【完結】黒いガンダムの宇宙世紀   作:いずりょう

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第九章 宇宙へ
第75話 変わる設計図


 ジャブローからの出航が前倒しされてから、格納庫の時間は今まで以上に速く流れた。

 

 黒いガンダムの外装は、開かれては閉じられ、また別の場所が開かれた。戦闘後にずれていた装甲の固定が直され、冷却系と姿勢制御の数値が何度も確認される。背中と脚部の宇宙用推進器も再設定され、地上で少し重かった反応がようやく揃い始めていた。

 

「右へ二度。次は左。急に振るなよ」

 

「分かってます」

 

 整備員の指示に合わせ、コックピットから一号機の上半身をゆっくり動かす。腰の保持部には短いビームガンが固定され、背部には対艦刀の支持具が追加されている。

 

 対艦刀を抜く試験は、格納庫の中では途中までだった。大きな刀身が支持具から少し持ち上がっただけで、周囲の整備員が一斉に距離を取る。

 

「止めろ。そこまでだ」

 

「まだ全然抜いてませんけど」

 

「全部抜いたら天井か隣の機体を切るだろうが」

 

「大丈夫です切りませんよ」

 

「お前の大丈夫は信用しない」

 

 何度聞いたか分からない言葉だった。

 

 ビームガンも火器管制との同期は終わったが、ビームライフルの代わりになる武器ではない。出力も射程も低く、近距離で持ち替える時間を減らすための補助火器だ。対艦刀も目標へ近づけなければ意味がなく、振るだけで姿勢と推進剤を食う。

 

 装備が増えたというより、使いどころを間違えたら自分の動きを邪魔するものが増えた感じだった。

 

 隣では、白いガンダムが修理を終えた右脚へ体重を移している。

 

『荷重七十四。支持部に偏りなし』

 

 アムロの声が外部通信へ流れた。

 

『反応補正を戻す。次、踏み込みます』

 

 白い機体が一歩前へ出る。修理前にあった不自然な間は消えていた。アムロはさらに膝を曲げ、足首と股関節の反応を確かめてから機体を停止させた。

 

『大丈夫。これなら宇宙でも使える』

 

「整備員より先に決めるな」

 

『数値も見ています』

 

「なら最初からそう言え」

 

 怒鳴られているのに、アムロの声は楽しそうだった。

 

 格納庫の反対側では、ハヤトが新しく運び込まれたガンキャノンのコックピットへ何度も出入りしていた。ガンタンクより視点が高く、操縦系も違う。宇宙では自分で機体の姿勢を作らなければならないため、整備員と一緒に操作手順を確かめている。

 

「どう?」

 

 作業の切れ目に声をかけると、ハヤトは開いたハッチから顔を出した。

 

「まだ変な感じだよ。ガンタンクなら、少なくとも上下を間違えることはなかったから」

 

「宇宙に出たら、最初から上下なんてないけどね」

 

「だから困ってるんだよ」

 

 ハヤトは困ったように笑ったあと、ガンキャノンの座席へ視線を戻した。

 

「でも、ガンタンクでやってきたことが無駄になったとは思ってない。艦の近くを守るなら、こっちでもできるはずだから」

 

「うん。ハヤトなら大丈夫だよ」

 

「簡単に言うなよ。レンたちと同じ動きはできないんだから」

 

「同じ動きをする必要はないだろ」

 

 そう答えると、ハヤトは少し考えてからうなずいた。

 

 近くの端末には、新しい機体と搭乗員の割り当てが表示されていた。カイさんはこれまで通りガンキャノン。ハヤトは追加されたガンキャノンへ移行。コアブースターは複数の候補者が操縦確認を行い、専任を決めずに予備要員を含めて運用する予定になっている。

 

 その名簿を上から下まで確認して、俺は一つの名前がないことに気づいた。

 

 スレッガー・ロウ。

 

 原作なら、ジャブローでホワイトベースへ加わっていたはずの人だ。

 

 俺がいて、ガンダムが二機ある。カイさんとハヤトも残り、部隊の編成も原作とは違う。単に増員の必要がないと判断されたのかもしれない。リュウさんやマチルダさんが生き残り、ミハルも死ななかったことで、人員や輸送の割り当てが変わった可能性もある。

 

 俺が変えた結果なのか、それとも最初から違っていたのか。

 

 端末を閉じようとした時、近くで部品を運んでいた補充兵たちの声が聞こえた。

 

「ジムも数が増えたな。これなら前線も少しは楽になるか」

 

「数だけじゃ駄目だろ。別の戦線じゃ、キャノンを積んだジムで一人だけ暴れてる女がいるらしいぞ」

 

「また噂か?」

 

「名前まで出てる。シイコ・スガイ。向こうじゃ魔女って呼ばれてるらしい」

 

 手から端末が滑り、工具箱の角へ当たった。

 

 乾いた音が格納庫に響く。

 

「レン?」

 

 ハヤトがこちらを見る。

 

「今、何て言いました?」

 

 思ったより大きな声が出た。話していた補充兵が驚いて振り返る。

 

「何って……魔女の話か?」

 

「名前です。シイコ・スガイって、本当に?」

 

「ああ。俺も輸送隊から聞いただけだ。キャノンを背負ったジムで、ジオンのモビルスーツを何機も落としたとか」

 

「どこの戦線ですか。所属は? 機体は普通のジムなんですか?」

 

「知らん知らん。だから噂だって言ってるだろ」

 

 補充兵は困った顔で両手を上げた。

 

「撃墜数だって、聞くたびに増えてる。魔女って呼び方だけは、どこでも同じみたいだけどな」

 

 シイコ・スガイ。

 

 キャノンを装備したジム。

 

 魔女。

 

 同姓同名ならまだ分かる。けれど、そこまで重なる偶然があるのか。

 

 あの人は、俺が知っている一年戦争とは違う世界の人だったはずだ。ジオンがガンダムを奪い、そのまま勝った世界。歴史の形そのものが、ここまで歩いてきた宇宙世紀とは違う。

 

 なのに、連邦軍のパイロットとして存在している。

 

 TV版や外伝、ゲームの違いなら、同じ事件を別の角度から見たものだと考えられた。けれど、これはそれでは済まない。

 

「レン、本当に大丈夫?」

 

 ハヤトの声で、ようやく周りから見られていることに気づいた。

 

「……うん。知ってる人と、名前が似てただけ」

 

「似てただけで、そんな顔になるか?」

 

「俺も、そう思う」

 

 拾い上げた端末の端が少し欠けていた。

 

 この世界が何なのか、ますます分からなくなった。

 

 ◇

 

 その日の午後、俺は再びゴップ大将の執務区画へ呼ばれた。

 

 前と同じ部屋だったが、今回は人事担当者はいなかった。ゴップ大将の隣にいるのは、技術本部と情報部の士官だけだ。

 

「ジャブロー防衛戦と工場への破壊工作について、君の報告は読んだ」

 

「はい」

 

「敵の第一波を陽動と見て、工場への侵入を警戒した点は妥当だった。ただし、子どもたちの行動まで予測していたわけではないな」

 

「さすがにそこまでは分かりませんでした。工場と爆弾が頭に浮かんだだけです」

 

「その曖昧な知識を、確定情報として報告しなかった点も含めて評価している」

 

 褒められているのか、警戒されているのか分からない。たぶん両方だ。

 

 ゴップ大将が机上の端末へ手を置く。壁面表示に、一機のモビルスーツの設計図が現れた。

 

 見慣れたガンダムとは、細部が違う。肩、腕、脚部、推進器。装甲の中に何を詰め込んでいるのかまでは分からないが、ただの改修機ではない。

 

「RX-78NT-1。計画内部ではアレックスと呼ばれている」

 

「アムロ・レイ曹長からは、機体の反応の遅さにストレスを感じるとの報告が上がっている。それを受け基本性能とコンピューターシステムの向上を主眼に、高い反応速度を持つ操縦者へ追従できるよう設計された試験機だ」

 

「アムロ用……」

 

「地上での初期試験後、北極基地を経由して宇宙へ移送する。サイド6のリボー・コロニーで最終調整を行う予定だ」

 

 リボー。アレックス。知っている名前が一つずつ揃っていく。

 

 正史と同じなら、この計画は狙われる。地上試験も、リボーへ入ってからも安全ではない。けれど今の世界が正史と同じだという保証は、さっき壊れたばかりだった。

 

「君には、RX系を実戦で運用している側から問題点を聞きたい。技術本部は秘匿された固定施設で試験を完了させた後、正式な配備先を決める方針だ」

 

「完成してから、ですか?」

 

「そうだ」

 

「それだと遅いと思います」

 

 技術士官が眉を動かした。

 

「理由を説明したまえ」

 

「想定搭乗者がアムロならできるだけ早い方がいいです。反応が遅れた時の入力、姿勢制御、武器の切り替え、地上のテストだけでは取れない記録があります」

 

「機体が完成してから調整すればよいのではないか」

 

「完成した後で操縦者に合わない部分が見つかったら、また作業をやり直すことになります。それに地上で動いても、宇宙で同じように動くとは限りませんし、何より遅れを訴えてるアムロに合わせるなら当人がいないと調整もちゃんとできないのではないでしょうか??」

 

 黒い一号機も、宇宙用の姿勢制御を合わせるだけで何度も外装を開いた。武器一つ増えれば火器管制が変わり、推進器を触れば冷却と関節の負荷まで変わる。

 

「一号機のデータも比較用に使えます。機体構成は違いますけど、高機動時にどこへ負荷が集まるかは見られると思います」

 

「君は、開発中の機体をホワイトベースへ配備しろと言っているのかね」

 

「今すぐ載せてくれ、とは言ってません」

 

「欲しくはないのか」

 

 言葉に詰まった。

 

「……欲しくないと言ったら嘘になります。ですがそういう話ではないですし」

 

「では何を求める」

 

「受領する部隊だけでも先に決めてください。第13独立部隊が受け取る予定なら、開発側と整備班を今からつなげられます」

 

 設計図の横へ、現在の移送経路が表示されている。

 

「リボーでは、組み立てと気密確認、基本動作、輸送できるかどうかの確認までを優先する。全部の試験を固定施設で終わらせず、動かせる状態になったら輸送艇へ移すんです」

 

「中立コロニーから未完成機を出せと?」

 

「専属の技術班とテストパイロットも一緒です。小型の輸送艇に診断設備と交換部品を載せて、護衛をつける。宇宙で移動しながら試験できる隊にします」

 

 ゴップ大将の目が細くなる。

 

「ホワイトベースは、ジオンが最優先で追っている艦の一つだ。その近くへ極秘試験機を運ぶ方が危険ではないか」

 

「ホワイトベースへ積まなくてもいいです。別の試験用の艦艇を用意できれば、危険になった時に離れられます。固定施設は場所を知られたら逃げられません」

 

「アムロ曹長を試験へ使えば、通常任務へ支障が出るぞ」

 

「試験の時間は限るべきです。でも本人を一度も乗せずに完成させても、受け取った後に調整をやり直します。だったら宇宙で合流して、短時間でも本人の反応を取った方がいいと思います」

 

「サイド6との外交問題はどうする」

 

「秘密にしたまま長く置く方が見つかった時に説明できないんじゃないですか」

 

 そこまで言ってから、自分の言葉が強すぎたことに気づいた。

 

「すみません。外交のことは、俺には分かりません」

 

「分からないことを分からないと言えるなら、まだよい」

 

 ゴップ大将は技術本部の士官へ向き直った。

 

「第13独立部隊を受領予定部隊とした場合の問題を洗い出せ。二号機と一号機の運用ログを、機密区分を維持したまま開発側へ送る方法も検討しろ」

 

「移動試験隊についてもですか」

 

「輸送艇、専属技術班、護衛機を含めた案を作れ。リボーで必要な工程と、移動後に回せる工程を分離する。採用を決めたわけではない」

 

「はっ」

 

 ゴップ大将が俺を見る。

 

「君の案が正しければ、受領までの時間は短くなる。間違っていれば、未完成の試験機と技術者を危険へ近づけることになる」

 

「分かっています」

 

「分かっている顔には見えんな」

 

「早く動かせば安全になるとは限らない。でも、同じ場所に置いておけば安全だとも思えません」

 

「ならば、その不安も報告書へ書け。都合のよい部分だけを提案にするな」

 

「はい」

 

 部屋を出る直前、もう一度アレックスの設計図を見た。

 

 知っている未来を避けようとして、別の危険を作るかもしれない。

 

 かなり無理やりな提案をしたとは思う。でも、何も言わずに待つことはできなかった。

 

 ◇

 

 ホワイトベースへ戻ると、全乗員へ出航任務が伝えられた。

 

 ブリッジ正面の画面には、ホワイトベースを含む四隻の航路が表示されている。発進地点は別でも、宇宙へ上がった後は同じ作戦に入る。

 

「我々の任務は、敵の目を引くことだ」

 

 ブライトさんが乗員を見回した。

 

「四隻が複数の進路を取り、連邦軍主力の位置と規模を誤認させる。第13独立部隊はソロモン方面へ向かうが、主力艦隊の先鋒ではない。敵にそう思わせるための囮だ」

 

 白い悪魔と黒い悪鬼。

 

 俺たちが否定しなかった呼び名も、戦果映像も、敵の警戒を集めるために使われる。

 

 自分で提案した宣伝の使い方が、そのまま自分たちを狙わせる理由になっていた。

 

「敵が食いつけば、追撃を受ける可能性が高い。各機は発進後、直ちに宇宙戦へ対応できる状態を維持しろ。ただし、接触がない限り無駄に出撃するな」

 

 命令が終わると、乗員たちはそれぞれの持ち場へ散った。

 

 ララァは医療物資と生活区画の固定確認へ向かい、カツたちはフラウに連れられて座席へ押し込まれていた。

 

「今度こそ勝手に外さないでね」

 

「分かってるって」

 

「カツは分かってるって言った後にやるでしょう」

 

「今回はやらないよ!」

 

 キッカとレツまで一緒にうなずいている。フラウは三人分の固定具を、自分の手で一つずつ引いて確認した。

 

 格納庫では、白いガンダム、黒いガンダム、二機のガンキャノン、コアブースターが発進時の衝撃に備えて固定されていた。

 

 俺は一号機の足元から、黒い装甲を見上げる。

 

 地上へ降りた時より、武器も機体も増えている。生き残った人もいる。いなくなった人もいる。来るはずだった人が来ず、いるはずのない人の噂が聞こえてきた。

 

「レン、ブリッジから呼ばれてるぞ」

 

 アムロがガンダムの点検端末を閉じた。

 

「分かった。アムロ、脚は?」

 

「問題ない。一号機は?」

 

「たぶん大丈夫」

 

「たぶんをつけるなって、また怒られるよ」

 

「アムロまで言うのかよ」

 

 発進警報が鳴る。

 

 俺たちは一度だけ機体を振り返り、ブリッジへ走った。

 

 巨大な発進路の先で、隔壁が開いていく。夜の空が見え、その向こうには地上からでは届かない宇宙がある。

 

「ホワイトベース、発進します」

 

 ミライさんの声とともに、艦体がゆっくり浮き上がった。

 

 加速が身体を座席へ押しつける。ジャブローの森と地面が遠ざかり、雲が窓の下へ沈んでいく。やがて空の青が薄くなり、正面の景色が黒へ変わった。

 

 地球が背後へ回る。

 

 無重力へ切り替わるわずかな瞬間、身体の中まで置いていかれるような感覚がした。

 

「宇宙空間へ移行。各部正常です」

 

「僚艦三隻、予定航路へ入りました」

 

 オペレーターの報告が続く。

 

 ブライトさんは地球を振り返らず、前方の星を見ていた。

 

「第13独立部隊、作戦行動を開始する」

 

 その直後、索敵画面の端に小さな反応が一度だけ現れた。

 

「遠距離に熱源反応。……消失しました。識別できません」

 

「監視を続けろ。こちらから進路は変えない」

 

 宇宙は静かだった。

 

 静かに見えるだけだということを、俺たちはもう知っていた。

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