【完結】黒いガンダムの宇宙世紀   作:いずりょう

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本編1~9話を大幅改稿圧縮により投稿数が減ってると思います 旧1~9話は削除 1話2話を全面改稿 10話以降は話数の変更はかけずにそのまま維持されてます
ご迷惑おかけして申し訳ありません


第74話 三人の防衛線

 閉じかけた隔壁の向こうを、大きな丸い影が横切った。

 

 カツは反射的にレツとキッカを引き寄せ、積み上げられた部品箱の陰へ伏せた。床へ響く足音は人間のものではない。ずんぐりした黒いモビルスーツが保守通路を抜け、その後ろから緑色の軍服を着た兵士たちが降りてくる。

 

「ジオンだ……」

 

 レツが息だけで言った。

 

 三人の先には、白いモビルスーツが何機も並ぶ工場が広がっていた。装甲をつけていない機体、腕だけを吊られた機体、塗装前の機体が、照明の下に何列も続いている。

 

 ジオン兵たちは工場へ散り、黒い箱を冷却装置や部品搬送機へ押しつけた。横の金具を倒すと箱が固定され、表面に赤い数字が表示される。

 

 少し離れた場所では、赤い制服の仮面の男が端末へ小さな装置を接続していた。並んだ白い機体を見上げ、部下へ何かを命じる。端末の表示が切り替わると、男は装置を外し、兵士たちとともに奥の通路へ消えた。

 

 足音が遠ざかっても、三人はしばらく動けなかった。

 

「数字、減ってるよ」

 

 キッカが指さした。

 

「爆弾だ。あいつら、この工場を壊すつもりなんだ」

 

「でも、触ったら爆発するかもしれないぞ」

 

「じゃあ、このままにしておくのかよ」

 

 カツは、兵士が黒い箱を固定した時の動きを思い出した。横の金具を倒し、上の取っ手を押し込んでいた。中身も仕組みも分からない。ただ、機械へ取りつけた方法だけは見ていた。

 

「中は触らない。くっつけたところだけ外すんだ」

 

 三人で最も近い箱へ寄った。

 

 カツが金具を起こそうとしたが、固くて動かない。レツも手を重ね、二人で力をかける。金具が重い音を立てて外れ、箱が少し傾いた。

 

「落ちる!」

 

 キッカが下へ手を伸ばし、床との間に残っていた留め具を引き抜いた。

 

 近くに置かれていた低い整備車両を押して寄せ、三人で箱を荷台へずらす。同じように、目に入る二つ目と三つ目も外した。

 

 けれど工場は広い。敵兵がどこへ何個つけたのかまでは分からない。

 

「誰か呼ばないと」

 

 レツが通信端末へ走ったが、画面は砂嵐のように乱れたままだった。

 

「この車を動かそう。ここから離せば、工場は助かるかもしれない」

 

「どこへ持っていくんだよ」

 

「ホワイトベースの人を探すんだ」

 

 カツが運転席へ座り、見よう見まねで起動スイッチを押した。整備車両は警告音を鳴らしてから、ゆっくりと動き出した。

 

 ◇

 

 黒い一号機の外装を再び外す作業を見ながら、俺は何度目か分からない捜索状況を聞いていた。

 

「第三、第五居住区画にはいません。避難所の照合も終わりました」

 

 フラウが通信席から振り返る。顔色は悪いけど、声だけは崩していない。

 

「基地警備隊が保守通路側を確認中です。ただ、第一波の攻撃で監視装置が落ちた区画があります」

 

 表示された基地図の一部が灰色になっていた。

 

 水路、保守通路、モビルスーツ工場。子どもでも通れる連絡路と、戦闘中に何度も開閉された隔壁が重なる。

 

 嫌な場面が頭の奥から浮かんだ。

 

 ジャブロー。工場。子どもたち。それから、時限爆弾。

 

「ブライトさん。工場区画の監視が切れた時刻を、敵が後退した時間と重ねてください」

 

「理由は?」

 

「第一波が陽動だった可能性があります。保守水路から中へ入れるなら、狙うのはMSの工場です。カツたちもホワイトベースへ戻ろうとして、そっちへ入ったかもしれません」

 

 ブライトさんは一瞬だけ俺を見たが、すぐに基地警備隊へ回線を開いた。

 

「こちら第13独立部隊。モビルスーツ工場への破壊工作を警戒されたし。監視不能区画と保守用水路を優先確認。爆発物処理班の派遣を要請する」

 

『基地警備隊より応答。工場南側で不正な隔壁開閉を確認した。二個分隊を投入中。処理班も向かわせる』

 

 警備隊はもう動いていた。俺の記憶がなくても、異常を見つければ必要な対応を取る。

 

 そこへウッディ大尉から通信が入った。

 

『工場の冷却系と部品搬送設備が狙われれば、完成機だけでなく生産線全体が止まる。施設図を警備隊へ送る。ブライト、子どもたちの顔を知る者を案内へ出せるか』

 

「必要人数だけ出します。アムロ、レン、カイ、ハヤト。基地警備隊の指揮下で捜索へ向かえ。単独行動はするな」

 

「了解です」

 

 フラウも立ち上がりかけたが、ブライトさんが止める。

 

「お前は通信を続けろ。三人から連絡が入った時、声を聞かせられるのはお前だ」

 

「……はい。見つけたら、必ずつないでください」

 

 俺たちは警備隊員と合流し、工場区画へ向かう小型車両へ乗り込んだ。ハヤトが運転席へ座り、施設図を確認する。

 

「南側の搬送路へ入ります。工場正面は処理班が封鎖を始めています」

 

「頼む、ハヤト」

 

「任せて。こういう狭い道なら、ガンタンクより楽だよ」

 

 カイさんが助手席の手すりを握った。

 

「比較する相手が悪くないかねえ。敵は基地の中、子ども三人は行方不明。今日だけで十分働いただろ、俺たち」

 

 軽口の割に、目は通路の奥から動かなかった。

 

 その時、車内端末へ途切れた声が入った。

 

『……ラウ……聞こえ……』

 

「その回線を切らないで!」

 

 フラウの声が割り込む。

 

『カツ? レツ? キッカ? 聞こえるなら返事をして!』

 

『フラウ! 爆弾があるんだ! 車に積んだけど、どこへ持っていけばいいか分からない!』

 

 車内の空気が固まった。

 

「カツ、今どこだ。周りに区画番号は見える?」

 

『レン? 黄色い扉を二つ通った。壁にMの三……三十二って書いてある!』

 

 ウッディ大尉がすぐに施設図を切り替えた。

 

『搬送路M32だ。そこから先は工場外周へ出る。停止させるな。今止まれば、冷却主管と部品倉庫が巻き込まれる』

 

「表示されてる数字は?」

 

『二つは五分くらい! 一個だけ、もっと少ない!』

 

 後ろでレツが叫んでいる。数字を読み違えている可能性もあるが、時間がないことだけは確かだった。

 

『M32から未使用掘削区画へ通じる廃棄坑がある』

 

 ウッディ大尉の声に、ミライさんが続いた。

 

『M35とM36の隔壁を開きます。中は避難済みです。ただしM34の搬送設備が止まっています。手動経路へ切り替えます』

 

「ハヤト、追いつける?」

 

「やります。全員つかまって!」

 

 車両が加速し、俺たちの身体が座席へ押しつけられた。

 

 ◇

 

 最初に見えたのは、整備車両の黄色い回転灯だった。

 

 狭い搬送路を、荷台の黒い箱を揺らしながら走っている。運転席にはカツ、荷台の端にはレツとキッカがしがみついていた。

 

「横につける!」

 

 ハヤトが速度を合わせる。壁との隙間はほとんどない。少しハンドルを切りすぎれば、どちらかの車体が接触する。

 

 アムロが手すりを越えた。

 

「僕があっちへ移る。カツじゃ廃棄坑まで曲がり切れない」

 

「右から段差が来る!」

 

「見えてる!」

 

 車両同士の間隔が狭まった瞬間、アムロが床を蹴った。爆弾を積んだ車両の後部へ着地し、揺れる荷台を這って運転席へ進む。

 

「カツ、代わる。後ろへ行け」

 

「でも、爆弾が――」

 

「だから僕が運転する。早く!」

 

 カイさんが身を乗り出した。

 

「キッカ、こっちへ来い! 俺が受け止める!」

 

「おじさんじゃない?」

 

「今はどっちでもいい!」

 

 キッカが荷台の縁まで這い、カイさんが両腕で引き上げた。

 

 次はレツだ。車両が揺れた瞬間、ハヤトが速度をわずかに落として間隔を保つ。カイさんがレツの腕をつかみ、俺も腰を抱えて車内へ引き込んだ。

 

 残ったカツは運転席の横から動こうとしない。

 

「カツ、こっちへ来い!」

 

「アムロが一人になるだろ!」

 

「進路を決めたらアムロも移る! お前が残ったら、その分遅れるんだ!」

 

 自分でも驚くくらい声が荒くなった。

 

 カツがようやく立ち上がる。アムロが片手でハンドルを押さえながら、背中を押した。

 

『M34、手動経路を開きます!』

 

 ミライさんの声と同時に、正面の隔壁が途中まで上がった。高さが足りない。

 

「伏せろ!」

 

 爆弾車両が先に滑り込み、屋根が隔壁の下端をこする。火花が散った。ハヤトは車体をわずかに横へ振り、後を追って開口部を抜ける。

 

 カツが荷台の縁へ手をかけた。俺は片膝を車内へ固定し、腕を伸ばす。

 

「飛べ!」

 

 カツの手をつかんだ瞬間、車両同士が離れ始めた。肩が抜けそうな力がかかる。カイさんが俺のベルトをつかみ、二人がかりでカツを引き込んだ。

 

 残るのはアムロだけだ。

 

『廃棄坑まで百二十。M36開放。進路固定レバーは右側だ』

 

 ウッディ大尉の指示を受け、アムロが車両を廃棄坑へ向ける。黒い箱の数字は、もう一分を切っていた。

 

「アムロ、早く!」

 

『まだだ。ここで離れたら壁にぶつかる』

 

 最後の分岐でアムロが右側のレバーを倒す。前輪が固定軌道へ入り、爆弾車両が廃棄坑へ向かって真っすぐ走り始めた。

 

「ハヤト、寄せて!」

 

「壁に当たる!」

 

「当てないで寄せてくれ!」

 

「簡単に言うな!」

 

 それでもハヤトは、車両を数十センチだけ近づけた。

 

 アムロが運転席から飛ぶ。カイさんと俺で腕をつかみ、車内へ引きずり込んだ。

 

「全員伏せろ!」

 

 ハヤトが車両を退避区画へ滑り込ませる。

 

 直後、後方で重いものが落ちる音がして、世界が白く揺れた。

 

 腹の底を殴るような衝撃が通路を走り、隔壁の隙間から熱風と粉塵が吹き込む。照明が消え、非常灯が赤く点いた。

 

 耳鳴りの中で、キッカの泣き声が聞こえた。

 

「大丈夫だ。もう大丈夫だから」

 

 カイさんが抱き上げると、キッカはその服へ顔を押しつけた。レツは震えながらカツの腕をつかみ、カツは何か言おうとして、結局うつむいた。

 

 ◇

 

 工場で見つかった爆弾は、三人が運び出したものだけではなかった。

 

 爆発物処理班は三人の証言を基に捜索し、冷却設備と組立区画から残りを発見した。一個は移動させる時間がなく、周辺を封鎖したうえで爆発させた。人的被害は防げたが、部品搬送設備と溶接区画の一部が壊れ、生産再開には時間がかかるらしい。

 

 医療区画へ戻された三人を見つけたフラウは、最初に全員をまとめて抱きしめた。そのあと、泣いたまま本気で怒った。

 

「どうして勝手にいなくなるの! どれだけ心配したと思ってるのよ!」

 

「だって、ホワイトベースに戻りたくて……」

 

「戻りたいなら、戻りたいって言いなさい! 爆弾に触るなんて、もし途中で爆発してたら――」

 

 言葉が続かなくなり、フラウはもう一度三人を抱きしめた。ブライトさんも甘い顔はしなかった。

 

「お前たちが異常を見つけなければ、被害はもっと大きかった。それは事実だ。だが、施設を抜け出したことも、爆発物を自分たちだけで動かしたことも正しいとは言えない」

 

 三人は並んでうつむいた。

 

「次に何かを見つけたら、まず大人へ知らせろ。今回助かったからといって、次も助かるとは限らない」

 

「……はい」

 

 育児施設と周辺区画は、戦闘と破壊工作の後始末で受け入れを停止していた。再移送の手続きもすぐにはできず、第13独立部隊には出航準備を早める命令が入っている。

 

 結局、カツたちは暫定的にホワイトベースへ戻されることになった。

 

 英雄だからでも、兵士として認められたからでもない。今のジャブローで、三人をまとめて保護できる場所がここしかなかっただけだ。

 

「レン」

 

 カツが顔を上げる。

 

「俺たち、役に立ったよな」

 

「立ったよ。工場が全部吹き飛ばなかったのは、三人が見つけてくれたからだ」

 

 カツの顔が少し明るくなる。

 

「でも、死にかけたのも本当だから。俺からは、それ以上うまく褒められない」

 

「なんだよ、それ」

 

「俺も似たようなことをして怒られてるから、偉そうに言えないんだよ」

 

 横でアムロが小さく笑い、ブライトさんは聞こえなかったふりをした。

 

 格納庫では、白いガンダムの右脚と黒いガンダムの外装が再び開かれている。その向こうでは、壊れた生産設備を前に、整備員と技術者が作業計画を組み直していた。

 

 敵の姿は消えたが、破壊工作を完全には防げなかった。ジムが量産されていることも、工場の配置も見られている。

 

 基地司令部から、第13独立部隊の出航準備を前倒しする命令が届く。

 

 ジャブローにいられる時間は、思っていたより短くなっていた。

 

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