ジェットストリームアタック。

 

 けれど、知っていることと、止められることは同じじゃない。

 

 白いガンダムの前に、黒い三つの影が迫った。

 

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