サイド6管制局から指定された航路へ入ると、ホワイトベースは主機出力を落とし、艦首をゆっくりとコロニー側へ向けた。主砲と副砲には管制局の封印信号が送られ、砲門を閉じたまま監視用の識別灯を点ける。戦闘を終えたばかりの軍艦でも、中立コロニーへ入る以上は決められた手順に従わなければならなかった。
正面モニターに映るコロニーは、近づくほど普通の街に見えてきた。外壁の向こうには店も家もあって、戦争と関係なく暮らしている人がいる。けれど艦内では武装確認と査察資料の準備が続き、誰も完全には気を抜けていなかった。
「右舷へ査察艇が接近します。接舷許可を求めています」
「許可する。入港記録と戦闘航海日誌は準備できているな?」
「はい。正体不明の大型モビルアーマーとの戦闘記録も、確認できた範囲だけに整理済みです」
ブライトさんの確認にオペレーターが答え、ほどなくして査察官たちがブリッジへ入ってきた。先頭にいた若い男は、軍人ではないのに姿勢がよく、緊張した艦内を見回しても声を荒らげなかった。
「サイド6管制局、入港査察担当のカムラン・ブルームです。中立維持のため、武装状態と航行記録を確認させていただきます。連邦軍だけを疑っているわけではありません。同じ条件はジオン艦にも適用されます」
名前を聞いた瞬間、ミライさんの手が操舵席の上で止まった。カムランの方も彼女に気づき、査察用端末を持ったまま息を詰める。それでも二人とも、すぐに仕事の場だという顔へ戻った。
「久しぶりですね、ミライ」
「ええ。まさか、ここで会うとは思いませんでした」
「私もです。無事だったことは……本当に良かった」
カムランの言葉に責める響きはなかった。ミライさんも目をそらさず、小さく頭を下げるだけに留める。ブライトさんは二人を交互に見たものの、事情を聞こうとはせず、査察に必要な損傷区画と武装封印の説明へ話を戻した。
査察そのものは厳しかったが、嫌がらせではなかった。弾薬庫、格納庫、航海記録を一つずつ確認し、コロニー内で許される補給と応急修理の範囲を示していく。サイド6は俺たちを助けたいから中立なのではなく、どちらの軍にも同じ線を引くことで街を守っているらしい。
「艦体の本格修理は、コロニー内部では許可できません。ただ、領空境界の外に民間の浮きドックがあります。所有者との交渉は必要ですが、そこなら軍艦の外装修理も可能です」
カムランはそう説明した後、ミライさんを見た。
「移動に必要な航路申請はこちらで急がせます。君たちを追い出したいわけではない。けれど、この場所を戦場にしないためには、滞在を長引かせられないんです」
「分かっています。手続きをお願いします、カムラン」
ミライさんの返事は柔らかかったが、昔の関係へ戻るような響きではなかった。カムランもそれ以上は何も言わず、行政官として端末へ申請を入力する。二人の間に何があったのか知っていても、俺が口を出していい話じゃない。俺の記憶にある流れより静かでも、今の二人にはこの距離の方が自然に思えた。
◇
補給と査察が続く間、格納庫ではコアブースターの運用試験が始まっていた。
ジャブローから運び込まれたまま、専属の搭乗者が決まっていない機体だ。白と黒のガンダムが前へ出れば、二機のガンキャノンだけでは高速で動く敵を追い切れない。ザンジバルと正体不明の大型機を続けて相手にしたことで、格納庫へ置いたままにする余裕はなくなっていた。
「シミュレーターの結果では、セイラが一番安定している」
整備主任が試験記録を表示し、ブライトさんと整備班へ説明する。最高速度や瞬間的な旋回では他の候補が上回った項目もあったが、指定航路からのずれ、通信への応答、帰還時の推進剤残量はセイラさんが最も良かった。
サイド6管制局から許可されたのは、武装を封印したままの発進と帰還試験だけだった。コアブースターが発進路を抜けると、セイラさんは派手な旋回をせず、送られた航路に沿って速度を上げた。途中で二度、模擬の支援地点を通過し、そのたびにホワイトベースと白黒二機の仮想位置を正確に読み上げる。
『第三支援点を通過。予定より二秒遅れています。次の加速で修正します』
「無理に取り戻すな。そのまま帰還経路へ入れ」
『了解。帰還を優先します』
整備主任の指示に従い、セイラさんは遅れを一度で消そうとしなかった。速度を落として艦の進行方向へ合わせ、発進時より少ない噴射で着艦経路へ入る。機体が固定され、キャノピーが開いてからも、整備班は記録を最後まで確認していた。
「どうだ、実戦側から見て」
整備主任に聞かれ、俺は表示された航路を見直した。
「速さを見せる飛び方じゃなかったです。でも、俺たちが前へ出ても位置を見失わないと思います。援護してもらうなら、その方が助かります」
セイラさんはヘルメットを外し、少し乱れた髪を押さえた。初めて動かした機体なのに平然としているように見えたが、手袋を外す指には力が入っている。
「まだ機体に乗せられている感じがあります。けれど、必要なら引き受けます。通信席だけが私の持ち場ではありません」
最終判断をしたのはブライトさんと整備主任だった。次の実戦に備え、セイラさんをコアブースターの暫定搭乗者とする。正式な専属ではなく、機体との相性と実戦での働きを見てから決めるという条件付きだった。
◇
短い外出許可を受けたアムロは、補給担当から渡された品目表を手に、コロニーの市街地を歩いていた。
軍服姿へ視線を向ける人はいたが、街の様子は戦争前と変わらないように見える。店先には日用品が並び、子どもが道路脇を走り、天井の照明は決められた時間の夕方を作っていた。
必要な部品を受け取って店を出た時、道路の反対側を歩く男の横顔が目に入った。髪は伸び、服もくたびれていたが、俯いた時の顔には見覚えがある。
「父さん……?」
声は雑踏に消えた。男は気づかず狭い通路へ入り、アムロは荷物を抱えたまま後を追った。
たどり着いた部屋は古い電子部品で埋まっていた。壁際の机では回路板と配線が積み上がり、空調装置の音だけが大きく響いている。男は扉の前で振り返り、しばらくアムロの顔を見た後、ようやく目を見開いた。
「アムロか。生きていたのか」
「父さんこそ……サイド7から何も分からなくて」
アムロが近づくと、テムは両肩へ手を置いた。指先が腕の細さを確かめるように動き、一瞬だけ以前と同じ父親の顔になる。
「痩せたな。だが無事ならいい。それで、ガンダムはどうした? まだ動いているのか」
「動いてる。僕が乗ってるんだ」
「そうか、やはりお前なら扱えたか」
テムは嬉しそうに笑った。けれど次に尋ねたのは、アムロがどう暮らしてきたかでも、戦場で何を見たかでもなかった。関節の応答、教育型コンピューターの学習、推進器の遅れ。答えるたびに話はガンダムへ戻り、アムロが言葉を止めても気づかない。
「父さん、僕の話を聞いてくれ。ホワイトベースには民間人もいて、みんな何度も死にかけて……」
「ああ、それならこれを持っていけ」
テムは机の下から古い回路板を取り出した。端子には変色があり、使われている部品もアムロが知る軍用規格より古い。
「これをガンダムへ組み込めば、反応速度はさらに上がる。今のパイロットなら、機体の遅れが気になるはずだ」
その言葉だけは、アムロが実際に感じている問題へ触れていた。だからこそ、差し出された回路が役に立たないと分かることが苦しかった。
「これは……ガンダムには使えないよ」
「何を言っている。私が選んだ部品だ。持っていけば分かる」
テムは怒鳴らなかった。ただ説明を聞こうともせず、回路板をアムロの手へ押しつける。次の瞬間には机の配線へ視線を戻し、ガンダムの反応を改善する計算を続けていた。
昨日までは、見えない場所から来る攻撃の方向さえ感じ取れた。それなのに、手を伸ばせば届く距離にいる父親が何を見ているのかは分からない。向かい合っているはずなのに、会話だけがどこか遠くへ流れていった。
アムロは回路板を捨てられなかった。父が生きていた喜びも、目の前にいる人と話が通じない怖さも、どちらか一つにはできない。部屋を出る前にもう一度振り返ったが、テムは小さな端子を見つめたまま顔を上げなかった。
◇
アムロが戻った時、俺は格納庫で一号機の補給記録を確認していた。買い出し袋とは別に古い回路板を抱えていた、それを見てあぁ会ったのかと咄嗟に理解した。
「何かあったのか?」
「父さんがいた」
それだけ言って、アムロは回路板を胸元へ抱え直した。父親が生きていたなら喜んでいいはずなのに、そんな顔には見えない。何があったのかは聞けなかったし、知っているつもりになって説明することもできなかった。
フラウもアムロの様子へ気づいたが、買い出し袋だけを受け取って詳しく問い詰めなかった。アムロは古い回路板を整備卓の端へ置き、しばらくそこから手を離せずにいた。
やがて補給作業が終わり、ホワイトベースはカムランが手配したベルガミノの浮きドックへ向けて、サイド6の港を離れることになった。
格納庫では白と黒のガンダム、二機のガンキャノンが固定具へ収められたまま最終点検を受けている。少し離れた場所では、セイラさんがコアブースターの操縦席で計器を確認していた。まだ出撃命令は出ていない。ただ、次に何が起きても動かせるよう準備だけは進められていた。
アムロは整備卓の回路板を一度だけ見てから、白いガンダムへ向かった。
父から渡された部品は、誰にも運ばれないままそこへ残った。
ホワイトベースは管制局の誘導に従い、ゆっくりとサイド6の領空を抜けていく。コロニーの灯りが背後へ遠ざかり、前方には浮きドックへ続く暗い航路だけが伸びていた。
その艦影を、離れた宙域から捉えた者がいた。
「連邦の木馬を確認。サイド6領空外へ出ます」
報告を受けたジオン艦隊では、待機していたモビルスーツ隊へ発進準備が命じられた。