ホワイトベースの中は、補給を受けた後の方が忙しかった。
弾薬も部品も医療品も届いた。けれど、届いたものを使える場所へ運び、傷んだ機体に組み込み、負傷者へ回して、ようやく意味が出る。MSデッキでは整備員たちが走り、通路では搬送用の台車が何度もすれ違っていた。
その慌ただしさの奥で、艦全体が少しずつ前へ押し出されている。
連邦軍の大規模反攻作戦に、ホワイトベースも組み込まれていた。俺たちだけで戦うわけじゃない。けれど、白いガンダムと黒いガンダムを持つ艦が後ろで見ていられるほど、戦場は甘くない。
黒いガンダムの左腕には、予備シールドが取り付けられていた。
大破した盾は使い物にならない。新しく付けた盾は見た目こそまともだが、保持部の調整は最低限だ。左肩とフレームにも負荷が残っている。普通に戦う分には問題ないが、昨日みたいに真正面から重量級の突撃を受け止めるのは駄目。扱いとしては、そのくらいだった。
「いいか、レン。盾は付けた。使うなとは言わん。ただし、昨日みたいな受け方はするな。あれをもう一回やったら、今度は盾じゃなくて腕が逝く」
ハワドさんは端末を片手に、こちらを見上げていた。
「分かってます。避けるか撃つか斬るかします。盾は最後の保険くらいで」
「その普通が信用ならんから言ってるんだよ」
「ひどい言われようだなあ」
「自分の戦闘ログ見てから言え。無茶をしてない顔で無茶してるんだよ、お前は」
反論しようとして、やめた。
実際、昨日の俺はマチルダさんのミデアへ飛び込んだ。あれを無茶じゃないと言い張るのは無理がある。
「今回は本当に気をつけますよ。処分中にまた機体を壊したら、ブライトさんにも整備班にも殺されますし」
「処分より先に、俺が殴る」
「それ一番怖いやつですね」
ハワドさんは鼻を鳴らし、黒いガンダムの足元から離れた。
『レン・イズミ、ブリッジへ』
通信が入る。
俺はヘルメットを抱えてブリッジへ向かった。今の俺は、必要と判断された時だけ黒いガンダムに乗れる。整備に立ち会えるようになっただけでも前よりはマシだが、自由に動ける立場ではない。
ブリッジでは、ブライトさんが前方モニターを見ていた。ミライさんは進路と友軍配置を重ね、セイラさんは複数の通信を捌いている。モニターの向こうでは、連邦軍の戦車隊と航空部隊が広い戦線を作っていた。
「レン。黒いガンダムの出撃を許可する」
「はい。条件付きですよね」
「分かっているならいい。お前はホワイトベース右前方の敵を抑えろ。アムロは正面へ出す。カイとハヤトの支援位置を守り、艦の進路を開ける。勝手に敵の奥へ突っ込むな」
「敵の奥に嫌なものが見えても、まず報告、ですよね」
ブライトさんの目が少し細くなる。
「そうだ。確証があるなら報告しろ。判断はこちらでする。今のお前は戦力であると同時に、監視対象でもある」
「分かってます。正直、言われるたびに胃が痛いですけど、そこは自業自得なので」
「なら命令を守れ」
「はい。右前方、射線整理と艦の防衛。白いガンダムの前には出ない。これで行きます」
ブライトさんは短く頷いた。
「出撃しろ」
◇
黒いガンダムが外へ出た瞬間、オデッサの戦場がモニターいっぱいに広がった。
砂塵、砲煙、爆炎。地上部隊の砲撃が低く響き、航空機が上空を抜け、ミサイルの尾が鉱山地帯の空に白い線を引いている。遠くにはジオンの鉱山基地群が見えた。岩肌と施設と砲台が入り組み、どこが本命でどこが囮なのか分かりにくい。
ホワイトベースは単独で突っ込んでいるわけではない。周囲には連邦軍の部隊がいる。だが、敵の火線もそれに合わせて広い。どこか一か所が崩れれば、そこから一気に射線が流れ込んでくる。
白いガンダムが前へ出た。
アムロの動きは速い。正面のザク部隊へ踏み込み、ビームライフルで一機を撃ち抜く。次の敵がバズーカを向ける前に、シールドで角度をずらしてサーベルで胴を裂いた。敵の線が切れ、連邦軍の戦車隊がそこへ進む。
『レン、右に回った三機、見えてる?』
アムロから通信が入る。
「見えてる。こっちで止める。アムロはそのまま前を開けて」
『分かった。黒い方、盾を過信するなよ』
「それ、整備班にも言われた。アムロまで言うと本当に信用されてない感じがする」
『昨日の状態を見たら言うだろ』
「まあね」
右側面へ回り込もうとしていたザク三機に照準を合わせる。
一機目の胸部を撃ち抜く。二機目が散開しようとしたので、進路を読んで脚部を撃った。崩れた機体へカイさんのガンキャノンの砲撃が入り、装甲が吹き飛ぶ。三機目はホワイトベース側へ走ろうとしたが、俺は黒いガンダムを前へ滑らせ、ビームサーベルを抜いた。
ザクがヒートホークを振る前に、サーベルが肩口から胴を抜けた。
『おいおい、今日はやけに素直に強いじゃねえか、黒いの』
カイさんの軽口が飛んでくる。
「いつも強いですよ。たまに無茶してるだけで」
『そこを直せって話だろ』
『カイさん、左前方、追加です!』
ハヤトの声に合わせて、ガンタンクの砲撃が飛んだ。敵の進行が鈍る。俺はライフルに持ち替え、砲撃で足を止めたザクを撃ち抜いた。
黒いガンダムは強い。まともに距離と射線を選べば、敵MS相手に遅れは取らない。問題は、戦場全体が広すぎることだった。どれだけ撃っても、別の場所で砲煙が上がる。どこかで友軍が押し、どこかで押し返される。ホワイトベースはその中を、細い進路を縫うように前へ進んでいた。
『ミライ、左舷前方、砲撃が集中している。進路を変えられるか』
『右へ振ると味方戦車隊の進路にかかります。少し上げます。衝撃に備えて』
ホワイトベースの姿勢が変わる。砲撃が艦の下を抜け、砂と岩片が吹き上がった。
『セイラ、敵後方の通信量は』
『増えています。前線への後退指示とは別に、鉱山基地北西側で発射管制らしき信号。友軍も照会中です』
俺はモニターの奥を見た。前線のジオン部隊は、全体としては下がっている。だが、奥の一角だけ守りが厚い。砲台とミサイル陣地が妙に粘っている。撤退準備の時間稼ぎにしては、守っている場所が偏りすぎていた。発射管制という言葉も、あの配置も、見過ごしていいものには見えない。
「ブライトさん、敵の奥側が変です。前は下がってるのに、発射設備の周りだけ残り方が違う。普通の撤退なら、あそこまで固めないと思います」
『確証はあるか』
「まだ見えてる範囲だけです。でも、あれを放っておくのはまずい気がします」
少し間があった。
『分かった。セイラ、友軍に照会を続けろ。アムロ、白いガンダムは突破準備を維持。レンは右前方を離れるな』
「了解。見に行くなってことですね」
『そうだ』
「分かってます。今の俺が勝手に行ったら、戻った後が怖いので」
『行く前提で話すな。まず命令を守れ』
「はい」
返事をしながら、黒いガンダムを右へ振る。敵の砲撃がホワイトベース前方に落ちた。砂煙の向こうで、黒い影が一つ滑る。
ドムだ。他のザクとは動きが違う。姿勢が低く、速い。ホバーで地面を滑るように進み、こちらの射線に長く留まらない。昨日、アムロに踏み越えられ、マッシュを失い、オルテガを失って撤退した一機。
「逃げた一機か」
『レン、何か来たのか?』
アムロの声が入る。
「スカート付きだ。昨日の生き残りだと思う。こっちで止める」
『僕も回るか?』
「いや、アムロは前。奥の発射設備を見に行った方がいい。こっちはカイさんとハヤトに合わせる」
『分かった。無理はするなよ』
「それ、こっちが言われる側なのは分かってる」
ドムがバズーカを構えた。狙いは俺ではなく、ホワイトベースの進路だ。
「カイさん、右から潰します。逃げ道を塞いでください」
『お、指示がまともだ。了解』
『僕も合わせます!』
俺はビームライフルを構え、ドムの進路へ撃ち込んだ。敵は横へ流れる。そこは読んでいた。二射目を逃げた先へ重ねる。ビームが肩の装甲をかすめ、黒い機体の姿勢がわずかに崩れた。
そこへカイさんの砲撃が入る。
直撃はしなかった。だが、爆風でホバーの流れが乱れる。ハヤトの砲撃がさらに前方へ落ち、敵の進路を狭めた。
俺はサーベルを抜く。
ドムは機体を捻り、こちらの斬撃を避けた。完全には避けきれず、サーベルの光がバズーカの先端を削る。爆発を嫌ったのか、敵は武器を放り捨てて距離を取った。
無理に突っ込んではこない。崩しに来るかと思ったが、むしろホワイトベースと白いガンダムの進路を見ている。怒りだけで動いている相手じゃない。昨日撤退した判断も含めて、厄介な相手だった。
『敵後方、高熱源確認。大型弾道弾の発射準備と推定』
セイラさんの声が、通信に割り込んだ。
『友軍より緊急通達。ジオン側に条約違反兵器使用の疑い。発射設備の確認を急げ』
俺は奥の施設を見た。煙の向こうで、発射台の一部が動いている。見間違いであってほしい。けれど、そんな都合のいい話ではないのだろう。
『ブライトさん、僕が行きます』
アムロの声が入る。
『アムロは前進。発射地点を確認しろ。レンは右前方の敵MSを抑えろ。ホワイトベースへの接近を許すな』
予想通りの命令だった。
俺も奥へ行きたい。だが、ここを空ければ、ドムがホワイトベースか友軍の横腹に入る。今の役割を捨てて前に出れば、また同じことになる。
「了解。アムロ、そっちは頼む」
『レン、無茶するなよ』
「お互い様だろ。こっちは止めるから、そっちは見つけて止めてこい」
『分かった』
白いガンダムが加速する。鉱山基地の奥へ向かって、砂塵の中をまっすぐ抜けていく。
ドムが、その進路へ回り込もうとした。
俺は黒いガンダムを前へ出す。右手のサーベルを構え、ビームライフルを腰部ラックへ戻した。盾も構える。受け止めるためではなく、相手の視線と射線をずらすためだ。
「悪いけど、そっちは通せない」
黒い重MSがホバーの唸りを上げて迫る。
白いガンダムは発射設備へ向かい、黒いガンダムはその背中を狙う敵を止める。
オデッサの空に、発射警報が響いた。