発射警報が、オデッサの空へ重なって響いた。
『敵後方、高熱源上昇。大型弾道弾、発射準備から発射段階へ移行』
セイラさんの声が、いつもより少しだけ鋭い。
『発射地点の確認、ならびに阻止を最優先』
通信の向こうで、ブライトさんが息を呑む気配がした。
『アムロ、聞こえたな。白いガンダムは発射地点へ向かえ。友軍から弾体情報が回り次第、セイラが転送する』
『分かりました。行きます』
白いガンダムが砂塵の中で加速する。正面へ開いた道を、そのまま奥へ抜けていく。さっきまで敵の火線を受け止めていた白い機体が、今は一直線に発射設備へ向かっていた。
奥で何が起きているか分かっている。いや、分かっているつもりでいるだけかもしれない。けれど、あの発射警報が普通の兵器のものじゃないことくらいは分かる。
でも、目の前のドムは俺を行かせる気がなかった。
重装甲機体がホバーで横へ滑り、黒いガンダムの正面に入る。俺をここで落とすための動きだ。俺は黒いガンダムを前へ出し、ビームライフルでドムを撃った。ドムは隙間を縫うように避ける。機体を沈ませ、横へ流し、すぐにこちらへ向き直った。
『カイ、ハヤト、左前方のザク隊を止めろ。ホワイトベースの進路を空ける』
『はいはい、こっちも忙しいっての』
『了解です! レン、そっちは任せたよ!』
カイさんたちの砲撃が別方向へ向かう。左前方でザク隊が散り、ガンキャノンとガンタンクの火線がそこを押さえた。こっちへ援護を回せる余裕はない。俺の前にはドムが一機。向こうも、こちらを正面から見ている。
ドムはホバーの勢いを殺さず、機体そのものを押し込むように距離を詰めてくる。バズーカを捨てたから弱くなった、なんてことはない。むしろ近づいてからが本番だとでも言うように、こちらの回避方向を潰しながら入ってくる。
「させるかよ」
黒いガンダムを半歩引かせ、ドムの進路を斜めにずらす。サーベルを振り下ろすと、ドムは上体を捻ってかわした。装甲の端だけが焼ける。浅い。だが、ドムの足は一瞬止まった。
俺はすぐにライフルへ戻す。
胸部を狙った一射は、ドムが上体を倒してかわした。二射目は膝だ。ビームが脚部装甲を削り、ホバーの姿勢が乱れる。ドムはそれでも倒れない。砂を巻き上げながら踏みとどまり、今度はヒートサーベルを抜いた。
俺の正面で一気に距離を詰めた。
ヒートサーベルが横から来る。こちらの盾を外側へ誘う角度だった。俺は盾を出しかけて、機体ごと横へ逃がした。刃が黒いガンダムの胸部装甲すれすれを抜ける。返しのビームサーベルを振ると、ドムは一歩引いてかわした。
そこへライフルを撃つ。
狙いは腰だ。ビームがドムの左腰をかすめ、ホバーの姿勢が乱れた。すぐには止まらない。だが、流れが鈍る。俺はそのまま踏み込んだ。
ドムはまだ動く。ヒートサーベルを構え直し、こちらのサーベルに合わせてくる。重い機体なのに、切り返しが速い。真正面から力で押すだけじゃない。こちらが一歩踏み込むたびに、次の逃げ道を読んでくる。
嫌な相手だ。
俺はビームサーベルを振り上げ、あえて大きく見せた。ドムが一瞬だけ右へ逃げる。その瞬間にライフルを腰から抜き、至近距離で撃つ。ビームが左肩の装甲を焼き、ドムの腕が跳ねた。
「ここだ!」
黒いガンダムのサーベルを返そうとした瞬間、ドムの胸部が白く膨れ上がった。視界が焼けた。
モニター全体が白く飛び、センサー表示が一瞬遅れる。拡散ビーム砲の目眩ましだ。真正面で浴びれば反応が遅れる。
ヒートサーベルが来る。
俺は勘で機体を沈ませた。頭上を熱の刃が通り過ぎ、肩の装甲をかすめる。警告が鳴る。視界が戻りきる前に、ドムの足音ではなくホバー音が右へ流れた。
近い。
俺はビームサーベルを横へ払った。手応えは浅い。装甲を削っただけだ。ドムはそのまま背後へ抜けようとせず、黒いガンダムの横に張り付くように回り込んでくる。こちらの死角に入り、もう一度サーベルを入れるつもりだ。
「しつこいな、本当に」
ライフルを構える余裕はない。黒いガンダムを横へ振り、盾で刃の角度だけをずらす。まともに受けない。流す。ヒートサーベルが盾の縁を滑り、火花が散った。
その隙に、右手のビームサーベルを下から突き上げる。
ドムはかわした。完全には避けきれず、左腕の装甲が裂ける。だが、まだ止まらない。ホバーで砂を巻き上げ、視界を潰しながら距離を取り直す。ガイアは怒りだけで突っ込んでいるわけじゃない。こっちの視界、盾の角度、踏み込みを全部見ている。
俺はセンサー表示を追った。正面に反応はない。右でもない。下だ。
砂煙の中から、ドムが低い姿勢で飛び出した。こちらのコックピットを狙った体当たりではない。足を潰しに来ている。黒いガンダムの機動を止めれば、あとはホワイトベースの右前方を荒らせる。そういう判断だろう。
ビームライフルを構える時間はない。
俺はサーベルを下へ落とした。光の刃がドムの脚部を切り裂く。ホバーの推進音が乱れ、重装甲の機体が砂の上で大きく滑った。止まりきらない。片脚を引きずりながら、それでもドムは機体を立て直そうとする。
モノアイが、こちらを見た。
壊れかけの外部音声が砂嵐のように混じる。
『白いのも、黒いのも……』
それ以上は雑音に消えた。
ドムが最後の推力をこちらへ向ける。白いガンダムへ逃げるわけでも、ホワイトベースへ抜けるわけでもない。目の前の黒いガンダムを道連れにするつもりにみえた。
俺はビームライフルを構え直した。ドムは横へ流れようとする。だが、脚がもうついてこない。ホバーの軌道がわずかにぶれる。
ビームがドムの胴を貫く。重装甲の機体が大きく揺れた。それでも倒れず、最後の勢いで前へ出る。俺はライフルをラックへ戻し、サーベルを握り直した。
ドムの胸部がまた白く光る。
「二度目は、さすがに読める」
俺はモニターの輝度補正を切り替えながら、機体を横へ滑らせた。視界の端が白く潰れる。けれど、今度は完全には奪われない。ドムのヒートサーベルが来る。俺は盾で刃の角度だけをずらし、機体を沈ませた。
黒いガンダムの足元で砂が裂ける。
ヒートサーベルが肩の上を抜けた瞬間、こちらのビームサーベルを下から斜めに振り上げる。
光の刃が、ドムの胴を裂いた。
爆発が砂塵を押し広げる。黒いガンダムの装甲に破片が当たり、警告がいくつか点いた。けれど、機体は立っていた。
俺は荒く息を吐いた。
「こちらレン。右前方の敵MSを撃破。ホワイトベースへの進路、今のところ開いてます」
『了解。よくやった。各機、前線を押し上げる。レンは右前方を維持。無理に追撃するな』
「了解。ちょっと機体を見たいです」
『戻るまでは持たせろ』
「ですよね」
そこでようやく、遠くの空へ視線を向けた。
白いガンダムが、発射設備のある方向から戻ってくる。姿勢は少し崩れていた。装甲にも焦げ跡がある。無傷じゃない。それでも、上空に最悪の爆発はなかった。
『ホワイトベース。ミサイルの信管部は切りました。弾体は安全圏外へ落ちています。爆発はしていません』
アムロの声は、まだ荒かった。
ブリッジの通信が一瞬だけ詰まり、それからブライトさんの声が戻る。
『了解した。アムロ、帰投しつつ友軍の進路を支援しろ。無理はするな』
『分かりました』
ジオン側の通信が乱れ始める。前線の後退が、撤退へ変わっていく。連邦軍の砲撃が前へ押し出され、ホワイトベースもその流れに乗る。
オデッサの空は、まだ煙と砂で汚れていた。
それでも、さっきまで頭上にあった最悪の火種は、白いガンダムが切り落とした。黒いガンダムは、その間に敵を止めた。
俺は燃え残るドムの残骸から視線を外し、白いガンダムのいる方向を見た。
「アムロ、聞こえる?」
『聞こえてる。そっちは?』
「こっちは終わった。そっちは、よくやったなんて言われても困るだろうけど……助かった」
少しだけ間があった。
『僕も、レンがそっちを止めてくれて助かった』
「じゃあ、お互い様ってことで」
『うん。お互い様だ』
通信の向こうで、アムロの息がまだ荒い。俺も似たようなものだった。
オデッサの戦線は、確かに連邦側へ傾き始めていた。