ジャブローへ入ってから、時間の流れが急に変わった気がした。
リュウさんは医療施設へ運ばれ、ミハルさんも基地側の人たちに引き渡された。避難民と子どもたちが降りた後のホワイトベースは、今までより少し広く、妙に静かだった。
補給品の確認と荷物の整理が一段落した夕方、俺たちのところへ一枚の案内が届いた。
基地内の小さな集会室。開始は一時間後。
書かれていた名前を見て、俺は何度も読み返した。
「ウッディ・マルデン大尉と、マチルダ・アジャン中尉……結婚式?」
「そう書いてあるでしょ」
隣から案内をのぞき込んだフラウが、呆れたように言った。彼女はすでに式場の準備を手伝うことになっているらしく、腕には白い布と細いリボンを抱えている。
「いや、読めるけどさ」
「急に決まったわけじゃないみたい。オデッサが終わったらって、前から準備してたんですって。マチルダ中尉の任務と、私たちがジャブローに着く日が、ちょうど重なったそうよ」
フラウはそう言うと、急いで通路の先へ走っていった。
俺はもう一度、案内に並んだ二人の名前を見る。
黒い三連星との戦いで、間に合わなかったかもしれない人がいる。その時はマチルダさんを守れたことだけで精いっぱいだった。守った先に何があるのかまでは考えていなかった。
それが今、結婚式という形で目の前に出てきていた。
◇
集会室の前には、基地の整備兵や輸送部隊の人たちが集まっていた。ホワイトベースから来たのは、ブライトさん、ミライさん、アムロ、セイラさん、カイさん、ハヤト、フラウ、それから俺とララァだった。
ララァは審査の途中だったが、ミライさんの付き添いを条件に短時間の参加を許されていた。白い花を一本だけ受け取り、珍しそうに眺めている。
「こんな時に結婚式とはねえ。連邦軍にも、まだ余裕があったんだな」
カイさんが小声で言うと、ハヤトが眉を寄せた。
「余裕があるからするんじゃないだろ。今しかできないからするんだよ」
「分かってるって。俺なりに感心してるんだよ」
言い返す声も、いつもの軽口よりずっと静かだった。
会場の扉の近くでは、ウッディ大尉が基地の同僚と話していた。普段と同じ軍服だが、襟元まできっちり整えられ、胸には小さな飾りが付けられている。
アムロは何度か大尉の方を見た後、迷いながら近づいていった。
「すいません。大尉は、マチルダ中尉とは……」
ウッディ大尉は一瞬だけ目を丸くし、それから少し照れたように笑った。
「彼女とは、オデッサ作戦が終わったら結婚する予定だったんだ」
「ご結婚を?」
「その時はホワイトベースの人もジャブローにいるだろうから、式には出てもらおうとマチルダが言っていた」
「そ、そうだったんですか。そんなことがあったんですか」
「ああ。予定だったんだ」
ウッディ大尉は扉の向こうへ目を向けた。
「そして、今日がその日になった」
その言葉を聞いたアムロは、何か返そうとして口を開き、それから黙った。驚いているだけじゃない。嬉しいのに、どう伝えればいいのか分からない顔だった。
やがて廊下の向こうから、フラウとミライさんに付き添われてマチルダさんが現れた。
華やかなドレスではなかった。いつもの軍服を基にした白い礼装で、胸元に小さな花が飾られている。けれど戦場やミデアの操縦席で見る時とは違い、今日は一人の女性としてウッディ大尉の隣へ歩いていく。
アムロが姿勢を正した。
「マチルダ中尉、おめでとうございます」
「ありがとう、アムロ。あなたたちが間に合ってくれて良かったわ」
「僕たちもです。マチルダ中尉が……その、こうしていてくれて」
言葉に詰まったアムロへ、マチルダさんは柔らかく笑った。
「それだけで十分よ」
次に俺と目が合った。
「レンも来てくれたのね」
「はい。おめでとうございます、マチルダさん」
気の利いたことを言いたかったのに、それしか出てこなかった。マチルダさんは俺の前に立つと、少しだけ腰をかがめた。
「ありがとう。今日まで来られたことも、あなたたちがここへ着いたことも、どちらも嬉しく思っているわ」
俺は頷いた。
あの日、壊れた盾の向こうで聞いた衝撃音を思い出す。左腕が動かなくなるかもしれないと思った。機体ごと押し潰されるかもしれないとも思った。
それでも、間に入った意味はあった。目の前で笑っているマチルダさんを見れば、それ以上の説明はいらなかった。
式場は本当に小さかった。正面に白い布が掛けられ、左右にわずかな花が置かれている。参列者が座る椅子も基地の備品を並べただけで、飾り付けをよく見ると、ところどころ結び目が曲がっていた。
たぶん、フラウたちが急いで用意したのだろう。式を執り行う基地職員が前へ立ち、ウッディ大尉とマチルダさんが並んだ。
二人が互いに向き合う。
戦時中だからと、誓いの言葉まで短くなるわけではなかった。ウッディ大尉はマチルダさんの目をまっすぐ見て、これから先をともに歩くと約束した。マチルダさんも、落ち着いた声で同じ約束を返す。
指輪を交換する時だけ、ウッディ大尉の手がわずかに止まった。
「緊張しているの?」
マチルダさんが小声で尋ねる。
「モビルスーツの整備計画を組む方が、まだ気が楽だ」
「それは残念。こちらはやり直しがきかないわ」
「分かっている。だから慎重なんだ」
二人の声が聞こえたらしく、近くにいた整備兵たちが笑いをこらえていた。マチルダさんも少し笑いながら、ウッディ大尉が指輪をはめるのを待っている。
続いてマチルダさんが大尉の手に指輪を通し、二人は正式に夫婦となった。
拍手が集会室を満たした。大人数ではない。それでも、ホワイトベースのブリッジよりも小さな部屋に響くには十分な音だった。
ブライトさんは硬かった表情を少しだけ緩め、ミライさんと並んで二人へ祝意を伝えた。セイラさんは短く丁寧に祝い、ララァは手にしていた白い花をマチルダさんへ渡した。
「きれいな気持ちが、たくさんあります」
ララァが言うと、マチルダさんは花を受け取って頷いた。
「ありがとう。あなたにも、この場所が穏やかなものであるといいわね」
カイさんはウッディ大尉へ近づき、肩をすくめた。
「大尉、結婚初日から仕事へ戻るなんて言わないでくださいよ。整備の話を始めたら、中尉に怒られますぜ」
「安心しろ。今夜の作業計画は部下に任せてある」
「今夜だけ?」
マチルダさんが横から聞き返す。
「……明日の午前中までは」
「増えたわね」
周囲からまた笑いが起きた。
ハヤトは姿勢を正し、二人へ真面目に頭を下げた。フラウは準備が無事終わったことで安心したのか、壁際で小さく息を吐いている。医療施設にいるリュウさんからは、短い録音が届いていた。
『俺が寝てる間に式を済ませるとは水臭いぞ。まあ、二人とも無事なら文句はねえ。退院したら改めて祝わせろ』
その声を聞いて、みんなが笑った。式の最後に、基地の記録係が集合写真を撮ることになった。
ウッディ大尉とマチルダさんが中央に立ち、その周囲へ基地の人たちとホワイトベースのクルーが並んでいく。カイさんがアムロを前へ押し、アムロは困った顔をしながらマチルダさんの近くへ立った。
「レンも、もっと前へ」
ミライさんに呼ばれ、俺もアムロの隣へ入る。
「俺、ここでいいですか?」
「ええ。二人とも、そこにいて」
マチルダさんがそう言った。ウッディ大尉が彼女の隣にいる。マチルダさんは白い花を持ち、俺たちの方を見て笑っている。
戦場では一瞬先のことさえ分からない。助けたつもりで、別の何かを壊していることもある。
でも、こういう未来もあるらしい。
俺は何だか照れくさくなって、アムロの方を見た。アムロも似たような顔をしていて、目が合うと少しだけ笑った。
「撮ります。皆さん、こちらを見てください」
記録係の声に、全員が正面を向く。
小さな集会室の中で、ウッディ大尉とマチルダさんは肩を並べていた。
その二人を囲むように、俺たちも笑った。
改変した結果原作でできなかった約束が果たされました