ザンジバルとの戦闘から一日が過ぎ、ホワイトベースは予定していた航路を外れてサイド6へ向かっていた。追撃を受けたままソロモン方面へ進み続ければ、本隊の位置を探られる可能性がある。中立を掲げるサイド6へ一度接近し、艦の点検と進路の再調整を行う。それがブライトさんの判断だった。
白と黒のガンダムは、入港予定宙域へ入る前の警戒飛行を命じられた。ザンジバルが再び追いつく可能性もあるし、中立宙域の近くならジオンが何もしてこないという保証もない。
『パトロール範囲を越えるな。敵を発見しても、追跡より報告を優先しろ』
「了解です」
『分かっています』
ブライトさんへ返事をして、俺とアムロはホワイトベースから離れた。一号機は対艦刀を使った右腕を含め、すべての点検を終えている。推進剤も補充され、操縦桿へ加えた力に機体が素直についてきた。
隣を飛ぶ白いガンダムにも、見た限り異常はない。それでもビグロの加速でアムロの意識が途切れたことを思い出し、俺は何度もそちらの反応を確認していた。
『さっきから何だよ』
「いや、ちゃんと動いてるかなって」
『機体なら問題ない。僕も医務室で確認された』
「ならいいけど」
『レンの方こそ前を見てくれ』
言われて正面へ視線を戻した時、索敵表示の端に薄い反応が現れた。通常のモビルスーツより明らかに大きい。距離があるため輪郭までは分からず、熱源も一定ではなかった。強くなった直後に弱まり、数秒後には本体から少し離れた場所で別の反応が重なった。
「アムロ、見えてるか?」
『大型の反応だ。でも変だな。本体の周りにも何かいる』
ホワイトベースへ観測結果を送り、俺たちは速度を落とした。こちらから不用意に近づく必要はない。作業艇や輸送船なら所属を確認すれば済むし、敵なら艦へ位置を知らせる方が先だった。
『正体不明機へ告ぐ。こちらは地球連邦軍、第13独立部隊所属機だ。所属と航行目的を応答されたし』
通信を繰り返しても返事はない。大型反応がゆっくりと向きを変えたものの、正面に見える砲口はまだこちらを捉えていなかった。
その時、胸の奥へ細い針を刺されたような違和感が走った。敵が撃った様子はない。それでも何かが来る。俺は理由を考えるより先に操縦桿を倒したが、どちらへ避ければいいのかまでは分からなかった。
『右後ろだ、レン!』
アムロの声に反応し、一号機を左下へ滑らせる。直後、正体不明機の正面ではなく、俺たちの右後方からビームが通過した。シールドの表面を熱がかすめ、警告表示が一瞬だけ点灯する。
「後ろから?」
振り返ってもモビルスーツはいない。代わりに細長い砲身のような装置が光を放ち、俺たちの横を流れていた。小型の推進器を備えた砲撃端末らしく、そこから伸びる細い線が遠くの大型機へ続いている。
『まだ来る。今度は左上!』
アムロが言い終わるより早く、胸を押されるような嫌な感覚が強くなった。方向は分からない。けれど撃たれる瞬間だけはさっきよりはっきりしていた。一号機を回転させながら加速すると、左上から伸びた光が足元を抜けていく。回避した先では最初の端末がすでに向きを変え、次の射撃姿勢へ移っていた。
砲口が本体から離れ、時間をずらして俺たちの進路を挟んでいる。
モニター越しでは細いケーブルが闇へ溶け、距離をつかみにくい。端末は自由に飛び回っているように見えるが、本体から離れられる範囲には限界があるはずだった。
ブラウ・ブロの有線式砲塔か。
大型の機体と、そこから伸びる有線の砲台。いつ出てきたのかまでは別の記憶と混ざっていた。少なくとも今ここで出会うと断言できるほど、はっきりしたものじゃなかったが現にいる。
『レン、止まるな!』
アムロの警告で意識を戻す。正面の大型機からもビームが放たれ、左右の端末と合わせて三方向から射線が重なった。俺は一号機の肩をひねり、最初の光を避けた勢いへ脚部スラスターの噴射を重ねる。二本目はシールドで流し、三本目が来る前に射線の外へ抜けた。
「アムロは方向まで分かるのか?」
『はっきり見えるわけじゃない。でも、撃たれる前にどっちが危ないか分かる時がある』
「俺も来る感じはする。でも、どこからかまでは全然だ」
『僕だって毎回じゃない。今のも一つ遅れてたら当たってた』
白いガンダムのシールド端が焼けている。アムロも余裕でかわしているのではなく、感じ取った危険へ機体を無理やり追従させていた。正体不明機が前進し、二基の砲撃端末が左右へさらに開く。ケーブルは本体の動きに引かれながら緩やかな弧を描き、端末はその範囲内で射撃位置を変えていた。
俺たちが同じ場所へ固まっていれば、端末と本体の砲撃でまとめて追い込まれる。
「アムロ、左右へ分かれよう。両方を狙うなら、あの砲台も離さなきゃならない」
『分かった。僕が左から本体へ近づく。レンは右側を頼む』
「そっちへ射線が集まったら無理するなよ」
『それはレンもだ』
白いガンダムが左へ、黒い一号機が右へ加速する。大型機から伸びる端末も二手に分かれ、一基が俺を追い、もう一基はアムロの進路へ回った。本体の砲口まで白いガンダムへ向いたことで、攻撃の大半がアムロ側へ集まっていく。
「本当にそっちへ行くのかよ……!」
俺を追う端末へ視線を戻した瞬間、胸の奥にまた圧迫感が生まれた。射撃の直前だと分かっても、砲口を見なければ回避方向は決められない。端末の向きと本体の位置を見比べ、撃たれる前に一号機を横へ流した。
光が背後を通り過ぎる。
正面からの射撃なら、見てからでも避けられる。厄介なのは、端末が俺を追い越した後もケーブルにつながれたまま旋回し、別の角度から撃ち直してくることだった。
大きく回避すると、端末は俺と本体を結ぶ線の途中へ引き戻される。ケーブルの長さを越えて自由に追ってくることはできないらしい。なら端末だけを見るより、本体とケーブルを含めた全体の形を見た方が動きを予測できる。
俺はビームライフルを二発撃った。一発目は端末の前へ置き、回避方向を限定する。二発目はその先に伸びていたケーブルの接続部をかすめた。細い線が弾け、端末の動きが急に鈍る。壊れたわけではない。それでも通信か電力の一部が途切れたのか、砲口は俺を追わなくなった。
◇
『一番端末、制御応答低下。接続系に損傷』
試験機ブラウ・ブロの内部で報告を聞きながら、シムス・アル・バハロフ中尉は表示された数値を確認した。黒い機体は端末そのものを追わず、本体との位置関係から行動範囲を割り出した。白い機体はさらに異常で、端末が射撃姿勢へ入る前から回避を始めている。
「黒い方は観察と機動制御が中心か。だが射撃直前には反応が早まっている」
完全な通常人とは考えにくい。しかし白い機体ほど、砲撃方向を明確に捉えている様子もなかった。
複数目標を相手にすると、端末の追従と射線の再構築へ遅れが出る。試験結果としては価値があるが、新型機そのものを失っては意味がない。
「損傷端末を回収。残る火線を白い機体へ集中し、反応限界を確認する」
制御を失った端末が本体側へ引き戻され、残る砲口の向きが変わった。
◇
俺を追っていた射線が消えた。
その代わり、アムロの周囲へ三方向から光が集まる。端末の一基、本体正面、そして機体の下側から伸びていた別の砲口が、白いガンダムの逃げ道を狭めていた。
「アムロ、そっちへ全部集まってる!」
『分かってる。でも、これなら本体の守りが薄い』
白いガンダムは射線の間を抜けながら、正体不明機へ近づいていく。正面から来たビームをシールドでそらし、機体を回した勢いのまま二本目を避けた。けれど三本目が右脚の外装をかすめ、破片が光を反射しながら散っていく。
胸の奥が急にざわついた。
俺を狙う攻撃じゃない。それでもアムロの周囲に重なる危険だけは、さっきまでより強く感じられた。どこから来るかまでは分からない。ただ、次の射撃をまともに受ければまずいということだけは伝わってくる。
「右下にも一基いる! 見えてるか?」
『見えてる。次に撃つ前に本体へ行く』
アムロは止まらなかった。
相手が次の射撃位置を作る前に距離を詰め、ビームライフルを構える。大型機も機体をひねって回避しようとしたが、離れていた端末を戻しながらの動きでは反応が遅い。
白い光が大型機の左側面へ突き刺さった。
装甲が弾け、機体の一部が爆発する。致命傷には見えなかったものの、片側の推進器から噴射が乱れ、伸びていた端末も射撃を止めた。
『正体不明機、後退を開始します』
ホワイトベースから通信が入る。
『サイド6の管制宙域まで距離がない。深追いするな。二機とも帰還経路を維持しろ』
ブライトさんの命令どおり、俺たちは速度を落とした。
大型機は損傷した端末を回収しながら後退していく。片側を撃たれているのに加速は安定していて、試験中だから弱いというわけでもなさそうだった。敵が完全に見えなくなるまで、俺は照準を外せなかった。さっきまで何もなかった場所から光が飛んできたせいで、周囲の暗闇すべてに砲口が隠れているように感じる。
「アムロ、あれ何だったと思う?」
『分からない。でも、砲台が動く前に危ない方向が分かった。最初はぼんやりしてたけど、途中から射撃が来る順番まで少し見えた気がする』
アムロ自身も驚いているようだった。前から勘の鋭さは異常だったけど、今回はただ危険を感じただけじゃない。機械が捉える前に攻撃の方向を察し、複数の射線が重なる場所まで避けていた。
「前より分かるようになったのか?」
『たぶん。前の高速MAの時は目の前の相手へついていくだけで精いっぱいだった。でも今回は、離れた砲台が撃つ前からそこにいる感じがした。うまく説明できないけど、前よりはっきりしてる』
「そうか……」
『レンも感じてたんだろ? 僕が撃たれそうになった時も、右下の砲台に気づいてた』
「方向まで分かったわけじゃない。最初は何か来るって感じただけだし、最後もアムロの周りが危ないって分かっただけだ。結局、砲台とケーブルを見てからじゃないと動けなかった」
『でも感じてはいたんだ』
「まあ……それは、そうなんだよな」
自分もニュータイプなんじゃないか。前からそう思うことはあった。敵の気配や誰かの感情が、説明できない形で引っかかることが何度かあったからだ。ただ、それが前世の知識による思い込みなのか、自分でも決めきれずにいた。ララァやアムロと比べれば感覚はずっと弱いだろうし、戦闘では見て考えた方が早い。
けれど今回は違った。
まだ砲口も見えず、計器にも何も出ていない段階で、攻撃が来ることだけは確かに感じていた。アムロへ向けられた危険まで、自分のことのように胸へ響いた。
俺にもそういう感覚がある。前から抱いていた疑いを、今回はもう偶然だけでは片づけられなかった。
『レンが一基止めてくれたから、本体まで行けた。あれが残ってたら、感じても避け続けるだけで終わってたと思う』
「俺もアムロが方向を教えてくれなかったら、最初の一発で盾をもっと焼かれてたよ」
アムロは攻撃が形になる前の危険を感じ、俺は見えた端末とケーブルから動きを組み立てた。どちらか一人だけなら、もっと苦戦していたはずだ。それでも、今日のアムロは明らかに変わっていた。敵の動きを見て反応したんじゃない。見えるより先に危険を捉え、機体を動かしていた。
アムロ自身も、そのことに気づき始めている。
俺も同じだった。
強さも鮮明さも違うけど、今まで曖昧だった感覚が、この戦いで少しだけ輪郭を持った。
◇
帰艦後、戦闘記録はすぐにブリッジと整備班へ送られた。
「大型機本体から少なくとも複数の砲撃端末が伸び、それぞれ別方向から射撃してきました。端末は細い有線構造で本体と接続されていたようです」
オペレーターの報告を聞きながら、ブライトさんは記録映像を止めた。画面には、暗闇の中で光を反射するケーブルが細く映っている。
「連邦軍の識別データに該当機はありません。ジオンの新型モビルアーマーと推定されますが、名称も所属も不明です」
「戦闘記録をまとめて上へ送れ。射撃端末の数や行動範囲は断定するな。今回確認できた事実だけを報告するんだ」
ブライトさんがそう言った直後、ミライさんの前へ新しい通信が入った。
「サイド6管制局から入港誘導信号です。指定航路と減速位置が送られてきました」
正面モニターの表示が切り替わり、遠くに浮かぶコロニーの輪郭が拡大される。まだ小さな光の塊にしか見えないが、戦闘宙域を抜けたことだけは分かった。
俺は格納庫へ戻る白と黒のガンダムをモニターで見ながら、さっきの大型機を思い返していた。
名前は出てこない。それでも、あの攻撃がこれで終わる気はしなかった。敵も俺たちの動きを見ていたし、こちらも敵の仕組みを少しだけ知った。
次に会う時は、きっと今日と同じでは来ない。