海面の下で、三つの光が分かれた。
一つは深く潜り、残る二つが左右からホワイトベースへ近づいてくる。直後、海中から飛び出した対空ミサイルが艦の前方で爆発した。黒い一号機の足元が大きく揺れる。俺は機体を艦から離し、左手のシールドを正面へ向けた。爆煙と破片が装甲を叩き、モニターの半分が白く染まる。
『アムロは大型を追え。レンは艦の周囲に残って敵機を止めろ。深追いはするな』
「分かりました」
『ハヤトは艦上から警戒。カイ、ガンペリーへ回れ。対潜ミサイルを使う』
『ガンペリー? 俺に空から魚釣りをしろってのかよ』
『嫌なら海中へ泳いでいけ』
『はいはい、行きますよ』
通信が切れる前に、白いガンダムが海へ飛び込んだ。青い水の中で姿が小さくなり、その先を大きな影が横切っていく。
グラブロ
水中用モビルアーマーを相手に、こちらがどこまで動けるかだった。海面を割ってズゴックが飛び出し、ホワイトベースの側面へミサイルを放つ。俺は機体を間へ滑り込ませ、シールドを斜めに構えた。爆発が盾の表面を走り、左肩に黄色い警告が灯る。
「これくらいなら、まだ……!」
黒い一号機を海へ沈める。水へ入った瞬間、機体の動きが重くなった。スラスターを吹かしても身体を引かれる。ズゴックはその横を泳ぐように抜け、クローを伸ばしてきた。
正面から受けたら左腕が持たない。
俺はシールドを前へ残すように腕を引き、機体を沈めた。クローが盾の上をかすめる。機体が通り過ぎる一瞬に、ビームライフルを向けて引き金を引いた。光は水の中で太く崩れ、ズゴックの肩を焼いた。距離が近ければ威力は残る。それでも、地上のようには止められない。
ズゴックが旋回する。俺よりずっと速い。
けれど、狙っているのは俺じゃない。
ホワイトベースへ向かうなら、通る場所は限られる。俺は艦底近くへ機体を寄せた。ズゴックはこちらの下を抜けようとする。頭部バルカンを撃つと、弾はすぐ勢いを失ったが、至近距離でモノアイ周辺へ当たった。
青い機体がわずかに進路を外す。
その瞬間、ビームサーベルを抜いた。
「行かせるか!」
振り抜いた光がズゴックの胸を斜めに裂いた。水の中で爆発が膨らみ、衝撃が黒い一号機を押し流す。
機体を立て直した時、アムロの荒い息が通信へ入った。
『速い……こいつ、水の中じゃガンダムよりずっと――』
警報音と金属の潰れる音が重なる。
「アムロ!」
『脚をつかまれた!』
海中カメラを切り替える。深い場所で白いガンダムが引きずられ、片脚をグラブロのクローに挟まれていた。
助けに向かおうとした俺の前を、もう一機のズゴックが横切る。ホワイトベースへ向けて速度を上げていた。
俺はスロットルを押したが、黒い一号機は海水をかき分けるだけで、思うように前へ出ない。
『レン、こっちはいい!艦を守れ!』
「でも、その脚じゃ――」
『こいつは僕がやる!』
アムロの声に迷いはなかった。
俺は白いガンダムから目を離し、ホワイトベースへ向かうズゴックを追った。
◇
ミサイルの爆発で、後部物資区画の照明が消えた。ミハルは箱の間へ倒れ込み、床へ手をついた。非常灯が点くと同時に、物資庫の扉が半分開く。
通路の向こうでは、避難していた子どもたちが壁際へ集められていた。小さな女の子が揺れに足を取られ、床へ転ぶ。ミハルは物資庫から出て、その子を起こした。
「大丈夫かい?」
「うん……」
女の子を迎えに来た年長の少年が頭を下げ、二人で通路の先へ走っていく。再び艦が揺れ、天井から細かな塵が落ちた。
あの子たちが狙われる理由はない。ホワイトベースが南米へ向かうことを知らせたのは自分だった。
「何で出てきた!」
カイが通路の向こうから走ってきた。手には飛行帽を持っている。
「扉が開いたんだよ」
「だからって歩き回るな。今度は本当に閉じ込めるぞ」
「敵が来たんだろ」
カイは答えなかった。それだけで十分だった。
「私が話したからかい」
「今はそんなことを言ってる場合じゃねえ」
放送が入り、カイへガンペリーの発進を急ぐよう命令が飛ぶ。カイは踵を返した。ミハルはその後ろを追う。
「何でついてくる」
「荷物を扱う仕事ならしてきた。機械の操作だって、教えられればやれる」
「戦争は港の荷運びじゃねえんだぞ」
「分かってるよ」
「分かってねえよ。手伝ったからって、お前がやったことがなくなるわけじゃない」
「そんなことは言ってない!」
ミハルの声が通路へ響いた。
「これ以上、あの子たちまで巻き込みたくないんだよ」
カイは足を止めた。格納庫では整備員がガンペリーへ対潜ミサイルを積み込み、発進を急いでいる。補助席は空いたままだった。
「言われたこと以外、勝手に触るな」
カイはそれだけ言い、飛行帽をミハルへ押しつけた。ガンペリーがホワイトベースを離れると、海面の上には爆発でできた白い霧が広がっていた。カイは機体を低く飛ばし、ソナー画面に映る反応を追う。
「右のつまみを一段下げろ。照準が重なったら、赤いスイッチだ」
「これかい?」
「そっちは投棄だ! 触るな!」
「似たような色にする方が悪いだろ!」
「軍に帰ったら設計した奴に言っといてやるよ!」
海面が盛り上がり、ズゴックが飛び出した。カイは機体を傾け、クローを避ける。対潜ミサイルの照準が一瞬だけ重なった。
「今だ!」
ミハルが発射スイッチを押す。
反応はなかった。
「出ないよ!」
「くそっ、さっきのでやられたか!」
ズゴックのミサイルがガンペリーの翼近くで爆発した。機体が激しく揺れ、警告灯がまとめて点く。発射回路の表示が赤く変わった。
「遠隔が死んでる……」
カイが奥歯をかみしめる。ズゴックは再び海へ潜り、ホワイトベースの前方へ回り込もうとしていた。このままなら、次は艦底を狙われる。
ミハルが後部区画へ続く扉を見た。
「ミサイルの近くなら、直接撃てるんだろ?」
「できるけど、お前が行く場所じゃねえ」
「ほかに誰がいるんだい」
「俺が――」
「あんたが操縦をやめたら、二人とも海へ落ちるよ」
カイは答えられなかった。ミハルは座席を離れ、後部のミサイル区画へ降りていく。狭い足場の下には、対潜ミサイルのラックと手動操作盤があった。
『ガンペリー、聞こえますか!』
レンからの通信が入る。
『聞こえてる! 今忙しいんだよ!』
『後ろにいるの、ミハルですか?』
カイが一瞬黙った。
『そうだ。手動でミサイルを撃たせる』
『その区画、発射したら爆風が後ろへ抜けます! 命綱を一本じゃなくて、腰と手すりの二か所へ固定してください。発射口の後ろには絶対に立たせないで!』
『ミハル、聞こえたか!』
「聞こえてるよ!」
ミハルは壁にかかっていた安全索を腰へ回し、もう一本を手すりへ通した。手動操作盤の保護板を開く。中には発射選択と書かれたレバーが並んでいる。
「どれを引けばいい!」
『右から二番目だ! 俺が合図するまで待て!』
ズゴックの影が海面の下を走る。
カイはガンペリーの機首を下げた。照準器の中央へ、赤い機体が浮かび上がる。
『今だ、ミハル!』
ミハルがレバーを引いた。
対潜ミサイルがラックから放たれた。轟音と同時に熱い風が区画を突き抜け、ミハルの身体を後ろへ投げる。
安全索が伸びきり、腰を強く引いた。もう一本を留めていた金具が壁から外れる。ミハルの肩がフレームへぶつかり、身体が開いた側面から外へ投げ出された。腰の安全索が張り、海面の上で身体を止める。
「ミハル!」
カイは機首を引き起こし、ガンペリーを水平へ戻した。発射したミサイルはもう海中へ入っている。姿勢保持を入れると、座席のベルトを外して操縦席を飛び出した。
狭い連絡通路を走り、後部区画へ続く梯子を滑り降りる。その間にも警報は鳴り続け、機体が細かく揺れていた。
カイが後部区画へ着いた時、ミハルは片手で扉の縁をつかみ、機外へぶら下がっていた。腰を支える安全索の金具が、今にも外れそうに軋んでいる。
「手を出せ!」
「早くしな!」
カイは床の手すりへ片腕を絡め、外へ身を乗り出した。指先がミハルの手首へ届く。
その下で、対潜ミサイルが海へ突き刺さった。
数秒後、海面が内側から持ち上がる。逃げようとした敵機が爆発に飲まれ、青い装甲が水柱の中へ消えた。衝撃でガンペリーが傾き、つないだ手が滑る。
「離すんじゃないよ!」
「誰に言ってやがる!」
カイはミハルの手首を握り直した。安全索ごと身体を引き上げ、床へ転がり込むまで手を離さなかった。
「おい、目を開けろ!」
「……うるさいね」
声は返ったが、ミハルは右肩を押さえたまま起き上がれなかった。カイは呼吸を確かめ、外れかけた飛行帽の紐を締め直すと、来た通路を操縦席へ走って戻った。
操縦桿を握った右手には、ミハルの血が残っていた。
◇
ガンペリーの下でズゴックが爆発した直後、海の底から強い光が走った。
『こいつ……脚を持っていくつもりか!』
アムロの声とともに、白いガンダムの反応が急に止まる。グラブロのクローに挟まれた脚部から、装甲片が散っていた。
俺は黒い一号機を向けたが、距離がありすぎる。間に合わない。
「アムロ、脚を捨ててもいい! 機体ごと持っていかれるな!」
『まだ動く!』
白いガンダムが水中で身体をひねった。つかまれた脚の装甲が潰れ、関節から火花が散る。
アムロは残った脚とスラスターで機体を反転させ、グラブロの真上へ回り込んだ。ビームサーベルの光が水中で揺れる。
『これで……終わりだ!』
光がグラブロの中央へ突き刺さった。
次の瞬間、大きな影が内側から膨らみ、海の底で爆発した。衝撃に押され、白いガンダムが海面へ浮かび上がってくる。片脚は膝から下の装甲が砕け、まともに動いていなかった。
「アムロ、返事して!」
『聞こえてる……脚は駄目だけど、戻れる』
「分かった。こっちで支える」
俺は黒い一号機の肩を白いガンダムの脇へ入れ、二機でホワイトベースへ向かった。
ガンペリーも後方から戻ってくる。速度は遅く、機体の一部から煙が出ていた。
それでも、落ちてはいなかった。
◇
ミハルは帰艦すると、そのまま医療区画へ運ばれた。
右肩の脱臼、前腕の裂傷、肋骨にもひびが入っていた。命に別状はないと聞いた時、カイさんは壁へ背を預けたまま、長く息を吐いた。
ブライトさんが医療区画へ来ると、カイさんは自分から前へ出た。
「ブライト、話がある」
「聞こう」
「あの子はベルファストから乗り込んだ。俺が見つけて、今まで隠してた。南米の基地へ行くって話したのも俺だ」
「情報を渡したのは彼女か」
「そうだ。だけど、俺が喋らなきゃ渡せなかった。敵が来るかもしれないって分かってからも、名前を言わなかった」
ブライトさんの表情が固くなる。
「なぜすぐ報告しなかった」
「弟と妹がいるって聞いた。軍へ突き出せば、それで終わりになると思ったからだ」
「だから艦全体を危険にさらしたのか」
「違うとは言えない」
カイさんは目をそらさなかった。
ベッドから小さな声がした。
「情報を渡したのは、私だよ」
ミハルが目を開けていた。
「金が必要だった。ベルファストに弟と妹がいる。だからって、やったことがなくなるとは思ってない」
ブライトさんはしばらく二人を見たあと、医療班へ向き直った。
「治療を優先しろ。容体が安定したら事情を聴く。見張りを一人つけるが、拘束は医師の許可が出てからだ」
「ブライト――」
「カイ、お前にも正式な報告書を書いてもらう。処分はそのあとだ」
「分かってる」
「分かっていなかったから、こうなったんだ」
カイさんは返事をしなかった。
俺たちは医療区画の外へ出た。扉が閉まり、中から治療器具を動かす音が聞こえる。
カイさんは廊下の椅子へ座った。右手には海水と油、それに乾きかけた血がこびりついている。
その手を、膝の上へ置いたまま、カイさんは動かなかった。
安全索や安全帯は重要です ケガはしても死ぬより安い
目につくものはできるだけ助けようとするレンですがこの先どうなるのか・・・