消えた熱源は、三分もしないうちに別の位置へ現れた。
「前回より近いです。加速を続けながら、こちらの航路へ寄せています」
オペレーターが二度の観測結果を重ねる。正面モニターに艦影は映っていない。索敵画面の端で小さな点が明滅し、その横に推定進路と加速値が表示されていた。
「艦級照合は?」
「推進反応はザンジバル級に近いですが、まだ断定できません。最初に反応が消えたのも、減速したのではなく噴射を切っていた可能性があります」
ブライトさんはすぐに進路変更を命じなかった。
俺たちはティアンム艦隊から敵の目をそらすため、他の三隻と別々の航路を進んでいる。追手を嫌って本隊側へ逃げれば、囮に使われている意味がなくなる。
「ミライ、このまま進んだ場合は?」
「相手が今の加速を維持するなら追いつかれます。こちらも最大加速へ移れますが、振り切れるほどの差はありません。それに大きく航路を変えれば、他の囮艦か本隊の方向を絞られる可能性があります」
「予定航路を維持する。全戦闘要員、第一種戦闘配置。モビルスーツ隊は発進準備だ」
警報が鳴り、ブリッジの空気が一気に張り詰めた。
ザンジバル級。それも俺たちの後ろから追ってくるとなれば、思い浮かぶ相手は一人しかいない。
「シャアだと思うか?」
隣の席からアムロが聞いてきた。
「可能性は高いね。でも、まだ決めつけない方がいい。向こうが誰でもやることは変わらないし」
「そうだな。出てから確かめればいい」
アムロは席を立ち、ヘルメットを抱えてブリッジを出ていく。俺も続こうとしたところで、ブライトさんに呼び止められた。
「レン。敵がMSを出してきても、お前はホワイトベースとの間を空けるな」
「了解です。艦を優先します」
返事をして通路へ出たものの、胸の奥には嫌な引っかかりが残っていた。
宇宙へ上がった直後のザンジバル追撃。
◇
ザンジバルの艦橋で、シャアは前方を進む白い艦の航路を見ていた。
「周辺に大規模な推進反応はありません。木馬一隻で先行しているようです」
「いや。先行しているのではない。見せている」
航路図を縮小すると、離れた宙域に三つの反応が表示された。互いに距離を取り、同じ場所へ合流する動きもない。
「囮ですか」
「本隊の位置を隠すため、複数の艦を別航路へ散らしている。だが囮だからといって、価値が低いとは限らない」
シャアは前方の木馬を見た。
ジャブローで確認したジムの生産設備。白と黒、二機の新型モビルスーツ。連邦が量産体制へ入った今、あの二機を残せば残すほど、兵と機体へ実戦データが蓄積されていく。
「トクワン大尉。ビグロで白い方を引き離せ。リック・ドム二機は護衛を押さえ、木馬への接近路を開け」
『了解した。白い奴がどれほど速くとも、ビグロの加速にはついてこられまい』
「速度だけで落とせる相手なら、とっくに落ちている。捕らえた後も油断するな」
シャアは回線を切り、砲撃準備を命じた。
相手が囮なら、本隊を守るため簡単には逃げられない。その制約ごと利用するつもりだった。
◇
黒い一号機が発進路を抜ける。
背中と脚部の推進器が同時に噴き、一度の入力で機体が前へ押し出された。地上で感じていた反応の重さは消えている。姿勢を変えると追加された制御がすぐに追従し、背中の対艦刀を含めた重心のずれまで補正した。
『敵艦を確認。ザンジバル級です。機動兵器三、発進しました!』
拡大映像の中で、ザンジバルの下部から三つの影が離れる。二つはリック・ドム。残る一機は細長い胴体の前に巨大なクローを備え、発進直後から異常な速さで距離を縮めてきた。
形を見た瞬間、頭に名前が浮かぶ。
ビグロ
俺が照準を合わせるより先に、白いガンダムが前へ出た。アムロはビグロの正面を外し、横へ流れながらビームライフルを撃つ。けれど光が通過した時には、もうビグロは予測位置から大きく先へ進んでいた。
「アムロ、そいつは加速が――」
『見れば分かる。レンは艦を頼む』
言い終わる前に、白い機体がさらに加速する。
最近のアムロは、敵が見えた時に前へ出るのが早い。機体の反応が自分に追いつかないと感じている分、自分から間合いを縮めようとしているようにも見えた。
ビグロは白いガンダムを誘うように進路を変え、そのままホワイトベースから離れていく。
『レン、お前までつられるな! カイとハヤトはリック・ドムを止めろ!』
ブライトさんの命令に合わせ、二機のガンキャノンがホワイトベースの左右へ開いた。
一機のリック・ドムがハヤトへ向かう。ハヤトは肩のキャノンを撃ったが、反動を消そうとして逆噴射を強くかけすぎた。ガンキャノンの上半身が浮き、次の照準が敵機の下へ外れる。
『止めようとするな、ハヤト! 今ついてる速度を使え!』
カイさんの砲撃がリック・ドムの進路を横切った。敵機が射線を避けた先へ、ハヤトが機体を流したまま向きだけを変える。二度目の砲弾は肩をかすめただけだったが、リック・ドムはホワイトベースへ近づけず、二機のガンキャノンの間へ押し戻された。
もう一機がカイさんの側面へ回ろうとする。俺はビームライフルを撃ち、進路を変えさせた。追撃はしない。ザンジバルから放たれた主砲の光が黒い一号機の前を横切り、ホワイトベースの左舷近くで爆発する。
通信へ雑音が走り、艦体の振動がモニター越しにも分かった。
『左舷外装に被弾。第一隔壁は維持しています!』
『敵艦、さらに接近。こちらの進路へ相対速度を合わせています』
ミライさんの報告と同時に、ザンジバルが二度目の砲撃を放った。
まだ艦同士が接近戦を行う距離ではない。モビルスーツ用の火器で露出した砲塔を狙えるような間合いでもなかった。それでもザンジバルは少しずつ距離を詰め、ホワイトベースが主砲を向けにくい角度へ回り込もうとしている。
ビグロがアムロを引き離し、リック・ドムが二機のガンキャノンを押さえる。その間に艦を仕留めるつもりなのか。
その時、アムロの通信へ鋭い雑音が入った。
『くっ……こいつ、腕が――』
遠距離映像の中で、ビグロの巨大なクローが白いガンダムの胴を挟んだ。直後に二機は急加速し、一つの光点のように流れていく。
「アムロ!」
返事がない。
白いガンダムの反応は残っている。けれど姿勢制御の噴射が止まり、ビグロに引かれるまま進路を変えていた。
助けに行かないと。
スロットルを押しかけた瞬間、正面をザンジバルの砲撃が横切った。その後ろにはホワイトベースがいる。俺が離れれば、次の砲撃を止める機体が一機減る。
『レン、持ち場を離れるな!』
ブライトさんの声が飛ぶ。
分かっている。分かっているけど、アムロの反応は戻らない。
「……こっちを止めます」
『それでいい。アムロは自分の任務を果たしている。お前も自分の持ち場を守れ』
冷たい言い方じゃなかった。ブライトさんだって心配していないはずがない。それでも艦全体を預かる人間として、今はそう命じるしかない。
『今の角度では主砲が通りません』
ミライさんから相対位置と予測航路が送られてくる。
『こちらが右へ回頭すれば、敵艦は左へ抜けるか、速度を落として艦首を合わせ直します。レン君が反対側へ回れば、進路をさらに絞れると思う』
「俺を避ける方向へ、主砲を置くんですね」
『ええ。ただし、今の位置から真っすぐ近づかないで。敵の主砲と副砲を正面から全部受けることになるわ』
「分かりました。外側から回ります」
ホワイトベースが右への回頭を始める。ザンジバルも艦首を追従させ、二隻の間を主砲の光が行き交った。
俺はビームライフルを構えたまま、戦場の外側へ大きく弧を描く。すぐに敵艦へ向かわず、まずホワイトベースから離れる方向へ加速した。ザンジバルの砲手から見れば、艦を守る位置を外れたように見えるはずだ。
副砲の一部がこちらを追い始めたところで、機体の向きだけを変える。
一度ついた速度は消えない。黒い一号機は横へ流れたまま、ザンジバルの左側面へ進路を変えた。照準枠へ敵艦の予測位置を重ね、ビームライフルを撃つ。
この距離では、小さな外部装置を狙い撃つことはできない。艦そのものを撃ち抜くつもりもなかった。ザンジバルがそのまま進めば当たる場所へ光を置き、回避できる方向を減らしていく。
ザンジバルが艦首を振った。
『敵艦、予定した回避方向へ移動。主砲照準を追従させます』
ミライさんの声に、砲撃班の報告が重なる。
けれどザンジバルも簡単には射線へ入らない。副砲をこちらへ向け、ホワイトベースへの主砲射撃を続けたまま、姿勢制御ノズルを使って少しずつ予測航路から外れていく。
『レン、敵艦の回頭を止められるか』
「射撃だけじゃ無理です。もう少し近づきます」
『無茶はするな。主砲を一度当てられればいい』
「はい。一度で十分です」
ビームライフルを撃ちながら距離を詰める。ザンジバルから見れば、俺を撃つために艦首を動かせばホワイトベースへの照準が外れ、無視すれば側面へ入り込まれる。
敵の副砲が黒い一号機を捉えた。
光が進路を塞ぐ前に機体を回し、残った速度へ下向きの噴射を重ねる。宇宙に上下はない。それでもザンジバルの艦底側へ潜るような軌道へ入ると、敵艦の巨体がモニターの上半分を埋めた。
ここまで近づけば、ビームライフルでも外部装置を狙える。
俺は艦底の副砲へ一発撃ち込み、砲身の付け根を焼いた。続けて右舷後方の姿勢制御ノズルへ照準を動かすが、一基や二基を撃ち抜くだけでは艦の回頭を止められない。複数の噴射口をまとめて支える基部ごと壊す必要がある。
ビームライフルを背部へ戻し、右手を対艦刀の柄へ回す。
固定具が開くと同時に、専用の姿勢制御へ切り替わった。刀身を引き抜く動きに合わせて背部と脚部のスラスターが短く噴き、長い刃が機体の横へ出ても一号機の軸はぶれない。
ジャブローで対艦刀を使う前提の補強と調整を受けている。肩も肘も保持部も、この程度で悲鳴を上げるような作りじゃない。
ただ、ビームサーベルとは間合いがまるで違った。
切っ先が思っていたより遠い。腕を少し動かしただけで、長い刀身はモニターの外まで大きな弧を描く。機体が姿勢を支えてくれても、どこへ刃を通すかまで勝手に決めてはくれない。
「さすがに長いな、これ……!」
ザンジバルの装甲が視界を流れる。
狙うのは右舷後方、複数の姿勢制御ノズルをまとめて支える張り出し部分だ。腕だけで振らず、一号機の旋回へ刀の軌道を重ねる。
敵艦の副砲がこちらへ向きかけたが、近すぎて追従が間に合わない。
対艦刀がノズル基部へ斜めに食い込んだ。
ビームサーベルのように軽く通り抜ける感触ではない。厚い外装を割り、内部の支柱へ刃がぶつかった衝撃が、柄から右腕と胸部まで伝わってくる。それでも専用制御は姿勢を崩さず、関節の負荷表示も許容範囲に収まっていた。
ここで刃を抜けば、一部を傷つけただけで終わる。俺は対艦刀を食い込ませたまま、機体の推力を横へ重ねた。
「もう少しだけ……!」
黒い一号機が刀身を支点にして動き、ノズル基部へ横向きの力をかける。負荷計が上がる。それでも警告域には入らない。肩、肘、手首、機体の姿勢制御まで、対艦刀を使うために組み直された部分が荷重を受け止めている。
外へ張り出した装置を支柱ごと引き剥がすならできる。
装甲が裂け、ノズルの一群が基部から外れた。漏れた推進剤へ火が入り、ザンジバルの右舷後方が白く爆ぜる。
片側の姿勢制御を失った艦体が、予定していた回頭方向から押し外された。
『射線に入りました!』
『主砲、撃て!』
ホワイトベースの艦首から二本の光が伸びた。
姿勢を戻しきれないザンジバルの前部へ直撃し、装甲と砲塔の一部が爆発に包まれる。俺は対艦刀を引き抜き、爆発へ巻き込まれる前に艦体から離れた。
右腕の負荷は高いが、動作に異常はない。対艦刀も折れていない。
使える。
思っていた以上に、機体はきちんとこの武器へついてきた。その時、遠くで止まっていた白い反応が動いた。
ビグロのクローに掴まれたまま、白いガンダムの右腕が持ち上がる。次の瞬間、至近距離から放たれたビームがビグロの胴体を貫いた。巨大なクローが開き、白いガンダムは爆発へ巻き込まれる前に逆噴射して離れる。
「アムロ、聞こえるか!」
数秒遅れて、荒い呼吸が通信へ戻ってきた。
『聞こえてる。急に身体が重くなって……一瞬、何も見えなくなった。でも機体の振動で目が覚めた』
「自分で動けるか?」
『動ける。右脚も問題ない』
いつものアムロらしく、最初に出てきたのは機体の状態だった。声を聞いた途端、胸の奥に固まっていたものが少しだけほどける。
その間にも、カイさんとハヤトはリック・ドムを押し返していた。
一機は片腕と主推進器を損傷し、姿勢を保つだけで精いっぱいになっている。もう一機も脚部から推進剤を漏らし、二機のガンキャノンが作った射線から逃れようとしていた。
前部を撃たれたザンジバルは追撃を中止し、残存機を回収できる進路へ艦首を反転させる。
まだ戦えるはずだ。
けれどビグロを失い、リック・ドム二機も損傷し、艦まで主砲を受けた状態で攻撃を続ける意味はない。シャアはそこで退く判断をしたんだろう。
『深追いするな。全機、ホワイトベース周辺へ戻れ』
ブライトさんの命令を聞き、俺は対艦刀を背部の支持具へ戻した。今度は固定動作に合わせてスラスターが噴き、長い刀身が引っかかることなく収まる。
◇
「ビグロを失いました。リック・ドム二機も戦闘継続は困難です」
ザンジバルの艦橋で報告を聞きながら、シャアは損傷表示へ目を向けた。
前部装甲と砲塔の一部が破損。右舷後方の姿勢制御系も失われている。航行は可能だが、今の状態で木馬と撃ち合いを続ければ被害が増えるだけだった。
「追撃を中止する。残存機を回収後、修理可能な宙域まで後退する」
「しかし、木馬も損傷しています」
「こちらはモビルアーマーと護衛機を失い、艦まで傷を負った。次も同じ条件で戦えると思うな」
白い機体はビグロに捕らえられ、一度は動きを止めた。それでも自力で意識を取り戻し、至近距離から反撃した。
黒い機体は艦砲戦の外から射線を組み立て、最後には対艦用の実体武器で姿勢制御を奪った。
だが本当に厄介なのは、二機が別々の戦場で勝ったことだけではない。
木馬の艦長と操舵手は、黒い機体が作った一瞬を逃さず主砲を撃ち込んだ。護衛の二機も、未熟さを残しながら自分たちの役割を果たしている。
「白い悪魔と黒い悪鬼か。機体だけを見ていては足をすくわれるな」
シャアは小さく呟き、遠ざかる木馬の反応を見送った。
◇
帰艦後、一号機の周りにはすぐに整備員が集まった。
対艦刀は支持具から外され、刃と柄、固定部が順番に点検されている。右肩、肘、手首の負荷記録も確認されたが、変形や動作不良は見つからなかった。
「保持部も関節も正常。対艦刀の制御も予定どおり動いてる」
「じゃあ問題ありませんね」
「普通に振る分にはな。艦体へ食い込ませたまま推力をかける使い方は、毎回やる前提じゃない。壊れちゃいないが、刀身と右腕は次の出撃前にもう一度見る」
整備員が刃へ付着したザンジバルの装甲片を工具で外す。細かな傷は増えていたが、刀身そのものに歪みや欠けはない。
「推進剤も使ってる。冷却が戻るまでは動かすなよ」
「分かってます」
今回は対艦刀に振り回されたわけじゃない。機体側は、俺の入力にきちんとついてきた。
問題は俺の方だ。
長い刀身をどこへ通し、どの瞬間に機体の推力を重ねるか。装備が耐えられても、扱い方を間違えれば一号機ごと敵艦へ引きずられる。
隣では、アムロが医療班に囲まれながらビグロに捕まった時の状態を説明していた。
「加速がかかった瞬間、身体が座席へ押しつけられて息ができなくなりました。どれくらい止まっていたかは分かりません。気づいた時もクローは閉じたままで、右腕だけ動かせたから、そこから撃ちました」
声は普段どおりに戻っている。それでも座席から立ち上がった時、一度だけ壁へ手をついた。フラウが近づきかけたが、医療班の邪魔にならない位置で足を止める。
俺は少し離れた場所からアムロを見た。
助けに行けなかった時間は、実際にはそれほど長くなかったのかもしれない。けれど動かなくなった白い機体を見ながら、反対側へ向かわなければならなかった感覚は簡単に消えそうになかった。
ガンキャノンの前では、ハヤトが戦闘記録を見下ろしている。
「思ったとおりに止まれなかった。弾を撃つたびに機体が流れて、戻そうとすると推進剤を使いすぎる」
「だから止まろうとするなって言っただろ」
カイさんはヘルメットを脇へ抱えたまま、記録画面を横からのぞいた。
「でも後半は悪くなかった。俺が追い出した奴を、あんたが艦から遠ざけた。あれがなきゃ二機まとめて相手にする羽目になってたよ」
「褒めてるのか、それ」
「今のうちだけな。次はもう少しましに動いてくれ」
ハヤトは納得していない顔をしたものの、最初より少しだけ肩の力を抜いた。
格納庫の外では、ホワイトベースが次の航路へ姿勢を変え始めている。艦体を通して伝わる低い振動に、固定された白と黒のガンダムがわずかに揺れた。
アムロがビグロを倒した。カイさんとハヤトがリック・ドムを止めた。ブライトさんとミライさんが射線を作り、砲撃班がザンジバルへ主砲を当てた。
俺一人では、どれもできなかった。
宇宙へ戻って最初の戦闘で、俺たちはそれぞれ別の場所にいながら、同じ艦を守っていた。