補給が届いた後も、ホワイトベースは静かにはならなかった。
独房の中にいても、艦の中が動いているのは分かる。重い荷物を運ぶ音。人が走る足音。遠くで鳴る工具の音。艦内放送のたびに、医療品だの修理部材だの推進剤だの、足りなかったものの名前が流れていく。
『医療品、医療区画へ搬入。MS消耗部品、デッキへ。艦体補修材は第二搬入口で仕分けを急げ』
それは間違いなく良いことだった。リュウさんの治療にも、ホワイトベースの修理にも、次の戦闘にもつながる。さっきまで詰みかけていたものが、少しだけ先へ伸びた。
知っている流れなら、この後がまずい。黒い三連星。ドム。ジェットストリームアタック。名前だけなら有名すぎるくらい有名で、実際に相手にするとなると笑えないやつだ。
俺の処分はまだ解けていない。自分から扉を叩いて、俺を出せと言うのは違う。そういうことをした結果が今の独房だ。分かっている。分かっているから、座っているしかない。
ただ、座っているだけというのは、思った以上にきつかった。
◇
ホワイトベースの格納区画では、補給コンテナの仕分けが続いていた。
医療品の箱はフラウたちが急いで運び、修理部材はMSデッキへ回される。艦体補修材は外装班が受け取り、推進剤と弾薬は担当ごとに確認されていた。
損傷したミデアのそばで、マチルダは端末を片手に補給品目を確認している。ミデアの外装には焦げ跡が残り、片側のパネルは応急補修を待っていた。それでも、補給コンテナは落ちなかった。
「こちらの医療品は最優先で医療区画へ。MS用の部材はガンダムとガンキャノンを優先してください。ただし、艦体補修材も削れません。ホワイトベースが動けなくなれば、全部終わります」
声は落ち着いていた。さっきまで撃たれていた人の声には聞こえない。
カイが少し離れた場所から、感心したように言った。
「いやあ、格好いいねえ。物資抱えて飛んできて、撃たれて、それでも仕分けまでやるんだから。俺なら三日は寝てる」
「カイさんは普段から寝たいだけじゃないの」
ハヤトが言うと、カイは肩をすくめた。
「そういう正しい指摘は、今いらないの」
フラウは医療品の箱を抱えながら、マチルダに頭を下げた。
「ありがとうございます。これでリュウさんの処置も、少し楽になると思います」
「礼は無事に使い切ってからでいいわ。届けるだけでは足りないの。必要な場所へ届いて、初めて意味があるから」
その言葉に、アムロは少しだけ顔を上げた。
彼はガンダムのチェックを終えたばかりで、ヘルメットを脇に抱えていた。マチルダを見て、何か言いたそうにしている。それを見たカイが、にやりとする。
「ほら、アムロ。礼くらい言っとけよ。さっき助けたのはお前だけど、助けてもらったのもこっちなんだからさ」
「分かってますよ」
アムロは少しむっとして、それでもマチルダの前へ行った。
「マチルダさん。さっきは、無事でよかったです」
「ありがとう、アムロ。あなたたちが間に合ってくれたおかげよ」
「でも、どうしてそこまでして補給を届けるんですか。コンテナを切り離した方が、ミデアは逃げられたんじゃ」
マチルダは少しだけ考えるように、補給コンテナの方を見た。
「戦場では、壊すことばかりが目立つでしょう。モビルスーツで戦う人、艦を動かす人、敵を撃つ人。けれど、届けること、直すこと、つなぐことがなければ、誰も戦い続けることも、生き残ることもできないわ」
アムロは黙って聞いていた。
「私は、あなたたちが次へ進めるように届ける。それが私の戦いなの」
「……戦い」
「ええ。形が違うだけよ」
アムロはヘルメットを握り直した。
その顔は、少し前までの浮ついたものとは違っていた。マチルダに見惚れているだけではない。戦う側ではない強さを、初めてちゃんと見たような顔だった。
カイが空気を少し軽くするように手を上げた。
「じゃあ、その戦いを記念して写真とかどうですか。ほら、補給成功記念ってことで」
「カイ」
ハヤトが止めようとする。
マチルダは少し困った顔をしたが、すぐに小さく笑った。
「一枚だけなら。作業の邪魔にならない範囲でね」
「聞いたかアムロ。一枚だけだぞ、一枚だけ」
「なんで僕に言うんですか」
「顔に出てるから」
「出てません」
フラウが小さく笑った。ほんの短い時間だったが、格納区画に少しだけ柔らかい空気が戻った。
だが、それは長く続かなかった。
◇
ブリッジでは、セイラが通信席で拾った断片を確認していた。
「新たな敵影。三つ。距離、まだありますが接近速度が速いです」
「ザクか」
ブライトが問う。
「反応が違います。速い。流れるように移動しています」
ミライが進路図を見ながら眉を寄せた。
「ホワイトベースはまだ修理中です。すぐに大きく動かすのは危険です。ミデアも損傷確認と離脱準備が終わっていません」
「三機だけで来るのか」
「三機が離れず、一定の間隔を保っています。通常の小隊とは動きが違います」
ブライトの表情が変わった。
救援戦で黒いガンダムを出せない穴は十分に見えた。アムロたちはよくやった。カイもハヤトも役割を果たした。だが、新型らしき三機が相手で、ホワイトベースは修理中、ミデアもまだ離脱できない。
戦力を出し惜しみできる状況ではなかった。
「レンを出す」
ブリッジに短い沈黙が落ちた。
ミライが静かに確認する。
「処分を解除するのですか」
「違う。戦闘任務に限った一時的な搭乗許可だ。戻ったら独房へ戻す」
「分かりました」
ブライトは通信を開いた。
「警備班、独房のレン・イズミをMSデッキへ。戦闘任務限定だと伝えろ。整備班、一号機の最終確認を急げ」
セイラは通信を切り替える。
「アムロ、聞こえて? 敵は三機編隊。通常のMSとは違う反応です。よろし?」
『分かりました』
「レンも一時的に出ます」
少しの間があった。
『レンが?』
「処分解除ではありません。戦闘任務限定です」
『……分かりました』
ブライトは表示の三つの反応を睨んだ。
「間に合わせるぞ」
◇
独房の扉が開いた。
俺は一瞬、息を止めた。警備担当が立っている。その後ろには、ブリッジからの命令を持ってきたらしい士官がいた。
「レン・イズミ。戦闘任務限定で一時的に搭乗を許可する。MSデッキへ向かえ」
「……処分解除じゃない、ですよね」
「そうだ。戦闘後は独房へ戻る」
「分かりました。今は出ます」
言い訳はしなかった。
言いたいことがなかったわけじゃない。ないどころか、頭の中にはいろいろあった。でも、今それを言う場面じゃない。出してもらえたことに浮かれるのも違う。許されたわけではない。ただ、今は黒いガンダムが必要になっただけだ。
通路を走る。艦内は補給と修理の途中で、あちこちに荷物と人がある。誰かにぶつからないようにしながら、MSデッキへ向かう。胸の奥がざわつく。焦っているのが自分でも分かる。
黒い三連星、ドム、ジェットストリームアタック。
頭に浮かぶ単語はどれも有名で、どれも今は笑えない。
MSデッキに入ると黒いガンダムが整備架で待っていた。RX-78-1 急ぎの確認をしていた整備員が、こちらを見て叫んだ。
「一号機、準備はできてる。細かい調整は戦闘中に自分で合わせろ」
「助かります」
ジョブ・ジョンが端末を抱えて、コックピット横から顔を出した。
「レン、反応系は前のまま。触りすぎてない。変な癖は出ないと思う」
「ありがとう。十分」
「戻ってきたら、ちゃんと調整するからな」
「戻ってきたら、独房だけどな」
「そういうのは戻ってから言えよ」
そのやり取りで、少しだけ肩の力が抜けた。
隣では、アムロがガンダムのコックピット前にいた。こちらを見る。
「出られるのか」
「処分解除じゃないよ。戦闘中だけ」
「それでも、いてくれるなら助かる」
「俺が言えた立場じゃないけど、今度は一人で抱えすぎるなよ」
「それ、君に言われたくない」
「そこは否定できない。悪いね」
アムロは少しだけ笑って、すぐに表情を引き締めた。
「敵、三機らしい。動きが変だって」
「たぶん、かなり厄介なやつだな」
短い会話だった。けれど、今はそれで十分だった。
俺はコックピットへ乗り込む。ハッチが閉じる。モニターが灯り、黒いガンダムの内部が生き返る。
機体の反応が手に戻ってくる。
やっと動ける。
そう思った直後、自分で首を振った。
違う。喜ぶ場面じゃない。今は、間に合わせる場面だ。
『レン・イズミ、一号機で出ろ。繰り返す。これは戦闘任務限定だ。戻ったら独房へ戻す』
ブライトさんの声が通信に入った。
「了解。戦闘任務限定。戻ったら独房へ戻ります」
『分かっているならいい。今は働け』
「はい。今は働きます」
黒いガンダムが整備架から離れた。
◇
砂塵の向こうで、三機のドムが滑るように進んでいた。
地面の上を重い影が流れてくるようだった。ザクともグフとも違う。重いのに速い。機体の下から巻き上がる砂が、三機の後ろに長く尾を引いている。
先頭のガイアは、遠くに見える白い機体の反応を確認した。
「白いMS、出ているな」
「黒いのも出たようだぜ」
オルテガが低く笑う。
「噂通りか。木馬には白と黒の新型MSがいる、と」
マッシュの声は短い。
「二機いても、三機の間に入れなければ同じだ」
ガイアは頷いた。
「その通りだ。だが、我々の間には入れさせん」
ドム三機の間隔が整う。
ガイアはモニターの先にいる白いガンダムを見た。
「仕掛けるぞ。黒い三連星の戦いを見せてやる」
◇
ガンダムと黒いガンダムは、ホワイトベースの前へ出た。
後方ではガンキャノンとガンタンクが支援位置につく。ホワイトベースはまだ修理中で、ミデアも離脱準備を終えていない。つまり、ここを抜かれると全部が危ない。
モニターの先に、砂塵が見えた。
三つの黒い影。
近づくにつれて、その異質さがはっきりした。足音がないわけではない。だが、ザクみたいに一歩一歩踏み込んでくる圧とは違う。地面を滑っている。砂を巻き上げながら、重い機体が速い。
『なんだ、あの動き』
アムロの声に、緊張が混じる。
「ホバー移動だ。足を止めて狙うと、たぶん遅れる」
『分かるのか』
「見れば分かる。……若干浮いてるんだよあれ」
軽く返したつもりだったが、喉が少し乾いていた。
これだ。
知っている形が近づいてくる。画面の向こうに、ドム。三機連携。分かっている。分かっているのに、実際に見ると圧が違う。
『カイ、ハヤト、支援射撃はまだ待て。敵の動きを見てからだ』
ブライトさんの指示が飛ぶ。
『はいはい。あれ相手に外したら、笑えないしな』
『分かりました』
セイラさんの声が続いた。
『アムロ、レン、敵は三機の間隔を崩していません。正面の一機だけを見ないで。よろし?』
「了解」
『了解』
俺とアムロの声が重なった。
黒い三機がさらに近づく。先頭の一機がわずかに前へ出た。その後ろに、二機が重なるような位置を取る。
俺は側面に回ろうとした。
だが、速い。
こちらが横へ動く前に、三機の並びが変わる。先頭が視線を奪い、後続がその影に入る。分かっていても、入り込む隙間が狭い。
『レン、無理に飛び込むなよ』
アムロが言った。
「そっちこそ前だけ見るなよ」
『分かってる』
本当に分かっている声だった。けれど、黒い三機の圧はそれだけでどうにかなるものではなかった。
先頭のドムが、白いガンダムの正面へ滑り込む。
『来る』
アムロの声が通信に走った。
三機のドムが、砂塵の向こうで縦に重なった。
知っている形だった。
ジェットストリームアタック。
けれど、知っていることと、止められることは同じじゃない。
白いガンダムの前に、黒い三つの影が迫った。