第71話 降りる者、残る者
雲を抜けても、基地は見えなかった。
眼下には、雨に濡れた密林がどこまでも続いている。ホワイトベースは管制から送られてくる誘導信号だけを頼りに高度を落とし、岩壁へ向かって進んでいた。
このまま突っ込むんじゃないかと思った頃、岩肌の一部が左右へ動いた。
偽装された装甲扉の奥に、巨大な進入口が開く。ホワイトベースが中へ入ると扉が閉じ、外の雨音が消えた。
「これがジャブロー……」
思わず声が出た。照明に照らされた地下空間は、基地というより街に近かった。何本もの通路が上下に走り、大型車両や作業艇が行き交っている。遠くには別の艦を収容できそうなドックまで見えた。
これだけのものが、さっきまで密林の下に隠れていた。原作で知ってはいたが圧巻だった。
ホワイトベースが指定されたドックへ着くと、待機していた作業員たちが一斉に動き始めた。艦体へ点検用の足場が寄せられ、補給管と電源ケーブルが接続される。MSデッキにも、基地側の整備班が入ってきた。
「この艦の受け入れと修理を担当する、ウッディ・マルデン大尉だ」
前に立った士官は、俺たちへ短く名乗ると、すぐ白いガンダムを見上げた。
「脚部の外装だけの問題ではないな。関節と支持構造まで確認する。応急処置で動かすな」
「はい」
アムロは少し不満そうだったけど、言い返さなかった。あの脚で無理に歩かせれば、次は本当に戻れなくなる。ウッディ大尉は隣の黒いガンダムへ目を移した。
「こちらは左側の負荷記録が多すぎる。肩と腕だけでなく、シールドの保持部から周辺フレームまで検査する」
「動作確認くらいなら――」
「検査が終わるまで起動禁止だ」
先に言われた。
「……分かりました」
「君たちが前線で動かした機体だ。癖を知っているのは認める。だが、見えない亀裂まで勘で直すつもりはない」
言い方は厳しいけど、正しい。ウッディ大尉は整備班へ指示を出しながら、損傷したガンペリーとホワイトベースの外壁も確認していく。誰かが長く説明しなくても、どこから手をつけるべきか分かっている人だった。
ブライトさんが端末を渡すと、ウッディ大尉の手が一度止まった。
「マチルダ中尉の輸送隊とは何回か会ってるな?」
「はい。補給を届けていただき、その後後方へ戻っています」
ブライトさんの答えを聞くと、ウッディ大尉の肩からわずかに力が抜けた。
「そうか」
それ以上は聞かなかった。端末を整備員へ渡し、白と黒のガンダムを見上げる。
「彼女から、君たちのことは聞いている。礼は整備で返す。今は機体から離れてくれ」
アムロと顔を見合わせた。アムロはなんのことだ?っていう顔をしてた。
俺たちにできることは、もう邪魔をしないことくらいだった。
◇
到着からしばらくすると、後部ハッチの前に人の列ができた。
避難民は名前を確認され、基地側から渡された番号ごとに居住区画へ案内されていく。荷物は少ない。それでも、誰も簡単にはホワイトベースから離れようとしなかった。
ここまで逃げてきた場所が、いつの間にか家になっていたんだと思う。
カツ、レツ、キッカも小さな荷物を持って列に並んでいた。フラウが三人を育児施設まで連れていくことになっている。
「フラウも一緒に来るんだよね?」
「施設までは一緒よ。ちゃんと話を聞いて、勝手に走り回らないこと」
「戻ってくる?」
キッカに聞かれ、フラウはすぐには答えなかった。
「まず向こうを見てから。ここより広いし、ほかの子もいるから」
三人とも納得した顔ではなかったけど、この場では大人しく列についていった。
その少し後ろを、医療班の担架が通る。
リュウさんだった。
ジャブローの医療施設で本格的な治療を受けるため、ここで正式に降艦する。顔色は前よりよくなっていたけど、自分で歩ける状態には程遠い。
ブライトさんとミライさんが担架の横に立った。
「リュウ、艦のことは心配するな」
「心配させてんのは、あんたら全員だろうが」
声は弱いけど、言い方はいつものリュウさんだった。
「お前も少しは寝ろ、ブライト。ミライさんに全部押しつけるなよ」
「分かっている」
「その顔は分かってねえ顔だ」
ミライさんが小さく笑う。
アムロと俺も近づいた。
「リュウさん」
「何だ、二人して暗い顔しやがって。俺は治しに行くんだ。埋められに行くんじゃねえぞ」
「分かってますよ」
アムロが答えると、リュウさんは俺たちを順に見た。
「無茶するなって言っても、どうせ聞かねえんだろ」
「たぶん……」
「なら、帰ってこい。壊した機体より先に、お前らが戻れ」
俺はうなずいた。
「はい」
「レン、お前は特にだ。考えてから勝手をやれ」
「やらないでくれとは言わないんですね」
「言って止まるなら、とっくに止まってる」
担架が動き出す。
最後にリュウさんは片手だけを上げ、そのまま基地の医療通路へ運ばれていった。
見えなくなっても、誰もしばらくその場を動かなかった。
近くでは、避難民の登録をしていた基地職員がララァの書類を見て首をかしげていた。
「この少女も民間保護施設へ移します。身元確認はそちらで」
「待ってください」
ミライさんが間へ入る。
「ララァは一般避難民と同じ扱いではありません。私たちが保護し、現在までホワイトベースの管理下にいます」
「だからこそ基地側へ引き渡すべきでは?」
「医療品と物資整理、避難民区画の補助を継続していました。事情も複雑です。身元と今後の扱いは、人事部門と保護担当を交えた別審査にしてください」
職員は端末を見直し、ブライトさんへ確認を求めた。
「艦長代理も同じ意見ですか」
「ああ。少なくとも、手続きもなく別部署へ移すことは認められない。正式な判断が出るまで、彼女はこの艦の管理下に置く」
ララァは少し離れた場所で、そのやり取りを静かに聞いている。
「ララァ」
声をかけると、こちらを見た。
「残れるみたいだよ」
「まだ、決まったわけではないのでしょう?」
「まあ、そうだけど」
「それなら待ちます」
ただ、避難民が降りて空いていく通路を一度見てから、ララァは医療区画へ戻る荷物を持ち直した。
残ると決まったわけではない。それでも今は、ここから連れていかれずに済んだ。
◇
ミハルは医療用の移送台へ固定され、ホワイトベースの後部ハッチから運び出された。
右肩と胸元には固定具が巻かれ、左腕だけが毛布の外へ出ている。移送を担当する医療兵のほかに、二人の警備兵がついていた。治療される負傷者であり、情報を渡した容疑者でもある。
カイは少し離れた場所から、その様子を見ていた。同行の許可を求めることもなく、壁際に立っている。基地側の担当者が端末を確認し、ミハルへ近づいた。
「ベルファストから回答が届いた。申告された住所で、ジル・ラトキエとミリー・ラトキエを確認した」
ミハルの左手が毛布を握る。
「二人とも生きてるのかい」
「負傷は確認されていない。現在は現地の保護担当が預かっている。身元の照合と今後の移送については、これからだ」
「こっちへ来るのか」
「まだ決まっていない」
担当者は期待させるような言い方をしなかった。それでもミハルは目を閉じ、詰めていた息をゆっくり吐いた。
移送台が動き出す直前、ミハルがカイを見つけた。
「聞こえたかい」
「ああ」
「ジルとミリー、見つかったってさ」
「よかったな」
「まだ何も終わってないよ」
「分かってるよ」
カイは壁から背を離した。
「お前の話も、俺の処分もこれからだ」
「逃げるんじゃないよ」
「そっちこそ、治療が嫌だからって窓から逃げるなよ」
「ここ、地下だろ」
「なら迷子になるな」
ミハルは少しだけ口元を動かしたが、笑う前に脇腹が痛んだのか顔をしかめた。
「カイ」
「何だよ」
「あの時のことは……まだ借りにしとく」
「利子は取るぞ」
「守銭奴」
それ以上は言わなかった。医療兵が移送台を押し、警備兵とともに通路の奥へ進んでいく。
見えなくなるまで、その場に立っていた。
◇
密林の川へ浮上した小型潜航艇から、偽装された岩壁の一部が見えていた。つい先ほどまで、連邦の白い艦が飛んでいた方角だった。
「閉じました。入口の構造までは確認できません」
報告を受けたシャアは、潜望鏡の映像を見つめた。
岩壁と密林しか映っていない。だが、白い艦が消えた地点と、周辺で拾った誘導電波は一致していた。
「座標を記録しろ。これ以上近づく必要はない」
「攻撃隊へ報告しますか」
「まずは戻る。入口を見つけたことと、中へ入れることは別だ」
シャアは映像から目を離した。
白いモビルスーツだけではない。黒いモビルスーツも、この地下にいる。
「次は逃がさん」
小型潜航艇は静かに沈み、濁った川の底へ姿を消した。
ガルマを怪我させ自分は無事で帰ってきたシャアにドズルは怒り自分の指揮下から外しました
そこをキシリアが拾い結局原作に近い形になっています
ただ宇宙に一度戻ったのでララァをレンが先に見つけています
本日21:00に閑話を一つ挟みます