黒いガンダムの宇宙世紀   作:いずりょう

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二話連続投稿2話目です


第7話 助手じゃない、たぶん

 普通に、が一番難しい。

 

 そう思った直後に、俺はアムロの横で小型移動ユニットを見ていた。

 

 うん。

 

 もう普通じゃない気がする。

 

 いや待て。工作室で上級生の作業を少し手伝う下級生。これだけなら普通だ。たぶん普通だ。機械好きの子ども同士が、同じ教材を見てあれこれ言う。学校の日常としては成立している。問題は、相手がアムロ・レイで、俺の中身が前世三十五歳で、この先のサイド7の惨事を知っていることだけである。

 

 だけ、とは。

 

「動かすよ」

 

 アムロが端末を軽く叩いた。

 

 小型移動ユニットが机の上を進む。さっきより速度は少しだけ落としてある。前方のストッパーをセンサーが拾い、減速。停止。前側が少し沈む。横に、ほんの少し揺れる。

 

「前が先。横は後からちょっと」

 

「どれくらい」

 

「んー……前が、こくん。横が、すっ、くらい」

 

「それじゃ分からないよ」

 

「こくん、すっ、だよ」

 

「擬音で言われても困るって」

 

 アムロが真顔で言うので、俺は少しむっとした顔を作った。

 

「じゃあ、前は止まる直前に一回沈んで、横は止まった後に戻る時だけ残ってる感じ。前ほど大きくないけど、まだ気になる」

 

「最初からそう言ってくれよ」

 

「子どもに完璧な報告を求めないでください、上級生」

 

「都合のいい時だけ年下になるな」

 

 よし。

 

 軽口が返ってきた。

 

 ぶっきらぼうだが、ちゃんと会話になっている。前世ネットでテンパ呼びされていた少年は、機械の話になると想像よりずっとしゃべる。しかも、言葉が足りないだけで反応は悪くない。変なところで真面目だし、気になる部分にはしつこい。

 

 親近感がすごい。

 

 同時に、少し怖い。

 

 アムロは俺の言葉を聞きながら、端末に指を走らせていた。入力が早い。ログを見る。条件を変える。センサー値を見る。停止タイミングを少しずらす。迷いが少ない。いや、迷ってはいるのだろうが、迷いながら手が止まらない。

 

 速い。

 

 何こいつ怖い。

 

 いや、知ってたけど。

 

「今、何を変えたの」

 

「停止前の減速の入り方。センサーが反応した瞬間に止めるんじゃなくて、距離と速度を見て少し前から落とす。支えを固くして揺れが減ったなら、次は急に止めすぎない方がいい」

 

「なるほど。急ブレーキで前に沈むから、先にゆっくりする」

 

「ざっくり言うとそう」

 

「ざっくり大事。難しい言葉で言われると、僕が先生に説明できない」

 

「先生に説明する気なのか」

 

「怒られた時のためにさ」

 

「まだ怒られてないだろ」

 

「怒られてから考えると遅い。下は立場が弱いんだよ」

 

 アムロは、また少し呆れたように笑った。

 

 この「下は立場が弱い」は便利だ。年下ポジを利用できる。少し知識があっても「父さんに教わった」「見てただけ」「上級生がやってた」で逃げられる。俺は生存戦略として年下をやっている。いや、字面がもうおかしい。年下は普通に年下であって、やるものではない。

 

 アムロが再度ユニットを動かした。

 

 今度はかなりよかった。前の沈みは少し残っているが、横揺れはほぼ消えた。止まり方も自然だ。教材としては十分だと思う。

 

「お、いい感じだね」

 

「まだ前が沈む」

 

「でもさっきより全然いい。これ以上やるなら、前の支えだけじゃなくて、重さの位置を少し後ろにした方がいいと思う。前に部品が寄ってるから、止まる時にどうしても前が勝つ」

 

「重心か」

 

「たぶん。あと、前を強くしすぎたら、今度は後ろが浮きそう」

 

「……そこまで見るのか」

 

「そこまでっていうか、動いたら見えるじゃん」

 

 俺が言うと、アムロは少し変な顔をした。

 

 しまった。

 

 言い方が自然すぎた。中身三十五歳の観察癖が出ている。子どもの「見えるじゃん」は時々怖い。見えない人には全然見えないのだ。前世の仕事でも、経験者が「普通に分かるでしょ」と言うやつはだいたい危険だった。

 

 俺は慌てて付け足した。

 

「父さんが、動いた後の変なところを見ろって言うから。僕はログとかはそんなに分からないし。アムロの方が端末見るのめちゃくちゃ早い」

 

「ログは見れば分かるだろ」

 

「出た。上級生の怖い発言」

 

「怖い?」

 

「見れば分かる、は分かる人の言葉なんだよ。分からない人は見ても分からないよ」

 

「レンは変なこと言うな」

 

「よく言われる」

 

 その時、さっきの上級生が横から覗き込んできた。

 

「お前ら、何の話してんの。片付け時間に、そんな真剣な顔して」

 

「停止の揺れ」

 

「重心」

 

「分からん。怖い」

 

 即答された。

 

 俺とアムロは、ほぼ同時にその上級生を見た。

 

「いや、怖くはないだろ」

 

「ただの小型ユニットですよ」

 

「いや怖いって。アムロ一人でもたまに怖いのに、下の学年から同じ種類のやつ増えたんだぞ。先生に報告した方がいいか?」

 

「同じ種類って何だよ」

 

「機械を見てる時だけ目つきが変になる種類」

 

 ひどい。

 

 いや、否定しきれない。

 

 俺はできるだけ真面目な顔で頷いた。

 

「僕はまだ見習いなので、アムロほどではないです」

 

「おい」

 

「ほらアムロ、助手できてよかったな」

 

「助手じゃない」

 

「見習いです」

 

「それも違う」

 

「じゃあ、横から見る係?」

 

「係にするな」

 

 上級生が笑い、アムロが少し不満そうに眉を寄せた。

 

 工作室の空気が軽い。

 

 ありがたい。こういう茶化しがあると、俺の異物感が薄まる。二つ上の上級生といきなり作業していても、「機械好き同士がなんか始めた」で済む。やはり周囲の雑な認識は大事だ。雑は時に命を救う。いや、大げさか。でも宇宙世紀なので油断はしない。

 

 奥から先生が近づいてきた。

 

 怒られるかと思ったが、先生は机の上のユニットと俺たちを見て、軽く息をついた。

 

「アムロくん、レンくん、片付け時間です。作業が進んでいるのは分かるけれど、工作室は研究所ではありませんよ」

 

 言い方は柔らかいが、しっかり刺してくる。

 

 研究所。

 

 先生、それ今の俺には少し心臓に悪い単語です。

 

「すみません。あと一回だけ動かしたら片付けます」

 

 アムロが言うと、先生は俺の方にも視線を向けた。

 

「レンくんも、上級生の作業を見るのはいいけれど、使った工具は戻すこと。あと、見ているだけのつもりでも、気づいたら手が出ていることがありますからね」

 

「はい。手は出しません。口は少し出ました」

 

「そこは自覚があるのね」

 

「あります」

 

 先生は少し笑った。

 

「なら、最後に一回だけ。終わったら二人で片付け。周りの人も、茶化していないで自分の机を片付けなさい」

 

「はーい」

 

 上級生たちがばらばらに返事をした。

 

 ゆるい。

 

 でもこのゆるさがいい。戦争も軍もモビルスーツもない、ただの学校の工作室。機械好きが片付け時間を少し延長してもらって、先生に軽く怒られる。こういう日常を、俺はちゃんと覚えておいた方がいいのかもしれない。

 

 いつか壊れるかもしれないから、ではない。

 

 今、ここにあるからだ。

 

 アムロが最後の調整を入れた。

 

「レン、横」

 

「了解。前、横、後ろ、全部見る。目が足りないけど」

 

「目は二つで足りるだろ」

 

「上級生は無茶を言う」

 

「またそれか」

 

 ユニットが動く。

 

 さっきより滑らかに進み、ストッパー手前で減速し、止まった。前の沈みはまだある。だが小さい。横揺れはほぼない。後ろも浮かない。

 

「止まった。前はちょっとだけ。横はほぼなし。後ろは浮いてない。さっきよりかなりいい」

 

「ログも悪くない。まだ詰められるけど、今日はここまでだな」

 

「それ、明日も言ってそう」

 

「気になるところが残ってるから」

 

「出た、機械好きの終わらないやつ」

 

 俺が言うと、アムロは少しだけ口元を曲げた。

 

「レンだって、気になってるだろ」

 

「気になってる。でも僕は下級生なので、今日は片付けます。えらいからね」

 

「自分で言うか」

 

「言わないと誰も言ってくれないかもしれないので」

 

 アムロは今度こそ小さく笑った。

 

 よし。

 

 笑わせた。

 

 いや、だから攻略対象みたいに考えるな。アムロ・レイを攻略するな。これはそういうゲームではない。いや、前世でギレンの野望とかスパロボとかやっていたせいで、どうしてもイベント進行っぽく見える瞬間がある。駄目だ。ここは現実。俺の命がかかっている現実である。

 

 まあ、接触成功ではある。

 

 ……だから攻略対象みたいに言うな。

 

 片付けは、思ったよりスムーズだった。

 

 アムロは作業中は机の上を散らかすタイプに見えたが、戻す場所はちゃんと覚えていた。部品ごとに分け、工具を棚へ戻し、端末のログを保存する。俺は下級生用の工具を戻しながら、丸い外装パーツに目を引かれた。

 

 机の端に置かれた、まだ未完成の丸い部品。

 

 教材用の移動ユニットに被せるには少し大きい。飾りにしては妙にしっかりしている。中に小型のセンサーや音声出力用の穴らしきものを入れる余地もある。

 

 丸い。

 

 小型。

 

 自律機械。

 

 ……これ、もしかしてハロ方面か?

 

 いや、まだ断定は早い。ハロだ。ハロだよね。とは言えない。というか言ったら終わる。俺がハロの完成形を知っている理由がない。前世知識、便利だが口に出せない情報が多すぎる。攻略本を持っているのに、見てはいけない縛りプレイみたいな状態だ。

 

 アムロが俺の視線に気づいた。

 

「それが気になるのか」

 

「丸いから」

 

「理由が雑だな」

 

「丸い機械って、なんか気になるじゃん。転がりそうだし、転がったら戻すの大変そうだし」

 

「転がすつもりはない。今のユニットとは別で、小型の自律機械を作れないか試してるだけ」

 

「自律」

 

「と言っても、まだ全然だ。移動と反応と音声を少し。こっちは学校の教材だけじゃ足りないし、家でやる方が多い」

 

 家でやる方が多い。

 

 ああ、アムロだ。

 

 学校の工作室で終わらず、家でもいじる。むしろ学校は部品や工具の補助。こういうところが、いかにも機械沼である。

 

「音声も入れるの?」

 

「簡単なやつだけ。反応が返ってこないと、動いてるだけでつまらないだろ」

 

「分かる。返事してくれると、ちょっと生き物っぽい」

 

「生き物じゃないけどな」

 

「でも、ただの機械より可愛いかもしれないね」

 

「可愛い必要あるのか」

 

「ある。たぶん。怒られにくくなる」

 

「そこなのか」

 

「見た目が怖いと大人に止められる。可愛いと少し許される。これは大事」

 

 アムロは、変なものを見るような顔をした。

 

 だが、否定はしなかった。

 

「……見た目か。考えてなかったな」

 

「そこ考えてなかったんだ」

 

「動くかどうかの方が先だろ」

 

「うん。アムロっぽい」

 

「僕っぽいって何だよ」

 

「機械好きっぽい」

 

「レンもだろ」

 

「僕は怒られない方向も考えるから」

 

「やっぱり変だ」

 

「よく言われる」

 

 先生が近くで小さく笑っていた。

 

 見られていた。

 

 少し恥ずかしい。いや、子ども同士の会話としてはたぶん問題ない。たぶん。だが中身が三十五歳なので、先生に見守られている状況が微妙にくすぐったい。前世なら完全に不審者である。今は子どもでよかった。いや、よかったのか?

 

「二人とも、続きは次の利用時間にしなさい。アムロくんは上級生枠、レンくんは下級生枠だから、時間が重なる時だけですよ」

 

「はい」

 

「はい。僕は合法的に見ます」

 

「レンくん、その言い方はやめましょう」

 

「はい」

 

 即座に注意された。

 

 合法、便利ワードだと思ったのに。

 

 アムロが横で笑いをこらえている。

 

「笑わないでよ、上級生」

 

「合法的に見るって言うからだろ」

 

「怒られない範囲って意味だったのに」

 

「普通にそう言えばいい」

 

「普通が難しいんだよ」

 

「それは少し分かる」

 

 アムロがそう言ったので、俺は思わず顔を見た。

 

 少し分かる。

 

 その言い方が、妙に自然だった。

 

 アムロもたぶん、普通が得意ではない。機械の話になると早い。集中すると周りが消える。言葉が少し足りない。周囲から浮くほどではないが、完全に馴染んでいるわけでもない。

 

 俺とは理由が違う。

 

 俺は前世知識と未来への警戒で普通を装っている。アムロはたぶん、ただ機械が好きで、好きなものに集中しすぎるだけだ。

 

 でも、普通が難しいという一点だけは、少しだけ重なった。

 

 それが嬉しいような、怖いような。

 

 いや、今は嬉しい寄りでいい。

 

 重く考えるな。ここは学校の工作室。戦場ではない。

 

「じゃあ、次に時間が重なったら、また横から見るよ。前がこくんで、横がすっ、なら任せて」

 

「擬音は禁止」

 

「厳しい」

 

「分かるように言え」

 

「じゃあ、僕が擬音を言ったらアムロが翻訳して」

 

「なんで僕が」

 

「上級生だから」

 

「便利に使うな」

 

 そう言いながらも、アムロは丸い外装パーツをケースにしまった。小型移動ユニットも、端末も、スペーサーも片付けられていく。今日の作業は本当に終わりらしい。

 

 少しだけ名残惜しかった。

 

 いや、危ない。オタクの距離感がバグり始めている。初接触から共同作業、次回も見る約束。早い。早すぎる。機械好き同士の距離感、やっぱりおかしい。

 

 でも、不自然ではない。

 

 周囲からは、変な機械好きの上級生と、下にもいた同類。先生からは、片付けを条件に少し作業を見てもいい子ども。アムロからは、構造側を見る変な年下。

 

 それでいい。

 

 今はそれで十分だ。

 

 もちろん、この関係が後で生死に関わるかもしれない、という考えは頭の奥にある。サイド7襲撃。ジオン。ザク。ガンダム。そういう単語が、いつも完全には消えない。けれど、それを表に出したら終わりだ。

 

 未来知識は言わない。

 

 アムロを導く先生にはならない。

 

 こいつの道を横取りしない。

 

 ただ、今は横から見る。

 

 機械の揺れを見て、変なところを言って、軽口を返す。

 

 それくらいなら、たぶん許される。

 

「レン」

 

 帰り際、アムロが俺を呼んだ。

 

「次の上級生枠、予定が出たら見る。重なってたら、また来ればいい」

 

「僕が見てもいいの?」

 

「変なところを見る係だろ」

 

「係になってる」

 

「助手よりいいだろ」

 

「助手じゃない、たぶん」

 

 アムロは小さく笑って、ケースを抱えて工作室を出ていった。

 

 俺はその背中を見送りながら、内心でそっと息を吐いた。

 

 接触成功。

 

 いや、攻略対象みたいに言うな。

 

 でも、成功は成功だ。

 

 テンパ予備軍と、普通に機械の話をする関係が始まった。

 

 しかも次もある。

 

 生存戦略、その次。

 

 二つ上の機械沼に、合法的に近づく。

 

 ……先生に怒られたので、合法的という言い方はやめようと思う。

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