ベルファスト基地での補給は、昼を過ぎても終わる気配がなかった。
黒いガンダムの肩部装甲は元に戻され、左腕の動作確認も済んでいる。予備のシールドは相変わらず応急品だったが、戦闘に出せない状態ではない。ハワドさんからは、基地にいる間にもう一度全身の接続部を確認すると言われていた。
「さっき通常運用できるって言ってませんでした?」
「通常運用できる機体を、通常運用できる状態に保つための点検だ」
「昨日も似たようなことを聞いた気がします」
「お前は何度言っても勝手に壊してくるからな」
「好きで壊してるわけじゃないんですけど」
言い返しながら、俺は左腕をゆっくり回した。操作に遅れはなく、関節の引っかかりもない。オデッサへ向かう前に残っていた不安は、もう気にしなくていい程度まで消えていた。
格納庫の外では補給車両が行き交い、作業員が慌ただしく物資を運んでいる。基地に入った時から続いていた光景だが、今日は海側の警備兵が増えていた。
「何かあったんですか?」
「沿岸監視が妙な反応を拾ったらしい。すぐ消えたそうだがな」
「潜水艦ですかね」
「さあな。海の中なんて、地上のレーダーだけじゃよく分からん」
ハワドさんはそう言って、端末へ視線を戻した。
海側の反応と聞いて、昨日見かけた少女のことが頭をよぎった。原作通りミハルがジオン側へ情報を渡しているとすれば、ホワイトベースがここにいることはもう知られているかもしれない。
ただ、それだけで彼女の仕業だと決めつけることはできなかった。ベルファストは大きな軍港だ。監視する方法はいくらでもあるし、ホワイトベースは隠せる大きさでもない。
黒いガンダムのコックピットを降りようとしたところで、基地全体に警報が鳴った。
『沿岸監視所より緊急通報。海中に高速移動物体を二つ確認。第一防波堤へ接近中』
格納庫の空気が一気に変わった。
作業員が機体から離れ、外されていた工具や足場が運び出される。ハワドさんが俺を見上げた。
「出せるぞ。弾薬も入ってる」
「それを先に言ってくださいよ」
「警報が鳴る前に出撃する馬鹿がいるか」
俺はシートへ戻り、ハッチを閉めた。黒いガンダムの主電源を上げると、各部の表示が順番に点灯する。左腕、正常。予備シールドの保持部も異常なし。ビームライフルとサーベルの接続を確認したところで、ブライトさんの声が入った。
『アムロ、レン、出撃準備。敵は海中から二機。水中でも動けるMSの可能性が高い』
『アムロ、出られます』
「レンも行けます」
『カイとハヤトは基地南側へ回れ。市街地へ通じる道路と避難区域を守れ。敵を街へ近づけるな』
『言われなくても分かってるよ。こんなところで大砲撃ったら、どこへ飛ぶか分かりゃしねえ』
『了解です。避難車両を通してから配置につきます』
発進口が開く。黒いガンダムを歩かせた途端、潮風が機体の正面へぶつかった。
アムロが先に岸壁へ出る。俺もその後に続いた。海面は一見静かだったが、防波堤の向こうで水柱が上がっている。基地の対岸砲が撃ち込まれ、海面に連続して白いしぶきが走った。
その中心から、黒緑色の機体が浮かび上がった。
ずんぐりした胴体に、長く太い腕。水を押し分けながら上陸する姿は重そうに見えるが、動きは遅くない。水中で得た勢いを殺さず、防波堤の斜面を一気に登ってくる。
「あれは……」
『知っているのか、レン?』
アムロの声が入る。ゴッグだ、でも知らないふりをしておかなきゃいけない。
「いや、初めて見る新型だね。見た目より動きそうだから気を付けて」
『分かった』
ゴッグの腹部が光り、黄色いビームが岸壁を薙いだ。基地の砲台が一基吹き飛び、破片が海へ落ちる。
もう一機が少し離れた場所から姿を現した。こちらは白いガンダムを見た直後、海中へ潜り直す。アムロは迷わず岸壁を蹴った。
『僕が海へ戻った方を追う。レンは上陸した方を!』
「了解。水の中で無理しすぎるなよ」
『レンもな』
白いガンダムが海へ飛び込み、大きな水柱を上げた。
俺の正面では、残ったゴッグが基地内部へ向きを変えていた。ホワイトベースの位置を最初から知っているように、補給区画を避けて最短の通路へ進もうとしている。
『敵一機、第三整備区画へ接近!』
「こっちで止めます!」
黒いガンダムを前へ出し、ビームライフルを撃った。ゴッグは腕を交差させて胴体を守る。ビームが前腕の装甲を削ったが、機体は止まらなかった。
基地の機関砲も集中した。砲弾が肩や胸部に当たり、火花と煙を散らす。それでもゴッグは腕を下ろすと、何事もなかったように前進を続けた。
「さすが……なんともないぜ……ってか!」
もう一発を脚へ撃つ。ゴッグは横へ飛び退き、建物の陰へ滑り込んだ。重い外見に反して、地上でも切り返しが速い。
俺はライフルを向けたまま距離を詰めた。
建物の角を回った瞬間、壁が内側から弾けた。
ゴッグの太い腕が建物ごとコンクリートを突き破り、そのまま黒いガンダムの胴へ伸びてくる。機体を横へ振ったが、完全には避けきれない。左肩をつかまれ、黒いガンダムの足が地面から浮いた。
「うわっ!」
ゴッグが腕を振り、黒いガンダムを岸壁側へ投げようとする。俺は予備シールドをゴッグの胸へ押し当て、機体の間へ無理やり隙間を作った。
ここで力比べを続ければ、シールドより先に腕ごと持っていかれる。
俺は右脚をゴッグの腹部へ当て、スラスターを短く吹かした。黒いガンダムの肩が拘束から抜ける。同時に機体を地面へ落とし、横へ転がるように距離を取った。
ゴッグの腕が空を切り、そのまま地面へ叩きつけられた。舗装が砕け、破片が飛ぶ。
『レン、そっち援護を回すぞ!』
カイさんの声に続いて、ガンキャノンの砲撃がゴッグの背後へ着弾した。直撃ではない。街へ向かう進路を爆風で塞ぎ、基地の内側へ押し戻す射撃だった。
『そこから先には行かせねえぞ。人が避難してんだよ!』
「助かります。そのまま街側を押さえてください!」
ゴッグがカイさんたちへ向き直ろうとする。俺はその横からライフルを撃ち、脇腹を焼いた。装甲が溶け、黒い煙が上がる。今度は効いた。
それでもゴッグは倒れない。腹部の砲口がこちらを向く。
俺は右へ跳び、放たれたビームをかわした。背後の倉庫が爆発し、熱風が黒いガンダムを押す。視界の端で警告が点いたが、機体そのものに損傷はない。
ゴッグは煙の中から踏み込み、両腕を大きく広げた。
黒いガンダムを後退させると、ゴッグはさらに速度を上げた。正面から見ると圧力がある。あの腕で挟まれれば、ガンダムの装甲でもただでは済まない。
俺はライフルをラックへ戻し、ビームサーベルを抜いた。
ゴッグの右腕が横から来る。予備シールドをぶつけず、機体を沈ませて腕の下へ入る。頭上を太い爪が通り過ぎた。間近で見るゴッグの胴体は壁みたいに大きい。
サーベルを脇腹の傷へ突き込む。
光の刃が装甲を抜けた。ゴッグの巨体が震え、左腕が黒いガンダムをつかもうと下りてくる。俺はサーベルを引き抜き、機体を後ろへ滑らせた。
ゴッグが二歩進む。
腹部から煙が上がり、片脚が止まった。それでも腕を前へ伸ばし、黒いガンダムへ迫ろうとする。
「まだ来るのかよ」
俺はビームライフルを抜き直し、サーベルで開けた傷へ撃ち込んだ。
ビームが胴体を貫いた。
ゴッグの動きが止まり、巨体が前へ傾く。俺は黒いガンダムを横へ逃がした。倒れた機体が岸壁を揺らし、直後に内部から爆発が起きた。
火と煙が上がる中、俺は海へ視線を向けた。
白いガンダムの反応は、岸からかなり離れた場所へ移っている。通信には雑音が混じり、アムロの声も途切れがちだった。
『水中だと……ライフルの威力が落ちる。動きも向こうの方が速い』
『アムロ、深追いするな。敵を基地から引き離した時点で十分だ』
ブライトさんの声に、しばらく返答がない。
『アムロ?』
『いえ、分かりました。相手は水の抵抗を受けないように、正面を向いたまま動いてる。なら、向きを変える時だけは――』
通信が水中の雑音に消えた。
海面の一部が不自然に盛り上がる。次の瞬間、白いガンダムとゴッグが水を割って姿を現した。
ゴッグは白いガンダムの片腕をつかんでいた。アムロは水上へ出た勢いのまま機体を捻り、ゴッグの腕を岸壁へ叩きつける。拘束が緩んだところでサーベルを抜き、脇の下から胴体へ突き入れた。
ゴッグが白いガンダムを振り払おうとする。
アムロは離れなかった。ゴッグが水中へ戻る前にサーベルを引き上げ、胸部まで切り裂く。白いガンダムが岸壁へ跳び移った直後、ゴッグは海面で爆発した。
『敵を撃破しました』
アムロの息は荒かった。
『水中では勝手が違いすぎます。次は装備を考えないと』
『次が来ないことを祈りたいがな。帰投しろ』
『了解』
基地内の警報が解除されたのは、それからしばらくしてからだった。
ゴッグ二機による被害は小さくない。沿岸砲台と倉庫が破壊され、基地職員にも負傷者が出た。ただ、市街地へ敵が抜けることはなく、ホワイトベースも無事だった。
ララァとフラウは医務室へ運ばれてくる負傷者の手当てを手伝っていた。リュウさんもベッドから起きようとしたらしいが、医者に止められたと聞いた。
俺たちは戦闘報告のため、ブリッジへ集められた。
基地側の情報士官がモニターへ沿岸地図を表示する。
「敵はベルファスト基地の防備が薄くなる時間帯と、ホワイトベースの係留区画を正確に把握していました。偶然とは考えにくいでしょう」
「基地内部から情報が漏れた可能性があるということか」
ブライトさんの問いに、情報士官が頷いた。
「港湾労働者、補給業者、民間区域への出入りも含めて調査します。ただし、この規模の軍港です。漏洩経路をすぐに特定できるとは限りません」
昨日見たミハルの顔が浮かんだ。
でも、まだ何も分からない。彼女が基地を見ていたことも、港の近くに住んでいることも、それだけなら不自然ではない。原作を知っている俺だけが疑っている状態で報告しても、説明できるはずがなかった。
情報士官は別の資料を表示した。
「敵機は沿岸の通常部隊からではなく、沖合の潜水艦を母艦とする海洋部隊から出撃した可能性が高いと見ています。ただ、母艦の位置も部隊の所属も、まだ確認できていません」
「同じ敵がもう一度来る可能性は?」
「十分にあります。少なくとも、ホワイトベースがここにいることは向こうに知られたと考えるべきでしょう」
セイラさんが無言で周辺海域の表示を切り替える。
俺には思い当たる相手がいた。マッド・アングラー隊。そして、そこにいるはずのシャア。
原作と同じ配置になっている保証はない。けれど、ゴッグが二機、海からベルファストを襲った。そこまで重なれば、可能性は高いと思う。
「敵はまた来ると考えた方がいいな」
ブライトさんが言う。
「補給作業を急がせる。出港準備と並行して、艦内への出入りを再確認する。カイ、ハヤト、お前たちも基地側の警戒に協力しろ」
「また荷物運びかよ」
「今度は人を見る仕事だ」
「そっちの方が面倒そうだな」
カイさんは嫌そうに答えたが、断りはしなかった。
シャアが戻り、ベルファストには情報を流している誰かがいる。昨日見たミハルが、その流れに関わっている可能性は高くなった。
相手が本当にミハルなのか。どうやってホワイトベースへ近づくのか。カイさんと、どこで関わるのか。
今はまだ、見て確かめるしかなかった。